第9話 新生
「――っと」
リエラの〈ナチュラル・バインド〉によって支えられていたシルムラークが地面に着地すると、同時に巨大な木――〈ランドローグ〉の背中に生えていた木も地面に降ろされた。
「あの……これ、どうしましょうか」
リエラがおずおずと二人に尋ねる。
「そうだな……というか、〈ランドローグ〉の背中の木って残るっけ? 俺の記憶だと一緒に消えるはずなんだけど」
「……確か、『死んだ〈ランドローグ〉の巨木は〈原始の小湖〉を生み出す』みたいな設定があった気もするが……。今のところ、分からんとしか言いようがないな。もしかしたら〝二つ名持ち〟の特有現象かもしれん」
「アンタ、詳しいな……」
「俺のフレにそういう設定とか背景ストーリー大好きな奴がいるからな――っ!?」
プレイヤーが普段殆ど意識していないような、細かいモンスターの設定をスラスラと答えるヴァランドゥームにシルムラークが関心していると、突然ヴァランドゥームの顔つきが険しくなった。何事かと振り向くと、〈ランドローグ〉の残した巨木が、左右に大きく揺れている。
「な、なんだ!?」
「分からん! が、気をつけろ!」
ヴァランドゥームが大声で二人に注意し、盾と剣を抜いて二人の前に出ると、、二人を庇うように盾を構える。リエラも、急いで魔法の詠唱を準備し始める。
そして、木が一回とても大きく揺れたかと思うと、葉っぱの中から一つの大きくて丸い、実のような物が落下してきた。恐らく、ドロップ品などではないだろう。それならば、〈ランドローグ〉が倒れた瞬間にドロップするはずだからだ。だとすれば、この実が何なのかの答えは一つ。時限式の攻撃だということだ。その証拠に、その実は地面に落下するとチカチカと点滅し始めていた。
「くっ――! 〈ウォール・オブ――!」
「――〈コード:DM-APE7〉」
実が爆発するその瞬間、シルムラーク達の背後から声が響き、シルムラーク達に小さな透明な膜のような物が纏う。そのまま実は爆発すると、シルムラーク達の視界は真っ白に包まれ、思わず全員が目を瞑った。
「くっ……!」
シルムラークが目を開けた先に広がっていたのは、凄惨な森の光景だった。目に見えるだけでも半径5メートル以上は焼け野原となり、木が炭化している。幸い、着火はしなかったようで木々に燃え移ったりはしていなかった。しかし、これが先程の実が起こした威力なら、もし本当にあのまま直撃を喰らっていたらどうなっていたか分からない。シルムラークは体をぶるっと震わせると、爆発の直前に聞こえた声の主の方へと振り向いた。
そこには、一人の青年の男が立っていた。枯葉色の、全身が隠れてもなお余りある程ブカブカのローブにシルムラークと同じくらいの大きさの身を包み、手には粗末な木の杖が握られている。顔に謎の模様が描かれた白い仮面をつけているせいで、表情は掴めない。それらは、シルムラークが見たことの無い武器防具だった。
「いや~危なかったっすねぇ。“二つ名持ち”〈ランドローグ〉は死ぬと一定時間後に広範囲爆発攻撃を行うんすよ。完全な初見殺しとしての機能っすね。半端な後衛職なんかは一撃で死んじゃう威力っすから。いやぁ追加早々に倒されるなんて超ビックリっすねぇ」
仮面の下で喋りだした男は軽快な口調でそう告げると、先程とは別の杖を取り出しながら三人のすぐそばまで寄ってきた。
「『追加早々』……? おい……あんた、まさか……」
ヴァランドゥームがゴクリと唾を飲み込むと、おずおずと仮面の男に向かって話しかける。
先程の“二つ名持ち”〈ランドローグ〉は明らかに今回のアップデートで追加された新モンスターだ。それなのに、目の前にいる仮面の男はそのモンスターの死亡時の行動内容を知っていた。それに――男は先程こう言ったはずだ、「追加早々に倒されるなんて超ビックリっすねぇ」と。ならば、この男の正体は――
「GMなのか……?」
「ん~ちょっと違うっすね。確かにオイラは運営側の人間だけど、GMのような権限なんて無い、只のデバッガみたいなモンっすよ」
ヴァランドゥームの問いに、男はまたしても飄々と答える。しかし、男が運営側の人間と分かった三人は次々と質問を投げかける。
「一体全体、何があったんだ?」
「いつログアウト出来るんですか?」
「なんで俺達は森に飛ばされたんだ?」
立て続けに質問された男は、両手を前に突き出して、手と首を左右に振る。それは、何も知らないという合図だった。
「だから、さっきも言ったっすけど、オイラ中入って様子見るだけの下っ端なんで、今何が起きてるかなんてこっちが聞きたいくらいっすよ。運営キャラの独自回線も繋がらないし」
男の答えに、三人はがっくりと肩を落とす。そして、同時に危機感を覚える。――今起きている事態はつまり、これは運営側も把握していないということなのだから。
「取り敢えず、街に一回行ったほうが良いっすよ。人もそこに一杯いたっすから。今ならオイラがビュビュンって飛ばしてあげるっすよ」
男の提案に、シルムラークとリエラの二人は首を捻る。
「あれ、あんた転移魔法使えるのか? こっちはさっきから使えなくて森から抜け出せなかったんだが」
「え?」
シルムラークの言葉に男は下を向いて顎に手を当てると、何かをブツブツと呟き始めたが、すぐにシルムラーク達の方へと向き直った。
「……いや、大丈夫っすよ。多分イけるはずっす。というわけで、あなた方には安全な街まで一度帰還して貰うっす。――〈TP-02PE×3 T-〈アルビレッゾ〉〉」
「おい! 俺はまだアンタに聞きたい事が――」
唐突に呪文を詠唱した男を見て、シルムラークは慌てて男を掴もうとしたが、服に手が触れるよりも先にシルムラーク達の体は光に包まれ、消え去った。後には、男だけが立っていた。
「ま、何も知らないなんて嘘なんすけどね。下っ端はホントだけど」
男は杖を〈魔法の貯蔵庫〉に仕舞うと、今度は黒くて四角い物体を取り出した。それは、このファンタジーな世界には似つかわしくない、携帯と呼ばれる代物だった。男は携帯のダイヤルを押して耳に当てる。
「――ああ、もしもし。こちらジェラウスっす。予定通り〈原始の森〉に居たプレイヤーは全員追い出しましたよ。というか、転移魔法に阻害をかけてるんなら言って下さいよ。危うく面倒な事になるところだったじゃないっすか。あ、あと撃退用の〈ランドローグ〉が殺られたっす。……ええ、どうやらたった三人でやったみたいで……。え? いや、奥には行ってないっす。その前にオイラが開発魔法で転移させたっすから。あとはもう、時間を待つだけっすね。……一体、あの奥には何があるんすか? ……いやいや、別にちょっとした好奇心っすよ。そんなに怖い声を出さないで欲しいっす。オイラはあなたの計画の賛同者なんすから、あなたの迷惑になるような事なんてこれっぽっちも考えてないっすよ。それに、労働に見合った対価はきちんと貰うっすから。ええ、では時間まで見張りは継続するっす、それでは」
男は長い電話を終えると、小さな溜め息を一つ吐いて携帯を〈魔法の貯蔵庫〉の中にしまい、先程の杖を取り出した。
「……しかし、本当にこの先には何があるんすかねぇ」
ジェラウスは自分が今立っている森の奥に視線をやる。ジェラウスの仕事は、〈原始の森〉に居るプレイヤーを全員森から退去させ、この奥へと誰も行かせるなというものだった。そのために、新規エリアボスモンスターまで追加させる程だ。きっと何かがあるのだろう。
しかし、ジェラウスは本当に覗く気は無い。あの、この喋り方でも許してくれるような割りと寛大な雇い主が怖い声で威圧してくるくらいだ。よっぽど見られたく無いものがあるのだろう。それが、これから起きる事に関連する何かだとしたら、自分の行動で全て水泡に帰す事になってしまう。それこそ、ジェラウスが最も望まないことだった。
「……ん~、じゃあ、何であの三人は〈ランドローグ〉倒せたんだろう? チート? バグ?」
男は好奇心を別の事に向ける。今回追加したエリアボス〈“古の森獣”ランドローグ〉は、六人パーティーで、それもかなりのレベルを持っていないと倒せないくらいの強敵に設定されていたはずだ。最大レベルでかなりのレベルの武器を持っていた〈魔法術師〉と〈戦士〉はともかく、もう一人はたったレベル1の〈暗殺者〉だ。一体全体どんな手品を使ったのだろうか。
「……ま、今となってはもうどうでも良い事っすねぇ」
今までなら、運営に報告しなければならないような事態なのかもしれないが、もう後数分もすれば自分とは関係無い事だ。ジェラウスが考えを放棄し、タイマー機能がセットされている時計を確認すると、時間は残り三十秒を指していた。
「さてさて、いよいよっすね」
そう呟いたジェラウスが背伸びをしていると、目の前が突然真っ黒に染まった。そして、視界が戻ると――
――そこには、小さな少年が立っていた。
「これでオイラ――いや、ボクの仕事は終わりだね。これからは自由にさせて貰うよ」
少年は、もう半分近くも地面に接触しているローブを脱ぎ、仮面も外すと先程〈ランドローグ〉の種が焼き払った森の一部を見やる。そして、そこに向かって手をかざすと、詠唱を始めた。
「……〈RC-02 T-O〉
少年の詠唱が終わると、見る見るうちに焼け焦げた木々は元の姿を取り戻して行き、どこが焼け焦げた場所だったかもわからなくなるくらいに回復した。その様子を見て、少年は不敵な笑みを浮かべる。
「ふふっ、強くてニューゲームってやつだね」
少年――ジェラウスは笑みを浮かべたまま、光に包まれて消えていった。
現実が忙しいので、また時間がかかると思います




