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純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード1ー純潔のミレニアムー
6/48

剣聖のお仕事ー

石畳の路地裏。


昼下がりの柔らかな光が、建物の隙間から細く差し込んでいる。


その下で――


ミリィは、地面に這いつくばっていた。


両手を地面につき、顔をゴミ箱の下へと突っ込むようにして覗き込んでいる。


白いマントの裾が、汚れそうになりながら揺れていた。


「ねこちゃーん……どこぉ……」


小さく、たどたどしい声。


必死だった。


完全に必死だった。


そして――


体勢。


完全に、お尻を突き出している。


スカートの裾が揺れ、足が付け根まで丸見え。


あまりにも無防備。


その背後に、ひとり。


オセロットが立っていた。


腕を組み、呆れた顔でため息をつく。


「……何やってんすか、ほんとに」


ぼそっと呟く。


だがミリィは気づかない。


まだゴミ箱の下を覗き込んでいる。


「いそうなんだよ……ここ、なんか気配あって……」


完全に真剣。


そのとき。


通りすがりの男が、ふと足を止める。


視線が、そちらへ向く。


一瞬の沈黙。


そして――


オセロットが、一歩前に出た。


ミリィの後ろに立ち、その身体をさりげなく隠すように位置を取る。


男を睨みつける。


「オラオラ、見んな!」


低い声。


「早くあっち行け!」


一切の遠慮なし。


男はびくっと肩を揺らし、そそくさと去っていく。


それを確認して、オセロットはもう一度ため息をついた。


「……はぁ。剣聖がやる仕事じゃねぇだろ、これ」


その足元で。


ミリィが、ひょこっと顔を出す。


少し煤で頬を汚しながら、ぱっと明るくなる。


「オセ!いたよ!」


両手で抱き上げたのは、小さな灰色の猫。


ミリィの腕の中で、くにゃりと体を丸めている。


「よかったぁ……怖かったよねぇ……」


優しく撫でる。


完全に保護者の顔だった。


オセロットはそれを見下ろしながら、肩をすくめる。


「……まぁ、無事ならいいっすけど」


そして、ふと周囲を見る。


誰もいないことを確認してから、ぽつりと呟く。


「……こないだドラゴンぶっ飛ばしてた人と同一人物とは思えねぇな」


ミリィはその言葉に首を傾げる。


「え?なに?」


何も分かっていない顔。


オセロットは、軽く笑った。


「なんでもないっす」


そのまま、歩き出す。


ミリィも猫を抱えたまま、慌ててその後を追った。


平和な街の一角で。


“剣聖”は、今日も猫を探していた。


依頼を達成し、ギルドの受付で任務達成の印を受け取る。


受付嬢に軽く会釈をして、ミリィはにこにことしたままギルドを後にしようとする。


その足が、ふと止まる。


視線が掲示板へと向いた。


色とりどりの依頼書が並ぶ中――


一枚の紙を、そっと手に取る。


紙に書かれていた文字を、ミリィは一つ一つ追っていく。


『畑の収穫』


主人が腰を痛めてしまい、しばらく働けないため、助けてほしい――


ミリィの眉が、きゅっと寄る。


「これは……大変だよね……」


小さく呟く。


そして、ぱっと顔を上げる。


「よし!」


その瞬間。


――ぺしっ。


後頭部に軽い衝撃。


「いたいっ……」


思わず声が漏れる。


振り返ると、そこにオセロットが立っていた。


呆れた顔で、腕を組んでいる。


「よしじゃねぇっすよ。よしじゃ」


ため息混じりのツッコミ。


ミリィは後頭部をさすりながら、少し困ったように目を伏せる。


「だ、だって……困ってるって……」


小さく言い返す。


その声には、迷いがなかった。


オセロットは、その顔を見て一瞬だけ黙る。


そして、軽く肩をすくめた。


「……まぁ、そういうの、嫌いじゃないっすけどね」


ぼそりと呟く。


だがすぐに、視線を掲示板に向ける。


「でもまぁ、剣聖がやる仕事じゃないっすね、それ」


言いながらも、完全には否定していない。


ミリィは、その言葉に少しだけ目を瞬かせる。


そして――


「……でも、困ってる人がいるなら、やりたいよ」


まっすぐに言い切る。


その言葉に、オセロットは一瞬だけ目を細めた。


そして、軽く鼻を鳴らす。


「はいはい。そういうとこっすよ」


半ば呆れ、半ば納得したように。


ミリィは、掲示板の依頼書をぎゅっと握りしめる。


「じゃあ、これ受けよう!」


元気よく言う。


オセロットは頭をかきながら、渋々といった様子で頷いた。


「……付き合いますよ」


そうして二人は、ギルドの外へと歩き出す。


剣聖の少女は――


今日もまた、小さな依頼を受けるために歩いていた。



そして翌日、


ミリィはベッドの上で呻き声を上げていた。


「い..いたい…いたいよぉ…」


ベッドの傍らには、椅子に腰掛けて呆れた顔をしているオセ。


「なんで…あんなに馬鹿力あんのに、畑仕事で筋肉痛になるんすか」


ミリィは枕に顔を埋めかけながら、弱々しく首を振る。


「馬鹿力って言わないでぇ…かわいくないよぉ…」


その声も、体の痛みに引きずられてどこか頼りない。


オセはため息をつく。


「いや、事実っすよ」


軽く言い切る。


ミリィはむぅっと頬を膨らませようとして――


すぐに痛みで顔をしかめた。


「うぅ……」


小さくうめく。


オセはその様子を見て、肩をすくめる。


「ほんと、剣聖様のやることじゃないっすね、これ」


ミリィは布団の中で少しだけ動いて、また小さく呻いた。


「……いたい……」


ただそれだけが、部屋の中に静かに落ちた。


柔らかな朝の光が差し込む部屋の中、ミリィはベッドの上で身じろぎした。


体中に残る鈍い痛みを確かめるように、小さく息を吐く。


「お風呂入りたい…かも…」


掠れるような声が、静かな室内に落ちた。


椅子に腰掛けていたオセが、ちらりと視線を向ける。


呆れを含んだ表情のまま、ため息混じりに言葉を返す。


「そんなんじゃ1人で風呂入れないでしょ?諦めなよ」


ミリィは少しだけ困ったように眉を下げ、言葉を探すように視線を泳がせた。


やがて、ぽつりと。


「…オセが入れてくれたらいいんじゃない…?」


その瞬間、オセの動きがわずかに止まる。


数拍の沈黙のあと、顔をしかめながら声を荒げた。


「ノーミソ湧いてんすか?無理っしょ。俺だって男っすよ?」


しかしミリィは、きょとんとしたまま首を傾げる。


思い出したように、無邪気に口を開いた。


「去年まで、一緒にお風呂入ってた、でしょ?」


空気が一瞬だけ止まる。


オセは言葉に詰まり、そして一気に顔を赤くした。


「そ、それは9歳までの話!10歳の俺には無理!」


慌てて視線を逸らし、声を荒げる。


その様子に、ミリィは不思議そうに瞬きを繰り返した。


「照れてる…のぉ?気にしなくて、いいのに…」


無邪気な一言。


それが決定打となり、オセはさらに顔を赤くして叫ぶ。


「そりゃ照れるだろ!アンタはもっと気にしろよぉ!」


そのやり取りに、部屋の空気がふっと緩む。


痛みを抱えながらも、どこか賑やかで――


そして、確かに日常の一幕がそこにあった。


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