第6話 NPC
「――さて、どういう事か説明してくれる?」
シルムラークが原始妖精の方へと向き直って質問をすると、口を開けて呆けていた妖精たちは首を振って真剣な顔に戻すと、口を開いた。
「強いお二人方にお願いがあるデス!私達の仲間と、一人の冒険者を助けて欲しいのデス!」
「私達の力だけじゃ助けられないなの!」
「えっと……冒険者っていうのは、私達の事でしょうか?」
言葉をまくし立てる二人にリエラが質問をすると、二人の妖精達は同時に首を縦に振る。
〈アンクロ〉では、プレイヤーを指す総称のような物は存在しなかった。プレイヤーは〈プレイヤー〉という存在であり、〈冒険者〉などという名前では無かった。運営も、プレイヤーの事は〈君たち〉などの呼び名を主に使用していた。
しかし、妖精たちの言う所によれば、シルムラーク達はどうやら〈冒険者〉であるらしい。
「……ってことは、他にも〈原始の森〉に飛ばされたプレイヤーが居るって事か……。で、一体何から助けるんだ?経緯を説明してくれ」
シルムラークが問いかけると、ショートボブの方の原始妖精はスカートの裾を握り、少し俯きながら説明を始めた。
「……あれは、私達が森の中で鬼ごっこで遊んでいた時のことデス。もう一人の友達のココが、私達を追いかけていた時、運悪く〈アレストラッシュ・スパイダー〉の糸攻撃に当たってしまったデス。それで糸の括りつけられた先が〈ランドローグ〉の背中の木だったのデス……」
「〈ランドローグ〉の攻撃で〈アレストラッシュ・スパイダー〉はやられちゃったなの。でも、〈ランドローグ〉がそれで怒って暴れちゃって、まだココは木に貼り付けられたままなの……。それで、突然飛んできた冒険者に助けを求めたんだけど、やっぱり一人じゃ厳しいみたいなの。だから、私達が他の冒険者を探すってことで、周囲に索敵魔法を使いながら飛んでたなの」
「それで、魔法感知の鈴の罠に引っ掛かってあのワームに追いかけられてたってわけか……」
シルムラークの確認にポニーテールの方の妖精は頷くと、胸の前で手を合わせて涙を浮かべながらシルムラークの顔に迫る。
「お願い……!二人を助けてなの……!」
その必死のお願いに、シルムラークは頭を掻きながら、とても困ったような顔をしてリエラの方へ振り返る。
「これ、どう思う?」
「普通に考えたら、〈クエスト〉の依頼ですよね……。でも、それにしては少しおかしいような……。それに、この人、いや、妖精さんたちは……」
シルムラークが困った顔でリエラに質問すると、リエラもまた、難しい顔をして答えた。
〈クエスト〉とは、NPCから依頼を受け、それを達成して報酬を貰うといったゲームにおける基本的な要素の一つである。それはNPCの護衛だったり、どれそれを何個採集してきてくれといった物だったり、代わりにこれをしてくれという物だったりと多岐に渡る。クエストをクリアすることで、プレイヤーは特別なアイテムを手に入れたり、モンスターの特徴を教えてくれたりなどの報酬を手に入れる事が出来る。
今回のクエストは、簡単に言えば『囚われた仲間の妖精を救出せよ』といったところだろうか。
別に珍しい内容でもない。シルムラークも、時間があれば、二つ返事で引き受けていただろう。
しかし、今回の依頼には奇妙な点がいくつかある。
一つは、クエストの内容に冒険者――つまり、他のプレイヤーが混じっているところだ。クエストは個人やパーティー単位で個別に受注するものであり、一つのクエストの進行に他のプレイヤーが絡むことはない。例え同じNPCから同じ内容のクエストを受けたとしても、それは内容は同じでもゲーム上では別々のクエストであり、その二つのクエストが重複してかち合うといった事は絶対に起きない。
しかし、先程原始妖精達は、「仲間の妖精と、冒険者一人の二人を助けて欲しい」を言った。それは、『他の人が受けているクエストに介入する』、ということだ。
しかも、この妖精達は、自らプレイヤーを訪ね、依頼してきた。クエストというものは、プレイヤー自身がこのクエストを受けようと考え、受けるものであり、緊急クエストなどの特別なクエストの場合を除いて、基本的にプレイヤーからNPCに話しかけない限り発生しない。NPCから積極的に話しかけてきたら、ゲームとしての自由度が下がってしまう。それも、奇妙な点の一つだ。
(こんなこと、今まで起きたことがないぞ……。それに、あの妖精……)
シルムラークは妖精の方を少し振り返ってチラ見する。未だにポニーテールの妖精は涙を浮かべてこちらを縋るように見つめており、それをショートボブの妖精が肩を叩いて慰めている。三つ目の理由は、この妖精の今の様子だった。
(――なんで涙を流しているんだ?)
〈アンクロ〉は圧倒的な解像度を誇るゲームだ。現実のプレイヤーの脳の信号をトレースして、細かな表情も再現できる。
しかし、それでも限界はある。〈アンクロ〉では、〈涙〉は存在しない。『悲しそうな顔』や、『今にも泣きそうな顔』は出来ても、容量や処理の都合上、『涙を流す』は出来ないのだ。
やはり森に転移して以降、何かがおかしい。使えない転移魔法、消えるミニマップとログアウトボタン、そして、自らプレイヤーに話しかけ、涙を探すNPC……。それら全てが、今の状態がただの『不具合』という単語だけでは表せない状況であると告げているようなそんな気がしている。
そんな状況でクエストを気軽に受けて良いものなのか。もしかしたら、行った先でより大変な事態が発生するかもしれない。
(――でも)
シルムラークは再び妖精に目をやる。嗚咽の音は小さくなったものの、目の周りは赤く腫れ、目元には未だに涙が浮かんでいる。
(――見捨てられるのか?)
目の前の妖精たちは助けてあげたい。でも、それで自分たちがどうなってしまうのかが分からない。その可能性が、シルムラークに判断を下しかねさせていた。
それに、今は一人では無い。シルムラーク一人であれば、最悪どんな目にあっても、それはシルムラーク個人が被害を受けるだけだ。しかし、今は仲間と行動を共にしている。シルムラークは何が起こるか分からないこの依頼に、自分の判断で他の人を巻き込みたくはなかった。それ故に、シルムラークは判断を下せないでいた。
「私は、シルムさんの決定に従います。シルムさんが、どちらを選んでとしても」
背後から声をかけられ、シルムラークは声の主の方へ振り返る。
振り返った先にいたリエラの目は真剣だ。彼女はもう既に覚悟を決めた顔をしている。
(……敵わないな)
シルムラークは小さく笑うと、合図としてリエラに小さく頷く。そして、妖精たちの方へ振り返る。
「分かった。その依頼、俺たち二人が引き受けた」
その言葉を聞いて緊張が抜けたのか、今まで泣いていなかったショートボブの妖精まで目元に涙を浮かべ始めた。
今、この中で何が起きているのかは分からない。これから、ここで何が起きるのかも分からない。
(――それでも、これだけは分かる)
この選択は、決して間違いでは無い。
シルムラークの瞳からは、もう迷いは消えていた。




