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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
番外章・二 戦う理由があるのなら
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其の四七

 タンディニウム:時計塔屋上




 ふぅ、と腰を降ろした女性が一人。

 晴れ間を覗かせるタンディニウムで、空に最も近い場所である時計塔の屋上。

 巫女装束に身を包んでおり、かなりの長身かつ黒い長髪が目立つその女性は、術を使っている間の綿貫郭蘭(カグラ)であった。


「──なんとか間に合った、かのぅ」


 彼女が注視していたのは、時計塔に併設された博物館の屋上……ではなく、その上空に浮遊する半透明の床。

 円盤のような形状であり、端の方から妖力が漏れ出しているソレは、ナサニエルが存分に戦うために拵えられたもの。

 文化財も多い建造物の屋上で戦闘するのは気が引けるだろうということで、ナサニエルのことを考えた郭蘭が作ったのだった。


「それにしても驚いたな、郭蘭がここに突然現れるとは」

「……バグルの知り合いだっていうから許したけどな。アタシはその術キライなんだ、普通だったらゼッタイ許してないからな!」


 座り込む郭蘭の後方からやってきた二人組の名は、バグルとトットー。

 互いの旅路を認め合い、これからの歩みを共にすると誓った二人は寄り添うように並び立っていた。

 光に包まれて姿を変え、幼げな外見に戻った郭蘭が頭の後ろに手を置いた。


「いやはや、申し訳ない! 突然押しかけて妖術を使わせてくれなんて、不躾なお願いをした! というか嫌いと今言ったかの? もしや拙のように小さな女子と面識があるんじゃ?」

「その通りだよまったく! バグルの居場所を教えてくれるって言うから受けた仕事で、あんなモノ見せられるなんて……!」

「僕はその話については初耳だね。GNOMEに居所が掴まれていたとは……抜かったな」

「お主ほどの情報収集能力でも分かっていなかったとはのぅ。蝙蝠にも見通せない場所はある、ということかの」


 綿貫奏によって付与された妖術により、歯車が狂いだした日の光景を見せつけられたトットーは、同じ匂いのする郭蘭の術にも嫌悪感を露わにしていた。

 事態の解決に必要であり、更に事態そのものを招いた一因であることも自覚していたため協力したのだ。

 言葉や態度は嫌味ったらしいトットーだが、その実内心では感謝もしているのだった。


「──うまく行きましたか?」

「おぉミクル、お主も来ておったか! うむうむ助かったぞ!」


 そこに、更に別の妖怪たちもやってくる。

 虚空からいきなり姿を現した鵺と、その背に乗っていたミクルとヴィクター。

 街中の暴走妖怪を粗方鎮め終えた後、エルたちに任せて取り残してしまったバグルを迎えに来ていたのだ。

 ただ、着いてみればエル──ナサニエルと第一師団長ことリバチマの決着がついた直後。


「時計塔に上る最中にいきなり話しかけられた時は驚いたけど、内容にもっとびっくりしたよ。突然妖術を使わせて、って言うんだから」

「実に助かった! お主の持つ妖力を捉える力、何とも素晴らしきものでな! ほれ見てみい、博物館も壊れずにすんだわい」


 眼下の景色を指さす郭蘭につられて、ミクルとヴィクターが下を覗いた。

 そう、ナサニエルの戦い舞台を整えたのは郭蘭だが、その際に用いたのはミクルの妖術。

 妖術を移し替える術を扱える郭蘭だが、自らに移し替えて妖術を行使できるのは、長年の継承者たちの中でもほんの一握り。

 才能あふれる元<神の巫女>により守られた博物館を見て、ほっと胸を撫で下ろすヴィクター市長に、バグルが話しかける。


「無事だったんだね、よかった……安心したよ」

「ああこれはバグル! 安心は此方の台詞ですよ、あの時は一人で置いて行ってしまい、本当に申し訳なかった」

「いいのさ、最初から一人でも脱出すれば後に繋がると信じていたからね。こちらこそ他に手段がなかったとはいえ、君に血を流し込んですまなかった」


 互いに互いのことが気がかりだったバグルとヴィクターが、顔を見られて安心する。

 現在のヴィクターは血液を注入されたことによる強制鬼化が解除され、元の細身で筋肉質な肉体に戻っていた。

 破れた袖や乱れた髪、濡れた裾などが、タンディニウム中を奔走してきた事実を端的に示していた。


「さて、これであとは奴を捉えるだけ……?」


 決着をつけたナサニエルを労いつつ、事態を収拾しようとズアンに乗って飛び立とうとした郭蘭が、一つ異変に気付く。

 彼女達がいるのは時計塔の屋上、その外縁部分。

 一辺五十メートルほどある屋上の縁に立っている彼らの背後で、大きな地響きのような物音がした。

 せりあがってくるのは、両端で太さの異なる円筒形の何か。

 二本の支柱に支えられて向きを調節した円筒は、太くなっている部分を天に向けた状態で固定された。


「おいおい、なんだよこれぇ!」

「ヴィクター! 君なら何かわからないか!?」

「──そんな、まさか。確かに大砲を放つと言っていたが」


 目を丸くするトットーをなだめようと、この中で最もタンディニウムに詳しい男に尋ねるバグル。

 しかし水を向けられたバグルは、眼前の光景に驚きを隠せなかった。

 ただ、そこは若くして市長に上りつめた精神力に満ちた市長、すぐに頭を振って一同に説明を加える。


「皆さん、これは天体望遠鏡です! 年に数度、最も空に近いこの場所で天体観測を行うのが恒例行事となっていたのですが──数か月使われない間に、こんなことになっていたとは」


 こんなことになるのなら、清掃や整備をもっときちんとさせておくべきだった、とヴィクターは深い後悔を覚える。

 だが、彼の説明に納得できない者も多かった。

 その中の一人、ミクルが困惑を露わにする。


「ぼ、望遠鏡?」

「はァ? 嘘つけよ、こんなんどう見てもただのでっけぇ()()じゃねぇか!」




 仰向けに倒れていたことに気付く。

 晴れ間を見せ始めた朝焼けを待つ空をぼんやりと見つめていると、視界の隅に異変が生じた。

 蕾が花開くように時計塔の先端が開き、天に向かって棒が伸びる。

 遠くから見ると、まるで砲身のような……


『エル! エルよ! 聞こえるか!』

『──あぁ。なんとか』


 精神世界で結んでいた郭蘭から、念話が届く。

 よく見れば、時計塔の端に複数人の姿があり、その中に郭蘭もいるようだ。

 感じたことのない疲労を全身に覚えながら、床に手をついて上体を起こす。


「……これは」


 手をついた床面が、私の妖力に反発するように波紋を広げる。

 今私が座っているのは、おそらく郭蘭が用意してくれた妖力の足場だろう。

 街を破壊しないようにという配慮だろう、ありがたく使わせてもらった。


『こちらの状況を伝える! 耳をそばだてて聞くがよい!』

『念話に於いて耳をそばだてるなど可能なのか……?』


 些細な疑問は流され、郭蘭から時計塔の屋上で何が起こっているか聞かされた。

 一つ、現在展開し空を向いているのは天体望遠鏡であること。

 一つ、第一師団長は砲弾を打ち出すと言っていたこと。

 一つ、天体望遠鏡は妖力によって加工され、周辺の妖力を吸収し球体を作っていること。


『つまり……その砲弾を何とかしなければ、タンディニウムは救われないと』

『そういうことになる! すまんがエル、其奴の懐に制御端末はないか⁉』

『探してみよう』


 ぐっと腰を持ち上げ、前傾姿勢になりながらなんとか第一師団長の元にたどり着く。

 我ながら派手に吹き飛ばしたものだ、衣服の端が破れ出血もいたるところに見受けられる。

 ただ、罪悪感を抱くことはない。

 自分で決めた行いであるし、第一師団長──リバチマ自身もそれは覚悟の上だろう。

 ──いささか私的な感情が過ぎたか。


「制御端末は……」


 気絶している第一師団長の衣服を検めたが、それらしい装置は出てこない。

 自分がGNOME時代に持っていた装置や、現在『宝石団』で支給されている装置と見比べて近しいものを探すも、やはり見当たらない。


『見当たらん。此奴のことだ、先んじて処分してしまったのかもしれんな』

『今から探すのは現実的じゃないのぅ……第一師団長はタンディニウム中を走り回って対抗勢力の鎮圧をしたようじゃし』

『それこそ、市民を総動員でもしない限りは無理だろうな。砲弾の臨界点はどの程度だ?』


 下から時計塔を見上げつつ、私は郭蘭に尋ねた。

 おそらく杭から吸い上げていた妖力により形成された砲弾は、今も徐々に大きさを増している。

 質の異なる妖力を混ぜ込んだせいだろうか、濃淡の入り混じる黒い水のような砲弾は今にも破裂してしまいそうだった。

 望遠鏡は概念としての砲身であり、砲弾を何とかしない限り事態は解決しない。


『残り三十分! おのれ、これ見よがしにタイマーが取り付けられておるわ! ちょうど朝日の昇る時間だわい!』

『勝負がどうあれ計画は止まらんようにしていたか。食えぬ男だ』


 眼下の第一師団長を眺め、恐れを交えながら私は郭蘭に返答した。


『三十分で砲弾を何とかする。次の目標はそれでいいか』

『うむ! しかしエルよ、お主正直一歩も動けまい』

『恥ずかしながら、な。二本の足で立つので精いっぱいだ』


 しかし、黙って見ている訳にもいかない。

 身体は命令を聞きそうにないが、頭はまだ回る。

 砲弾をなんとかする方法、私も考えよう……と、そこで一つ思い付く。


『蘭。そこには多くの妖怪がいるだろう。次のプランを取れぬだろうか』

『む。話してみよ』


 それから私は、即興で思い付いた砲弾の対処方法を蘭に伝達する。

 妖怪の妖術、人間の総力、そして何より時の運が絡む方法であり、確実とは言い切れない。

 だが、これ以上にそれらしい方法がすぐに見つかるとは思えない。

 黙って聞いていた蘭が、私の話し終わりで返答する。


『──うむ。拙から皆に掛け合ってみよう』

『しかし、自分から提案しておいて無責任に聞こえるかもしれんが、本当に上手く行くかは……』

『安心せい、ここにおる者皆お主に恩を感じておる者ばかりじゃ。協力は惜しまんじゃろうし、仮に失敗しても恨むものなどおるまいて』

『……そうか』


 不謹慎ながら、不意に嬉しさがこみあげてきて返答が僅かに遅れた。

 誰かのために奮闘してきた私を、信じてくれる誰かがいる。

 私はその事実に救われながら、タンディニウムの命運のバトンを後続に託すのだった。

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