其の四八
タンディニウム:時計塔屋上
動き始めた砲台の発射を止めるため、集った者たちが手を取り合う。
「──なるほど。確かにエルのいうようにすれば、可能性はあるかもしれないね」
「ホントに上手く行くのかよ? ワタシは正直信じらんないけど」
「でも、何か行動しないことには変わりませんよね!? だったら、やってみましょうよ!」
「うん、ミクルがそう言うなら私も信じよう。何か出来ることはあるかな」
片やナサニエルの案の実現可能性をじっくりと考えるバグルと、その隣で怪訝そうな顔を露わにするトットー。
片や恩人のために覚悟を決めたミクルと、そのミクルを信じると決めているヴィクター。
その色合いは異なれど、親子のような二組はそれぞれの信頼関係を基に力を合わせることに決めていた。
表面上の態度を隠してしまっているだけで、トットーもまた行動を起こすこと自体には賛成なのだ。
「うむ、皆ありがとう! そうじゃな、この作戦は大きく分けて砲台班と市中班に分担する必要がある。妖術の適性を踏まえるとバグル、トットー、ミクルの三名は残ってもらわねばならん。ヴィクター市長には市中班として市民の皆の協力を取り付けてはもらえぬか」
てきぱきと指示を飛ばす郭蘭。
フィールドワークを繰り返している彼女は時折現地の協力者や志を共にする研究者らと行動を一緒にすることもあり、小隊規模なら指揮ができる。
この場にいる者の中で誰かを取り纏める立場としてはヴィクター市長が最も覚えがあるが、妖力絡みの案件に対応した経験がないため、郭蘭に任せる判断をしているのだった。
「了解したよ、それじゃあ私は庁舎に向かおう。あそこには緊急用の放送設備がある、きっと副市長あたりが避難誘導のために活用している筈だ」
「キョ!」
「君が運んでくれるのかい? ありがとう、世話になるよ」
「街中を駆け巡って疲れておるじゃろうが、よろしく頼む! 詳しい指示内容は──」
鵺に跨り時計塔の屋上から降りる準備を始めたヴィクター市長に、郭蘭が近寄って作戦の詳細を伝える。
一通り聞き終えたヴィクター市長はゆっくりと頷き、屋上から去って行った。
鵺は勢いよく飛び出し、脚に妖力を漲らせて垂直な壁を駆け下りて行った。
「さて! こちらも準備を整えねばならん。まずは少しでも砲弾の完成を遅らせる。トットーよ、手伝ってもらえぬか」
「ったく、しゃあねぇな!」
「バグルは蝙蝠を放ってくれい! さっき言ったとおり、作戦はタンディニウム全体を使う、状況把握にはお主の妖術が持ってこいじゃ!」
「夜明けが近くなって、元から少ない街の蝙蝠が減っているけれど……近くの森からも呼び寄せてみよう」
気合の入った笑みを浮かべて砲台付近へ駆け出すトットーと、彼女の背中を見送ってからその場に座るバグル。
元から弱っていた身体をドメイドハンからの血液提供で動かしていたバグルだが、広範囲に渡って目を展開する妖術を使うのは負担が大きい。
同時に入ってくる複数の情報を並列で処理する必要がある都合上、本体の目を閉じ感覚を遮断して、蝙蝠たちの操作に注力しなければならない。
「久方ぶりの大仕事だ。皆、応えてくれ」
タンディニウムで最も高い場所から、バグルは周辺の蝙蝠たちに呼びかける。
その声が徐々にタンディニウム中に届き始める一方で、トットーもまた自らの仕事を全うしようとしていた。
「さて! 砲弾を抑え込めばいいんだね? 見れば見る程禍々しいね、まったく」
墨汁を粘らせたような妖力を渦巻かせ、その大きさを増していく砲弾をまっすぐ見据えるトットー。
その成長を抑え込むために、トットーは両手を広げて砲弾に向けた。
砲身と化した望遠鏡の少し上に浮遊する砲弾の成長スピードが、少し緩んだ。
「アタシの妖術でも、完全には抑えきれない、か! そりゃそうか、対象が多すぎるもんね」
砲弾は、内部にある妖力の渦に外部から収集された妖力が加わることで形成されているようだ。
内側から膨れようとする方向性の力は抑えることができても、四方八方から加わろうとする妖力の全ては把握しきれない。
全体を薄く覆うようにして反発の妖術を掛けているが、一部から隙を見出して妖力が侵入してしまっている。
「でも、やるんだよ! アタシの時間稼ぎに、この街がかかってんだ! バグルを支えてくれた、この街が!」
トットーは、ずっとバグルに見つけてもらうために奮闘してきた。
病に伏していたバグルの治療に尽力してくれた病院のあるタンディニウムには、多大な恩を感じている。
自分の命に代えても、護り抜くと決めていた。
「二人とも、頼もしい限り!」
「うん、僕もがんばらなきゃ……!」
「うむ、拙らは時間が来るその時まで砲弾の無力化を試みる! あの足場を流用するぞ」
皆の頑張りと気合の入りように感化され、郭蘭とミクルも気を引き締める。
郭蘭の指示を受けてミクルは眼下に広げてある妖力の足場を見下ろした。
「あれを、流用するんですか?」
「うむ、濾紙が必要じゃという話をしたじゃろう? 今は形ある足場として展開しておるあの妖力を、濾紙に作り替えるのじゃ」
「なるほど、やってみます!」
郭蘭の指示を受け、ミクルもまた自身の妖力を高めて足場を操作しようと試みる。
時計塔の展望室にて第一師団長リバチマとナサニエル・バトラーが交わした会話で、ナサニエルは自身のことを『識別番号732』と言っていた。
その意味を知る者は少ないが、700番台は指揮官かつ工作兵としての適性を持たされた個体であることを示している。
生命体としてのGNOME初めての成功例は『識別番号196』であり、そこから妖力や妖術を付与するために200近い実験体が産み落とされた。
では、『識別番号396』であるミクルは、というと。
(妖力の操作が、今の自分に出来ること! みんなの安全を守るために、頑張るんだ!)
GNOMEによって廃棄されていた彼の中に眠っていた力は、妖力の操作。
それもただの妖力操作ではなく、超広範囲に渡る妖力を肉眼で捉え、かつ粘土の形を整える感覚で弄ることができる。
ここまで精度の高い妖力操作を体外で行えるのは明確に異常であり、妖術として認識される。
当の本人は他者の妖術を見た経験が薄く、更に外見上の派手さもないため誰にでもできることだと思い込んでいるのだった。
(今は固い皿だけど、あれを薄い紙のようにするイメージで。押して広げる、麺棒を転がすような……)
まるでピザ生地を広げるように妖力を操作するミクル。
彼の妖術によって妖力の足場が徐々に薄くなっていき、更に光を増していくのが郭蘭からも見えた。
多数の生命から収奪した妖力が爆発すれば、少量でも浴びた者に害をなす。
GNOMEによって更に危険度を増加させられているだろう砲弾に対処するには、その毒性を取り除くための膜が必要不可欠なのだった。
「おお、上手く行っておるようじゃな! さて、拙が今のうちにできることは──」
夜明けの近いタンディニウムの時計塔、街を救うための最後の奮闘が始まる。
<***>
タンディニウム:建物屋上
時計塔から駆け降りる一匹と一人の姿を認める者が、一人。
ズアンに乗った郭蘭が時折休憩のために降りていた、時計塔に近い位置にある建物の屋上の物陰に隠れるその人物は、全身をローブのようなモノで覆っていた。
「回収困難。距離、障害ともに問題有」
手元の携帯端末に報告するその人物だが、口元は顔ごと仮面に隠されていた。
もしもこの場に、琉球を支配しようとテロを起こした罪人──シャアラがいたとすれば、見覚えを感じるところだろう。
ローブの人物は、GNOME絡みの事件が発生した際、ここ最近頻繁に姿を見せている謎の人物なのである。
「む」
音声入力による報告を受け付けた端末の液晶画面に、文字が表示される。
時間が来るまでは機会を窺え、時間になっても不可能だと判断した場合は撤退してよい、ということだった。
感情が表出しないその人物が不満を抱えているのか退屈に感じているのか、傍目からは分からない。
ただ、砲台に対処する面々に立ちはだかろうという意思がないのは、郭蘭たちからは幸運であった。
無論、当人たちはそのことについて知る由もないが。
「──」
物陰に隠れて時間まで待ち続ける人物だが、その手に持つ携帯端末にはラベルが貼られていた。
組織からの支給品である端末には、誰に対しどれを貸与したか、万一奪取された場合にどの端末の情報抹消を行えばいいか判別するために、識別番号と同じ文字列が付けられている。
例えば、ナサニエル・バトラーがかつて持っていたモノには『732』という番号が付けられていた。
だが、ローブの人物が持つ端末のラベルには番号が無く。
印字されているのは、『EX』の二文字だけなのだった。
いったい何者なんでしょう、このローブの人物……




