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第5話 原始妖精

 ひとしきりの情報を交換し、休憩を取った後、シルムラークとリエラは森を脱出する事にした。何時モンスターが出てくるか分からない森に長く居るわけにはいかないし、〈アルビレッゾ〉などの大きな街に戻れば、他のプレイヤーにも会えると踏んだからだ。


 脱出に際して二人はパーティーを組んだ。〈アンクロ〉におけるパーティーとは、最大六人までで構成される即席のチームの事を指す。これを組んだプレイヤー同士は、パーティーメンバーとなる。パーティーを組んでいる間は、他のパーティーメンバーのHPやMP、おおよその位置などが分かるようになり、経験値の取得量も増加する。

 何時また戦闘になるか不明なので、二人は細心の注意と用心を払いながら森の中を進んだ。


 歩いている最中、二人は新たな問題を発見した。一つは、帰還系のアイテムや魔法が使用不可能になっているということだ。通常、街などに帰る場合、すぐに帰りたい場合には帰還呪文や帰還アイテムを使用するのが普通だ。これは、ダンジョンや洞窟などの特別な場所を除き、どの場所でも使用可能で、一瞬の内に街に帰る事が出来た。しかし、それが今は使用不可能となっている。使おうとしても、全く反応がないのだ。魔法を唱えた場合も同様だった。まるでそんな魔法は無いかのように、魔法のエフェクトの一つも発生せずに不発となってしまう。


 そんなわけで、地道に徒歩で街まで帰ることになったのだが、そこでもう一つの問題が発覚した。それは、ミニマップが使用出来なくなっているということだった。

 ミニマップとは、世界全体が描かれているマップとは違い、ショートカットですぐに呼び出せ、そのまま視界の端に固定して設置しておける、小規模な範囲を確認するためのシステムだ。自分が居るゾーンの形や方角、周りにいるパーティーメンバーの位置などが表示してあり、戦闘時の位置取りやゾーンの探索などに非常に役に立つ機能で、シルムラークも、〈災禍の洞窟〉の中を探索する時には使用していた。しかし、それが今はショートカットの一覧からも、メインメニューの中からも消滅していた。


 この世界は、様々なエリアをゾーンという単位で区切ってある。それは、それぞれの街や草原といった小さな括りを区切って存在している。その中で、自分が現在居るゾーンの情報を素早く確認出来るのが、ミニマップという機能だった。

 しかし、その機能が使えない今、今自分がゾーンの中のどこに居るのかという細かい情報を確認する事が出来ない。それは、今のシルムラーク達にとって致命的な状態だった。


 〈原始の森〉も、森という一つの括りで区切られたゾーンの一つだ。『森』というゾーンは、基本的に道に迷いやすいという特徴がある。そして、森の規模が大きくなればなるほど、その複雑さは増していく。〈原始の森〉は、沢山ある森のゾーンの中では中規模~大規模に属するそこそこの広さを持つ森だ。その中を、自分の位置を確認も出来ない状況で迷わずに抜け出すというのは至難の業だった。


 結局三十分程度歩きまわって、シルムラークとリエラは迷子になってしまった。元々、シルムラークは〈プリミティブ・マンティス〉から逃れるために森の中を縦横無尽に駆け回っていたし、リエラはそのシルムラークを追いかけていたので、お互いに自分が今森の中のどこら辺りにいるかの確認をしていなかったのだ。


「……ホント、ミニマップが如何に大事か身に沁みて理解出来たよ」

「全然道がわかりませんね……」


 シルムラークは適度な大きさの岩に腰掛けると、深い溜息を吐いた。リエラも、丁度良い高さの切り株に腰を下ろす。シルムラークはフードを脱ぐと、リエラの方に向き直り、先程から感じていた違和感について尋ねた。


「あのさ、一つリエラに聞きたいんだけど……。この森さ、前より複雑になってない?」

「……シルムさんも、そう思いますか。やっぱり、道まで木に覆われてますよね」

「……やっぱりか」


 シルムラークは顎に手を添え、一週間程前に来た時の〈原始の森〉の光景を振り返る。

 〈原始の森〉は確かに迷いやすい構図の森だ。しかし、それは森の中を右往左往とするような迷い方をするものではなかった。ゲームであった以上、ゾーンの中には戦闘を行ったり、森の中を進んだりするための道が存在していた。それは森であっても同様だ。左右に森の木が沢山生えていても、ゾーンの真ん中にはそこを通るための切り開かれたあぜ道のようなものが必ず存在していた。最悪その道を歩き続ければ、いずれ外に辿り着くと二人は考えていた。


 しかし、その道が今は全く確認出来ない。無いわけではないが、その上から木が新たに生えたかのように存在していて、どこが道だったのかが分からなくなっている。これではまるで、樹海の中を歩いているようだ。


「シルムさん、何かが近づいてきます」


 その声を聞いて、シルムラークがリエラの方へ顔を上げると、リエラは真剣な表情で木々の奥を見つめていた。考える事に耽っていて警戒を怠っていたことに気づき、シルムラークも慌てて脱いでいたフードを被り直すと、腰の短剣に手を添えて夜でも遠くをある程度見通せるようになる術技〈オウル・アイ〉を発動し、周囲を警戒する。しばらく耳を澄ませていると、確かに森の奥から木々が折れるような音が聞こえる。

 シルムラークが音の鳴る方を注視していると、森の奥から高速でこちらに迫ってくる二つの影が見えた。シルムラークは手を添えていた短剣を引き抜くと、リエラに向かって情報を伝達する。


「リエラ、俺の目線の先に何かが二匹程いる。飛行してて、高速でこっちに向かってきてる。大きさは目視で多分小型」

「了解です。バフをかけた後、敵が射程範囲内に入り次第、移動速度・命中にデバフをかけて眠らせます。――〈スターディ〉、〈ヘイスト〉、〈アキュレート〉」


 シルムラークの言葉を聞いたリエラは、瞬時に防御力・移動速度・命中率を上げる支援(バフ)魔法をシルムラークに次々とかけて行き、その間に敵にかける弱体化(デバフ)魔法を頭の中で絞り込む。


(やっぱこの人相当の熟練度だ)


 シルムラークは前方の影に注意しながら、リエラの支援の反応速度に感心する。高速な飛行型で小さい敵、という情報を聞いて数秒も経たない内に、膨大な数の魔法の中から最適な物を厳選した。伊達に最難関のレイドを制してはいないという事だろう。


(俺も負けないように頑張らないとな!)


 シルムラークが短剣〈暁の小太刀〉を強く握ると、森の奥から二つの敵が姿を現した。


「あ、冒険者なの!やっと見つけたなの!」


 シルムラークとリエラはその姿を見ると、同時に息を吐いた。

 それは敵ではなく、人間の手のひら程の大きさの『妖精』と呼ばれる種族の二人組だった。

 シルムラークはもう一度森の中に注意を向けるが、他のモンスターなどの気配は感じない。


「……そうか、〈原始の森〉にはこんな奴らがいたな」

「えっと、確か〈原始妖精〉ですよね」


若干呆れた声で話すシルムラークに、リエラも苦笑いをしながら返事をする。


 古よりこの世界に存在している、妖精の中でも最も古い種族の一つであり、〈原始の森〉に生息している、という設定で、この森には〈原始妖精〉というNPCが存在している。〈原始妖精〉は人前にあまり現れないという設定があるのだが、この二人組はどうやら人を探していたらしい。

 詳しい話を聞くために、少し離れた位置に立っていたリエラもシルムラークの元に駆け寄ろうとしたその時。


「――そんな悠長にしてる場合じゃないんダヨ!」

「「え?」」


 〈原始妖精〉の片方、ショートボブの方が警戒心を解きつつあったシルムラーク達に向かって、大声で叫んだ。その掛け声と同時に、先程原始妖精達が現れた方向から、何かが原始妖精達に向かって飛来してくる。

 シルムラークは瞬時に妖精たちを左腕で抱きかかえると、身体を横に捻ってジャンプし、その何かをギリギリで躱す。後ろに居たリエラは下ろしていた杖を構え直すと、何かが跳んできた方へ魔法を準備し、シルムラーク達の安否を確認するために声をかける。


「シルムさん、大丈夫ですか!」

「ああ、何とか三人とも無事だ!攻撃も当たってない!」


 リエラは一瞬安堵の顔を浮かべるが、すぐに真剣な顔に戻る。そして、先程準備した魔法を森の中に向かって放つ。


「――〈グランツ・ボルト〉!」


 リエラの発声と同時に、杖の先端から強烈な輝きを放つ稲妻が現れ、森の中へと放たれる。稲妻は暗い森の中を照らすように飛んでいき、そして途中で何かに命中した。稲妻は何かに触れると、一層強烈な輝きを放ち、敵の正体を照らし出す。


「敵確認!敵の種類は〈アインフ・ワーム〉一体、レベルは九十一です!」


 その情報でシルムラークは自身の疑問に納得する。先程耳を澄ませていた時、森の中からは木々がなぎ倒されるような音がしていた。しかし、その森の中から出てきたのは小さな妖精が二人だけだ。とてもその二人が木々を薙ぎ倒すような存在とは思えない。かといって、他に存在が居たのならば、その存在を二人とも感知出来ないのはおかしい。

 しかし、そのモンスターが〈アインフ・ワーム〉なら話が別だ。


 〈アインフ・ワーム〉は体長三メートル程で、赤茶色の体色を持つワームの一種だ。〈原始の森〉は、その名前の通り原始の姿……つまり、古代生物のように巨大な大きさの昆虫が多く生息しており、それらは古代生物故に、技も単調だったり手数が少なかったりする。

 〈アインフ・ワーム〉もその例に漏れず、通常の攻撃以外にはたった二つしか攻撃技を持たない。しかし、その二つの技の内容が厄介だった。


 一つは、先程シルムラーク達を襲った攻撃。あれは〈アシッド・スプラッシュ〉という技で、名前の通り酸の液体を飛ばすという技だ。直撃すると確率で数秒の間硬直(スタン)状態になる上、武器や防具に当たると、その耐久値を削られる。

 しかし、これを避けるだけならば然程難しくはない。あのワームは、『酸の液を飛ばす前には、必ずワームの身体が膨らむ』という事前動作を行う。それから本体から見て直線の前方向にしか放たないので、避けるタイミングを図りやすいためだ。


 しかし、もう一つの技が、初見での回避を難しくしている。それは、発動から一分間足音を消し、感知系の魔法や術技の索敵に引っ掛からないという、単純なものだ。しかし、それを森の中で使用されると、殆どのプレイヤーは先程のようにギリギリまで存在に気づけない。よって、突然森の中から〈アシッド・スプラッシュ〉が飛んできたように感じてしまうため、殆どのプレイヤーがギリギリで回避しなければならなくなる。これを避ける事が出来ないと、身体が硬直し、次のワームの巨体による突進攻撃をもろに食らってしまう。


 シルムラークは原始妖精の声によって、再び周囲の警戒を上げ、〈オウル・アイ〉で原始妖精達が出てきた方の森の中を一瞬見る暇があったため、ギリギリで回避する事ができた。

 リエラの〈グランツ・ボルト〉を受けた〈アインフ・ワーム〉はそのまま物凄い勢いで突進攻撃を繰り出しつつ、森の中から出てくると、リエラの方に向き直った。その体は殆どダメージを受けているように見えない。


 先程のリエラの放った魔法は、暗闇の中で強烈な光を発生させ、敵の位置を把握するための物なので、ダメージが殆ど無いためだ。

 それでも、ダメージが発生した事に変わりはない。あのワームにダメージを与えた存在はリエラ一人だけだ。よって、〈アインフ・ワーム〉の敵愾心(ヘイト)も当然リエラに向かう。


「〈忍法-火遁の術〉!」


 シルムラークは左腕で抱きかかえていた妖精達を離すと、〈アインフ・ワーム〉の方へと駆けていき、炎を放つ。そして続けざまに連続で斬りかかる。レベル一程度の攻撃では、ワームはビクともしないが、火遁の術によって発生した〈火傷〉による継続ダメージと、連続攻撃によって、ワームはシルムラークの方へ向き直った。


(――とりあえず、第一目標クリア、っと!)


 〈アインフ・ワーム〉の敵愾心(ヘイト)が自分に向いた事を確認すると、シルムラークは直ぐ様後ろへと跳躍する。その動きに合わせて、〈アインフ・ワーム〉の身体が膨張していく。


「――〈グラビティ・バインド・レイ〉!」


 〈アインフ・ワーム〉の身体が膨張しきり、今まさに酸の液体が放たれようとしたその時、ワームの足元から光の鎖のような物が出現し、見る見るうちに〈アインフ・ワーム〉の身体が拘束されていく。膨張した状態でキツく縛り上げられたワームは、ゴボッという小さな破裂音と共に、その場に倒れこんだ。ワームの化物は頭を上げようとするが、その動きは非常に緩慢だ。


 〈アインフ・ワーム〉は〈アシッド・スプラッシュ〉を放つ直前に拘束(バインド)系の技をかけられると身体の内部で酸の液が暴発し、三秒間程硬直するという弱点を持つ。さらに、今リエラが使用した魔法は、拘束に加え、対象を中心として中範囲の敵への移動阻害の効果を持つ強力な拘束魔法だ。これによって、約六秒は敵の動きを止める事が出来る。その代わり、詠唱時間が長くなるため、詠唱をする時間を作り出す必要があったのだが、それはシルムラークが敵愾心を自分に向ける事で稼いだ。


「今です、シルムさん!」

「おうよ! ――食らえ、〈存在(オブリタレイト)抹消(・イグジステンス)〉!」


 リエラのアイズと共にシルムラークは〈魔法の貯蔵庫(マジック・ストレージ)〉から取り出した魔力の塊たる結晶を砕き、必殺の術技を起動させる。〈アインフ・ワーム〉の影が実体を持って自らの身体を縛り上げ、さらに、シルムラークの小刀に纏わりつく。シルムラークはその小刀を〈アインフ・ワーム〉の身体に突き立てると、小刀に纏わり付いていた影はワームの体の中を駆けまわり――〈アインフ・ワーム〉は光の粒子となって消え去った。


「ふう、ナイス支援」


 シルムラークが笑みを浮かべながらリエラに向かって拳を突き出すと、リエラは恥ずかしそうな笑顔を浮かべ、おずおずと同じように拳を突き出し、コツンと打ち合わせる。即席のパーティーにしては、中々のコンビネーションだったな。シルムラークはそう考えると、この状況の元凶――口を開けてポカーンとしている妖精たちの方へと向き直る。


「――さて、どういう事か説明してくれる?」


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