第1話 災禍の洞窟
〈災禍の洞窟〉。ここは、大規模アップデート〈新たな芽吹き〉にて実装予定の新たな高難易度ダンジョンだ。現在のテストプレイヤーの情報によると、平均レベルは九十で、地下エリアまで存在するらしい。
その薄暗い洞窟の中を、その男は一人で歩いていた。その男は漆黒のマントで体を覆い、フードを目深に被っている。下から露出している靴やズボンも、マントと同じく真っ黒で、一つの短剣を逆手に握っている。
「〈結晶憑き〉のモンスターも出るのか、こりゃここは暫く人で溢れそうだな……。つーか、俺たちも絶対すもも辺りに付き合わされるよなぁ」
その男はブツブツ言いながら、どんどん奥へと潜っていく。その足取りは非常に軽い。しかし、気分はあまり乗っていなかった。それは、ログインしてから気づいた、ギルドメンバーからのメールを読んだからだ。テスターとして選ばれた彼へのメールは、祝福と少々の嫉妬が混じった、しかし仲が良いからこそ言える文面だった。
『To:シルムラーク
件名:新ダンジョン調査のお願い
本文:テスプレやってる間はチャットも通じないだろうから、事前にメールしとくよ。こっちのお願いは、新しいダンジョンの場所・名前・出現モンスター辺りを調べて欲しい。あ、階層とかマッピングデータとかも分かるだけほしいな~~~~。PVの背景とかから考えると場所は多分〈アルビレッゾ〉の付近で、追加は洞窟だと思うね俺は。というわけで、ヨロシク。 キャラは新キャラの方使うんだろ?宛先の名前欄んトコ対象のキャラクター名になるようにしといたから。気が利くだろう?新キャラでアサシンとかやりたいって言ってたじゃん?。丁度いいじゃんハイド系と即死技の練習にもなるだろうし。……いーじゃんかよー受かってんだからよー 羨ましいぜコノヤロー! 次は絶対俺が行く!!
By:Rエル』
その男――シルムラークは、この文章を初めて読んだ時、思わずクスッと笑ってしまった。このメールの差出人、Rエルは、シルムラークの所属するギルドのギルドマスターを務めている。彼はシルムラークよりも三年以上長くこのゲームをプレイしているが、一度もテスターの抽選に通ったことがないのだ。それは今回までシルムラークも同じだったが、ギルド内には他にもテスターに選ばれたことのあるプレイヤーはいる。そのたびに彼はこういった恨みと偵察の篭ったメールを出しているのであったが、今回はその役がシルムラークに回って来たというわけだ。そんなわけで、シルムラークは渋々この洞窟に来ていた。
〈災禍の洞窟〉はRエルの予想通り、〈アルビレッゾ〉というゲーム世界の中で西南に位置する大規模な街の、さらに西に進んだところにある〈アルビシオンマウンテン〉という山の麓に存在した。洞窟の中はレベル九十台のモンスターがゴロゴロと出現し、今後苛烈な戦いが起こると予想される。
通常、そういった高難易度のゾーンにはプレイヤー六人で組む〈パーティー〉を結成するのが定石であり基本だが、シルムラークは一人で調査を行っていた。その理由は単純明快である。
「……やっぱメインキャラでインするべきだったかなぁ。そしたら、一人で寂しくこんな危なっかしい新ダンジョンの偵察なんてしなくてよかったのに」
――それは、現在使っているキャラクター、『シルムラーク』のレベルが一だからだ。
先行プレイのテスターに選ばれたプレイヤー達は、大きく分けて二通りの遊び方がある。
一つは、メインキャラクターでログインし、パーティー等を組んで新しいクエストやダンジョン、レイド等を遊ぶといったもの。
もう一つは、新たにキャラクターを作成し、追加された新職業やスキル、術技などを確認するといったものだ。
スキルや術技などは最終的には、“使っていれば慣れる”ということで、テスターの殆どは前者を選択する。新しいダンジョンのマップや地形、出現モンスターの種類などが事前にわかっていれば、アップデート後の攻略がしやすくなるからだ。
しかし、後者に全く利点が無いわけではない。そもそも、全く利点が無いのであれば選択肢にすら挙げられないだろう。後者の主な遊び方は、“テスターはテストプレイをする際、無料で新規にキャラクターを一体追加でクリエイトすることが出来る”という点を利用して行われる。これによって作成したキャラクターは、テストプレイ期間終了とともに消滅してしまうのだが、どんな職業にも転職クエストを無視して転職できる。
〈アンリミテッド・クロニクル・オンライン〉では、八種類の〈メイン職業〉と、いくつかの〈サブ職業〉が存在するが、メイン職業は最初のクリエイト時に選択した物から変える事は絶対にできない。また、サブ職業は、転職こそ出来るものの、面倒くさいクエストをクリアしないと転職出来なかったりするため、その転職クエストを無視し、転職不能というメイン職の絶対のルールすら無視して一気に転職出来るこの制度は重宝された。それに、たとえ消えてしまっても、それまでに得た経験値の半分をメインキャラクターに引き継がせることが出来るし、新たなスキルを覚えた場合、それを〈伝授の巻物〉に記憶させ、アップデート初日にいきなり高い熟練度のままメインキャラクターに伝授させることなどが出来る。また、その巻物を売れば大金になるので、金策狙いのプレイヤーはこっちを選択することも多い。そんなわけで、テスターは大体この二つのどちらかを選択してプレイしている。
シルムラークも主にプロモーションビデオで紹介された〈暗殺者〉や〈忍者〉、〈竜騎士〉などの新スキルの確認のため、新規にキャラクターをクリエイトした。それが『シルムラーク』というわけである。よって現在シルムラークは現在メイン職業が〈暗殺者〉、サブ職業が〈忍者〉となっている。
しかし、そのせいで、一人でダンジョンに篭もる事になってしまった。『レベル九十のダンジョンに挑むのに、レベル一のプレイヤーをパーティーに誘う』という奇特な人間など存在しないからだ。 幸い、レベル一でも〈達意の巻物〉というとあるクエストの報酬で手に入る消費アイテムのおかげでレベル三十までの術技とスキルは覚えられるため、敵と戦わないのであれば、侵入調査くらいは出来る。そのため、今は〈暗殺者〉のスキル〈サイレント・レッグ〉で足音を消しているし、〈忍者〉の術技〈忍法-隠れ蓑の術〉で気配も消している。余程のことでは見つからないだろうが、常に神経を尖らせておかねばならない。レベル一のプレイヤーがレベル九十台のモンスターの攻撃をまともに食らえば即死は免れないからだ。一応、即死回避用のアイテムなども持っているものの、シルムラークは気が気でなく、早く帰りたい気持ちで一杯だった。
かといって、他にすることがあるわけでもない。スキルは一通り確認したし、追加の町なども確認した。やり残っていることといえば、後残された〈暗殺者〉と〈忍者〉のスキル確認を除けば、それこそダンジョンの探索くらいしか残っていなかった。その結果、彼は洞窟に入ってから愚痴をこぼし続けながらも、探索を続けているのであった。
「せめてバグ要素でも見つかればなぁ……。〈感謝の魔素石〉は魅力的だよなぁ」
シルムラークが〈隠れ蓑の術〉で壁に貼りついて平均レベル九十二の〈ゴブリンエッジ〉の群れをやり過ごしながらぼやく。
〈アンリミテッド・クロニクル・オンライン〉では、先行テストプレイにおいて、バグを発見したプレイヤーに報酬として〈感謝の魔素石〉という限定素材アイテムを配布している。これは、一定のランクまでの装備品の補修や強化の素材アイテムの代用品として一個につき十回まで使う事が出来るという代物で、その価値は計り知れない。
しかし、バグが見つかった場合にそんなアイテムを配布する程、運営は自分達の調整に強い自信を持っており、その裏付けに、先行テストプレイ中に本当にバグが見つかった事例は非常に少ない。
そもそも、バグはあったらあったで面倒くさい。メンテナンスが延長されても困る。シルムラークはバグが有ることと無いことを両方祈りつつ、探索を続けるのであった。
8/2 一部脱字修正




