何度でも言ってやろうか
沈黙が、続いた。
ルークは、リディアから目を逸らさず、厳しい瞳で見つめてくる。一度目を閉じ、浅く呼吸をすると、覚悟するように言葉を紡いだ。
「今からでも遅くない、兄さんを追え」
「……は?」
唐突だった。
リディアは、目を瞬かる。
「お前は甘い。魔法局がお前をどう扱うか、わからないんだぞ!兄さんと婚約すれば、この国の誰も、手出しできない。あの人はそれだけの才能と地位があるーーだから……!」
「っだから!そうやって、誰かに守られるのが私は嫌なんだってば!」
「その考えが甘いって言ってるんだ!!」
ルークが、リディアに声を荒げた。
同時にその声には、どこか必死さが滲んでいた。
「お前にもしものことがあったら、俺はーー」
「ねえ、ルーク」
リディアは、ルークの言葉を遮った。
「私、ルークに告白したよね」
ルークが、口を閉じた。
「覚えてるよね?なのに、なんでアレンさんと婚約した方がいいなんて言うの」
リディアの声は、静かだった。怒鳴るわけでも、泣くわけでもない。ただ、真っすぐに、ルークに向かっていた。
「私の気持ちは……どうでもいいの?」
ルークは、何も言わなかった。
ベッドの上で、拳を固く握っている。
「……今は、そんなことより、お前の安全が第一だろう」
リディアは、息を呑んだ。
(そんなことより)
その言葉が、胸に刺さった。
泣くつもりなんてなかった。でも、目の奥が、じわりと熱くなる。
「……何よ、それ」
「なぁ、リディア」
「私の気持ちは、どうでもいいの?」
「だからそうじゃなくてーー」
「大事なことだよ、少なくとも私にとっては…..私、初めて人を好きになったんだよ?ずっと魔法にしか興味なくて……だけど、ルークといると、嬉しくて楽しくて。フィリアさんとルークのこと考えると苦しくて。そうやって、いろんな気持ちを知ったの。それは、どうでもいい感情なわけ?なんで、わかってくれないの?……なんで、否定するの!?」
そこから先は、言葉が続かなかった。
唇を噛んだ。泣きたくなかった。でも、目から、静かに涙が伝った。
部屋が、しんと静まり返る。
ルークは、固く握っていた拳を、ゆっくりと開いた。
「……リディア」
掠れた声だった。
リディアも返事ができず、部屋に沈黙が続く。ルークは、そこから絞り出すように、話し始めた。
「わかってないのはお前だ」
「な、にがよ……」
「俺が、喜んでお前と兄さんの婚約を勧めてるとでも思ってんのか?」
「っ……!」
リディアは、ルークを見た。
ルークは、切なげにリディアを見つめている。
「俺だって……俺のほうがよっぽど、お前のことが好きだよ」
「……え?」
「初めて会った時からお前は俺の特別でーー気づけばずっと、俺はお前を想ってたよ」
ルークは、リディアから目を逸らさなかった。
その目は、まっすぐだった。さっきの険しさとは違う、覚悟を決めたような瞳。
「好きだから、お前の無茶には付き合ってやりたいし、お前が怪我しそうなら体が勝手に動くーーお前の身に危険が迫ってるなら、たとえ他の男に譲っても、お前を守りたいんだ」
「それが兄さんでもーーお前が誰かのものになるなんて嫌に決まってるだろ……どんな気持ちで兄さんと婚約しろ、って言ってると思ってんだ。お前こそ、俺の気持ちを全然わかってない」
リディアは、息を吐いた。
涙が、またひとつ伝った。今度は、さっきとは違う涙だった。
しばらく、2人は何も言わなかった。
ルークの言葉ひとつひとつが、リディアの胸に染み渡る。
リディアは、涙を拭い、少しだけ笑った。
「私が他の人と一緒になるの、ルーク、嫌なんだ?」
「……当たり前だろ」
ルークがリディアから視線を逸らす。その耳は、赤く色づいていた。
「……っふふ」
「……なんだよ、泣いたり笑ったり、忙しいな」
「好きな人に好きって言われたら、嬉しいものだよ」
また沈黙。だが、それは心地いい沈黙だった。
リディアは、揶揄うように続ける。
「…..ねぇ、なんですぐに返事くれなかったの?」
「……お前、あんなタイミングで告白してきて、よくそんなこと言えるな。そんな状況じゃなかっただろ」
「そりゃそうだけど、私、結構ヤキモキしてたんだよ」
「だったらお互い様だろ。こっちだって、いつもお前が突拍子もないことするから、ハラハラしてた」
ルークからの冷たい眼差しに、リディアも気まずくて目を逸らす。
ルークのベッドの周辺には、点滴、謎の装置が置かれており、ルークの頭にも包帯が巻かれている。
自分がルークを巻き込んだせいで、彼は大怪我をしたのだ。それを、改めて突きつけられた気がした。
「……ごめん」
殊勝なリディアにルークも気まずそうにする。
「いいんだよ、お前はそれで。そんなお前だから、俺は救われてるし、好きなんだ」
再びの“好き“にリディアは顔に血が昇るのを感じた。
「何、ルーク。急に……」
「お前がもっと早く言えって言うからだろ……一度言うと、抵抗ないな。何度でも言ってやろうか?」
揶揄うようにルークが笑うと、負けず嫌いのリディアも乗っかる。
「だったら、私ももっと言ってあげよっか!……いーい?言われる方が恥ずかしいんだからね、好き、好き、すーー」
顔を赤くしながらもムキになるリディアが可愛らしくて、ルークは無言でリディアの手首を掴んだ。
「っ、ちょーー」
引っ張られて、リディアはベッドに崩れた。
抗議しようとして、顔を上げると、ルークの顔が目の前にある。
言葉が、出なかった。
ルークは、何も言わなかった。ただ、まっすぐリディアを見て、静かに距離を縮める。
触れるような、優しいキスだった。
リディアは、しばらく動けなかった。じわじわと、耳が熱くなるのを感じる。
「おい、目ぐらい閉じろよ」
「……だ、だって、ルークがいきなりするからでしょ」
リディアの絞り出すような言葉に、ルークが小さく笑った。
あと数話で完結予定です。最後までお付き合いいただける方、ぜひブクマよろしくお願いします!




