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第3話 ネクスト・ゲーム

 ――


「……どういうことだ?」


 シルムラークは慌てて辺りを見回す。周りは沢山の木々に囲まれ、冷たい空気が体を通り抜けていく。


 ――どういうことだ?

 シルムラークはもう一度同じことを頭に浮かべる。


 本来ならば、ゲームとの接続の切れたシルムラークの意識は、元の人間――萩原(はぎわら)達哉(たつや)の体に戻り、見慣れた自室の天井が映るはずだった。

 しかし、暗闇から目を覚ましたシルムラークの目に映ったのは、満天の星空と、この木々の様子だ。


「……どう考えても〈アンクロ〉の中だよな……。メンテまでの時間が延長されたのか?」


 メンテナンスに入るまでの時間が延長された、という可能性は無いわけではない。しかし、それならば何かしらのメッセージが届けられるはずだ。それに、ただメンテナンスの時間が延長されただけなのだとすれば、〈災禍の洞窟〉の前からどこか別の森の中へワープする理由も見当たらない。

 

 どういうことだろう?とシルムラークが考えていると、突然近くで軽快な鐘の音が響いた。その音に驚いたシルムラークは慌てて辺りを見回すが、すぐにそれがメールを受信した音だと気づくと、安堵の溜息を吐いてメッセージウィンドウを開く。案の定、運営からメールが届いているとの旨が書かれたメッセージが来ていた。


 チャットが用いられなくなり、チャットログが殆ど確認されなくなったVRゲームでは、メールという手段でメッセージを届けるという方法がよく用いられている。やはり何かしらトラブルがあったのだろう。シルムラーク自身は、この後大学のレポートがあるものの、特にこれといって用事があるわけでは無いので特に問題は無い。しかし、全員が暇なわけではない。ログアウト後には運営を批判するコメントが掲示板サイトだのSNSだので引っ切り無しに書き込まれるだろう。とりあえず、どんな不具合が発生しているのか、その原因を知るため、シルムラークはメールを開いた。


「一体何が……って、なんだ?『先行プレイ参加者へアイテムの配布』……?これ、ただのテスター配布アイテムのメールかよ……。そっちじゃなくて不具合についてのアナウンスを先にしろよ……。」


 開いたメールは、『先行プレイに参加して下さったユーザーの皆様にお礼のアイテムを配布致します云々』といった内容が書かれたものだった。常ならば、メンテナンスの明けた次の日にテスターに配布されるものだったのだが、どういう訳か今送られてきたのだ。というか、メンテしなくても先に配布出来たのか、こういうのって。そんな事を考えながら、シルムラークは配布アイテムを確認する。


 どんな不具合があろうとも、結局シルムラークはゲーマーなのだ。先行プレイ参加者にしか配布されない限定アイテムとなれば、どんなアイテムなのかがとても気になる。急いでメールの添付アイテムをタップすると、一つの指輪が実体化した。全体が銀で出来ており、真ん中にはルビーのような真紅の石が嵌めこまれている。


「えーっと、名前は〈伝承の指輪〉。で、能力は……『装備している間、現在設定している職業の習得出来る術技・魔法・スキルの中から一つを選択し、習得出来る』……って、なんだこりゃ」


 ……面白そうだけど、上手い使い方が見当たらない。それが、シルムラークが最初に抱いた感想だった。恐らく、転職後すぐに高レベルのスキルを使用して使用感を確かめたり、実際に発動したタイミングなどを計ったりするための練習アイテムなのだろう。


 〈アンクロ〉では、スキル・術技・魔法の三種類の能力が存在する。魔法は魔法職が、術技は魔法職以外が、それぞれレベルアップに応じて覚える能力で、主に攻撃をする技を覚える。スキルはレベルアップ時に貰えるスキルポイントを振り分けて覚える能力で、主に自己強化などの能力を覚える。


「うーん、これなら前回の〈トビピヨコの召喚笛〉の方が良かったなぁ……」


 前回のテスター配布アイテムは、『空を飛ぶヒヨコを召喚する』という効果を持った召喚笛だった。実用性ではこの〈伝承の指輪〉を同程度の低さだが、見た目的にあっちの方に若干軍配が上がりそうだ。ストレージに仕舞うのが面倒くさいので、シルムラークは取り敢えず指に嵌めておいた。レベル一でも装備できる指輪はあまり倉庫に残しておらず、メインキャラから持ってきた指輪は両手を合わせても四つだけだ。


「っと、そんなことよりも、本当にどうしたんだこれ。まだ復旧どころかアナウンスもなしなのか?」


 シルムラークが何気なくメニュー画面の時計を確認すると、時刻はすでに00:18を示していた。今までバグや不具合に対して迅速かつ確実に対応してきた運営陣だからこそ、十八分もアナウンスの一つも無い状態は余りにも不自然だ。


「とりあえず、森からは出るか。どの森かは知らないけど、高難易度エリアの森だった面倒だし」


 シルムラークは立ち上がって歩き出す。当然、〈サイレント・レッグ〉や〈シャドウハイド・ボディ〉、〈忍法-隠れ蓑の術〉などの隠密スキルは忘れず起動させておく。どこの森に転移させられたのかは分からないが、高レベルどころか二十レベル程度のモンスターに囲まれるだけでも現状レベル一のシルムラークにとっては死活問題だ。しかも、今は不具合の真っ最中で死亡からの蘇生が上手く機能するかも怪しい。変なバグに巻き込まれてデータが吹っ飛んだりしたら最悪だ。


「念には念を入れて、っと。〈魔法書-屈折する体〉!」


 シルムラークが魔法を封じ込めたアイテムを起動したその時だった。魔法を起動するための魔法陣が展開した瞬間、その魔法陣から光が溢れ、鈴のような音が大きく森中に響いた。


(魔法を感知して鈴の音色のアラームを鳴らすこの仕様……!やべえ、ここ、〈原始の森〉か!)


 それはあらゆる『森』のゾーンで最悪の場所だった。〈原始の森〉とは、『森』のゾーンの中でも現状トップレベルの高難易度エリアで、出現モンスターは通常エリアでさえ九十レベルを超える。さらに、この森の一番厄介な罠が、この鈴の音色だ。〈原始の森〉では、ランダムに出現するポイント内で魔法を使用すると、強烈な光と鈴の音色を森中に響かせ、一番近くに居るモンスターを呼び出すという最悪の罠が仕掛けられている。


 シルムラークは急いで茂みに隠れようと走りだしたが、すでに遅かった。バキバキという木々の折れる音と共に、森の中から一体のモンスターが出現する。それは、ゆうに5メートルを超す身体を持った巨大なカマキリ型のモンスター〈プリミティブ・マンティス〉と呼ばれる個体だった。


(よりにもよって、こいつかよ!)


 シルムラークは心の中で舌打ちをしつつ後ろへ跳んで〈プリミティブ・マンティス〉から距離を取る。〈プリミティブ・マンティス〉はその動作でシルムラークの気配を感じ取り、目を赤く発光させる。


 〈プリミティブ・マンティス〉は、基本群れで行動せず、遠距離攻撃の手段を持たない代わりに、素の状態の魔法職のHPを一撃で三分の一も削る強力な近接攻撃と、移動速度を上げた全職業中最速の〈暗殺者〉をも上回る驚異的な速度を持つ。また、一定の確率で発動するカウンター攻撃まで備えているので、強力なモンスターが数多く出現する〈原始の森〉の中でも特に注意の必要なモンスターだ。魔法耐性が低いという弱点を利用して、催眠の魔法〈マインド・ヒュプノシス〉等で眠らせている間に撤退したり、移動を阻害し、攻撃の届かない遠距離から攻撃したりして倒すのが定石だが、今のシルムラークは、一人な上にバリバリの近接職だ。まともに戦えば一撃掠っただけでも即死するだろう。


「ギギギギギギギギギ!」


 骨を擦り合わせたような不気味な音を鳴らしながら、〈プリミティブ・マンティス〉が物凄い速度で迫ってくる。シルムラークは一回大きく息を吐くと、腰から短剣〈暁の小太刀〉を抜き出して構える。そして、敵の鎌の薙ぎ払いが届くギリギリの距離まで待つと、その瞬間に発動しておいた術技を連続起動させる。


「〈忍法-変わり身の術〉!そんでもって、〈シェイド・リープ〉!」


 〈プリミティブ・マンティス〉の放った鎌による薙ぎ払いが直撃する瞬間、シルムラークがそれまで居た場所に一つの木の板が出現し、薙ぎ払いによって真っ二つになった。目標を失った〈プリミティブ・マンティス〉は、一瞬硬直する。その瞬間を利用して、シルムラークは〈プリミティブ・マンティス〉の背中に飛び込み、そのまま身体を捻って木々の群れの中に向かって大跳躍する。そして、手頃な木の枝に飛び乗ると、そのまま高速で枝の上を飛び移りながら森の奥へと移動していく。


(なんとか成功だな……。でも、ここからどうする?)


 シルムラークは逃げながら次の手を考える。先程のシルムラークの放ったコンボは、ギリギリまで攻撃を待って〈忍法-変わり身の術〉で敵の注意を一瞬だけ変わり身の木の板に惹きつけ、その間に敵の身体や周りの物に飛び移り、踏み台が必要なものの、向きに大きく跳躍出来る術技〈シェイド・リープ〉で身を隠せる場所までひとっ飛びで逃げるという、大型のモンスターとソロで戦闘する事になった時のために事前に練習しておいた逃走手段だ。

 周りが隠れる場所のある地形であれば、大抵の場合この方法で逃げおおせることが出来る。しかし、アレが相手ではこの手段は意味が無い。なぜなら、


「うおっ、もう補足されたか!相変わらずなんて追尾性能だよチクショウ!」


 後ろからバキバキと木々が折れる音が再び鳴り始め、その音が自分に向かって来ているのが分かる。後ろを少し振り返ると、暗い夜の森の奥に、赤く光る二つの丸が見えた。奴の目だ。どうやら、もう〈プリミティブ・マンティス〉に位置を補足されたらしい。


 これが、先程の逃走術が使えない理由だった。〈プリミティブ・マンティス〉には特殊能力がもう一つあり、それがあの赤い瞳だ。〈プリミティブ・マンティス〉の瞳は通常銀色なのだが、敵を発見すると赤く発光し、〈追尾モード〉となる。これは、他のターゲットを補足するか対象を見失うまでその相手を永遠に追い続けるという能力で、これを解除するには睡眠状態にして一度自分への敵愾心(ヘイト)をリセットするか、自分への敵愾心を上回るダメージを他のプレイヤーが出して敵愾心を変更させるしかない。さらに、この〈追尾モード〉では、半径十メートルまではどんな隠密系の術技や魔法を用いても見つかってしまう。このいやらしい能力も相まって、プレイヤーの間で、〈プリミティブ・マンティス〉は〈原始の森〉の中でも特に会いたくないモンスター筆頭なのだった。


「最大(カンスト)レベルの〈暗殺者〉でも逃げきれないんだから、今の俺じゃ絶対に逃げきれないか。でも今の俺じゃアレを倒す術が無い……。やばいな、非常に詰んでるくさいぞ」


 せめて他の敵と合わないように、歩く時の音を消す術技〈サイレント・ムーブ〉を発動させる。しかし、この状態が続けば後十秒もすれば奴に追いつかれてしまう。


 何か手はないか。そう思ってシルムラークは辺りを見回すが、周りは木々が生え続けているだけだ。しかし、手持ちの〈魔法の貯蔵庫(マジック・ストレージ)〉を確認している余裕は無い。高速で移動しながらストレージの中のアイテムを吟味し、選択する余裕は無いし、何よりそんな操作をしていたらその間に〈プリミティブ・マンティス〉の鎌攻撃に当たってしまうだろう。そんな事を考えていると、突然目の前が開ける。目の前から木々は消え、代わりに一つの小さな湖が広がる。


(くっ、こんな所に〈原始の小湖〉かよ!)


 自分の運の無さにシルムラークは大きな舌打ちをする。〈原始の森〉の中に幾つか存在する小さな湖は〈原始の小湖〉と呼ばれるもので、普段ならば、この水を飲むだけでHPとMPが回復する上、水汲みをして持ち運びも出来る便利な休憩ポイントなのだが、今では『木を切らせる事で相手の追跡を遅くする』という作戦が使えなくなるだけの邪魔な場所だ。しかし、愚痴を言っていても湖が移動するわけではない。

 シルムラークは腹を括って木の上から湖の前に着地し、右手に握った愛剣を前に構える。

 もはやこれ以上逃げることは出来ないだろう。一撃でも見舞ってやる。そう意気込み右手に力を入れたその時――


(……ん?…………あ!)


 シルムラークは右手に装備されたある物を思い出す。そして、ある一つの事を思い出した。


「ギギギギギギギギギ!」


 シルムラークがある事を思い出すのと同時に、再びあの骨を擦り合わせたような不気味な音を鳴らしながら、森の中から〈プリミティブ・マンティス〉が出現する。


(――勝負は一度きりだ。でも、隙が出来なきゃ成功しないだろう)


 シルムラークは再び愛剣〈暁の小太刀〉を強く握る。シルムラークが今思いついた作戦を成功させるためには、なんとしても一瞬の時を生み出す必要がある。それも、先程の〈変わり身の術〉で稼げる時間よりもさらに多くの時間を。


「来い、カマキリ野郎め!」


 その挑発を読み取ったのかどうかは不明だが、その言葉を皮切りに〈プリミティブ・マンティス〉は右の鎌を後ろに構えて一気に突撃してきた。この攻撃のモーションは恐らく高速の直線突き攻撃。シルムラークはそれを、再利用時間(リキャストタイム)を終えた〈忍法-変わり身の術〉で再び回避する。さらに、〈魔法の貯蔵庫〉からショートカット・アイコンを使用してスタン効果のあるクナイを三つ取り出すと、それらを全て投擲する。

 〈忍者〉の持つスキル〈投擲〉によって速度を強化されたクナイは、それら全てが〈プリミティブ・マンティス〉の頭頂部に正確に直撃する。しかし、それを殆ど意に介さず〈プリミティブ・マンティス〉は再び攻撃態勢を整える。


(くっそ、やっぱスキルレベル一の〈投擲〉でレベル五程度のクナイじゃあバステ全然効かないか!)


 低レベルのスキルとアイテムの状態異常では高レベルの相手には一瞬の動きも封じられない。何か次の手を。シルムラークが次の足止めの作戦を練ろうとしたその時、突如〈プリミティブ・マンティス〉の足元から巨大な蔓が生え、それが一気に〈プリミティブ・マンティス〉に絡みついて動きを封じた。〈プリミティブ・マンティス〉は鎌を振り回して蔓を振りほどこうと暴れまわるが、頑丈に身体に巻き付いた蔓は少々の攻撃ではビクともしない。


(一体何事……!?いや、これはチャンス……!)


シルムラークは突然の事態に一瞬戸惑うが、念願の大きな隙が生まれた事を思い出し、冷静に先程手に入れた指輪――〈伝承の指輪〉に手をかざす。そして、メニュー欄から指輪の能力を起動させると、〈プリミティブ・マンティス〉の方に向き直る。当の〈プリミティブ・マンティス〉は、未だ蔓を刈り取ろうと暴れている。この様子だと、後数秒もすれば拘束からぬけ出すだろう。

シルムラークは息を整えると一気に〈プリミティブ・マンティス〉の方に向かって駆け出し、必殺の術技を起動させる。


「これで終わりだ――〈存在(オブリタレイト)抹消(・イグジステンス)〉!」


 シルムラークの発声に合わせて〈プリミティブ・マンティス〉の足元の影が、まるで実体を得たかのように浮かび上がり、その巨大な身体を縛り上げる。さらに、シルムラークの構えている小太刀に影が纏わりつき、小太刀の射程が伸びる。シルムラークはそのまま勢いでジャンプをし、〈プリミティブ・マンティス〉の上に飛び乗ると、小太刀を〈プリミティブ・マンティス〉の身体に突き刺した。すると、小太刀が纏っていた影の先が鋭くなり、一気に心臓部たる背脈管を正確に刺し貫く。


「ギギギギギギガアアアアアアア!」


シルムラークの渾身の一撃を受けた〈プリミティブ・マンティス〉は、身体を一瞬仰け反らせると、そのまま動かなくなり、光の粒子となって消滅した。


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