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『親の死因をワクチンの薬害だと言ったら陰謀論者認定されたので殺しちゃいました』  作者: ドネルケバブ佐藤


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2/19

2話

19時、21時に投稿します。


本日のみ2話は19時半に投稿されます。

角を曲がると、マンションのエントランスの明かりが見えてくる。そこに、一人の男が立っていた。五十代前半だろうか、疲れの滲んだ顔に、スーツだけはきちんと着崩れなく整えている。スマートフォンを見ながら、誰かを待っているふうだった。


「白石さん」


青年が声をかけると、男――白石誠一――は顔を上げた。一瞬、戸惑うような表情を浮かべる。


「……どちらさまですか」


「メールしました。ワクチンの被害者遺族の会の者だと名乗って。今日、お時間をいただけるとのことでしたので」


白石の表情がわずかに強張った。「ああ……その節は、メールをいただいて。あの、立ち話もなんですから、どこか場所を――」


「ここでいいです」青年はスマートフォンのカメラを白石に向けたまま言った。「僕、生配信してるんです。白石さんの言葉を、ちゃんと、みんなに聞いてほしくて」


「配信……?」白石の声に、はっきりと警戒の色が混じる。「ちょっと、それは困ります。話がしたいなら、会社を通して正式に――」


「正式に、って何ですか」青年の声が、初めて震えた。「僕、正式に何度も聞きましたよ。厚労省にも、病院にも、会社のお客様相談室にも。何回電話したと思ってるんですか。でも、いつも『検討します』『確認します』で終わって、何も変わらなかった。それなのに、あなたはテレビのインタビューでは、ずいぶんはっきり喋ってましたよね」


「それは……」白石は一歩下がり、あたりを見回した。「あの、今日はもう遅いので、また改めて――」


「逃げるんですか」青年はスマートフォンを構えたまま、半歩詰め寄った。「『反ワクチンを訴える人間は害悪だ』。覚えてますよね、あの発言。うちの親は、それを信じて苦しんでる人たちの仲間に入っただけです。それの、どこが害悪なんですか」


白石は答えに詰まり、視線を泳がせた。「私はあくまで、科学的な根拠に基づいた発言を……それに、あの投稿の件は、私は……知らなかったんです、詳しいことは」


「知らなかった、で済ませるんですか。あなたの名前で発信されてたことですよ」


「それとこれとは、別の話です。私は現場の細かいところまでは……」


「別の話、ですか」青年は乾いた声で笑った。


「都合のいいときだけ、別の話になるんですね」


「本当なんです。信じてください。私にも、家族が――」


「家族がいるから、なんですか」青年の声が、わずかに裏返った。「僕にだって、いたんです。もう、いないだけで」


白石は答えられなかった。ただ、スマートフォンを取り出そうとした――誰かに助けを呼ぼうとしたのかもしれない。その動きを見て、青年の中で何かが決壊した。ここでまた、うやむやにされて終わるのだ――そう思った瞬間、指先の感覚だけが妙にはっきりした。


「もういいです」青年はポケットからナイフを取り出した。コメント欄が一気に加速する。「ちょ」「待って」「通報して」「これ本物?」「誰か止めて」


「誰も聞いてくれないなら」青年の声は、怒りよりもむしろ、疲れ切っているように聞こえた。「これで、聞いてもらいます」


白石は数歩後ずさり、両手を前に出した。「待て、話し合おう、な? 落ち着いて、頼むから――」


もみ合いになったのは一瞬だった。白石が青年の腕をつかもうとしたが、間に合わなかった。青年の手が動き、白石が体をくの字に折る。画面が激しく揺れ、夜空と、マンションの明かりと、アスファルトが交互に映った。悲鳴のようなものが短く響き、それきり静かになった。青年自身、自分が何をしたのか、しばらく実感できずにいた。


倒れ込んだ白石に、青年がゆっくりと近づく。カメラは、荒い呼吸の音を拾い続けていた。


白石は、青年を見上げていた。唇が微かに動く。声にはならなかった。ただ、右手がゆっくりと持ち上がり、青年に向かって――謝るように、あるいは何かを制するように、力なく差し出された。


その手は、途中で止まり、そのまま落ちた。


配信画面はしばらく、夜道と、動かなくなった白石と、立ち尽くす青年の姿を映し続けていた。コメント欄には、もう誰も、まともな言葉を打ち込めなくなっていた。「待って」「え」「うそでしょ」という短い言葉だけが、ぽつぽつと流れては消えていく。


数分後、配信は唐突に切れた。


配信が切れてから、三十分もしないうちに、切り抜き動画がSNS上に現れ始めた。誰かが配信全体を録画していたらしく、断片的な映像が複数のアカウントから次々と投稿されていく。特に拡散したのは、白石が最後に見せた、あの手の動きの部分だった。十五秒ほどの短い映像に、誰かが「製薬会社役員、ワクチン被害者へ謝罪するも死亡してしまう」というテロップをつけて投稿すると、それは瞬く間に十万、二十万と再生数を伸ばしていった。深夜にもかかわらず、関連の投稿は朝までに数千件を超え、まとめサイトやニュースアプリの速報欄にも「配信中に殺人か」という見出しが並び始めた。


中には、映像の残酷さそのものに言葉を失い、ただ「怖い」「見なければよかった」とだけ呟くアカウントもあった。だが、そうした声はすぐに、手の動きをめぐる考察の波にかき消されていった。


事件そのものの是非よりも先に、その十五秒間の解釈だけが、独り歩きを始めていた。青年の名前も、両親の死も、その背景にあるものも、まだ誰も知らない。ただ一つの短い映像だけが、夜のうちに、何百万もの画面へと広がっていった。


その頃にはもう、あの夜道に立っていた二人の人間が、実際にはどんな人生を歩んできたのかということは、誰の関心の対象にもなっていなかった。

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