第8話 古の森獣Ⅱ
一回だけ魔力の消費の肩代わりをしてくれる魔力の塊が原石化したアイテム〈魔力蓄積の宝珠〉を惜しげも無く砕きながら、シルムラークは尻尾の薙ぎ払い攻撃を終えて硬直している〈ランドローグ〉に接近していく。
「〈存在抹消〉!」
その発声とともに、〈ランドローグ〉の影が立体化し、その巨体を縛り上げ、さらにシルムラークの持つ小太刀に絡みつく。
その小太刀をシルムラークは〈ランドローグ〉の身体に突き立てるが、刀の先端は頑丈な鎧に阻まれ、影が霧散する。
(やっぱ無理か!)
シルムラークは技が効かないと見ると、〈ランドローグ〉の鎧に覆われた身体に飛び乗り、〈シェイド・リープ〉で跳躍して一気に後方へと離れていく。
〈ランドローグ〉は、現実のアンキロサウルスと同様に、頑丈な鎧を身体に纏っている。この鎧には、通常の攻撃の半分しかダメージを与えられない他、様々な状態異常を無効化する能力も持っているのだ。当然、その中には“即死耐性”も含まれている。それは、二つ名持ちになっても変わっていないようだ。
(ここまでの攻撃パターンは殆ど通常種と同じ……。なら、最初の作戦通りに行くか)
シルムラークは〈ランドローグ〉のカウンター技である背中の棘を飛ばす攻撃を全て己の身体能力のみで躱すと、敵の攻撃の射程外まで一旦避難する。
〈ランドローグ〉の攻撃速度は、リエラのかけた移動速度と攻撃速度を低下させる魔法の効果のおかげで、大分緩慢になっていた。この程度の速度ならば、術技を使わなくとも〈暗殺者〉の敏捷力で回避する事が出来る。
シルムラークは、射程外に出ると、パーティー用の音声チャットを起動させた。
キーボードやコントローラーではなく、全身でアバターの操作を行うVRゲームでは、従来のコメント式のチャットは減り、代わりに音声チャットが主流となっていた。
「リエラ、やっぱ最初の作戦通りに進めるよ。ヴァラン、俺たちに策がある。一つ、手を貸してくれ」
『今更だな。で、俺は何をすれば良い?』
「ありがとう。――奴の足止めを頼む」
『つまりは現状維持だな。わかった』
「ああ、それで、作戦の詳細だけど――」
◆◆◆
尻尾による範囲攻撃の射程から離れたシルムラークが、再び攻撃体勢を整えると、〈ランドローグ〉は身体を大きく震わせ始めた。
〈ランドローグ〉の竜巻攻撃の再利用時間が終わり、再び放つ気でいるのだ。
『障壁、貼り直します!』
リエラが急いでヴァランにダメージ遮断の魔法をかけ直していく。回復アイテムと剣の能力で、ヴァランのHPは満タンまで回復している。再びあの竜巻攻撃を受けたとしても、死んでしまう事はないだろう。
「――〈忍法-土遁の術〉!」
シルムラークが掛け声と共に手を地面につけると、手のひらを中心に地面が盛り上がり、高さ二メートル程の小さい丘が形成された。
丘の形成と同じタイミングで、〈ヴァランドゥーム〉の口から再び緑色の巨大な竜巻が繰り出される。
「〈オブスタクル・オブ・ジルコニア〉」
その竜巻を、ヴァランは白銀色に光り輝く身体で防御する。ダメージ遮断魔法と防御術技の重ねがけによって、先程よりもダメージの減りは遅い。
「〈グラビティ・バインド・レイ〉!」
竜巻攻撃を放っている〈ランドローグ〉の足元から出現した光の鎖が、〈ランドローグ〉の足を縛り付ける。
「〈シェイド・リープ〉!」
そのタイミングに合わせて、シルムラークも先程作り出した丘をめがけて走り、丘を踏み台にして大ジャンプをする。向かう先は、〈ランドローグ〉の背中の上だ。
〈ランドローグ〉は身体の殆どを硬い鎧で覆っているが、身体全てを防御出来ているわけではない。ゲームである以上、必ず弱点が存在する。その場所の一つが、背中から生えた大きな木だ。あの木は、〈ランドローグ〉に触れている間のみ、こちらの攻撃が当たるようになる。
しかし、〈ランドローグ〉は尻尾の薙ぎ払いなどで身体を大きく振る技を持つので、貼り付いても十数秒ほどで振り落とされてしまう。それを防ぐための作戦が、この状況である。
この二つ名持ち〈ランドローグ〉は、竜巻攻撃をしている間、他の行動を一切起こさない。ならば、その間に弱点を狙おうといったものだ。
シルムラークは〈ランドローグ〉の木に飛びついてクナイを木に突き立てていると、頭上、木の中央付近に一つの影があるのを発見した。そこには、大きな蜘蛛の糸が貼り付いており、その隙間から小さな羽根のような物が見える。
「――っ! ……誰か……そこにいるの……?」
木に張り付いた時に気配を感じたのか、蜘蛛の糸の中から小さな声が発せられた。その声は、大分衰弱しているように感じる。
〈アレストラッシュ・スパイダー〉の糸は触れるだけで継続的にダメージを受け続ける。〈ランドローグ〉と悠長に戦っている時間はなさそうだ。
「ロロとノノに頼まれて助けに来た。もう少しだけ頑張ってくれ」
シルムラークはその声の主、つまり、今回のクエストの救助対象であるココに向かってそう告げる。声の主が「うん」と小さく答えるのを聞くと、広範囲に及ぶ回復アイテムと、属性防御力上昇の支援アイテムを発動させた。これで、もうしばらくの間HPが尽きる事は無いだろう。
「行くぞ!〈忍法-火遁の術〉!」
シルムラークは木の更なる上、頂上まで一気に駆け上がると、てっぺん付近の木の葉を炎で燃やしていく。
「グオオオオオオオオオオ!」
その攻撃に、〈ランドローグ〉は初めて大声を上げると、放っていた竜巻攻撃を中断し、身体を大きく震わせ始めた。
「くっ!」
シルムラークも、振り落とされないように突き立てたクナイに必死にしがみつき、木の葉に向かって更に火の攻撃を当てていく。
やがて、上の方の葉があらかた燃えると、〈ランドローグ〉は一回大きく回転し、膝を曲げて地面に倒れこんだ。そして、木から種子を地面に向かって四つ落とす。
(今四つ落ちたか……?)
シルムラークは怪訝に思い、その種をしばらく観察する。種子は地に触れると、地面の中へと潜り込んでいき、ものの数秒で高さ数十センチ程の小さな木となった。
木は成長が終わると緑色に輝き、それに合わせて〈ランドローグ〉の身体も緑色に輝く。
〈ランドローグ〉は、弱点に一定以上のダメージを受けると、攻撃の手を止め、木から種子を落とし、木に成長させて自らのHPを回復させるのだ。その種子は、『戦闘が始まってから弱点を攻撃されるまでの間に自らにダメージを与えた人数と同じ数だけ』生み出す。
しかし、今ダメージを与えていたのは、シルムラーク、リエラ、ヴァランドゥームの三人だけだ。
(あの四つ目は、何で出てきた……?)
シルムラークは、自身の疑問は拭えなかったものの、時間が無いことを思い出し、急いで木から〈ランドローグ〉の背中へと飛び降りた。
『止まっている間の木の伐採は任せろ!』
ヴァランドゥームがシルムラークに向かって音声チャットを飛ばしながら、光り輝く木の元へと走りだす。
「今種子が三つじゃなく四つ落ちた。一応、警戒しておいてくれ」
〈ランドローグ〉が生み出した木は一定量のダメージを与えれば破壊出来るので、この状態になると積極的に破壊するのがセオリーだ。一応、シルムラークは自身が疑問に抱いた事を伝えながらも、別に引き止める事まではしない。
「〈ジャンクション・アナライズ〉」
シルムラークが〈ランドローグ〉の背中に着地すると、リエラの魔法が発動し、ランドローグの背中の木の根元、根の盛り上がった部分の一部にマーカーが貼りつく。
〈ランドローグ〉の強固な鎧には継ぎ目があり、そこを正確に攻撃することで鎧を剥がす事ができる。その継ぎ目を狙うのに重要なのが、〈魔法術師〉の魔法〈ジャンクション・アナライズ〉だ。
この魔法は、普段は敵の弱点を探り、そこにマーカーを設置する技だが、鎧など一部の装備を破壊出来る箇所が有るモンスターに使用した場合、その場所をマーカーで教えてくれるのだ。
この木の根本の継ぎ目は、鎧のガードが無い、唯一の部分だ。ここならば、小太刀の刃が弾かれる事はない。シルムラークは〈魔法の貯蔵庫〉から再び〈魔力蓄積の宝珠〉を取り出し、小太刀を構える。
「――今度こそ、くらえ! 〈オブリタレイ――」
と、そこまで発声したところで、突然地面が大きく揺れ、シルムラークは大きく体勢を崩された。
(一体何事……⁉)
シルムラークが慌てて周囲を見渡すと、ヴァランドゥームが煙を上げ、地面に仰向けに倒れていた。
「大丈夫か!」
『――ヴァランさんは、無事です。まだ、HPは二割弱残っています……!』
シルムラークの問いかけに、リエラが回復アイテムをヴァランに使いながら、代わりに答える。
『……すまねぇ、ドジった。まさか、木が爆発するなんて……』
「爆発?」
『ああ、三つ目の木を攻撃した時、そいつが突然爆発しやがったんだ。多分――』
「二つ名持ちの新しいパターンか……!」
シルムラークの推測に、ヴァランは「ああ」と呻くような声で答える。
ヴァランドゥームは壁職型の〈戦士〉だ。攻撃中で防御してなかったとはいえ、〈アンクロ〉内の全職業中最高防御力を誇る〈戦士〉の八割ほどもあったHPを一瞬で二割まで持っていく威力の爆発なんて、反則級だ。もしこれを複数人で破壊作業にあたっていたとしたら、パーティーを半壊まで持って行かれただろう。
『――シルムさん、気をつけて! 動き始めました!』
爆発音を聞いてか、膝を折り地面に倒れこんでいた〈ランドローグ〉が再び立ち上がる。
普段よりも立ち上がる時間が短い。恐らく、爆発を起こすとまだ時間が残っていても復帰するというパターンを持っているのだろう。
リエラの声で考えに耽っていたシルムラークは我に帰り、再び〈存在抹消〉を発動させようとしたが、もう遅かった。
〈ランドローグ〉は力一杯地面を踏みしめると、上空に向かって大ジャンプをしたのだ。
その衝撃で、足元に巻き付いていた光の鎖も全て引き千切られる。
シルムラークは振り落とされないように木の根っこに小太刀を突き刺し、柄をおもいっきり掴んだ。横目で周りを見ると、恐らく十メートル以上は跳んでいるだろう。
(くそっ……! 間に合わなかった……!)
シルムラークは顔を歪ませ、歯ぎしりをする。このモーションは、通常種の〈ランドローグ〉の必殺技〈インパクト・ダイブ〉に間違いない。
〈インパクト・ダイブ〉は、〈ランドローグ〉がその巨体で跳躍し、そのまま勢いを乗せて着地し、衝撃波を発生させる攻撃だ。踏み潰されれば圧死し、着地点から半径十メートルは衝撃波に晒される。この攻撃が決まれば、HPが大幅に減っているヴァランドゥームも、防御力の低いリエラも、そしてレベル一のシルムラークも、全員が即死してしまうだろう。
(そんな事……させるか……! まだだ……まだ、チャンスはある……!)
急降下の勢いで、吹き飛ばされそうになる身体を抑えるため、小太刀を握る手の力をさらに込めつつ、新たにクナイを取り出すと、それをよりマーカーの場所に近い木の根っこの部分に突き刺す。
(あと……あと、もう、少し……!)
シルムラークは必死に手を伸ばす。
後もう少し。
自分がやらなければ、全員が死んでしまう。
届かせろ。そのために、自分は今ここにいるんだ。
届け。
――届け!
その願いが届いたのか、指がギリギリマーカーの所に触れた。
先程取り出した〈魔力蓄積の宝珠〉を口に加えると、もう片方の手で新しいクナイを取り出すと、それを継ぎ目に添えるように構える。
(後は、もう少し引き付ける!)
〈存在抹消〉は、その能力の高さの代償として、発動にいくつかの条件がある。その一つが、『影を纏う』という点だ。これは、相手の影が相手に取り付いてから発動する技なので、影が生まれない場所(例えば光の一切無い洞窟の中など)では使えないのだ。当然、今のように地面から離れていて影が薄くなっている場合も同様である。
タイミングを見計らっていたシルムラークの元に、声が響く。
『――使って下さい!』
その声を同時に、下から凄まじい光を帯びた稲妻が飛んでくる。先程の戦闘でも使った〈グランツ・ボルト〉だ。稲妻は〈ランドローグ〉に当たると、強烈な光を放った。
光が放たれるのを見ると、シルムラークは口に加えた〈魔力蓄積の宝珠〉を顎の力で噛み砕き、術技を発動させる。
「ナイス支援! 今度こそ、本当に終わりだ! 〈存在抹消〉――!」
強烈な光によって、周囲の木々に映った〈ランドローグ〉の影が、その掛け声と同時に実体を持って
〈ランドローグ〉の身体を覆った。そして、クナイに影を纏わせながら、それをマーカーの指す部分へと突き立てる。
継ぎ目を縫うように突き立てられたクナイは、抵抗も少なく身体に突き刺さり――〈ランドローグ〉の身体の中に一斉に影が潜り込んだ。
「グオオオオォォォォォォォオオオオン……!」
そして、断末魔の叫びかのように〈ランドローグ〉が声を上げると、ランドローグの身体が、背中の木を残し、大量の光の粒子となって爆散した。
「やった……! って、おお? おわわわわわ!」
喜びもつかの間。身体が爆散し、木だけが残され、支えが無くなったシルムラークは、そのまま空中へと放り出され、地面へと直行していく。
「うわああああああ! 助けてえええええ! って、おお?」
シルムラークが情けない声を出しながら落下していると、ガクンという小さい衝撃のあと、突然身体の落下が止んだ。見ると、身体が巨大な蔓が巻きつき、落下を防いでくれている。
『なんとか間に合ってよかったです……』
リエラの安堵した声が音声チャットで届く。どうやら、〈ナチュラル・バインド〉でシルムラークの身体を捕らえてくれたらしい。後ろを見ると、同じく落下中だった〈ランドローグ〉の木も、蔓が巻き付いて落下を防いでくれていた。
「……ああ、もう、二度としねーぞこんなの」
リエラの操る蔓によって、ゆっくり降ろされながら、シルムラークはそう心に強く決めたのだった。
--ここで書き溜めが尽きたので、続きは暫くお待ち下さい。--




