第2話 光る石
――それは、本当に偶然の発見だった。
洞窟内に出現する、倒せば通常よりも多くの経験値とアイテムのドロップをする赤いクリスタルの生えた特殊モンスター〈クリスタルガーゴイル・朱〉から隠れるため、シルムラークが洞窟という地形を利用して土があるところで使用すると隠蔽効果が上がる〈忍者〉の術技〈忍法-土隠れ〉の術を発動し、壁に登るため、悪路や壁を走行する〈暗殺者〉の術技〈クリフ・ムーブ〉を発動して壁を登り始めた時のことであった。〈土隠れの術〉によって壁が少し抉れ、抉れた箇所に〈クリフ・ムーブ〉中の足が触れた瞬間、シルムラークの体が壁の中に体ごと吸い込まれたのである。
「……なんて確率の発生条件だよ……」
余りにもありえない発生条件と、自分がそれを発生させたという事実に、シルムラークは喜んだり驚いたりするよりも先に、溜め息を吐いた。
『メイン職業が〈暗殺者〉でサブ職業が〈忍者〉の時、〈忍法-土隠れの術〉で抉れた箇所に〈クリフ・ムーブ〉中の足で触れる』なんて確率は、恐らく何千万回中、一回起きるかどうかくらいの確率だろう。しかも、普通はこの辺りはパーティーを組んで歩いているだろうから、他のプレイヤーの視界を遮ってしまう〈土隠れの術〉なんて絶対に使わないだろうし、そもそも隠れるよりも戦って倒す方がよっぽど速い。恐らくこれ一生分からなかっただろうな、とシルムラークは思いながらバグの転移先を見回した。そこは、先程と同じ洞窟の光景だったが、道が途中で文字通りなくなっており、先は白い空間のようなものが広がっている。
恐らくあそこは本当に何もない場所なのだろう。データが存在しない部分――つまり、ゲームならば仕方のない、データの境界線という奴だ。しかし、それよりもシルムラークはある奇妙な部分が気になった。それは、その境界線の前にあった。
「何だ、この石……?」
それは、人間大程の大きさの白く発光する丸い石だった。心臓の鼓動のように規則的に光ったり消えたりしている。恐らく開発者が遊びで設置した物なのだろうが、余りにも不気味なその様子に、シルムラークは強く興味を惹かれた。
「ま、まあ、バグ報告はより仔細に報告したほうが良いって聞くし……」
誰かに言い訳するかのように呟きながら、シルムラークはその石に触れた。すると、見た目からは考えられないほど抵抗もなくその石は外れた。余りの軽さに思わず落としそうになったシルムラークは、慌てて抱え直すと、その石の点滅がどんどん速くなっていることに気がついた。不気味に思ったシルムラークが石を元の場所に戻そうと腰をかがめた瞬間、石は洞窟内全てを照らすかのような強烈な光を放ち、シルムラークは思わず目を瞑った。
次にシルムラークが目を開けた時、そこは〈災禍の洞窟〉の中では無くなっていた。
「ここは……〈災禍の洞窟〉の前、か……?」
目の前には数時間前に通った森が広がり、後ろには数時間前にくぐった洞窟の穴が見える。
どうやら、一瞬に内に洞窟の外に転移させられたらしい。
「んじゃあれは、開発者用の転移装置かなんかだったのか?」
別に珍しいことではない。VRゲームにおいて、パソコンの画面上で見える景色と実際に仮想空間に入り込んで見える景色は大分違って見える。そのため、開発者達はテストサーバーに潜ったり出たりを繰り返しつつ、フィールドやモンスター、アイテムなどを作成している。ダンジョンなどでは一度入ったら出るのが面倒くさいのであんなアイテムを設置していたのだろう。真相が分かればつまらないものである。
「ま、いいか。このすり抜け転移バグを報告すれば〈感謝の魔素石〉は手に入るんだし」
プレイヤーの使えない開発陣の便利アイテムよりも、今後のクエストで大事に使っていくことになっていくであろう素材アイテムの方が、プレイヤーであるシルムラークにとっては重要だった。シルムラークは早速メールを開いて文章を考え始めた。
◆◆◆
シルムラークがメールを書いて送信し終えた時にはすでに時刻は23:57を指していた。
(危ねえギリギリセーフだったな)
先行テストプレイ期間は夜中の00:00丁度までだ。その時間になると自動的に接続が切れてメンテナンスに入る。そして次の日の夕方ごろにはメンテナンスが開け、大規模アップデート〈新たな芽吹き〉の第一弾が正式に実装される。
「明日はキルトンの〈奪血双剣〉の素材集めするんだっけか。となると〈吸血鬼の秘宝〉かー。アンデット狩るのもいい加減飽きてきたな……。まあすもものために〈白夜に轟く咆哮〉もやるだろうしまあいいか。それよりもあるさんになんて自慢しようか……。やっぱ〈感謝の魔素石〉だろうな。アレだったら、最高に羨ましそうな顔をするあるさんの顔が拝めるだろうしなぁ」
明日やることを色々考えながら、シルムラークは00:00になるのを待つ。時刻はもう23:59を指している。
(あぁ、そういえば大学のレポート、まだ終わってなかった……)
ゲームから醒めて一番にやらなければならないことを思い出した瞬間、シルムラークの目の前は真っ暗になった。




