決着ー
二人の拳が激突する。
轟音。
衝撃波が闘技場を駆け抜ける。
ミリィの拳。
クレタの拳。
どちらも一歩も引かない。
拮抗。
互いの力がぶつかり合う。
ミリィの髪が舞う。
クレタの前髪が揺れる。
そして。
ミリィが真っ直ぐクレタを見た。
「これが……今の私です!」
クレタがニヤリと笑う。
「おぉよ……」
拳を押し返しながら。
「やるようになったじゃねぇか……ミリィ」
その瞬間だった。
クレタの右腕に衝撃が走る。
肩へ。
そして。
突き抜ける。
「ぬぐっ!」
顔が歪む。
力が抜ける。
膝が折れる。
クレタがそのまま前のめりに崩れ落ちた。
右肩を押さえる。
「クレタさん!」
ミリィが慌てて駆け寄る。
しゃがみ込む。
肩へ手を伸ばす。
だが。
「いってぇ! さわんな!」
クレタが怒鳴った。
ミリィの手がぴたりと止まる。
クレタは顔をしかめたまま肩を押さえる。
「……まぁた外れちまってんだからよぉ」
そう言いながら。
左手で右肩を掴む。
ぐっと押し込む。
ゴキッ。
「ぬはっ……!」
クレタの身体が震える。
「いってぇ……」
肩を回す。
一回。
二回。
三回。
痛そうな顔のまま。
それでも動くことを確認すると、ようやく息を吐いた。
クレタがゆっくり立ち上がる。
右肩を回す。
まだ痛む。
だが問題はない。
そして。
ミリィを見る。
ミリィもまたクレタを見返した。
言葉はない。
ただ。
小さく頷く。
クレタも頷いた。
それから会場の端にいる審判へ視線を向ける。
審判が息を呑む。
そして頷き返した。
慌てて二人の元へ駆け寄る。
観客席が静まる。
誰もが結果を待っていた。
審判が大きく息を吸う。
そして右手を高々と掲げた。
「勝者!」
闘技場全体へ響き渡る声。
「ミレニアム!!」
一瞬の静寂。
そして。
「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
歓声が爆発した。
観客総立ち。
闘技場が揺れる。
ミリィは少し驚いたように目を瞬かせる。
そして。
ほっとしたように息を吐いた。
クレタはその様子を見て鼻で笑った。
クレタが歩み寄る。
ミリィも動かない。
そのまま。
ずんずんと。
距離を詰める。
そして。
ごつん。
ミリィの鼻先がクレタの胸に当たった。
「うわっぷ」
ミリィが鼻を押さえる。
少し涙目になる。
クレタが吹き出した。
「くくっ」
肩を震わせながら笑う。
「強くなったな」
ミリィが鼻をさすりながら見上げる。
クレタは乱暴にミリィの頭へ手を置いた。
「鍛えた甲斐があったってもんだ」
ミリィは少しだけ目を伏せた。
そして。
静かに言う。
「……私をちゃんと鍛えてくれたのは、あなたが最初で最後でした」
クレタの眉が僅かに動く。
「へーそうかよ」
興味なさそうな返事。
だが手は頭から離れない。
ミリィは続けた。
「だから……私の中で、あなたは私の師匠です」
数秒。
沈黙が落ちる。
クレタが顔を背けた。
そして舌打ちする。
「……ちっ」
どこか居心地が悪そうに。
「ただの気まぐれだ」
ミリィは小さく微笑んだ。
観客席から歓声が降り注ぐ。
闘技場を埋め尽くす声。
その中で。
師匠と弟子はしばらく向かい合ったまま立っていた。
クレタが頭から手を離す。
そして肩を回しながら言った。
「まだ続くんだろ? 全国ツアー」
ミリィが頷く。
「はい。まだ半分もこなしてません」
クレタが呆れたように鼻を鳴らす。
「鬼の長ぇ話だ」
ミリィは少し考えてから言った。
「でも」
クレタを見る。
真っ直ぐに。
「あなた以上の相手は、きっともういませんから」
一瞬。
静寂。
そして。
クレタが声を上げて笑った。
「はははははっ!」
腹を抱えるように。
心底おかしそうに。
「何言ってんだ?」
金色の瞳が細まる。
「まだまだこれからだぜ!」
ミリィが首を傾げる。
「え……?」
クレタは笑みを消さない。
「ミリィ」
その名前を呼ぶ。
「てめぇとやりてぇのが、うちだけだとでも思ったか!?」
ミリィが目を瞬かせた。
「それは……どういう……?」
クレタは答えない。
ただ笑う。
そして踵を返した。
観客席へ背を向ける。
途中。
闘技台へ突き立てていたアークルベーダの前で足を止める。
長大な十字槍を引き抜く。
石片が転がる。
そのまま肩へ担いだ。
そして。
振り返らないまま。
片手をひらひらと振る。
「ま、楽しみにしてろや」
クレタは歩き去っていく。
元・月光師団長。
今は新生『神殿』
教皇クレッタルス・ハイランダー。
その背中を。
ミリィはしばらく見つめていた。
会場を去っていくクレタの背中へ。
惜しみない拍手が響き渡る。
観客席の誰もが立ち上がっていた。
勝者へ。
そして敗者へ。
最高の戦いを見せた二人へ。
称賛が降り注ぐ。
クレタは振り返らない。
アークルベーダを肩に担いだまま。
ただ片手を軽く上げる。
それだけだった。
だが拍手はさらに大きくなった。
やがて。
その姿が闘技場の出口へ消えていく。
ミリィはその背中を見送る。
そして小さく息を吐いた。
「……」
右手で首元のネックレスに触れる。
指輪を一つ撫でる。
それから。
くるりと踵を返した。
控え室へ向かって歩き出す。
すると。
今度は観客席からミリィへ声援が飛んだ。
「ミリィー!」
「おめでとう!」
「最高だったぞー!」
「剣聖ー!」
拍手が降り注ぐ。
歓声が響く。
ミリィは少し驚いたように目を瞬かせた。
それから。
照れくさそうに微笑む。
そしてぺこりと頭を下げた。
拍手はしばらく鳴り止まなかった。




