13話
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同じ配信を、別の場所で、別の人間が見ていた。
その社員は、自宅の暗い部屋で、スマートフォンの画面を見つめていた。橘の口から「情報源」という言葉が出るたびに、指先が冷たくなる。
「全然連絡返ってこなくてさ」
その言葉どおり、橘からのメッセージは、あの日以来、何通も届いていた。『続報ありますか』『次のネタください』。どれも開かないまま、通知は切ってある。
自分が渡したものが、今、どこまで広がって、誰を、どう変えているのか。それを直視するのが怖くて、それなのに、画面から目が離せなかった。
やがてその社員は、そっと配信を閉じた。だが、閉じたところで、胸の奥の石が軽くなることはなかった。
配信が終わっても、和也はしばらく、動かなかった。
橘涼は、人の死を扱っているという意識すら、持っていないように見えた。そういう人間に、悠人の名前を差し出す。それは、悠人を消費した側と同じ場所に、自分から足を踏み入れることだった。
『兄さんは、専門家の話が聞きたいんじゃなくて、自分が納得したいだけだろ』
二年前の悠人の声が、蘇る。今度は違う、と言い切れる自信は、なかった。
それでも、弁護人の言葉が、頭をよぎる。誰が、いつ、何のために作った文書なのか。それを確かめられるのは、今のところ、あの男が握っている糸の先だけだ。そして、あの男が唯一、反応する言葉も、今夜、はっきりした。
和也はノートパソコンを引き寄せ、DMの新規作成画面を開いた。何度も書いては消し、最後に残ったのは、短い文面だった。
「桐生悠人の兄です。 先日、拘置所で弟と面会しました。弟は、あなたの動画の内容と重なる言葉を口にしていました。 あの資料の出どころについて、お聞きしたいことがあります。私に話せることは、お話しします。 直接、お会いできませんか。」
弟の言葉そのものは、書かなかった。それだけが、和也に引けた、ぎりぎりの線だった。
送信ボタンにかけた指が、一瞬、止まる。それから、押した。
返信は、七分後に来た。
『え、マジっすか?』 『ガチで兄貴さん? やばw』
続けて、もう一通。
『本物かどうかは正直どっちでもいいっすw 会って話が面白かったらOKなんで』
和也は、その一文を、しばらく見つめていた。それから、指を動かした。
『証明できるものは、お会いしたときにお見せします。ただ、撮影と配信はお断りします。話を聞きたいだけです』
『えー、きびしーw あ、ちなみに犯人とは仲よかったんすか? 仲悪かった?w』
『それは、お会いしたときに』
仲がよかったのか、悪かったのか。その問いに、和也は、自分でも答えを持っていなかった。二年前までは、仲がよかったと言えたはずだった。今は、そう言い切る資格が、自分にあるのかどうかさえわからない。
『ワクワクしてきたw まあいいっす。会ってから考えましょ。明日の午後、空いてます?』
『空いています』
『情報源のことは、どこまで話していただけますか』
『知ってる範囲でっすよー。大したこと知らないっすけどw まあ、来てからのお楽しみってことで』
『じゃあ住所送ります。スタジオ兼事務所みたいなとこなんで』
数秒後に、住所と、駅からの道順が送られてきた。和也はそれを、メモ帳の最後の行の下に書き写した。
『情報源は、中の人間』
その一行の下に、橘涼の住所が並ぶ。
これは取引だ、と和也は自分に言い聞かせた。悠人を売るわけではない。ただ、橘涼が欲しがるもので、橘涼だけが持っているものを、買うだけだ。
それが本当に、そう言い切れるものなのかどうか。今夜のところ、答えは出なかった。
ノートパソコンを閉じると、部屋には、街の音だけが残った。
翌日の午後、和也は、指定された駅の改札を出た。
駅前の大型ビジョンには、ニュースの映像が流れていた。白石の顔写真と、「製薬会社の闇」という白い文字。だが、足を止める人は、もう誰もいなかった。和也は、その前を通り過ぎた。
弁護人には、会ったあとで連絡するつもりだった。何がつかめるのか、自分でもわからないうちは、報告のしようがない。そう自分に言い訳をしていることに、和也は気づいていた。
送られてきた住所は、古い雑居ビルの四階だった。廊下の突き当たりに、社名の看板も何もない、ただのスチールのドアがある。和也は一度、深く息を吸ってから、インターホンを押した。
ややあって、ドアが開いた。
「あ、どーもー。兄貴さん? 入って入って」
画面の中で見た顔が、画面の中と同じ笑顔で、そこに立っていた。
その肩越しに、部屋の奥が見えた。三脚に据えられたカメラ、リングライト、何台も並んだモニター。そのすべてが、いつでも回せる状態で、こちらを向いている。和也は、玄関の敷居をまたぐ前に、もう一度だけ、深く息を吐いた。
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