そんなの、私じゃない
目が覚めたとき、天井が白かった。
(どこ、ここ?)
リディアは、視線を動かした。
白いカーテン、白いシーツ。窓から差し込む光が、やけに眩しい。
体は重く、腕を動かそうとすると、じんわりと倦怠感が広がる。魔力を使い果たした後の独特の感覚が全身を支配していた。
(また倒れちゃったか)
少しずつ、記憶が鮮明になる。
カトリーナと戦い、レオナルドと戦った。
ルークが途中で庇って、気づけば……自分は闇に支配されていた。それでも、みんなのおかげで、レオナルドを倒した。
グッと右手を握りしめると、レオナルドを殴った感触が残っている気がした。
「……リディア、さん?」
声がした。
リディアが顔を向けると、ベッドの傍の椅子に、セレナが座っている。目の下に薄いくまがあり、それでも、ほっとしたように笑っていた。
「よかった。ずっと起きなくて、心配しました」
「……ずっと?」
「ほぼ丸一日、寝てたんですよ」
リディアは目を瞬かせた。部屋を見回すと、窓際ではクランが、胡乱げな目でリディアをみている。
「……お嬢に心配かけてんじゃねぇ」
「 ……クランは、私の心配をもう少ししてくれてもいいんじゃない?」
クランがリディアから目を逸らすと、セレナが楽しそうに笑い、リディアの耳元で「クラン、すごく心配してましたよ」と囁いた。それに気づいたクランは、眉を動かしながらも、何も言わない。
部屋に暖かい空気が満ちるが、それを拒むように、ノック音が聞こえる。
アレン・ルーミンハルトの訪問だった。
部屋に、一瞬の緊張が走る。
「目覚めたんだね、リディアちゃん」
その声を聞いた瞬間、リディアの体から、少しだけ力が抜けた。
「……アレンさん」
「よく寝てたね。さすがにちょっと心配したよ」
リディアは苦笑して、それからアレンを見た。
アレンは、どこか探るようにリディアを見つめている。その目は兄のようでもありーー役人の目にも見えた。
「……さて、と。今更だけど、自己紹介をしとこうか。俺はアレン・ルーミンハルト。魔法局の人間で、この国で起こった闇魔法関連の事件は、すべて俺が調査することになている」
部屋の空気が、途端にピリつく。
リディアは、何を聞かれるのか、もうわかっていた。
「……リディアちゃん、闇魔法を使ったね」
セレナが息を呑む中、リディアは静かに頷いた。
アレンの声色は、責めているわけではなかった。ただ、淡々と事実を確認していく。
「……はい」
「どうやって使ったの?」
「……正直、よくわからないんです。ルークが私を庇って、背中が真っ赤に染まって…….。私のせいだ、違う、私は悪くないーー全部レオナルドのせいで……、そんなことを考えていたら、気づいたら手元に魔法陣がイメージできました。そこからは、もう止まらなかった。ルークが、そんな私を止めてくれた……止めてくれなかったら、自分でも、どうなってたかわからない」
「……そう。今も闇魔法を出せる?」
リディアは、右手に集中した。
あのときのようなイメージは湧かない。それでも、今までの自分とは何かが違うことは、なんとなく感じられた。
アレンも、それを感じ取ったのか、肩をすくめる。
「リディアちゃん、知っていると思うけど、この国で闇魔法は禁忌なんだ。正確には、闇魔法による精神操作だけで、リディアちゃんの使った、闇魔法による物理攻撃はギリセーフ。ただ、それは理論上の話だ」
「どういう、ことですか?」
「はっきり言って、リディアちゃんは魔法局にとって危険なんだよ。使うのが難しい時間魔法を自在に操り、闇魔法を使える片鱗を見せたーー平民の学生がそんなことできるなんて……。しかも君は自由奔放な性格だ、今後、この国の危険分子になる可能性も否定できない……適当な理由をつけて、処分の対象になってもおかしくない」
セレナとクランは、それを予想していたかのように硬く目を閉じる。
リディは、呼吸が止まるのを感じた。
「処分…..って……?」
「魔法局での研究対象になるか、幽閉されるかーー。魔法を使えないように、封印されるかもね。まあ、いいことは一つもないような扱いだよ」
「……そんなの、リディアさんがあんまりです!!」
「わかっているよ、セレナ。だから、魔法局の正式な調査前に、俺がここに来たんだ」
アレンとリディアの目が交錯する。
「俺ならーールーミンハルト家なら、リディアちゃんを守れる」
「え……?」
「リディアちゃん、俺かルークと、婚約しないか?」
ーーーーーー
「じゃ、考えといてねー!」と軽やかに言い残して、アレンはリディアの部屋をあとにした。軽い物言いをしていたが、アレンが忙しい合間を縫って、わざわざ言いにきた意味を、リディアなりに理解していた。
セレナは、困ったように苦笑している。
「……びっくりしましたね」
「うん」
リディアはベッドに背を預けた。天井を見ながら、アレンの言葉を反芻する。
ーー処分
ーーアレンかルークと、婚約
頭を振って、気持ちを振り返るように、リディアはセレナの方を向いた。
「そういえば……ルークとカトリーナは?」
「リディアさんがレオナルドさんを倒した後、すぐにアレンさんが来たんです。レオナルドさんを拘束してーーその後、レオナルドさんに操られていた人たちを保護していました。今は、カトリーナさん含め、みなさん治療を受けているそうです」
「……カトリーナ、大丈夫そうだった?」
「気丈には振る舞っていましたが…..どうでしょうね」
「……そっか。そう、だよね……ルークは?」
「ルークさんも無事です。あのあと、怪我と魔力切れの影響で倒れましたが、この病院に、同じく入院してますよ」
「……よかった」
リディアは息を吐いた。
部屋に、しばらく沈黙が落ちた。
窓の外では、風が木の枝を揺らしていた。平和を象徴するかのような、鳥の鳴き声が聞こえる。
「……リディアさん」
セレナが、静かに口を開いた。
「アレンさんの話……婚約のこと」
「うん」
セレナは少し間を置いた。膝の上で手を重ねて、言葉を選ぶように続けた。
「私は……私はリディアさんと一緒に、無事に卒業したいです。お別れなんて、したくない」
リディアは、セレナを見た。
セレナは笑っていた。いつもの穏やかな笑顔だったが、その目は真剣だった。言葉の裏にある意味は、はっきりと伝わってきた。
気まずくてクランを見ると、クランも真剣な顔でリディアとセレナをみている。
「……何よ」
「別に…..ただ、俺は今でこそ、いい立場に立っているが、元はお嬢に拾われた身だ……経験上言わせて貰えば、もらえる立場があるんなら、つべこべ言わず貰っといたほうが身のためだぜ」
言い方は違うが、2人が何を言いたいか、リディアにもわかった。
リディアは、天井を見た。
処分。幽閉。魔法の封印。アレンが言ったことが、頭の中で繰り返された。
そんな未来が来ることを思えばーー怖かった。
「……そう、だね」
リディアは、静かに言った。
セレナは、気まずそうにリディアから目を逸らす。
セレナは、リディアがルークを慕っているのを知っている。2人の関係がうまくいけばいいと思っていたが、それは、こんな政略のような形ではない。2人が互いに思いを告げても、この状況では、互いの本心も、きっと伝わらなくなってしまうだろう。それが、セレナにはやりきれなかった。
リディアは、再び外をみていた。
その瞳は、決意したような、覚悟を固めたような目だった。それがどちらの覚悟なのか、セレナには読み取れなかった。
「私、ルークと話してくるよ」
リディアがベッドから抜けるのを、セレナとクランは静かに見守ることしか、できなかった。
ーーーーーー
ルークの病室の前で、リディアは足を止めた。
扉の向こうから、怒鳴り声が聞こえる。
「なんで婚約なんて話になるんだ!」
「仕方ないだろう、それがリディアちゃんのためだ」
「だからって……勝手に決めるな!」
ルークとアレンの声が、交互に聞こえてくる。リディアは、扉の前で動けなくなった。
「じゃあ、ルークはリディアちゃんを守る方法、他に思いつくの?」
「それ、は……何か、探せば…..」
「そんな時間がどこにあるんだ?わかってるだろ?リディアちゃんが目覚めたと知ったら、連中はすぐに彼女を取調室に拘束するぞ」
「……っ」
しばらく、沈黙があった。
「……なら、兄さんがリディアと婚約したらいい」
「お前、マジで言ってるの?」
「だって、あいつを守るための婚約なんだろ……」
ルークの声は低く、どこか投げやりだった。
でもその奥に、何か訴えかけるものがあるように感じた。
リディアは、その言葉を扉越しに聞いていた。
(……どう、して)
ショックだった。自分の告白への、ルークの答えはそれなんだ。
そう思うと悲しくてーー勝手に話を進める2人に、腹がたった。
リディアはノックもせず、扉を開ける。
アレンとルークが振り返った。アレンはしたり顔で、ルークの目が、わずかに見開いた。
ルークはベッドに腰掛けており、服で隠れていない至る所に包帯が巻かれていた。
リディアは2人をみて、一呼吸おいた。
「2人とも、何勝手に盛り上がってんの」
「リディア、これは……」
「そもそも私、2人のどっちとも婚約なんてしないから」
「……は?」
部屋が、静まり返った。
ルークは何度か口を開き、閉じた。アレンは、ルークの気持ちを代弁するように、リディアに問いかける。
「さっきも言ったけど、今の君は危険な立場だ。後ろ盾があった方がいい、貴族になれば、困らないよ」
「……処分される、なんて言われたら確かに怖いです。でも、だからって、アレンさんやルークに守られるのはーー違う。そんなの、私じゃない」
一瞬の静寂。
その後、アレンの笑い声が聞こえる。
「っはは!リディアちゃん、こんなときでもブレないんだ!?すごいね、頑固だね、才能だね!?その頭は石でできてるの!?いやー、その思考回路、研究したいわ」
「……アレンさん、私真面目に」
「わかってるよ」
アレンは目尻を拭って、リディアを愛おしげに見つめる。
「そういう君だから、俺も助けたいと思ってるんだ」
「え?」
「……さーて。だったら、お兄さんがどうにかしてあげよう、期待しててね」
アレンはリディアの頭を撫でると、「じゃーねー。あとは若いお二人で、いろいろ話したら?」と言って部屋を出て行ってしまった。
あっけに取られながらも、ルークを見れば、ルークは厳しい瞳でリディアを見つめている。
「……話したいことが、ある」
「うん」
リディアが頷くと、ルークは一度、口を開いた。
でも、言葉は出てこなかった。
しばらくの間、沈黙だけが部屋に満ちた。
アレンは、リディアがルークの部屋の前で聞き耳立てていたのも当然わかった上で、ルークと会話続けています。




