第4話 新たな仲間
「はぁ、はぁ……。なんとか、なったか……」
緊張が解けた瞬間、身体から力が抜け、シルムラークは思わず地面に座り込んでしまう。また新たな敵が出現するかも分からないが、今は少し休憩がしたかった。そして、さっきの戦闘の途中で出現した蔦の事を振り返ろうと考え始めた瞬間、突然森の中の草が揺れた。シルムラークがその方向に振り向くと、木々の中から一人の人間が現れた。
「大丈夫でしたか?」
その人間は、杖を握った女性だった。紺色で所々に黄色のラインの入った〈魔法術師〉用のローブを纏い、白いショートパンツを履き、亜麻色の髪をハーフアップにしている。VRゲームにおいて、感覚のズレなどっを防ぐため、アバターの体格は現実の身体と同期させる場合が殆どだ。先程の声や見た目から推測すれば、高校生から大学生くらいだろうか。手には先端に宝石が取り付けられ、所々に金の意匠が施された木の杖を持っている。
あれは確か、現状最難関のレイドクエスト〈月の塔の神判〉のレイドボスからドロップするレア装備だったはずだ。つまり、今シルムラークの目の前にいる少女は、最難関レイドを制するだけの強力な力を持った〈魔法術師〉ということだ。
「さっきの魔法はあなたが?」
「はい、魔法罠の鈴の音が聞こえたので……。でも、なんとか間に合って良かったです」
どうやらこの少女は先ほどシルムラークが引っ掛かった罠の音を聞いて駆けつけたらしい。何が味方になるか分からないな。シルムラークは苦笑しながらそんな事を考えると、少女の方に向き直り、被っていたフードを脱ぐと軽く頭を下げる。
「助かりました。あれのおかげで、なんとかあいつを倒すことが出来ました」
「いえ!倒したのはあなたの力ですから!自分はこの通りあまり攻撃系の魔法を覚えていないので……。だから敬語も無しで大丈夫です!……それに、私もこの状況で他に誰かがいるって分かって安心しましたし」
礼を言われた少女は、顔を赤くさせて手を前でパタパタを振りながら言葉を捲し立てる。その最後の言葉を聞いたシルムラークは、戦闘の途中からすっかり頭から抜け落ちていた事態を思い出すと、慌ててクイックメニュー画面から時計を確認する。時刻は00:30を指していた。
体感時間では三十分以上戦っていたように感じていた〈プリミティブ・マンティス〉との戦闘がたった十分程度の間の出来事という事実にも驚くが、それ以上に、もうメンテナンス開始予定時間から三十分も経過しているのに、運営から通知の一つも来ていない。これはもう楽観視していられる状況ではない。
「切断かアナウンスが来るまで待てば詫びアイテムが貰えると思ってたけど……、もうこうなったら普通にログアウトするか……」
シルムラークは溜め息を吐きながらメニュー画面を起動させる。その台詞を聞いた少女は、困ったような顔でシルムラークの顔を覗き込みながら告げた。
「あの、――ないんです。ログアウトボタン。メニュー画面から、ボタンごと消えちゃってるんです」
「――――え?」
シルムラークは目の前の少女の言っている言葉の意味が分からず一瞬思考が停止する。恐る恐る開いたメニュー画面の右下、ログアウトボタンのある場所に眼を見やる。
しかし、そこに『ログアウト』の五文字は無かった。
「これって……。まさか、ゲームの中に閉じ込められた、ってことか……?」
シルムラークの呟きに、少女は無言で頷く。
――“ある日突然プレイしていたゲームの中に閉じ込められる”。
それは、その手の小説の世界ではよくあることだ。しかし、それはあくまで物語の世界の中での出来事だ。まさか、それを自分が体験する事になるとは全く考えていなかった。
シルムラークはこの状況への対応策を必死に頭で巡らせようとするが、何も良い案が思いつかない。とりあえず、目の前の少女からも、情報や意見を交換しようと考え、話しかける。さっき敬語で無くても良いって言っていたし、もう普通の口調で話しても良いだろう。そもそも、シルムラークは敬語はあまり得意では無かった。
「取り敢えず、知ってる情報の共有でもしないかな?えー、っと……」
「あ、すみません!名前も名乗っていなくて!私、リエラって言います。職業は〈魔法術師〉で、レベルは百十です」
「俺はシルムラーク。長いからシルとかシルムとかで呼んで貰って構わない。まあ、これはサブキャラなんだけど。メイン職は〈暗殺者〉で、レベルは一。こっちも敬語は無くても良いから、よろしく。」
シルムラークは何気なく握手のための手を差し出そうとしてリエラと名乗った少女の顔を見ると、とても怪訝そうな顔をしてこっちを見ていた。何か不味かったか?と、自分の言葉や挙動を振り返っていると、リエラがその顔のままシルムラークに質問した。
「あの、レベル一って……。さっきの〈プリミティブ・マンティス〉のレベルって九十四ですよね?HPはほぼ満タンだったのに、一体どうやってあの一撃で倒したんですか?」
ああ、そういうことか。シルムラークは自分の行動が不審だった、というような事でないと知り、心の中で安堵の溜め息を漏らす。確かに、レベル一の〈暗殺者〉が九十以上のレベルを持つモンスターを一撃で倒すなんてあり得ない現象だ。シルムラークも、あのアイテムの力を思い出さなかったら思いつきもしなかっただろう。
「ああ、それね。あの技――〈存在抹消〉って言うんだけど、知ってるかな」
「はい。“格下殺し”……。確か、レベル百の〈暗殺者〉が術技習得の特別なクエストを受けた報酬として習得出来る術技ですよね?……あれ?でも、それはレベル百にならないと覚えられないんじゃないんですか?」
リエラの理想的な受け答えに、シルムラークは胸の前で腕を組みながら二回程頷いて答える。
確かに、先程シルムラークが使った〈暗殺者〉の術技〈存在抹消〉は、レベル百にならないと習得のためのクエストを受ける事が出来ない。しかし、その状況を一つだけ打開出来るアイテムを、シルムラークは先程手に入れていた。それをリエラに見せながら、シルムラークは説明を続ける。
「それを、この〈伝承の指輪〉で覚えたんだ。リエラさんも、さっき貰っただろ?」
「あの配布アイテムですか……。私、慌ててて、能力を確認してませんでした」
「あれは『装備している間、現在設定している職業の習得出来る術技・魔法・スキルの中から一つを選択し、習得出来る』って物なんだ。これで、〈存在抹消〉を覚えて使用して、即死させたってわけ。足りない分のMPは、〈魔力蓄積の宝珠〉とかで代用してね。アイツが即死耐性の無いモンスターで良かったよ。でも、あの指輪で術技を覚えるためには、指輪をタッチしてステータスから習得する術技を選択しないと駄目だったんだ。だから、さっきのバインドの魔法、あれは〈ナチュラル・バインド〉かな?が無かったら、これは使えなかったんだ」
〈魔法の貯蔵庫〉からアイテムを探すのと同様、指輪から指定の術技を選択するのも時間がかかる。先程のクナイでの硬直などでは、到底これだけの時間を稼ぐことは出来なかっただろう。
純粋な感謝の気持ちをシルムラークが述べると、リエラは先程と同じように顔を赤くさせながら胸の前で両手をブンブンと振って答える。
「い、いえ、さっきも言いましたけど、あれは機転を利かせたシルムさんの力ですから……」
「そう?じゃあ、二人のコンビネーションの勝ちって事にしとくか」
先程の会話から気づいていたが、リエラは余り面と向かって感謝され慣れていないのだろう。そう結論づけたシルムラークが妥協案を提案すると、すぐにリエラは頷いた。しかし、まだ本人は難しい顔のままだ。
「あの……術技とそれを使った理由はわかったんですけど……でも、〈存在抹消〉で即死を発生させるなんてレベルの低いシルムさんでは不可能じゃないですか?」
リエラの疑問に、シルムラークは軽く頷いて答える。
「ああ、俺も最近までそう思ってた。でも、そうじゃなかった。……昔、ギルドのメンバーを話している時に話題になったことがあるんだ。“なんで〈存在抹消〉のテキストだけ他の即死技と記述が違うんだろう”って」
「記述が、他と違う?」
「ああ。他の即死技……例えば、〈アサルト・キリング〉の説明欄には『対象のレベルが十以上低ければ、確率で即死させる』って書いてあるし、〈ブレイクハート・スターブ〉には『対象のレベルが三十以上低いと即死させる』って書いてあるんだ。でも、〈存在抹消〉だけは『対象とのレベル差十毎に即死確率を上げる』って書いてあるんだよ。だから、説明欄の意味をそのまま読み取ると、『レベル差』というのは別にレベルが下ってわけではなくて、単なるレベルの差……つまり、格上の敵に対しても効果が有効ってことになるんだ」
これは、昔シルムラーク達のギルド〈タルダロス〉で取り上げられた事があった。
それは、とあるメンバーの一人が何となく疑問を口に出したもので、他の〈暗殺者〉の持つ即死を発生させる術技の中で、唯一違う説明が為されているこの技は、もしかしたら自分よりレベルが上の敵に対して有効ではないか、という話題だ。
しかし、〈存在抹消〉を習得出来るのはレベルが百以上でなくてはならないし、即死効果が発生するのはレベルが十以上離れてからだ。それに、〈存在抹消〉を習得するためのクエストは中々の高難度で、〈存在抹消〉を習得する頃には、レベルは最低でも一は絶対に上がる。敵のモンスターの最大レベルは今回のアップデートまでは百十レベルだったので、実際にこの説の検証が為されたことはない。試そうにも相手が居なかったのだ。実際に即死効果を発動させられるのは、レベル九十以下の相手のみ。それ故に、〈存在抹消〉は“格下殺し”というアダ名をつけられていた。
――だが、今回は状況が違った。〈伝承の指輪〉によって習得した〈存在抹消〉は、敵のレベルが九十四に対して、シルムラークのレベルが一の状態で使用出来た。レベル差は九十三もある。〈存在抹消〉は、敵と自分のレベルの差が開いている程敵を即死させる確率が上がるという効果を持った術技だ。具体的には、レベル差十毎に十%増えていく。さらに、貯めた経験値を一部消費することで、最大五%まで即死確率を引き上げる事が出来る。
つまり、先程の〈プリミティブ・マンティス〉に対して発動した〈存在抹消〉の即死発生率は約九十五%近くだったのだ。これは、ほぼ確実に即死を引き起こすことが出来る。
そして、シルムラークは賭けに勝った。
「っと、今はそんな浮かれている状況じゃなかったな」
これが昨日までなら、この結果をギルドのメンバーに話して自慢したり出来ただろう。しかし、今はそんな状況ではない。シルムラークは自慢気に話していた自分を心の中で叱咤し、話題を最初に戻す。
シルムラークの説明を食い入る様に聞いていたリエラもその言葉で今自分達が置かれている状況を思い出したらしく、背筋をピンと伸ばして座り直す。
「とりあえず、今置かれている状況を整理しよう。未だに運営側から連絡はなくて、ログアウトボタンは消えたまま。あと、俺はさっきまで〈災禍の洞窟〉の前に居たんだ。でも、なぜか突然この〈原始の森〉に飛ばされた」
「それ、私もです。私もさっきまで他の人とパーティーを組んで〈ご馳走草原〉に居たんですけど、途中で他のパーティーの人がリアルの事情でログアウトしたので、解散してアルビレッゾに帰る途中だったんです。そしたら、途中でいきなり目の前が真っ暗になって、……最初は時間を過ぎてゲームとの接続が切れたのだと思ってたんですが、気づいたらここに……」
〈ご馳走草原〉は、アルビレッゾの南西に広がる広大な草原地帯だ。『ご馳走』の名前の通り、素材アイテムを大量に落とすモンスターが多く出現するゾーンで、料理系の生産職のプレイヤーに重宝されている。
しかし、〈災禍の洞窟〉との接点は一切無い。あえて上げるとするならば、どちらもアルビレッゾの近くにあるゾーンという点だが、それで括るのには余りにも範囲が曖昧すぎる。
「ここに飛ばされた理由は不明、か。バグの緊急回避措置のために飛ばしたって可能性もあるけど……それなら全員強制ログアウトとかが普通だし……。やっぱバグの内容とか、発生理由を運営サイドが教えてくれないからにはどうすれば良いかも不明だなぁ」
情報が欠如しすぎていて、まともな推測も出来ない。完全なお手上げ状態に、二人は肩を竦めるのだった。




