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第7話 古の森獣Ⅰ

 ――シルムラーク達が原始妖精達の依頼を受けているのと同時刻、その男は戦闘を行っていた。その男は、髪を短く刈り上げ、偉丈夫という言葉がよく似合う外見をしている。黒いラインの入った真紅色の全身鎧(フルプレートアーマー)を身につけ、右手には血のような鮮やかな赤色が葉脈のように広がっている黒い刀身の剣を持ち、左手には赤銅色の渦巻きのような装飾が施された、黄土色の大きな盾を持っている。


 男は剣では無く盾を前に前面に構え、敵の攻撃に備えていた。相対する敵は、四足歩行でアンキロサウルスに告示した外見をしており、背中からは巨大な木が生えている。身長は、背中の木も合わせれば優に八メートルは超していて、まるで動く盆栽のような風体のモンスターだ。

 化物が、その巨体にそぐわない驚異的なスピードで大きな尻尾を男に向かって振り回す。男は腰を低くしてどっしりと構えると、その尻尾による攻撃を盾で受ける。尻尾の攻撃の威力に男は思わず身体ごと後ろに押されるが、致命的なダメージにはならなかった。男はすぐに体勢を立て直すと、尻尾を振り終えて硬直している巨体に剣で斬りつける。相手の身体にダメージを与えるたびに、男の持つ剣の刀身の文様は赤く光り、男のHPを回復していく。


(ちっ……! 全く、割に合わない……ぜ!)


 男は頭の中で愚痴をこぼしながら、敵を斬りつける。

 男が持っている剣は、〈咬血剣・喰牙〉と言うもので、相手にダメージを与えるたびに、与えたダメージの数パーセントを自分のHPに加算するという特殊能力を持っている。この効果によって、回復アイテムで間に合わないHPの減少を防いでいた。


 しかし、それも長くは持たないだろう。

 男の職業は守備特化の〈戦士〉だ。その高いHPと防御力でチームの壁となって味方を守るのが男の仕事であり、一人で敵、しかもボスを倒す程の火力は生憎持ち合わせていない。今の防戦一方の状況で精一杯だ。


(あいつら、無事に逃げ切れたか……?)


 敵の尻尾による攻撃を再び防ぎながら、男は先程自分に依頼をしてきた、この状況の元凶たる二人の妖精の事を思い出していた。離脱するときに助けを呼んでくると言っていたが、期待は出来ないだろう。

 HPは今もなお物凄い速さで減少していく。武器の能力と回復アイテムの効果で回復しながら戦っているとはいえ、このままでは依頼された妖精の救出はおろか、自分の身も危ないだろう。

 それでも、男は逃げ出すという道は考えていなかった。それは、自分の目指す理想の存在に背を向けることに等しいからだ。


 ――困っている人を、救いを求める人を、助ける。それが、男の目指した、ヒーローの姿だった。


「あーあ、本当にツイてねえや」


 いきなり森に飛ばされ、飛ばされた先で突然こんな化物と戦う羽目になってしまった。今日は、本当にツイていない。

 男は不敵に笑うと、再び剣と盾を強く握りしめて敵と対峙する。


 援軍の気配は、まだない。



◆◆◆

 

 

 二人の原始妖精を先頭に、シルムラークとリエラは森の中を走っていた。全員にはリエラの移動速度上昇の支援魔法〈ヘイスト〉がかけられている。


「ロロさん、後どのくらいですか?」


 リエラが先頭を飛行するショートボブの妖精に尋ねる。走っている途中に、妖精たちの名前などの情報は教えてもらっていた。ショートボブで、丈の長いスカートを履いているほうがロロで、ポニーテールで、サルエルパンツのようなズボンを履いている方がノノという名前らしい。


「あと、もう少しダヨ!」


 ロロは、前を向いたまま質問に答える。ロロの斜め後ろというシルムラークの位置からでは、顔全体を見ることは出来ないが、その顔は先程の焦燥感は感じられない。恐らく、他のプレイヤーを見つけ、協力を要請できた事で安心したのだろう。


「ノノ、敵は〈ランドローグ〉一体で合ってるんだよな?」

「少なくとも、私達が見た時は〈ランドローグ〉一体だったなの!」


 シルムラークの質問に、今度はノノが答える。ノノも、目元は腫れているものの、もう涙は流しておらず、元気そうだった。


(……さて、どうしたもんかね)


 シルムラークは走りながら、〈ランドローグ〉を倒すための作戦を練っていた。

 〈ランドローグ〉とは、〈原始の森〉に数種類存在するエリアボスの中で、唯一の徘徊型の、アンキロサウルスのような見た目をしていて、背中から巨大な木を生やしているモンスターだ。通常、ボスというものは、エリアの最深部などで動かずプレイヤーを待ち構えるものが普通だが、〈ランドローグ〉は、一定エリア内を自由に動きまわる事が出来るという性質を持つ。とはいっても、森の中全てを動くわけではないので、ある程度の場所は予測出来る。それを踏まえた上で、自分の戦力と敵の戦力を分析し、攻略の糸口を探る。

 なにせ、こちらは先に戦っているというもう一人のプレイヤーを合わせても、通常のパーティーの半分の人数の三人しかいないのだ。綿密な作戦を練っておかないと、すぐに全滅してしまうだろう。


「確か、今〈ランドローグ〉のところには冒険者がもう一人いるんだったよな?その人物の職業とか見た目はどんな感じだった?」


 敵は〈原始の森〉に出現するエリアボスの中では中型とはいえ、高難度の〈原始の森〉に出現するエリアボスだ。六人で挑むのが当たり前のモンスターを、たった一人で凌いでいるというだけでも、その人物の実力が伺える。


「えっと……おっきな男の人だったなの。硬そうな鎧とか大きい盾とか、強そうな剣を持ってて……」

「ということは、〈戦士〉か」


 シルムラークの確認に、ノノは頷きで答える。

 盾や鎧を装備している剣士といえば、〈戦士〉である可能性が高い。さらに、大きな盾を持っているということは、その男は壁職(タンク)のはずだ。


(……有り難い。タンクなら、こっちにヘイトを向かせずに戦う事ができる)


 シルムラークは、その〈戦士〉も交えた作戦を考える。敵のヘイトを自分へ向ける術技を多く持ち、防御力が高い〈戦士〉がいるのならば、防御力の高くない〈魔法術師〉であるリエラや、レベル一でそもそも素のHPが低い自分が狙われる可能性は少ない。敵の注意が相手に向かっている隙にこちらが大技を決めることも可能だろう。


「リエラ、次の戦闘でのフォーメーションとか決めとこう」

「そうですね。私も、少しだけですけど連携を考えたので」


シルムラークの提案に、リエラは頷く。そして、二人は作戦を相談し始めた。



◆◆◆



「――ついた。この先、その木の先の開けた場所ダヨ」


ロロがそう言って全員を立ち止まらせたのは、二人の作戦の相談が終了するのとほぼ同時だった。


「了解。〈オウル・アイ〉」


 シルムラークが〈オウル・アイ〉を使用して木の奥を確認する。


「確かに、この先に開けた場所があって、そこに二つの姿が見える。一つは、こちらに背を向けている小さいの。こっちが多分その〈戦士〉だな。……で、こっちに向かい合う形で〈ランドローグ〉が居る。遠すぎてHPとかは見えない」


 リエラはシルムラークの報告を聞くと、シルムラークと自分に防御力・回避率・敵愾心上昇率低下など、様々な支援魔法をかけていく。


「――よし、行くぞ!」


 リエラの支援魔法がかけ終わると同時に、二人は一気に敵のいる開けた場所まで一直線に走り、森を抜ける。

 その木々をかき分ける音に気づき、〈戦士〉の男はシルムラーク達の方へと振り返る。シルムラークは、警戒している男に聞こえるよう、出来る限り大声で叫ぶ。


「助けに来た!」


 その声に安堵したのか、一瞬だけ男の表情が明るくなる。それと同時に、男の前に立っている〈ランドローグ〉は、身体を横に大きく震わせ始めた。その様子を視界の端で確認すると、男は再び険しい顔つきに戻り、シルムラークの方へと叫ぶ。


「やばい! 急いで俺をそっちのパーティーに入れてくれ! 早く!」


 そう叫ぶ男の顔は必死だ。その必死の顔に、シルムラークは理由も聞く前にほぼ反射だけで男にパーティー申請を飛ばす。横では、リエラが男に向かって先程自分たちにかけたものと同じ補助魔法をかけている。

 男は目の前に出現したパーティー申請のウィンドウの承認ボタンを素早くタッチすると、自らの身長の半分程もある大きな盾を〈ランドローグ〉に向かって構える。


「――〈ウォール・オブ・ヘクサ〉!」


 男がそう叫ぶと、男の盾を中心に黄金色に光る六角形の巨大な障壁が現れる。その障壁の展開と同時に、〈ランドローグ〉の口から、緑色の巨大な竜巻が放たれた。シルムラーク達の身長の三倍はある巨大な竜巻は、男が展開した障壁によって阻まれる。


 〈ウォール・オブ・ヘクサ〉。これは、〈戦士〉の持つ、パーティー用の防御術技だ。組んでいるパーティー全員の防御力の合計値を、一つの防御力として巨大な障壁を発生させ、パーティー全員を防御する。先程パーティー申請を急いだのは、これが理由だ。

 しかし、組んだパーティーは、防御力の低い〈魔法術師〉とたったレベル一の〈暗殺者〉の二人だ。三人分の防御力を合計しても、総量は然程変わらないだろう。その証拠に、パーティーを組んだことで見える男のHPは物凄い勢いで減少していく。

 幸い、男のHPが二割程になった所で竜巻はその姿を消した。〈ランドローグ〉が攻撃を終え、硬直すると同時に、男は〈魔法の貯蔵庫〉から回復ポッドを取り出して自身のHPを回復させていく。


 (――〈ランドローグ〉に、あんな技は無かったはず――?)

 予想だにしていなかった事態に、シルムラークとリエラは驚いていた。それに気づいたのか、〈戦士〉の男は盾を再び構え直しながら、二人に向かって話しかける。


「あいつの名前を良く見てみてくれ。あれは、“二つ名持ち”だ。どうやら、今回のアプデで追加されたみたいだな」


 男の言葉を聞いて、二人は相手のステータスを注意深く確認する。すると、相手の名前の表記は、〈ランドローグ〉ではなく、〈“古の森獣”ランドローグ〉と表記されている。


 〈アンクロ〉では、同じモンスターでも、三種類の表記が存在する。一つは、通常種。これは、ただ名前だけが表記してある。先程戦った〈プリミティブ・マンティス〉や、〈アインフ・ワーム〉は、通常種の分類に属する。

 もう一つは、赤いクリスタルが身体の一部に生えたクリスタル種と呼ばれる種類。これは、倒せば通常よりも多くの経験値とアイテムのドロップをするという特徴を持つ、所謂レア種と呼ばれる種類だ。


 そして、もう一つは、“二つ名持ち”と呼ばれる個体だ。これは、通常種と少し異なる外見を持ち、技などの一部挙動も変化していて、実質別モンスターのような感じである。二つ名持ちの一番の特徴として、名前の前に二つ名が表記してあるという点があり、プレイヤーはこれで敵モンスターが通常種か二つ名持ちかを判別している。

 二つ名持ちのモンスターは、ボスなどによく見られる。別のゾーンではあまり強くなかったボスが、別のゾーンでは二つ名を持って、超強化されていたりするのだ。


 よく見れば、今目の前にいる〈ランドローグ〉も、通常の個体と比べて外殻の色が若干黒ずんでいるようにも見える。また、背中に生えている木も、通常よりも大きい気がする。同じ二つ名持ちでも、見た目に殆ど差異が出ない者もいれば、全く別の見た目になっている者も存在する。どうやら、この〈ランドローグ〉は前者のようだ。


「この〈ランドローグ〉が通常種と違うのは、さっきの竜巻攻撃だけですか?」

「多分、今のところはっ……な!」


 リエラの質問に、男は〈ランドローグ〉の尻尾攻撃を盾で防ぎながら答える。


「あの竜巻攻撃は、一番強い技っぽいが、さっきみたいに前方にしか放てないみたいだ。予備動作は身体を横に震わせる。俺が正面でヘイト稼ぐから、あんた達は横に回り込んで攻撃してくれ」

「分かりました。シルムさん、右側面から攻撃をお願いします! 私は、左側面から支援します!」


 リエラの指示にシルムラークは「了解」と返事すると、全速力で〈ランドローグ〉の尻尾攻撃の当たらない距離を保ちつつ、右側面へと走っていく。


「――それでは、こちらはお願いします。えっと……」

「ヴァランドゥームだ。ヴァランでいい」

「お願いします、ヴァランさん」


 リエラはヴァランドゥームに軽くお辞儀をしつつそう告げると、シルムラークと同様に走りだした。


「オーケー、任されたぜ」


 ヴァランドゥームは一人口の端を上げながら、誰にも聞こえない声量で呟いた。


 仲間を信じ、自ら敵の正面に立って攻撃を引き受けるのがタンクの役割だ。あの二人は助けに来たと言って、自分とパーティーメンバーになった。ならば、ヴァランドゥームのやることは一つだけだ。


「――さあ来いよ、〈プロヴォークライ〉!」


 ヴァランは剣を盾に当てて敵を挑発すると、〈ランドローグ〉の尻尾の薙ぎ払いに備えるため、再び盾を前に構える。


 ヒーローは、皆を守る存在なのだ。


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