12話
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橘が見せた投稿サンプルと、よく似た言い回しが、そこにいくらでも並んでいた。「うちの子はワクチン打って元気です(笑)」。アイコンが猫の写真だったり、家族旅行の写真だったりする、ごく普通の人々のアカウントだった。家族を亡くした誰かの投稿に、嘲笑のミームを返信し、数万の「いいね」を集めている者もいた。
これが、発注された投稿なのか。それとも、ただ流れに乗った誰かの投稿なのか。画面の上では、その違いを見分ける方法は、どこにもなかった。発注書が本物だったとして、それだけで「みんな」を説明できるはずがない。和也は、メモ帳に、その疑問を書き足した。
『誰が頼んで、誰が乗ったのか』
午後三時過ぎ、見覚えのない番号から着信があった。警戒しながら出ると、落ち着いた女性の声が聞こえた。
「桐生和也さんでいらっしゃいますか。悠人さんの弁護を担当しております、国選弁護人の者です」
女性は名乗り、事務的な挨拶を手短に済ませた。
「先日は、面会にいらしたと伺いました。悠人さんの様子は、いかがでしたか」
「……落ち着いてました。落ち着きすぎているくらいに」
「ええ。私が接見したときも、同じ印象です。事件の経緯については、聞かれたことに淡々と答えてくれます。ただ、背景についてはほとんど話してくれません。『言っても仕方ない』と」
その言葉に、和也は拘置所のアクリル板越しの声を思い出した。
「弁護人として、お伺いしたいことがあります。橘涼さんの動画は、ご覧になりましたか」
「はい」
「弁護側でも把握しています。あの資料が本物であれば、量刑を考える上で、意味を持つ可能性はあります。ただ現時点では、出所の分からない動画にすぎません。法廷に出すには、資料の真正性と、悠人さんの行動との関連を、こちらで立証する必要があります」
「立証、というのは」
「誰が、いつ、何のために作った文書なのか。実際に投稿として世に出たのか。悠人さんがそれを目にしていたのか。そのすべてです。今の段階では、どれも確認できていません」
和也は、しばらく黙っていた。それから、正直に言った。
「あの動画を出した人に、会おうと思っています」
電話の向こうで、短い沈黙があった。
「……お気持ちは、理解できます。ただ、率直に申し上げると、ご家族が独自に動かれることは、あまりお勧めしません。取材に応じたり、ご自身で発信されたりすると、証拠の信用性や、裁判員の心証に、思わぬ影響が出ることがあります」
「発信は、しません。話を聞くだけです」
「それでも、です。その方から得た情報は、私どもではそのまま使えません。ですので、もし何かわかったことがあれば、必ず、先に私に連絡してください。こちらで裏付けを取ります」
「……わかりました」
「それと、一つだけ」女性は、少し間を置いた。「悠人さんに、面会に来たお兄さんのことを尋ねたとき、『別に』とだけ答えていました。ただ、否定はしませんでした」
その一言を、和也は、うまく受け止められなかった。安堵と呼ぶには、あまりにも頼りない言葉だった。
電話が切れたあとも、和也は携帯を握ったまま、しばらく動けなかった。止められたわけではない。ただ、これが自分一人の償いの話ではなくなった、という感覚だけが、はっきりと残っていた。
夕方、郵便受けを開けると、封筒が二通入っていた。どちらも、週刊誌の編集部からだった。手書きの添え書きには、「ご家族としてのお気持ちを、ぜひお聞かせください」「謝礼のご用意があります」とある。
和也は、それを読まずに、そのままゴミ箱に入れた。悠人の名前で、誰かが数字を欲しがっている。その事実だけが、指先に嫌な感触として残った。
夜になって、叔母から電話がかかってきた。
「和也? 大丈夫? こっちにも、週刊誌の人が来たのよ」
「叔母さんのところにも?」
「何も話さなかったけどね。あんた、変なことに巻き込まれてないでしょうね」
「……調べてるだけだよ。悠人が、何を見てたのか」
「そんなの、警察や弁護士さんに任せればいいじゃない」
「任せきりにして、二年、何も気づかなかったから」
電話の向こうで、叔母は黙り込んだ。やがて、小さな声が返ってきた。
「……無茶だけは、しないでよ」
「うん」
その夜、橘涼の緊急配信が始まったのは、二十二時ちょうどだった。
和也は、ノートパソコンの前に座った。画面の右側には、猛烈な速さでコメントが流れ続けている。同時視聴者数は、十二万を超えていた。
「はいどーも、裏側チャンネルの涼です! いやー、昨日の動画、ありがとね。二百万いったよ、マジで!」
昨日の神妙な顔つきは、跡形もなかった。画面の中の橘は、椅子にふんぞり返り、満面の笑みを浮かべている。
「みんな、めっちゃコメントくれてるじゃん。えーと、『情報源は誰ですか』? 言うわけないじゃん(笑)。ていうか、俺も詳しくは知らないのよ。向こうが勝手に送ってきて、はい、どうぞ、って感じで」
橘はコメントを読み上げながら、大げさに肩をすくめた。
「むしろ聞いてよ。あの後、全然連絡返ってこなくてさ。せっかく続報ほしいのにー。まあ、いいんだけど(笑)」
「続報あるんですか、だって? あるよ〜。あるかもしれない。あることにしとく? まあ、期待しといて」
コメント欄が、「wwww」「はよ」「焦らすな」で埋まっていく。
「『白石は悪人ですか』? 悪人でしょ、知らんけど(笑)。だってさ、悪人の方が盛り上がるじゃん。実際どうかなんて、正直、俺にはどうでもいいんだよね。みんなが見たいのは、悪い奴が出てくる話でしょ?」
橘の軽い笑い声が、和也の耳の奥で、嫌な音を立てた。
「あ、スパチャありがとうございます! 『犯人の家族に話を聞いてきてください』。……あー、それ、いいよね。それ絶対回るわ」
橘は、身を乗り出した。
「犯人の家族って、今どうしてんだろうね。兄弟とか、いるのかな。もし見てたら、DM開いてるんで、連絡ちょうだい。ノーギャラだけど、めっちゃ回ると思うよ、マジで(笑)」
和也は、画面から目を離せなかった。胃のあたりが、ゆっくりと冷えていく。
コメント欄には、次々と言葉が流れていた。
「家族も同罪でしょ」 「家族出てこいよ」 「いや、家族に罪はないだろ」 「でも話は聞きたい」
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