其の四六
タンディニウム:博物館屋上(?)
大鬼長(?):ナサニエル・バトラー
ただ、一歩を踏み出す。
雨水に濡れた床に足の裏が触れた瞬間、目の前の光景が一気に拡大された。
タンディニウムに落ちる雷を受けて輝く爪を構えようとしていた第一師団長リバチマの、体勢が整う前に懐まで潜り込んだ。
「なッ──」
「せいッ」
歩幅を大きく超える距離を一気に詰めた私にリバチマが反応する前に、肩をブチ当てる。
腰を落として下から上へ突き上げるように、体重を乗せた体当たりでリバチマを吹き飛ばした。
空中のリバチマの表情が苦痛に覆われた後、僅かに眉が寄った。
「この、感覚」
「畳み掛ける!」
屈めていた身体のバネを解放し、弾丸のように跳び上がる。
空中機動で回避しようと手足を動かすリバチマだが、雷の妖術が間に合わず私の拳が直撃する。
鳩尾にパンチをめり込ませたまま私は自分の身体を軸にして空中で回転し、博物館の屋上に叩き付ける。
水飛沫を上げて背中を強かに打ち付けたリバチマの下に、同じ軌道を追うように着地した。
「──貫いたか」
「察しが早いな。回答はこれで十分か?」
「ああ。よくわかったよ」
仰向けから起き上がるリバチマの問いに、必要最低限だけ返答をした。
最初に距離を詰めたのも、瞬時に跳躍して追撃したのも、私の妖術である【貫通】……大気など妖力を含まないものを貫く妖術が強化されたもの。
ただ歩むだけで周辺の空気がひれ伏し、道を開ける。
前回は分身体を生み出す妖術を増幅してもらったように、蘭の術である対象の強化によってもたらされたものだろう。
「妖術機能すらも貫くか。体内の見えない器官……妖力炉心を貫いたね」
「可能と踏んだ。妖術は使えるかもしれんが、もはや貴様に妖力が残っていないだろう」
「まぁ、そうだね……僕は効率も総量も一線級だけど、タンクを壊されちゃどうしようもない」
貫く妖術の力は、通常拳に乗せてパンチと同時に使うことで対象の破壊に効果を発揮する。
妖力を含む物体であっても物理的な衝撃と併用することで威力を増加させられるからだ。
ただ、今の私であれば妖力を含む物体であっても、直接触れることが叶わずとも貫ける。
蘭への信頼と確信あっての判断だった。
「力を以って力を砕く。貴様の流儀にも沿っているだろう?」
「ハハ……ところで君、一部の妖怪には妖力消費を伴わない特性があることを知っているかな」
「無論。叩き込まれているとも」
鳥類に関連した妖怪であれば飛行能力を併せ持っており、水棲生物や水に纏わる妖怪は水中呼吸が可能である。
変わった所で言えば、非実体の妖怪であれば外見上の位相と実際の位置をズラすことも可能だと聞き及んだこともある。
「僕の場合は雷に関係していてね。<雷獣>故に雷を呼ぶ能力、そして──」
ゴロゴロと鳴っていた雷雲から、リバチマに雷が落ちる。
眩しさに一瞬目を閉じた私だが、次にリバチマの姿を認めた時、違和感に気付く。
「成程。雷による回復か」
「そうとも。雷を呼び、そして回復する。僕に妖力切れで勝とうとしたのなら、それは不可能だと言わせてもらおうか!」
最速の師団長と呼ばれるリバチマだが、その実持久戦にも秀でているということか。
気絶する前の私に加えドメイドハンやルビーたちが戦い続け、消耗しているところを一気に撃破しようとしたのだが。
いずれにせよ、この能力には迅速に対処せねばなるまい。
「──ふ」
全身を包んでいた妖力を腕に集中させ、足腰のパワーを蓄える。
二番目の落雷が雷雲からリバチマに到達する前に、その拳を天に向かって振るった。
空気を突き破る感触がして、纏っていた妖力が天に向かって飛び立った。
黒く深い雷雲に妖力が到達した途端……空が晴れた。
「は?」
時計塔の上空を中心に、一点、穴が開いた。
そこを起点にし、少しずつ朝になり始めている空が顔を見せだした。
「──物は試しだな」
驚愕するリバチマと似た感覚を、私も抱えている。
妖力に妖術を込め、飛ばす。
ただそれだけの行いだが、それだけの行いで天を破れる妖怪などは聞いたことがない。
大規模な妖力放出に伴う気怠さも感じていない。
「君……」
回復し雷に満ちていた眼を歪ませ、リバチマがこちらを睨みつける。
言いたいことはわからないでもない、いくらなんでも理不尽が過ぎる。
私とて、目的達成間近にこのような阻まれ方を受けると、意味もなく物を殴りたくなる衝動に襲われるだろう。
だが、それでもいい、なぜならば。
「君、神様にでもなるつもりかい?」
「さてな。わからん、私は私だ」
迷いはない。
自らの内側に後悔を認め、ともに歩む誰かとともに抱える覚悟を決めた。
そこに何が加わろうと、私は私だ。
「ふふ……そうかい、そうかい!」
「貴様、悦んでいるな。呆れた者だ」
「あぁそうとも! 骨のあるメインディッシュにありつけたその日に、見たことのない味付けを相手取れる! これほど叩き潰し甲斐のある戦いは勝ったことがない!」
「……今、『勝ったことが』と口にしたな」
常に勝利を重ね続けてきたリバチマだからこそ、敗北する未来を想定していない。
だが、私はすでに宣言している。
「──二度とその大口、叩けぬようにしてやる」
「っはは! やってみせてよ!」
回復した稲妻を迸らせ、四つん這いになって全力の姿勢を見せるリバチマ。
私は泰然自若に構え、軽く拳を握る。
膝を軽く曲げ、腰を少し落とし、目線はまっすぐにリバチマに向ける。
<雷獣>の脚力を爆発させるその一瞬を、目で捉えた。
「──見える」
見えたのなら、後は対応するだけだ。
脱力していた拳をすぐさま握りしめ、リバチマの進行方向に対し、真っ向から逆らうように繰り出した。
拳の先に、僅かにピリッとした感覚が走る。
次の刹那、私の拳はリバチマの頭部をしっかりと捉えていた。
「ぐあッ」
リバチマがダメージを喰らって後方へ吹き飛ぶ前に、或いは体重移動でダメージを軽減する前に、私は追撃を叩きこむ。
左脚の膝を曲げ、思いきりリバチマの腹部に突き刺した。
柔らかい部分と固い部分の両方を感じ、私はリバチマを蹴り飛ばした。
「せいッ!」
そして、視界の妖力をわずかに緩める。
その気になればリバチマの速度を常に追い続けることも可能だろうが、流石に私自身不慣れなこともあり、このままでは肉体が追い付かない。
通常の妖怪以上に『想定外の挙動』に弱い私は、その辺りも勘案して妖力をコントロールしなければならないだろう。
「くく……! なら、最大出力で……!」
持ち上げた両手を組み、リバチマの纏う電力が活性化する。
落雷で補給した分の雷の大部分をここで放出し、私が怯んだところを爪牙で仕留めようという算段だろうが……
「痺れろォ!」
「無為」
リバチマが斧を振り降ろすかのように拳を床にブチ当てる。
同時に雷が屋根を這うように、私に向かって扇形に広がってくるが。
ただ一歩を踏み出す。
「……避けよ」
水面に波紋が立つように、踏み出した場所から雷が押しのけられていく。
蜘蛛の子を散らすように避ける雷に、いまさら怯えることも対応策を考える必要もない。
ただ歩み、ただ殴る。
「ぐあッ!?」
「──そろそろ、終わりにしようか」
接近を察知したリバチマが後方へ飛び退ろうとするが、私はそれを逃がさない。
通常私には去る者を仕留める力はないが、蘭によって支援されている今は話が別だ。
誰に教えられたわけでもないが、使い方は分かる。
軽く拳を握りしめた後に、開く。
今時計塔の屋上にいるという、来るものを拒み、去るものを追う力……即ち《反発》の妖術。
「な、に」
私から遠くへ逃れようとしたリバチマだが、《反発》の妖術により引き戻される。
──脳内に、ある単語が浮かび上がる。
迷いを打ち払い、自らの内を見つめ、進むべき道を改めて定めた。
私の心中に最も適しており、更に貫く妖術を示唆するその言葉。
生き様を世界に宣誓する必殺技として、これ以上のモノはない。
「──《無我》!」
急接近したリバチマの頭部を、私は再び打ち抜いた。
リバチマの持つ妖力をすべて打ち砕き、妖術そのものも貫いた。
ビシャビシャ、と水を派手にまき散らしながら博物館屋上を滑ったリバチマが、ついに動かなくなる。
「……参ったな、これは。身体が動かない」
「だろうとも。これで私の勝ちだ」
「あぁ……悔しいけど、この勝負僕の負けだ! いやぁ、楽しかっ──」
「何を勝手なこ、と、を──」
リバチマの感想に呆れながら、私もうつ伏せに倒れた。
もう一歩も身体が動く気がしない。
「うん?」
「──」
「……ハ。気絶したか」
テロを起こした張本人であり、GNOMEの第一師団長リバチマ。
時計塔から指示を出し、数多の無辜の妖怪を暴走させ、自らの手で多くの勇気ある妖怪たちを撃破した。
それを、私が確かに倒したのだ。
「……空、が」
厚い雷雲に覆われていたタンディニウムの空が、ようやく明ける。
2026/04/19追記
最後の必殺技を書き加えました




