7話
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思えば、和也自身も、両親の死をうまく受け止められていたわけではなかった。ただ、悲しみに沈んでいく悠人を前にして、自分まで感情に流されるわけにはいかないと、無意識のうちに思い込んでいた節がある。誰かが冷静でいなければ、家のことも、手続きのことも、何一つ前に進まない。その役割を自分に課すことで、和也は自分自身の悲しみから、目を逸らしていたのかもしれなかった。「正しい説明」にこだわったのも、突き詰めれば、感情そのものに向き合うことから逃げるための、もっとも安全な手段だったのだと、今になって思う。
両親が相次いで亡くなったあと、悠人はしばらく、和也の家に泊まりに来ていた。葬儀の後始末や、役所の手続きを二人でこなしながら、あの頃はまだ、普通に軽口を叩き合える関係だった。
葬儀の日のことも、和也はよく覚えている。読経が流れる中、悠人はずっと俯いたまま、一度も涙を見せなかった。周囲の親戚たちが「気丈な子だ」と口々に言うのを聞きながら、和也はむしろ、その様子に薄い違和感を覚えていた。あれは気丈だったのではなく、ただ現実を受け止めきれずにいただけだったのかもしれないと、今なら思う。だが当時の和也は、その違和感を深く掘り下げることをせず、目の前の手続きに追われるまま、時間だけが過ぎていった。
「兄さん、これ、印鑑どこに押すんだっけ」
「そこじゃない、こっち。お前、字が汚すぎて銀行の人に二度見された」
そんな会話を交わしながら、二人でなんとか喪失を乗り越えようとしていた時期が、確かにあった。
異変を感じ始めたのは、四十九日を過ぎた頃だった。悠人が、やたらと「因果関係」という言葉を使うようになった。
「兄さん、これ見て。うちの親と同じ症状で亡くなった人、他にもたくさんいるらしいよ」
差し出されたスマートフォンの画面には、見知らぬ掲示板のスクリーンショットが表示されていた。和也はそれを一瞥し、あまり深く考えずに答えた。
「こういうのは、話半分に聞いといた方がいいぞ。因果関係があるように見えても、実際は別の要因が絡んでることが多いから」
「でも、症状が細かいところまで一致してるんだよ」
「一致してるように見えるだけかもしれないだろ。人間は、パターンを見つけたがる生き物なんだ。関係ないものを、勝手に結びつけちゃうんだよ」
その時の和也には、悪気は少しもなかった。ただ、混乱している悠人を、なんとか現実的な方向に引き戻したかっただけだった。だが、悠人の顔から、少しずつ表情が消えていったことに、和也はその場では気づけなかった。
半年ほど経った頃、和也は久しぶりに悠人のアパートを訪ねたことがあった。部屋の中は、以前よりも散らかっていた。テーブルの上に置かれたノートパソコンの画面には、見慣れない掲示板やSNSのタブが、いくつも開きっぱなしになっていた。
「お前、最近、大学はちゃんと行ってるのか」
「行ってるよ、たまに」
「たまに、って」
「うるさいな。兄さんには関係ないだろ」
苛立ったような口調に、和也はそれ以上踏み込むことができなかった。玄関先に置かれた靴の数が、以前より増えていることにも、その時は気づかなかった。あの時、無理にでも部屋に上がり込んで、画面の中身をちゃんと確かめていれば――今になって、何度もそう思う。だが当時の和也には、それは「余計なお節介」に思えて、結局、二言三言交わしただけで帰ってしまった。
その後も、似たようなやり取りが何度か繰り返された。悠人が新しい「証拠」を見つけてくるたびに、和也は「ネットの情報を鵜呑みにするな」と繰り返した。
ある時、悠人は電話越しに、興奮した様子でこう言ったこともあった。
「兄さん、これ見てよ。同じ町内会の人にも、似たような症状で亡くなった人がいるらしいんだ。偶然にしては、多すぎない?」
「それ、誰から聞いたんだよ」
「掲示板の人が調べてくれた」
「お前、それ、裏取りしたのか。相手の身元もわからないのに」
「兄さんは、いつもそうやって、疑うことしかしないんだね」
「もういいよ。兄さんには、話すだけ無駄だった」
そう言って、悠人は先に電話を切ってしまった。かけ直しても、二度と繋がることはなかった。電話の向こうで、悠人の声が少しずつ硬くなっていくのを、和也は感じ取っていた。それでも、あの頃の和也は、「正しさ」を伝えることの方を優先してしまっていた。良かれと思って口にしていた言葉が、悠人を少しずつ追い詰めていることに、当時の和也は思い至らなかった。
決定的だったのは、二回目の法要の帰り道だった。
「いいか、統計的に見て、ワクチンとの因果関係が証明された例は極めて少ない。お父さんとお母さんは、たまたま別の要因が重なっただけなんだ。ちゃんと専門家の話を――」
「兄さんは、専門家の話が聞きたいんじゃなくて、自分が納得したいだけだろ」
「……お前こそ、ネットの変な連中の話を鵜呑みにしてるだけじゃないのか。あんな連中、お前を利用してるだけかもしれないんだぞ」
「あの人たちは、少なくとも僕の話をちゃんと聞いてくれる。兄さんは、僕を黙らせたいだけじゃないか」
「頼むから、変なコミュニティから離れてくれ」
和也が最後に絞り出したその一言に、悠人は何も答えず、ただドアを閉めた。
あの一言が、和也の中に長く刺さったまま残ることになるとは、その時はまだ、思いもよらなかった。
その一ヶ月後、和也は一度だけ、悠人のアパートを訪ねたことがあった。インターホンを鳴らしても応答はなく、何度目かに、ドアの向こうから小さく声がした。
「……帰って」
「話をしに来ただけだ。ちょっとでいいから」
「今は、無理」
それきり、物音一つしなくなった。和也はしばらくドアの前に立ち尽くしていたが、やがて何も言えないまま、その場を後にした。あれが、直接顔を合わせる最後の機会だったのだと、今になって思う。
あの日から、まともに顔を合わせることも、声を聞くこともないまま、二年が過ぎていた。
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