運命は偶然と必然の結果ー
ミリィの踵が闘技台へ深々と突き刺さり、
轟音と共に石畳が吹き飛び、土煙が舞い上がる。
その瞬間。
クレタが動いた。
ミリィの背後へ回り込む。
腕を首へ回す。
そしてもう片方の腕で固定した。
羽交い締め。
さらに首を極める。
「あぐっ……」
ミリィの喉から苦しげな声が漏れる。
クレタが笑った。
「うちは以前、あの警部様……本部長様にこれでやられてっかんなー」
ミリィは振り解こうとする。
だが動けない。
右足はまだ地面へめり込んだまま。
力が入らない。
体勢も悪い。
クレタは容赦なく締め上げる。
「力と速度ならミリィ、お前がはるか上だぁ」
ミリィの腕がクレタの腕を掴む。
だが外れない。
「けどなぁ」
首が締まる。
呼吸が苦しい。
視界が揺れる。
クレタの声だけがやけにはっきり聞こえた。
「状況によっては、関係ねぇ」
さらに締め上げる。
ミリィの身体が震える。
「戦いなんざ、そんなもんよ」
ミリィの首が締まる。
「あ……ぐっ……くはっ……」
呼吸ができない。
顔が赤く染まる。
腕に力を込める。
だが外れない。
クレタの腕はまるで鉄の輪だった。
「勝負の行方を決めるのは運命なんかじゃねぇ」
クレタの声が耳元で響く。
「つーか運命なんてねぇんだよ」
締め上げる力が増す。
ミリィの視界が揺れる。
「あんなのは結果に対する勝手な評価でしかねぇ」
クレタは笑った。
楽しそうに。
いつものように。
「偶然か必然か」
ミリィの身体が僅かによろめく。
「この勝負の結果はどっちだと思うよ?」
ミリィは答えない。
答えられない。
呼吸が苦しい。
首が痛い。
意識が遠のきそうになる。
それでも。
空色の瞳だけは閉じなかった。
じっと前を見る。
そして。
掠れた声で。
「……どっちでも……ありません」
クレタの眉が僅かに動く。
「……あぁ?」
ミリィは苦しそうに息を吐く。
「私と……クレタさんが……」
喉が潰れそうになる。
それでも続ける。
「戦った……結果です……」
クレタが黙る。
ミリィの指が。
ゆっくりと。
クレタの腕へ伸びた。
ミリィの指がクレタの右腕を捉える。
首を極めている右腕。
クレタが笑った。
「おいおい」
余裕の声。
「さすがにこの体勢じゃ力なんて――」
瞬間。
クレタの表情が変わる。
右腕に。
強烈な圧力がかかった。
「なにぃっ!?」
筋肉が軋む。
皮膚が沈む。
ミリィの指が食い込んでいた。
まるで万力。
いや。
鋼鉄の鉤爪だった。
「ぐっ……!」
クレタが歯を食いしばる。
右腕が引き剥がされる。
あり得ない。
首を極められた状態。
足も埋まっている。
まともに力など出せるはずがない。
だが。
ミリィは違った。
息を止める。
目を閉じる。
全神経を指先へ集中させる。
一本。
また一本。
指がさらに深く食い込む。
クレタの右腕が軋む。
そして。
ゆっくりと。
だが確実に。
締め上げていた腕が開き始めた。
「っ……!」
ミリィの喉に空気が流れ込む。
まだ足りない。
まだ外れない。
それでも。
首を極める形が崩れ始める。
クレタの目が見開かれた。
「てめぇ……!」
ミリィは答えない。
息を止めたまま。
ただ。
指先だけに全てを込めていた。
ミリィは苦しげに息を吐く。
「勝負の結果が……偶然か必然かなら……私は……」
クレタの右腕に食い込んだ五本の指。
皮膚が沈み。
筋肉が軋む。
それでもミリィは離さない。
首を締められながら。
そのまま右腕を引き剥がしにかかる。
そして叫んだ。
「私は……必然を掴み取りますっ!」
空色の瞳が開かれる。
力強く。
真っ直ぐに。
クレタを見据えて。
「ちぃっ!」
クレタが舌打ちする。
次の瞬間。
ついに右腕が外れた。
首への締め付けが消える。
ミリィの肺へ空気が流れ込む。
「はっ……!」
そして。
ミリィが右足を引き抜いた。
砕けた闘技台から。
強引に。
力任せに。
石片が飛び散る。
その勢いのまま。
身体を後ろへ倒しながら両脚を振り上げた。
「っ!?」
クレタの体勢が崩れる。
引きずられる。
前へ。
下へ。
「なんのぉっ!」
クレタが吠えた。
身体をのけぞらせる。
両脚で地面を踏み締める。
倒れまいと抗う。
だが。
その首へ。
ミリィの両脚が絡みついた。
「今度は……こちらの番です!」
クレタの目が見開かれる。
咄嗟に右腕を動かす。
足の間へ差し込もうとする。
首を守るために。
だが。
動かない。
先程。
ミリィに締め上げられた右腕。
力が入らない。
思うように持ち上がらない。
「くっそぉ!」
クレタが歯を食いしばる。
そして。
ミリィの両脚が完全に首を捉えた。
クレタの顔が苦痛に歪む。
首が締まる。
逃げ場がない。
「くそっ……!」
ミリィはクレタの右腕へ両手を伸ばした。
そして掴む。
肘の少し下。
逃がさないように。
しっかりと。
そのまま全体重を預けるように引き絞る。
「これで……必然です!」
クレタが歯を食いしばる。
左手を伸ばす。
自分の右腕を掴む。
無理やり引き上げようとする。
だが。
動かない。
ミリィが両手で引き絞るたびに。
右肩が軋む。
「ぐっ……!」
首も苦しい。
腕も痛い。
二つの極めが同時に襲う。
クレタの呼吸が乱れる。
左手に力を込める。
それでも。
持ち上がらない。
ミリィの両脚はさらに締まり。
クレタの首を容赦なく締め上げていく。
「っ……!」
クレタの膝が揺れた。
ミリィに右腕を押さえ込まれたまま。
首は両脚で挟まれている。
クレタが歯を食いしばる。
「ぐっ……!」
左手で右腕を引き上げようとする。
だが動かない。
ミリィの両手が逃がさない。
首も締まる。
呼吸も苦しい。
体勢も崩れている。
そして。
ついに。
クレタの右膝が地面へ着いた。
どっ。
闘技台が揺れる。
さらに。
左膝も落ちる。
「っ……!」
クレタが両膝を着いた。
その瞬間。
観客席が爆発した。
「おおおおおおおおおっ!!」
「押してるぞ剣聖っ!!」
「教皇が膝を着いたぁ!!」
「いけぇぇぇぇぇっ!!」
闘技場全体が揺れる。
歓声。
怒号。
熱狂。
ミリィは汗を流しながらも力を緩めない。
両手で右腕を押さえ込み。
両脚で首を締め上げる。
クレタは両膝を着いたまま。
なおも立ち上がろうと全身へ力を込めていた。
ふいに。
クレタの身体から力が抜けた。
「え……!?」
ミリィが目を見開く。
締め上げていた感触が消える。
抵抗がなくなる。
思わず。
クレタの顔を見る。
クレタが笑った。
「ぬんっ!」
ゴキリ。
鈍い音が響く。
クレタの右肩。
関節が外れる音だった。
「なっ――」
ミリィの瞳が見開かれる。
掴んでいた右腕が伸びる。
肩が外れたことで。
関節の位置が変わる。
ミリィの拘束がずれる。
「あ……みぎゃっ!」
次の瞬間。
体勢が崩れた。
後頭部が闘技台へ叩きつけられる。
ごっ。
鈍い音。
星が散る。
その隙だった。
クレタが右腕を引き抜く。
無理やり。
強引に。
そして身体を大きく捻る。
反らせる。
首に絡みついたミリィの両脚ごと。
「おらぁっ!」
ミリィの身体が大きく振られる。
視界が回る。
そして。
ぶんっ。
ミリィの身体が宙を舞った。
闘技台の上を吹き飛ばされる。
何度も回転しながら。
土煙の向こうへ。
ミリィが空中で身体を捻る。
両足で着地。
石畳を滑りながら勢いを殺す。
その間に。
クレタが右肩へ手を当てた。
そして。
力任せに押し込む。
ゴキンッ。
「ふぐっ!」
流石のクレタも顔を歪める。
だが次の瞬間には笑っていた。
右肩を何度か回す。
問題ない。
まだ動く。
ミリィは片膝を着いていた。
肩で息をする。
汗が頬を伝う。
そしてゆっくり立ち上がる。
クレタが見下ろした。
「へでもねぇ!」
ミリィが右拳を引く。
大きく。
深く。
神気が集まる。
空気が震える。
「行きます!」
クレタも腰を落とした。
アークルベーダはない。
構えもない。
ただ拳を握る。
「来い!」
次の瞬間。
二人が同時に地面を蹴った。
轟音。
石畳が砕ける。
距離が消える。
一歩。
二歩。
三歩。
そして。
互いの間合いへ到達する。
ミリィの右拳。
クレタの右拳。
どちらも避けない。
どちらも止めない。
全てを乗せた。
最後の一撃。
二人の拳が――
正面から激突した。




