きっと君を、愛していた
今回はカトリーナ視点です。
カトリーナの朝は、今日も白い天井を視線に入れるところから始まる。
(……うんざりしちゃうわ)
起き上がることなく、ベッドの上でカトリーナは、祈るように静かに手を組んだ。
レオナルドにかけられた闇魔法に対する治療は、何日も前に終了している。
他の生徒達は治療を終え、通常の生活に戻っているはずだーーカトリーナを除いて。
理由は、わかっていた。
レオナルドを庇ったからだ。
魔法局の尋問で、カトリーナは言った。
「彼の事情もしっかり聞いたうえで、対応をしてあげて欲しい」と。
意見を述べたに過ぎない。
だが、魔法局の上層部はカトリーナを「まだ精神干渉が残っている可能性がある」と判断し、引き続き病院に留め置いた。
(馬鹿にしないでちょうだい)
カトリーナは、静かに息を吐いた。
魔法局の考えは「大人の考え」として理解できる。きっとレオナルドは、闇魔法が使える人間、という切り札をマナギア国が必要としている以上ーー幽閉、という措置が下るのだろう。
だが、もしそうなら、誰がレオナルドの孤独をわかってあげられるのだろうか。
カトリーナは、おそらくこの国で唯一、闇魔法による精神操作を2回受けた人間だ。
1回目はナイル国の司教から。
2回目はーーレオナルドから。
だからこそわかる。レオナルドの闇魔法には“悲しみ“と“孤独“が潜んでいた。それが、辛い。
窓の外を見ると、青空に、鳥達が自由に羽ばたいていた。
ーーコンコン
ノック音と共に、カトリーナの了解も得ず扉が開いた。
魔法局の人間が、2人入ってくる。
「カトリーナ嬢、本日はお加減いかがですか?」
「別に、いつもと変わらないわ。体調に全く問題がないのに、相変わらずこの部屋から出してもらえず、不自由しています」
カトリーナの嫌味に、彼らは動じない。
「レオナルド・テネブレについて、現在どのようにお考えですか」
「彼は、適切な処遇を受けるべきだと思っています。それだけよ」
「……彼を、危険だとは思いませんか」
「危険かどうかと、適切な処遇は別の話でしょう」
1人は黙々とカルテのようなものにメモをとり、もう1人はため息をつく。
「カトリーナ様。意地を張るのもいい加減にしてください。彼に恋してるのかなんだか知りませんが…..あなたは優秀な魔法使いです。未来がある。ここで、レオナルド・テネブレを擁護するような発言は、あなたの将来に響きますぞ」
カトリーナは、男を見た。
「……だから?」
「我々は、あなたを正しい方向に導きたいのです。テネブレはーー」
「結構よ」
カトリーナは、静かに、しかしはっきりと言った。
「私は学生です。自身の正しいと思うことを主張して、まだ許される立場よ」
その言葉を待っていたかのように、再度部屋にノック音があり、カトリーナの父親が現れた。
「……お父様」
カトリーナの呟きを無視し、その男はツカツカとカトリーナの元に向かう。そして。
ーーパンッ!
カトリーナを平手打ちした。
「この愚か者!フランベルグ家の恥晒しだ。今すぐ、発言を撤回し、学園に戻れ。テネブレは敵だ、お前はそれを認め、魔法局の捜査に協力しろ」
父と会うのは、入院以来初だった。なのに、心配の声がけも何もなく、平手を打たれた。
にもかかわらず、カトリーナの中に悲しみはなかった。もう、そんなのは諦めていた。
「フランベルグ家は常に清廉潔白です。私は、ここで折れません」
「何を馬鹿なことをーー」
父親からの罵詈雑言が続く。背後では、魔法局の人間が、ただ能面顔でそれを静観していた。
(……こんな人たちに囲まれて、それでも私にはレオがいた。でも、きっとレオには、誰もいなかったのね)
改めて自分の無力さに思いを馳せていると、それを遮る声が聞こえる。
「フランベルグ様。いくら実の娘とはいえ……いや、実の娘だからこそ、こう言うのは私、感心しませんよ」
アレン・ルーミンハルトが、気づけばカトリーナの部屋にいた。
壁にもたれかかり、腕を組んで大人達を睨みつけている。
魔法界随一の天才の登場に、周囲の緊張感が高まる。
「アレン様、これは……」
「言い訳不要。カトリーナ・フランベルグへの聴取は私がやります、皆様、ご退出ください」
アレンの声は厳かだ。
魔法局の人間も、父も、彼の言葉には忠実に従う。
魔法の能力と権力が全ての世界ーーなんてくだらないんだろう。
部屋に静寂が満ちる。
「来るの遅くなってごめんね、カトリーナちゃん」
「……いえ」
カトリーナは、あまりアレンのことを知らない。彼の馴れ馴れしさに動揺していると、アレンはカトリーナにウインクをひとつ飛ばした。
「さて、と。まずは、レオナルドのところに行こうか?」
「…..え?」
「会いたいんでしょう?」
それは、願ってもない提案だった。
ーーーーーー
廊下を歩きながら、カトリーナはアレンの背中を見ていた。
連れてこられたのは、学園の端にある、石造りの建物だった。魔法局が管理する、一時拘束施設。
「今のレオナルドは、魔法が使えない状態だよ」
「……そう、ですか」
わかっていたことだった。レオナルドが、きっとひどい扱いを受けていることは。
この国で、闇魔法による精神操作は禁忌だから。
アレンが、扉の前で立ち止まった。
鍵を取り出しながら、カトリーナを見る。
「じゃあ、10分だけね」
扉が、開いた。
部屋は、意外と綺麗だった。
白い壁、小さな窓、簡素なテーブルと椅子。殺風景ではあるが、カトリーナの想像よりは、よほど扱いがいいらしい。
レオナルドは、椅子に座っていた。
整った姿は変わらない。
ただ、両手首に薄い光の輪が嵌められていたーー魔道具による拘束だ。
そして、いつもの紳士的な雰囲気が、どこかに消えていた。その瞳は、静かで……少しだけ、鋭かった。
カトリーナを見て、レオナルドが微かに眉を動かした。
「……カティ」
「レオ」
2人の間に、しばらく沈黙が落ちる。
カトリーナは、レオナルドを見た。
(きっと、本当のレオはこんな感じなのね)
いつもカトリーナに見せてくれる微笑みは、ない。ただ、観察者のようにレオナルドはカトリーナを見つめていた。今までと違う姿に、カトリーナは、胸が締め付けられるようだった。
(私がレオに泣きつくたびに、彼は優しく私を助けてくれた……その裏でレオが何を考えているか、私、きちんと考えようとしなかった)
(いつ聞いても「大丈夫」と言ってくれるから、その言葉に甘えて、頼ってーー。彼を“プリンス“にしたのも、“プリンスにならなきゃ愛されない“と思わせたのも、きっと私にだって、責任がある)
自己嫌悪で胸が押し潰されそうだった。だが、その気持ちを端に追いやり、口火を切った。
「レオ、顔色が悪いわ。きちんと食べているの?」
「別に。君こそ、ひどい顔だ……お父上と、何かあったのかい?」
やっぱり、レオナルドは優しい。少なくとも、カトリーナにとっては。
「……違うわ。なかなか退院できなくて….…病院食、あまり美味しくないのよ」
レオナルドが目を見開く。
「君、どこか悪いのかい?……僕の魔法は、アレン・ルーミンハルトによって治療されたんだろう?」
「そうなんだけど……ちょっと事情があってなかなか、ね」
まさか、レオナルドを庇って退院できない、なんて言えない。だが彼は、何かを悟ったかのように、その鋭い瞳をより尖らせた。
「まさか、僕を庇って出れないなんて言うつもりじゃないだろうね?」
「 ……そんなわけ、ないじゃない」
「もしそうなら迷惑だからやめてくれないか。今の君は何の価値もない。魔法界での地位もないただの一学生……しかも、君のように高飛車で鼻につく女が僕を庇って、一体何になるって言うんだい?……それとも、僕を庇い、僕を愛する自分に酔っているのか?……気色悪い」
言葉は、冷たかった。カトリーナは、それを黙って聞くことしかできなかった。
だが、カトリーナは、ショックを受けなかった。
それは、父への諦めによるものとは違う。
(やっと、心を開いてくれた)
それが、レオナルドの優しさだとわかったから。
突き放すことで、カトリーナを守ろうとしていることが、はっきりと伝わってきたから。
カトリーナは、静かに息を吸った。
「レオ、私、決めたわ」
「……何をだい?」
「あなたを、諦めないことを」
レオナルドが、カトリーナを見た。
カトリーナは、一度だけ深呼吸をして、言った。
「私はあなたを否定しない。どんな状況でも、それだけは曲げないわ。だから——古代魔法研究院と取引するわ。この学園から卒業したら、そこで働く、その代わり、魔法局に手を回して、私を退院させなさいって。そして……古代魔法研究院に入ったら私、闇魔法を打ち破る研究をするわ」
「……それは」
「元々、理論魔法の成績もよかったし打診があったのよ。奇人変人の集まりって聞いていたし、貴族からの風当たりが厳しい機関だから躊躇していたけど…..今となっては、入らない選択肢はないわ。闇魔法が恐れられているのは、一部の人を除いて、誰も打ち破れないからよ。だから、私が、闇魔法への抵抗手段を考えるわ。あなたが外にでて、もし闇魔法を使ってもーー私が、止めれるように」
カトリーナは、再度深呼吸をして、レオナルドを見つめた。
「あなたが外に出た時、あなたが生きやすい場所を、私が作ってあげる」
レオナルドは、しばらく黙っていた。
それから、視線を逸らして、短く言った。
「……やめろ、迷惑だ」
「やめないわ、もう決めたの」
「…..リディアに似たのか?頑固だな。そういうの、女性としての魅力は半減するよ」
「あら、光栄ね」
長い沈黙が続く。そして、小声でレオナルドは「……勝手に、しろ」と呟いた。その声は掠れていた。
カトリーナは、静かに微笑んだ。
「レオ」
カトリーナは、まっすぐレオナルドを見た。
「私は、どんなあなたも好きよ。プリンスじゃなくても、魔法が使えなくても……意外と、不器用で嫌味っぽくても。そう、自信を持って言えるために……私は、前に進むわ」
レオナルドは、何も言わなかった。
ただ、その目が、微かに揺れた。
扉の外から、アレンの声が聞こえた。
「カトリーナちゃん、そろそろ時間だよ」
カトリーナは、立ち上がった。
レオナルドに背を向けて、扉へと歩く。取っ手に手をかけた、その瞬間だった。
「カティ」
低い声が、背中に落ちた。
「……僕は、きっと君をーー愛していた」
カトリーナの肩が、震えた。
扉の取っ手を握ったまま、動けなかった。レオナルドの言葉は、きちんと耳に届いていた。
ーーそれでも。
振り返らなかった。振り返ったら、きっと泣いてしまうから。
「……何か言った?レオ」
カトリーナの声は、思ったより落ち着いて出た。
「……いや、何でもない」
レオナルドも、そっと返事をする。
「じゃあね、また来れたらくるわ」
「……もう、くるな」
カトリーナは、そっと部屋を出た。廊下にはアレンがいる。
カトリーナは、前を向いたまま歩いた。
一歩、また一歩。窓から差し込む光が、廊下を白く照らしていた。
目の奥が、じわりと熱くなった。
(私だって、あなたを愛してるのにーー)
涙が、止まらなかった。
どうしてこうなってしまったのか、何を掛け違えてしまったのか、わからなかった。
それでも、終わった時間は戻せない。
カトリーナは、涙を拭うこともせず、廊下をまっすぐと突き進んだ。
窓の外では、風が静かに吹いていた。




