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『親の死因をワクチンの薬害だと言ったら陰謀論者認定されたので殺しちゃいました』  作者: ドネルケバブ佐藤


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11話

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翌朝、和也は夜が明ける前に目を覚ました。目を覚ました、というより、ほとんど眠れていなかった。


カーテンの隙間から、まだ青い光が細く差し込んでいた。ノートパソコンの画面には、昨夜から開きっぱなしの橘涼の動画が、一時停止のまま残っている。和也は椅子に座り直し、冒頭からもう一度、再生ボタンを押した。今度は、橘が何を言っているかではなく、画面に何が映っているかを見るつもりだった。


発注書の画像が出たところで止め、コマ送りにする。宛先の社名も、日付も、担当者の名前も、黒いモザイクで潰されていた。読めるのは、橘が読み上げた本文の数行だけだ。


和也はメモ帳を引き寄せ、気づいたことを書き出していった。


まず、この発注書のどこにも、白石誠一の名前は出てこない。橘は「白石氏が役員を務める製薬会社から」と言っただけで、白石が発注に関わったとは、一度も断言していなかった。断言しないまま、「白石さんが繰り返し発言してきた言葉の裏で」という言い方で、視聴者に結論だけを渡している。橘は一度だけ、「もしこの資料が本物だとしたら」と口にしていた。あの「もし」は、もう誰の記憶にも残っていない。


次に、マーケティング会社の社長の謝罪文。認めているのは「一部施策において行き過ぎた表現があった」ことだけで、誰が何を依頼したのかには、一言も触れていない。それなのに世間は、あれを「発注書は本物だった」という意味に受け取っていた。


三つ目は、書式だった。罫線と項目欄の並びは、市販のひな形には見えない。どこかの社内システムから出力されたもののように見えた。少なくとも、外部の人間が偶然手に入れられる類いの紙ではないはずだ。


そして、四つ目。


『みんな、笑ってたんだ』


悠人は「みんな」と言った。発注された投稿が数十件、数百件あったとしても、それだけで「みんな」にはならない。あの資料は、悠人が見たものの一部でしかない。もっと大きな何かが、その周りにあったはずだった。


メモの最後に、和也は一行だけ書き足した。


『情報源は、中の人間』


午前九時を回るのを待って、和也は同僚に電話をかけた。昨日、電話をくれた相手だ。


「朝からごめん。ちょっと教えてほしいことがあって」


「おう、どうした。まさか、もう仕事に戻れるとか?」


「いや、そうじゃなくて。発注書って、誰が作るものなんだ。役員クラスが、自分で書くのか」


電話の向こうで、同僚が小さく笑った。


「役員が発注書書いてたら、会社回らないだろ。担当者が起票して、課長とか部長が承認して、ってのが普通だよ。金額が大きけりゃ、もう少し上まで回るけど」


「その承認欄に、役員の名前が入ることは」


「金額次第だな。でも、中身までちゃんと読んでる役員なんて、ほとんどいないと思うぞ。判子だけ押してる人も多いし」


「……そうか」


「あの動画の話だろ」


「うん。もう一つ。発注書って、出した側だけじゃなくて、受けた側にも残るよな」


「そりゃそうだ。両方が持ってる。だから、外に漏れるとしたら、出した会社の人間か、受けた会社の人間か、どっちかだろ」


「やっぱり、中の人か」


「まあ、そうなるな」


そこで一拍置いて、同僚の声が少し低くなった。


「なあ、和也。言っとくけど、あの手の配信者には深入りするなよ。真実を暴きたいんじゃなくて、再生数が欲しいだけの連中だ。お前の弟のことだって、平気でネタにするぞ」


「わかってる」


「わかってるなら、いいけど」


電話を切ってから、和也はもう一度、メモ帳の最後の一行を見つめた。中の人間。それを知っている人間に届く糸は、今のところ一本しかない。動画を出した橘涼、本人だ。


橘のアカウントのプロフィール欄には、「情報提供・取材依頼はDMまで」と書かれていた。事務所を通したメールアドレスも、その下に並んでいる。


和也は、時間をかけて文面を考えた。名乗らず、感情も入れず、必要なことだけを書く。


「突然のご連絡失礼いたします。先日の動画で紹介されていた資料について、入手経路を含めて、お聞きしたいことがあります。お時間をいただけないでしょうか」


DMと、事務所のアドレスの両方に、同じ文面を送った。事務所からは数分後に自動返信が届いた。「お問い合わせありがとうございます。内容によってはご返信できない場合がございます」。DMの方は、既読の表示すらつかなかった。


待つ間に、和也は橘の過去の動画を遡ってみた。芸能人の不倫、企業の不祥事、政治家の隠し子疑惑。どの動画も、サムネイルには赤い文字が躍っている。中には、後日「訂正とお詫び」というタイトルが付け足されているものも、いくつかあった。訂正動画の再生数は、元の動画の十分の一にも届いていなかった。


そんな人間のもとには、毎日、数えきれないほどの「情報提供」が届くのだろう。ただ丁寧なだけのメッセージなど、その山に埋もれて終わりだ。和也は、そう思った。


昼を過ぎても、夕方になっても、返信は来なかった。


その間に、和也はもう一つだけ、試したことがあった。悠人とのトーク画面に残っていた、削除済みのリンク。あの投稿が、どこかに保存されていないか。URLを魚拓サイトに入れてみたが、「該当するアーカイブは見つかりませんでした」と表示されただけだった。


一つずつ、細い糸が切れていく。


魚拓が見つからなかったあと、和也は、事件直後にネット上へ出回った悠人の掲示板の書き込みを、もう一度、最初から読み直すことにした。あの頃は、見出しやまとめ記事の断片でしか目にしていなかった。


古い投稿から順に、画面をスクロールしていく。最初のうちは、両親の死を受け止めきれない言葉が、ただ並んでいた。母が最後に食べたもの。父が朝、新聞を取りに出ていったときの後ろ姿。そこには、和也の知らない悠人が、たくさんいた。


だが、途中から、言葉の温度が少しずつ変わっていく。


『また笑われた。親が死んだ話を、ネタにされた』 『「証拠あるの?(笑)」って。証拠があるなら、とっくに誰かが聞いてくれてる』 『みんな、同じ顔で笑ってた』


投稿の間隔は、だんだんと短くなっていた。「笑われた」という言葉は、読み進めるほど増えていく。その下には、コミュニティの仲間たちの返信が、毎回決まって並んでいた。『つらいね』『あいつらには人の心がない』。


事件直後、何度も目にしたはずの書き込みだった。それなのに、あのときの和也は、この言葉を、ただの被害者意識として読み流していた。同じ言葉が、今は、まったく違うものに見える。


悠人は、ずっと言っていたのだ。誰にも聞き届けられなかっただけで、ずっと、言っていた。


和也は次に、SNSの検索窓に、いくつかの言葉を打ち込んでみた。「ワクチン 死んだ 笑」「反ワク 思考停止」。表示された投稿の数に、和也は思わず息を止めた。

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