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『親の死因をワクチンの薬害だと言ったら陰謀論者認定されたので殺しちゃいました』  作者: ドネルケバブ佐藤


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14/16

14話

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「どうぞどうぞ、突っ立ってないで」


橘涼に促されるまま、和也は雑居ビルの一室に足を踏み入れた。壁際には配線がむき出しの機材ラックが並び、床には照明用のスタンドと、飲みかけのエナジードリンクの缶が転がっている。配信の派手な演出からは想像できないほど、殺風景で、生活感のない部屋だった。


壁の一角には、再生数を示すらしいスクリーンショットが、何枚もプリントアウトされて貼られていた。百万、二百万という数字の隣に、赤いマジックで「祭り」「バズった」と書き込まれている。まるで、それ自体が誇らしい戦績であるかのように。


橘は椅子を二脚、向かい合わせに引き寄せると、そのうちの一つにどっかりと腰を下ろした。冷蔵庫から缶コーヒーを二本取り出し、その一本を、断りもなく和也の前に置く。


「座って座って。あ、これ回していいっすか」


言うが早いか、橘は三脚に固定されたカメラの電源を入れようとした。和也は、それを片手で制した。


「撮影と配信は、お断りしたはずです」


「えー、もったいない。じゃあ音声だけでも」


「それも、お断りします」


「モザイクかけるし、声も変えるんで、大丈夫っすよ。これがあるとないとで、企画の説得力、全然違うんすよね」


「お断りします」


橘は大げさに肩をすくめたが、それ以上は食い下がらなかった。かわりに、テーブルの上に置かれたスマートフォンを、画面がこちらを向くようにさりげなく動かした。和也は、それにも気づいていたが、あえて何も言わなかった。録られていると思って話す方が、余計なことを口にせずに済む。


「じゃあ、本題どうぞ。兄貴さん、なんの用っすか」


「先日の動画で紹介していた資料について、お聞きしたいことがあります。あれは、誰から受け取ったものですか」


「それ聞かれると思ったけど、言えないんすよねー。情報源の秘匿ってやつ」


「秘匿する義理が、そちらにあるとは思えません。あなたは、ジャーナリストではないですよね」


橘は、悪びれる様子もなく笑った。


「まあ、そうっすね。でも、情報くれる人がいなくなったら、俺も困るんで。それに――」橘は身を乗り出した。「兄貴さんこそ、なんで知りたいんすか。弟さんの裁判のためとか?」


「弟が、あなたの動画と重なることを言っていました。だから、本当のことを、知りたいだけです」


「重なること、って?」


「それは、言えません」


橘は、つまらなそうに口をとがらせた。


「なんだよ、ギブアンドテイクじゃないんすか。俺ばっかり出させるの、フェアじゃなくないっすか」


「俺、これでもけっこう顔広いんすよ」橘は、壁のスクリーンショットを親指で示しながら言った。「去年も、某アイドルの熱愛スクープ、あれ俺なんで。事務所から抗議来たけど、結局あっちが折れたし」


和也には、それが何かの自慢になっているのか、判断がつかなかった。ただ、この男にとって、事件も、不倫も、悲しみも、すべてが同じ棚に並ぶ「ネタ」でしかないことだけは、よくわかった。


和也は、あらかじめ考えていた言葉を、静かに口にした。


「今、私が調べていることが、もし何かの形になったら、真っ先にあなたに話します。他の誰にも先に話しません」


橘の目の色が、わずかに変わった。


「それ、マジで言ってます? 独占ってことっすよね」


「はい」


「兄貴さん本人が出てくれるってことっすか。顔出しで?」


「それは、その時にならないと、わかりません」


橘はしばらく、和也の顔をじっと見ていた。損得を計算しているのが、表情からそのまま伝わってくるようだった。やがて、橘は椅子の背もたれに体を預け、投げやりな調子で言った。


「まあ、いいっすよ。別に、隠すほどのことでもないし。というか、俺も正直、よく知らないんすよね」


「知らない、とは」


「情報くれた人、会ったこともないし、名前も知らないっす。ある日、事務所のメアドに、あの資料の画像がぽんって送られてきて。それだけ」


「差出人の情報は」


「フリーメールっすよ。適当な文字列のアドレス。本文には、短いメッセージが一個だけ」


橘は、スマートフォンを操作し、その画面を和也に向けた。文面は、簡潔だった。


「マーケ会社への発注は、私が担当しました。これ以上、見て見ぬふりはできません。事実を伝えてください」


「これだけです。名乗ってもいないし、会社名も、自分から書いてないっす。まあ、文面から、たぶん製薬会社側の、発注した本人だろうなとは思ってますけど」


「マーケティング会社の人間ではなく、製薬会社の――発注した側の人間だということですか」


「そう見えますよね。だって、『発注は私が担当しました』って、はっきり書いてあるし」


和也は、その一文を、頭の中で繰り返した。マーケティング会社ではなく、発注した張本人。つまり、白石の会社の内部にいる誰かだ。


「その後、やり取りは」


「二、三回くらいっすかね。俺から『続報ないですか』って送ったら、ぽつぽつ返ってくる感じ。今んとこ、それが一番いい情報源っす」


「会って話したいと言ったら、応じると思いますか」


橘は、心底おかしそうに笑った。


「無理無理。一回、直接会って話聞かせてほしいって送ったら、それきり既読すらつかなくなりましたもん。三日後くらいに、また新しい資料がぽんと送られてきましたけど」


「顔も、名前も出したくない、ということですか」


「そりゃそうでしょ。会社にバレたら終わりだろうし。てか、俺だって、正直そこまで興味ないんすよね。誰が、どんな気持ちで送ってきたかなんて」


橘は、悪気なく続けた。


「大事なのは、中身が本物かどうかと、数字になるかどうかだけなんで。動機とか事情とか、そういうの気にしてたら、この仕事やってらんないっすよ」


その言葉に、和也は返す言葉を、一瞬見失った。悠人の名前も、両親の死も、この男にとっては、これから先、同じように扱われる「中身」の一つでしかないのだろう。


「その人と、連絡を取る方法を、私にも教えてもらえますか」


「えー、それは、ちょっと」


橘は初めて、渋る素振りを見せた。

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