乙女会議
「今日もとっても美味しいですわ。アンジェリカ様」
「ありがとうございます。本日はタール産の紅茶のブレンドですわ」
「まあ!タール産ですの??渋い印象しかありませんでしたけど…」
「実は、ちょっとコツがありまして、通常は沸騰したお湯で淹れるのですが、あえて…」
「あの二人、すっかり仲良くなったわね」
「ええ、本当に」
ミナミがマカロンを食べながら、ランナに言うと、ランナも紅茶をすすりながら同意する。
やはり、セルジュールも貴族の子女だけあって、紅茶に詳しく、純粋にアンジェリカと話が合うようだった。
ここ最近談話室は、この四人でお茶する定番の場所になっていた。
「最近…談話室に幼馴染ズが来ないですねぇ?」
ふとミナミが口にする。
「ええ、何やら、リュークも他のみんなも忙しい様で。他で会ってもあいさつ程度しか話せなくって」
ところで幼馴染ズって?というアンジェリカの質問にミナミはスルーする。
「セシリオ様もですわ…。今までは少しでも時間があれば、会いに来てくださっていたのに…。」
「かなりの溺愛っぷりでしたものね」
ミナミがからかうようにセルジュールに言うとセルジュールは耳まで真っ赤になってしまった。
ふとセルジュールはカレンダーをみる。
そして、はっとする。
「もしかして、来月のアンジェリカ様の誕生日に正式に婚約宣言をされるのでは?!」
アンジェリカは来月で16歳だ。
今は18で成人とされているが、かつては16で成人だった。
その名残で16歳の誕生日は旧成人祭として(特に王族やそれに準ずるもの)今も盛大に祝う風習がある。
そこでリュークリオンとアンジェリカの婚約が正式に宣言されるのではないかとセルジュールは考えたのだ。
そこまで考えて、セルジュールはハッとする。
―私ったら、ミナミさんの気持ちも考えずに!!
恐る恐る、ミナミの様子を探るが、意外にもミナミはそんなにショックを受けてなさそうだった。
「あー、あの幼馴染ズなら考えそうね…‥。まったくひとの意見とか無視でしょ?自分たちのやる事にアンジェリカ様が喜ばないはずがないとか思ってそう……」
やさぐれ気味にミナミが言う。
ちょっと失礼が過ぎるのでは?とランナばかりかセルジュールも心配になるがアンジェリカはまったく気にも留めていないようだった。
「ありそうですわね…‥。ところで幼馴染ズってなんですの??」
「で?どうするの?アンジェリカ様??」
ミナミはアンジェリカのツッコミにはスルーして話を続ける。
「……どうしましょう??」
二人はため息をつく。
ーえ?どうして二人ともため息を??ミナミはともかくアンジェリカ様までなぜため息を??
相思相愛だと信じて疑いのないセルジュールは、二人のこの反応が理解できなかった。
「あの…つかぬことをお聞きしますが、婚約を正式に宣言するとはどういうことなのでしょうか?アンジェリカ様とリュークリオン様は既にご婚約されているのではないのですか??」
もうひとり、訳がわからないといった表情のランナが口を開く。
「そうね、世間的にはそう見えているかもしれないわね。実は…」
実はアンジェリカは正確には婚約者候補なのである。
アンジェリカが(死亡フラグ回避のため)両親に泣きついて、あくまでも候補という形にしてもらったのだ。
対外的には娘を溺愛しすぎる公爵が、あくまで候補ならと承諾したことになっている。
しかし、アンジェリカ以外に候補がいないことや、リュークリオンの溺愛っぷりから事実上の婚約者であるのは周囲に明らかだった。
「そうだったのですね。私はてっきり正式な婚約者だと思っておりましたわ」
ランナは驚きを隠せなかったが、同時に緊張が走る。
「では……1ヶ月後のアンジェリカ様の誕生日に、遂に、名実ともに婚約者となられると……?」
ランナはミナミの事を思った。
今どんな気持ちでいるのだろうか。
そして、アンジェリカ様もまた、どんな思いでいるのだろうかと。
「…詰んだわ」
「…なんとか誕生日取りやめにできないかしら??ほら、アンジェリカ様、お腹壊して欠席とか?」
「そんな簡単に休むことができるとお思いで??下手したら私不在でも勝手に宣言されたらそれこそ言い訳も何もできないじゃないの!!」
「リュークリオン様に何企んでるか聞いて止めさせるの一番では??」
「それが一番ですけど、話すどころか、あの4人にまともに会う事すらできていないのに?」
セルジュールとランナはポカンとする。
二人にはミナミとアンジェリカの会話がまったく見えないのである。
「あの…お二人様、ちょっとよろしいかしら??なんだかお二人の会話を聞いているとお二人とも婚約宣言を阻止したいように聞こえますわ。そんな事ないですのに……おかしいですわよねえ??」
セルジュールが遠慮がちに二人に尋ねる。
ミナミとアンジェリカは顔を見合わせる。
「この二人には言ってもいいんじゃないの?アンジェリカ様?」
「そうね……。実は、私、リュークとの婚約を解消したいと考えていますの……」
ーえっ。ええーーーー!!!
アンジェリカは実は皇太子妃には興味がない事、そして他に慕っている人がいるということを簡潔に話した。
ーだからあんなに皇太子妃教育にやる気がありませんでしたのね……。
セルジュールは今までの言動を思い出し、なるほどと合点がいったが、あまりにもありえない事だったので、頭が思考停止しかけた。
だが、なぜか少しほっとした。
政治的には良くないことであるだろうに。
セルジュールはこの4人でいる事を思いの他気に入っていたのだ。
ヘッドレンド家の人間ではなく、一人の人間として見てくれるこの3人と居ることが。
「そうだったのですね……あっ!!では、ミナミさんがリュークリオン様をお慕いしていても、二人の友情が崩れる心配はありませんのね!私ったらそうとも知らずに…ひとりでいらぬ心配をしてしまいましたわ!」
セルジュールは心底ほっとした。
もちろん、だからと言ってミナミの思いが成就するとは思い難いが、少なくとも一人の男性を巡って二人が傷つくことがないのだから。
ニコニコ顔のセルジュールをよそに、ミナミはなぜか顔面蒼白だった。
「ちょっ……セルジュール様!その話はまだ二人には……!!」
ミナミは慌ててセルジュールの口を塞ぐが時既に遅し。
「ほお~~?ミナミさんっ!なんですって??」
「ミナミ、じっくり話を聞かせて頂戴!」
振り向くとすごい形相で二人がミナミを睨んでいた。
「ひどい! 一緒の部屋なのに!」
「ずっと否定してましたのに!!まあそうだろうと思いましたけど。」
最後はなぜかドヤ顔の二人。
二人ともミナミの気持ちに気づいていたようだった。
「私って……そんなにわかりやすい?」
「まあっ。そうですわね。あっ!でもリュークリオンは気づいていませんわよ。彼、色恋沙汰には本当に鈍感だから」
「なんともリュークリオン様らしいですね」
ランナがさもありなんという風に言う。
ミナミは二人にも打ち明けることができて、恥ずかしい様なホッとしたような気分だった。
「私はですね……。婚約破棄したいのはもちろんですが、ミナミさんとリュークにもうまくいってほしいの」
「私も願わくはそうなって欲しいと思いますわ。でも、実際問題、男爵家令嬢と皇太子では、本人がどうという以前に周りが許してはくれませんわ」
アンジェリカの言葉に、セルジュールは遠慮がちに話す。
悲しいかな、これが貴族社会の現実だ。
「何か、特別な何か……そうですわね、例えばミナミさんが聖女になるだとか、それぐらいの奇跡が起きない限り難しいですわ」
そう、セルジュールが付け加えると、アンジェリカはにやりとする。
「え??まさか??」
ミナミは冗談でしょ?!と思うが、アンジェリカの目は本気だった。
「いやいや!無理!全然そんな気配ないから!光魔法もようやく中級レベルぐらいのコントロールができるようになったばっかりだから!!」
「そうですよ!いくらなんでも。そんなに都合よく、ミナミが聖女になれるわけありませんよ」
無謀だとランナも口を開く。
「大丈夫ですわ!気配?がないなら作ってしまえばいいのですわ!!なんったって私には(前世で得た)知識がありますわ!!」
―なんの?!
セルジュールとランナは心の中でツッコミを入れるが、ミナミはその意味を知っていても不安がとまらなかった。
以前パトリオットが「アンジーが張り切っている時は大体ろくな結果にならないんだよね」と面白そうに話していた事を思い出した。
ー乙女ゲームで聖女に目覚めるイベントを再現させてミナミさんを聖女にしてしまえばいいんだわ!!
ただ一人、アンジェリカだけはうまくいくと確信していた。
寮に戻ると、ランナはミナミに不満をもらした。
「ミナミさん、私本当に悲しかったですわ。私には真っ先に教えてくれても良いじゃない?相部屋なのだからいくらでも話す機会はあったでしょうに……」
「ごめんって。ただ、セルジュール様には話したと言うよりはバレてしまったって感じなのよ。ほら、選択授業で一緒だから」
「そういうことだったの。私こそごめんなさい。いじけてしまったわ」
「いいのよ。それより、これからも私に不満があったら遠慮なく話してね!溜めてモヤモヤと過ごされるよりはっきり言ってくれた方が嬉しいわ!」
「ミナミ……」
ミナミとランナはにっこりと微笑み合う。
「それはそうと……ランナも私に話してない事あるんじゃない??」
「へ??何が??」
「とぼけないで!!みんなの恋心を知っておいて、自分の恋心だけ隠すつもり??」
「う……。でも、私は恋心というより、ただの憧れで……みんなのそれとは違うわ」
「そうなの?」
「遠くで見てるだけで十分だわ」
「そうかしら?結構脈ありだと思うけどね」
「何言ってるの?!ランフォース様と私じゃ、天と地の差があるわ!そりゃ、皇太子よりは幾分か近いかもだけど……ミリの差よ!!」
ランナは慌てて否定する。
「あっ。やっぱりランフォース様だったんだ」
「ー!?」
しれっと言うミナミに、今日もしてやられたと思うランナであった。
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