15話
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「この件、俺以外の誰かにも、話してたりします?」
「いや、俺にしか送ってきてないと思いますけど。なんでっすか」
「他の人にも同じ話をしているなら、状況が変わると思ったので」
「独占情報、横取りされたら困るんで」
「横取りするつもりはありません。話を聞きたいだけです。裁判のために」
「裁判、ねえ」
橘は、しばらく考え込むふりをしてから、にやりと笑った。
「じゃあ、条件変更で。兄貴さんが何かわかったら、俺に先に話す。それプラス、その情報源の人から何か聞き出せたら、その内容も、俺に一部シェアする。それでどうっすか」
「一部、とは」
「そっちで裁判に使う分は好きにしていいっす。でも、世間にバズりそうなとこは、俺にも一枚噛ませてください。ウィンウィンってやつで」
「バズりそうなところ、というのが、私にはわかりません」
「そこは俺が判断するんで、大丈夫っす。兄貴さんは、素材だけくれればいいんで」
素材、という言葉が、和也の耳に、いやに軽く響いた。それでも、他に選べる道は、今のところなかった。
和也は、しばらく黙った。目の前の男に、これ以上何かを渡すことへの抵抗が、胸の底で疼く。だが、この糸を切ってしまえば、内部協力者と名乗るその人物にたどり着く手段は、今のところ、他に何もなかった。
「わかりました」
「決まりっすね」
橘は上機嫌にスマートフォンを操作し、フリーメールのアドレスと、これまでのやり取りのスクリーンショットを、和也の携帯に転送した。文面はどれも短く、事務的だった。日付を見る限り、最初の接触から、最新の投稿まで、半年近くの間隔が空いていた。
「半年も前から、このやり取りは」
「そうっすね。最初は資料の中身、薄かったんすよ。それが、事件が起きてから、急にがっつりしたやつが送られてきた感じで」
事件が起きてから。その言葉に、和也は引っかかった。
「事件の後に、初めて具体的な資料が届いた、ということですか」
「そうそう。それまでは、『いつか公表したい』みたいな、ふわっとしたメッセージだけだったんすよ」
橘は、スクリーンショットを一枚ずつ、指でなぞりながら見せた。
最初のメッセージは、事件の半年ほど前の日付だった。『会社で、良心が痛むことをしている。いつか誰かに知ってほしい』。それだけの、短い一文だった。次のメッセージは、そこから三か月後。『まだ迷っている。もう少し時間がほしい』。
「これ、返信は」
「してないっすよ、最初の頃は。正直、この時点じゃ、ネタになるかどうかもわかんなかったし。放置してました」
そして、事件のニュースが流れた三日後。それまでとは明らかに違う、具体的な資料付きのメッセージが届いていた。それが、橘にとっての「当たり」だった。
「それが、急に本気出してきた、みたいな」
罪悪感が、悠人の起こした事件によって、行動へと押し出された。そういうことなのか。だとすれば、この人物にとって、悠人の存在は、単なる情報の受け手ではなく、もっと直接的な意味を持っているはずだった。
「最後にもう一つ。あなたは、この人が誰なのか、調べようとは思わなかったんですか」
橘は、心底不思議そうな顔をした。
「なんでそんなことする必要あるんすか。素性わかったところで、動画のネタが増えるわけでもないのに」
「もし、この資料が捏造だったら、どうするんですか」
橘は、あっけらかんと答えた。
「その時は訂正動画出しますよ。まあ、訂正の方は誰も見てくれないんすけどね」
悪びれた様子は、まるでなかった。誰かの人生を左右しかねない情報を、確認もそこそこに世に出しておいて、間違っていたときの償いは、埋もれるとわかっている一本の動画で済ませる。橘の中では、それで帳尻が合っているらしかった。
その返答に、和也は、これ以上この男に何かを期待するのは無駄だと悟った。
「ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。あ、そうだ」
立ち上がりかけた和也を、橘が呼び止めた。
「兄貴さんの方の話、ちゃんと覚えといてくださいね。俺、忘れっぽいけど、金の匂いがする約束だけは忘れないんで」
「最後に一個だけ、いいですか」橘は、思いついたように言った。「今の気持ち、一言でいうとどんな感じです? それだけでも、もらえると助かるんすけど」
和也は、ドアに手をかけたまま、振り返った。
「今は、何も言うことはありません」
それだけ答えると、和也はそれ以上何も言わず、小さく頭を下げて、部屋を後にした。
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