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純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード1ー純潔のミレニアムー
8/48

純潔のミレニアム襲名ー

聖王都。謁見の間。


高く広い空間に、厳かな静寂が満ちていた。


ミリィは剣聖の正装に身を包み、玉座の前で深く傅いている。

白いブレザーのような衣装に、短い白のマント。太腿まである白いブーツ。

両腕を覆う長い手袋。


首元にはネックレス。そこに、意匠の異なる十の指輪が揺れていた。


その先――玉座には聖王が座している。

そしてその傍ら、宰相を名乗る男が一歩前に出て、声を張った。


「ミレニアム・ジ・プレミアムー、そなたが授かりし剣聖の証をここへー」


響く声に、空気がわずかに張り詰める。


ミリィは傅いたまま、ゆっくりと頭を下げた。


「……ハ、ハイ……」


かすかに震える声。


それでも、彼女は逃げずに、まっすぐそこにいた。


その場にまっすぐ立ち上がったミリィは、右手を前へと差し出した。


「……当代の剣聖ミレニアム・ジ・プレミアムが……呼ぶ?」


小さく首を傾げるミリィ。

その仕草につられるように、宰相と聖王までもがわずかに首を傾げた。


しかし――次の瞬間。


「……剣よ……でませい!」


その声と同時に、目の前の空気が歪む。

目には見えない“何か”が収束していくように、空間そのものが軋む。


やがて、その歪みはミリィの手の中で形を持ち始めた。


淡い光を伴いながら、ゆっくりと“それ”は顕現する。


長大な剣。


挿絵(By みてみん)


ミリィの体躯を優に超える、異様なまでに長い刃。

柄だけでも彼女の身長に届くほどで、刃はさらにその三倍はあろうかという長さを誇る。


その形も一概に剣と言うには、あまりに普通の剣とは異なる形状で、ある意味で歪なまでに独特な形。白銀と黄金が複雑に絡み合う、不思議な剣であった。


それを――


ミリィは、片手で軽くかざした。


「……剣皇ジ・プレミアムー……ここに」


その宣言と同時に、広間にどよめきが走る。


聖王、宰相、そして謁見の間に集った全ての者が、言葉を失い、その光景を見つめていた。


聖王が静かに口を開く。


「……まさしく、剣聖の証。剣皇ジ・プレミアム」


その声は、厳かに広間へと響き渡った。


聖王の声が、謁見の間に静かに響き渡る。


「汝、ミレニアム・ジ・プレミアムを第27代の剣聖の称号を与える。その称号に相応しき行いを」


ミリィは深く頭を下げたまま、その言葉を受け取る。


静寂の中、ただ呼吸の音だけがわずかに漏れる。


聖王は続ける。


「そして、当代の剣聖のその姿、その立ち振る舞いを讃え――」


一拍置いて、重々しく告げる。


「『純潔のミレニアム』を名乗るが良い」


その瞬間、広間に静かな歓声が広がった。

押し殺されたような、しかし確かに祝福を含んだ声。


だが――


頭を下げたままのミリィの眉が、わずかに顰められる。


「……純潔……あぅ……」


小さく漏れた声には、どこか困ったような、居心地の悪さが滲んでいた。


襲名授与式を終えたミリィは、王宮の中を一人、俯いたまま歩いていた。


豪奢な天井、整えられた柱、そのすべてが遠く感じられる。


「純潔……」


先ほど告げられた称号が、頭の中で何度も反響する。


胸の奥に、言葉にならないもやもやが広がっていた。


そのとき――背後に気配が走る。


はっとして振り向くと、そこには一目でわかるほど豪奢な衣装に身を包んだ女性が立っていた。

その背後には、貴族らしき取り巻きと従者たち。


ミリィは反射的に、その場に跪く。


「……アナリスタ殿下……」


緊張でわずかに声が震える。


呼ばれた女性――アナリスタは、落ち着いた視線でミリィを見下ろし、静かに言った。


「良い。普通にせよ」


その一言に、空気がふっと和らぐ。


ミリィは戸惑いながらも、ゆっくりと顔を上げ、恐る恐る立ち上がった。


視線を合わせることに、まだどこか遠慮が残っていた。


ミリィは、アナリスタが苦手だった。

ことあるごとに強く当たられてきた記憶が、自然と胸を重くする。


今日もきっと――そう思うだけで、気が沈む。


アナリスタが静かに口を開く。


「まるで、蛇に睨まれた蛙ですね。そんなに私のことが嫌いですか?」


ミリィは慌てて両手を振る。


「そ、そんなことは……」


「まぁよいでしょう」


あっさりと流され、アナリスタは続ける。


「それより、剣聖襲名授与式は無事にこなしたとのことで、祝いの言葉を」


ミリィは姿勢を正し、深く礼をする。


「ありがとう、ございます」


その礼に、アナリスタの目がわずかに細められた。


「ところで――『純潔』の二つ名を頂戴したそうですが」


その瞬間、ミリィの肩がピクリと跳ねる。


空気がわずかに張り詰めた。


アナリスタは一歩も動かず、ただ静かに問いを重ねる。


「果たして、それについてはいかがなものでしょう?」


ミリィの頬を、冷たい汗が一筋伝う。


視線を上げると、上目遣いにアナリスタを見るしかなかった。


アナリスタの瞳は、逃がさないとでも言うようにまっすぐに向けられている。


「どうなの?」


追い詰めるような静かな一言。


ミリィは唇をぎゅっと結び、言葉を探す。


「……えっと……それは……」


もじもじと視線を揺らしながら、どう答えるべきか迷っていた。


アナリスタの声音が鋭く響いた。


「ハッキリなさいっ!」


その一喝に、ミリィの肩がびくりと跳ねる。全身に緊張が走り、慌てて背筋を伸ばした。


「ハ、ハイ!私は、とうに純潔ではありませんっ!……あっ」


口にした瞬間、自分の言葉の意味に気づき、ミリィの顔は一気に耳まで真っ赤に染まった。


広間の空気がざわめく。


「なんてことだ……」


「詐称とは……」


「当代の剣聖が……まさか……」


取り巻きたちの囁きが、冷たく重く広がっていく。


アナリスタはそんな空気を楽しむかのように、ゆっくりと口元を歪めた。


「……なるほど」


「仮にも『純潔』の二つ名を賜りし者が純潔ではない……それはそれは」


その声には、心底楽しげな色が滲んでいた。


そして、さらりと問いを重ねる。


「で、いつ?どこで?誰と?」


一気に畳みかけるような問いに、ミリィは完全に固まる。


手も足も、そして首筋までもが赤く染まり、視線が泳ぐ。


「そ……それを……ここで……?」


周囲の視線を受けて、さらに縮こまるように小さくなるミリィ。


「こんな...皆さんの前で...そんな...」


アナリスタは微笑みながら、軽く肩をすくめた。


「気にすることはありません。この者達なら大丈夫。さぁ、言いなさい」


逃げ場を塞ぐような、穏やかで残酷な言葉。


ミリィは俯き、ぎゅっと目を閉じた。


胸の奥で、何かがぐちゃりと絡まるような感覚だけが残る。


アナリスタの声がさらに鋭く響いた。


「うじうじと鬱陶しい……早く言いなさいっ!」


再び放たれた檄に、ミリィはびくりと肩を震わせる。


しばらくの沈黙のあと、意を決したように両手で口元を押さえ、視線を逸らしながら、絞り出すように答えた。


「じゅ……10歳の時に……」


その一言に、周囲が一斉にどよめく。


「10歳……だと……?」


「年齢的に……まずいのでは……」


ざわつく取り巻きたち。


アナリスタでさえ、わずかに表情を崩し、頬に汗が伝う。


「続けなさい」


促され、ミリィは小さく頷いた。


「……その、一緒に旅をしていた……年上の男性と……」


その言葉に、アナリスタの喉がごくりと鳴る。


緊張が一気に高まる中、ミリィはさらに続けた。


「夜、とある王宮の部屋で……」


広間の空気が凍りつく。


そして――


ミリィは目を伏せ、覚悟を決めたように声を張った。


「キス……しましたっ!!!」


一瞬の静寂。


次の瞬間、広間に広がるのは、困惑と衝撃のざわめきだった。


アナリスタは、わずかに間を置いて問いを重ねた。


「……それで、その先は?」


ミリィがきょとんとする。


「……その先?」


「そうです。先の話をなさい」


ミリィは首を傾げたまま、困ったように言葉を探す。


「……そこまで、ですけど……?」


アナリスタと取り巻き、従者たちの目が、一斉に点になる。


空気が完全に止まった。


ミリィはおずおずと胸に手を当てる。


「……だから私はもう、純潔と名乗るのは……心苦しくて……」


心の底から辛そうな顔だった。


その姿を見た瞬間――


アナリスタが、堪えきれないように吹き出した。


「……あはっ、ははは……!」


高らかな笑い声が広間に響く。


取り巻きたちが戸惑う中、アナリスタはしばらく笑い続け、やがて笑みを浮かべたまま、涙を指で拭った。


そして、はっきりと告げる。


「これは……まさに『純潔』に相違なし!」


その一言に、周囲の空気が再び揺れる。


ミリィは、意味が分からないまま、ただ小さく瞬きを繰り返していた。


アナリスタは何事もなかったかのように、にこやかに微笑んだ。


「これから庭で茶会を開催するところです。先程のお詫びに、どうか貴女を招待させていただけます?」


優雅に手を差し出す。


ミリィは少し戸惑いながらも、その手をそっと取った。


「……あっ……」


次の瞬間、アナリスタがその手を引き寄せ、自然な流れで腕を絡ませてくる。


突然の距離に、ミリィの顔が一気に真っ赤になる。


「え、あの……」


戸惑うミリィに構わず、アナリスタは楽しげに問いかけた。


「それで?相手はどんな人だったの?」


ミリィは視線を泳がせながら、少し考えてから答える。


「え……えっと……すごくぶっきらぼうな人で……」


その一言から始まり、二人の会話は自然と流れていく。


庭に設けられた茶席で、紅茶の香りが漂う中――


ミリィは少しずつ緊張を解き、ぽつぽつと過去の話を語り始めた。


アナリスタは興味深そうに耳を傾け、ときに笑みを浮かべ、ときに鋭く問いを差し込む。


取り巻きたちは距離を保ちながら、その様子を見守る。


やがて話題は移り、二人の会話は自然と恋の話へ。


軽やかな笑い声が、静かな庭に広がっていった。


その日、茶会は思いのほか長く続き――


周囲が驚くほど、穏やかで賑やかな時間となったのだった。

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