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リディアと、レオナルド

レオナルド→リディア視点です

窓の外には、空が見える。

狭い窓だ。空の半分も見えない。

それでも、レオナルドは毎日その窓を見ていた。他にすることなんて、ない。


(5年、か)


アレン・ルーミンハルトから告げられた期間を、レオナルドは静かに反芻した。

この部屋に拘束された時は、生涯幽閉の可能性濃厚だったのだ、ものすごい期間短縮だ。


(思った以上に、短縮出来たな)


レオナルドは、細く微笑んだ。

昨日のアレンの言葉が、耳に残っている。


「よくやってのけたね」

「何のことですか?」

「手記のこと。あれがなければ、もっと長くなってたよ」


レオナルドは、その言葉に、薄く笑った。


「僕の私室を漁ったのですか? ……他人のプライベートを覗き見なんて、趣味が悪いですよ」

「よく言うよ。見つかるために、あえて、わかりやすいように机に隠していたくせに」


レオナルドとアレンの目が交錯した。

レオナルドの手記は、数年分に及んだ。

父親からの仕打ち、父の働いた悪事、母が父親の傀儡と成り下がっていること。

政敵に対して、どのような仕打ちをしたかーーそして、誰にも言えなかった自身の葛藤と孤独。


それは、独白のようで、読み手のことを精緻に計算し尽くしたものだった。


(父への復讐のためにやっていたが……ここで役立つとはな)


いつかこの日が来ることを、レオナルドは感じ取っていた。

だから、何年もかけて準備をした。情状酌量の余地を、あらかじめ自分で作っていた。

アレンは、そんな魂胆お見通しだろう。それでも、お人好しで、自分に同情的なアレンが、レオナルドの意志を汲んでくれることは、織り込み済みだった。


「……ひとつ、聞いていいか」


アレンが、言葉を選ぶように続けた。


「君の両親のことだけど」

「……彼らは、どうなりました?」

「君の手記の整合性を確認してから判断になるが……おそらく、2人ともよくて没落。おそらく、相当な年数の懲役がくだる……それで、よかったのか?」


レオナルドは、窓の外を見た。

母親の顔が、頭をよぎった。

自分が操った時だけ、自分を本当に愛してくれた母親。

闇魔法が解けてからは、常に父親の“鏡“として、自分を見ていた彼女。


「……もう、いいんですよ」


アレンは、何も言わなかった。

レオナルドも、それ以上何も言わなかった。

部屋に、静寂が満ちた。

窓の外で、鳥が一羽、空を横切った。


(結局、僕の手のひらには何も残らなかったな)


欲しかった愛情も、認めてくれる誰かの存在も。

いやーーカトリーナが、いる。

違う、気づかなかっただけで、きっと彼女は、ずっと前から自分の隣にいてくれようとしたのだ。

そう思うと、レオナルドは無意識に微笑んでいた。

アレンもそれを見て、何か察したように沈黙した。

ふと、リディアの顔が、頭をよぎった。

一度は闇魔法に飲まれ、自分と同じところまで堕ちた彼女。それでも、自力で元に戻った彼女がどうしているのか、なぜか気になった。


(僕には、関係がない)


ーーーーーー


「やれやれ」


レオナルドは、リディアを見て、わざとらしくため息をついた。


「ここは魔法局の関係者以外立ち入り禁止のはずなんだけど……カトリーナといい、君といい……アレン・ルーミンハルトの差金か?」

「何の話……?ルークに頼んだら、連れてきてくれたんだけど」


(今度は弟のほうか……)


レオナルドはそっとため息をついた。魔法局における、あの兄弟の地位は、どうやら絶大らしい。


「……思ったより元気そうね」


リディアが努めて明るく言うのを、レオナルドは冷たい瞳で見つめた。


「そっちこそ元気そうじゃないか……同じ闇魔法を使った魔法使いのはずなのに、この扱いの差はなんだろうね?」


レオナルドの問いかけに、リディアは気まずそうに目を逸らした。


「なんてな、わかってるよ。リディアは、物理攻撃しか使わなかった……いや、使えなかっただろ?」


その問いかけにリディアはそっと頷く。


「あの時、君は怒りに染まって闇魔法を使った。でも、闇魔法による精神操作は……怒りの感情だけじゃ使えないよ」

「どう言うこと?」

「それを君が知る必要はない」


レオナルドは拒絶するように言うが、それはリディアへの気遣いだった。

この魔法のセンス溢れる少女が知ってしまったら……魔法局に目をつけられる可能性が高まる。


「君も幽閉なのか?」

「私は、要監視対象になった。学園を成績上位者として卒業すれば、この国で有用な魔法使いと判断されるし、中途半端な実力で卒業した場合は、そんな人間が闇魔法を使えるのは危険ーーという判断のもと、魔法が封印されるんだって」


レオナルドは眉を釣り上げた。


「なるほど、実に魔法局らしい判断だ……でもよかったじゃないか、もっと手酷い目に合うと思ってたよ」

「アレンさんが動いてくれたみたい……もしかして、心配してくれてた?」

「まさか。調子に乗るな」


否定すつつも、レオナルドがホッとしたのがリディアの目にもわかった。


(なんだ、レオナルドって、やっぱり優しいんじゃない)


リディアがクスっと笑うと、ギロリとレオナルドはリディアを睨みつける。

沈黙が流れるが、リディアにはそれが心地よかった。


「君は魔法の腕はいいが、頭の方はからっきしなんだし、魔法使いでいられるのもあと一年だね」

「バカにしないでよ!!今だって成績上位をキープしてるし、これからだってやってみせるわ!」

「僕が勉強を教えてあげてたからじゃないか…..僕がいなくても、大丈夫か?」

「だ、大丈夫よ!自分でがんばるし!カトリーナとセレナもいるし!!ただ……レオナルドがいないのは寂しいよ」


最後の元気のない言葉に、レオナルドは目を見張った。

小さく深呼吸をして、リディアは、今日絶対に言おうと思っていた言葉を口にした。


「……ねえ、レオナルド」

「なんだ」

「私にとっては、レオナルドは大切な友人だったよ。今も、そう思ってる」


レオナルドはリディアを見て、言葉を選ぶように、そっと唇を舐めた。


「……そうだな、僕はいい友人だったろう。僕のおかげで、勉学は成り立ってたんだから。打算まみれの、素晴らしい友情だ」

「どうしてそう捻くれてるかなぁ……勉強教えてくれたのは感謝してるけど、正直レオナルドに腹たつことだってすごいあったよ。でもそれ以上に、レオナルドがいて楽しかった時も、たくさんあったよ」

「……そうか」


レオナルドからの返事は、短かった。だけど、否定は口にしなかった。

それがリディアには「僕もだ」と言う返事な気がした。


「……ねえ、レオナルドはこれからどうなるの?」


リディアが、静かに聞いた。レオナルドは、視線を窓の外にそっと移した。


「5年はこの部屋でのんびり空でも眺めてるよ」

「5年……」

「思ったより短いだろう?」


レオナルドの声は、あっさりしていた。

でも、リディアには、その軽さが強がりに見えた。


「……5年後、出てこれるの?その後はどうするの?」

「さあね、魔法局の動き次第さ。出た後も、監視されるかもしれないし、裏のあくどい仕事をさせられるかもね」


笑いながらレオナルドは言うが、リディアにとっては笑いごとではない。


「ちょっと!こっちは心配してるのに!」


レオナルドは鬱陶しそうにリディアを見た。


「君みたいなバカに心配してもらわなくてもどうにかなる、忘れたのか?僕は元来、優秀なんだよ」

「そりゃ、そうだけど……」

「それに、君が心配しなくても、アレン・ルーミンハルトが勝手に同情心と罪悪感から、僕に都合のいいように動いてくれるさ、それと……カトリーナも、頼んでもないのに色々考えているらしい」

「そっか…..だったら安心だね。私もーー」

「言っとくけど、私も何かする、というつもりならやめてくれないか?」


拒絶の言葉とは裏腹に、レオナルドの瞳は優しかった。

それは、今までの紳士的な瞳とは違う、真にリディアを気遣うものに感じられた。


「……何でよ」

「僕のために動いているのが魔法局に知れたら、また魔法局に難癖つけられて幽閉コースに逆戻りだぞ」

「だからって、レオナルドを見捨てられないよ。卒業後、魔法局に入ればいいじゃない!そうよ、そうしたらーー」

「そんなことしなくていいから、僕が出た時に過ごしやすい世の中にしといてくれよ」

「…..え?」


それは、初めてのレオナルドからの“頼みごと“だった。


「前に言ってたね。『みんなを幸せにする魔法使い』になりたいって」

「……うん」

「くだらない、実に子どもじみた夢だ。それを、実現してみせろ」


レオナルドのリディアを見る目は、静かだった。


「僕の父は、実にどうしようもない人間だった。出世欲、名誉欲ーー。そう言うのに目が眩んで、テネブレ家を乗っ取り、母を傀儡にし、僕を教育した。魔法は、自分のポジションを築くための手段でしかなかった……僕は今まで、君みたいに純粋に魔法を楽しんだことなんて一度もない」


リディアは、息を呑んだ。

レオナルドが、自分の深いところを話してくれるとは、思ってなかった。


「ここを出たって、何も楽しいことなんてない、良くて権力に塗れた貴族達とくだらない社交をするのがせいぜいだ。くだらないと思わないか?それを、君が変えて見せろ」

「……レオナルド」

「なんだ」

「あなたは、貴族だけじゃない、みんなが魔法を楽しめる、そんな世界を望んでるの?」


レオナルドは、少し間を置いた。

それから、窓の外を見て、静かに言った。


「さあね」


否定はしなかった。

リディアには、それで十分だった。

しばらく、2人は何も言わなかった。


「……わかった、がんばるよ」

「まぁ、期待はしないよ」

「なんでよ!してよ!」


ふっと違いに笑いあう。

部屋に、静かな空気が満ちた。

リディアは、立ち上がった。

扉に向かいながら、振り返らずに言った。


「また来るね」

「……来なくていい」

「来るよ」


扉を閉める直前、レオナルドの小さな舌打ちが聞こえた気がした。

リディアは、廊下に出て、そっと笑った。

廊下の窓からも、空は見える。青くて、広い空だった。


(レオナルドの部屋からは、あの空の半分しか見えないんだ)


5年後、レオナルドがここから出てきたときーーこの空を、ちゃんと見せてあげたい。

そう思いながら、リディアは廊下を歩いた。

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