月光雫ー
「恥ずかしがってる暇なんてねぇーだろ?」
クレタが笑う。
そして甲冑の留め具へ手を掛けた。
がちゃり。
まず肩当てが落ちる。
続いて腕甲。
脚甲。
腰の装甲。
次々と外していく。
白銀の鎧が闘技台へ転がった。
ミリィの瞳が細くなる。
「本気……なんですね」
クレタは鼻で笑った。
「言うまでもねぇ」
アークルベーダを握り直す。
「こちとら最初からガチンコよぉ!」
低く。
獣のように身を沈める。
そして。
消えた。
「――っ!」
ミリィの目が見開かれる。
次の瞬間には目の前。
クレタが肉迫していた。
アークルベーダが突き出される。
一直線。
無駄のない刺突。
ミリィは両手を添えるようにして軌道を逸らした。
穂先が頬の横を通り過ぎる。
だが。
終わらない。
クレタの連撃は既に始まっていた。
引き戻し。
二撃目。
三撃目。
四撃目。
雨のような突き。
否。
豪雨だった。
ミリィは両手で捌く。
流す。
逸らす。
弾く。
それでも追いつかない。
穂先が袖を掠める。
髪を切る。
足元を穿つ。
「くっ……!」
ミリィが後退する。
一歩。
二歩。
だがクレタは離さない。
「どうしたぁ!」
突き。
「守ってばっかだぞ!」
薙ぎ払い。
「来いよ!」
石突が唸る。
ミリィは身体を沈めて避ける。
その頭上を槍が通り過ぎた。
風圧だけで髪が舞う。
そして。
ミリィが踏み込んだ。
槍の内側へ。
最も危険な場所へ。
クレタの目が細まる。
「それだ!」
歓喜の声。
ミリィの拳が放たれる。
クレタの顔面へ。
だが。
クレタは笑ったまま。
槍を手放した。
「なっ――」
ミリィが驚く。
その一瞬。
クレタの掌底が迫っていた。
ミリィは構えを崩さないまま口を開いた。
「……月光雫は……使わないんですか?」
クレタがにやりと笑う。
「それも警部様に聞いたのかい」
「本部長、です」
クレタが盛大に舌打ちした。
「ちっ」
心底気に入らないらしい。
アークルベーダを肩に担ぎながら鼻を鳴らす。
「ありゃあ、場合によっちゃあっさり殺しちまうからなぁー……」
金色の瞳が細められる。
「聖敵以外には使わねぇんだよ」
ミリィがくすりと笑った。
「やっぱり……いい人ですね」
ぴくり。
クレタの眉が跳ねる。
「いい人なんかじゃねぇわ」
吐き捨てるように言う。
そして。
アークルベーダを持ち上げた。
上段。
さらに上段。
槍のはるか下。
石突近くを指の間に挟むように握る。
まるで巨大な振り子。
長大な十字槍が天へ掲げられる。
「うちはただー……」
クレタの瞳が鋭くなる。
次の瞬間。
轟ッ!!
アークルベーダが振り下ろされた。
空気が裂ける。
大上段からの一撃。
「正しいだけだ!!」
ミリィが踏み込む。
逃げない。
両腕を交差させる。
そして。
振り下ろされる槍を正面から受けた。
激突。
轟音。
闘技台が悲鳴を上げる。
ミリィの足元の石畳が砕け散った。
砂埃が舞う。
衝撃が全身を貫く。
だが。
ミリィは止まらない。
交差した両腕で槍を押し返す。
空色の瞳が真っ直ぐクレタを見据えた。
クレタもまた笑うことなく見返していた。
そして。
クレタがアークルベーダを真後ろへ振りかぶった。
長大な槍が弧を描く。
全身を使った大きな動作。
ミリィの瞳が細められる。
クレタが吠えた。
「――月光はすべてをあばく」
槍が唸る。
「月光閃!」
横薙ぎ。
一閃。
穂先が空を裂いた。
その瞬間。
光が生まれる。
蒼白い月光。
三日月のように湾曲した斬撃が槍から解き放たれた。
光は地を舐めるように走る。
闘技台を切り裂きながら。
一直線にミリィへ迫る。
「っ!」
ミリィが踏み込む。
避けない。
右拳を握る。
神気が集まる。
そして。
迫る月光へ拳を打ち込んだ。
激突。
轟音。
光が弾ける。
月光と神気がぶつかり合い、衝撃波が闘技場を揺らした。
観客席から悲鳴が上がる。
だが。
消えない。
砕いたはずの月光が。
二つに割れたままミリィの左右を通過していく。
背後の石壁へ到達。
そして。
轟轟轟轟ッ!!
巨大な爆音と共に観客席の防壁が裂けた。
ミリィが振り返る。
切断面は鏡のように滑らかだった。
クレタはアークルベーダを肩へ担ぐ。
「ぼさっとしてんじゃねぇぞ」
次の瞬間。
二発目の月光閃が放たれた。
そして続け様に。
クレタがアークルベーダを振るう。
今度は縦。
真上から真下へ。
「月光閃!」
蒼白い光が走る。
縦の斬撃。
先ほどの横薙ぎと交差するように。
ミリィの瞳が見開かれた。
「!?」
十字。
光の十字が完成する。
逃げ場を塞ぐように。
挟み込むように。
迫る。
ミリィは即座に判断した。
地面を蹴る。
真上へ。
高く。
十字の交点を飛び越える。
轟音。
月光閃同士が交差し、その余波だけで闘技台が裂けた。
だが。
クレタは笑う。
「甘ぇっ!」
ミリィが空中で振り向く。
その時にはもう。
クレタが身体を大きく反らしていた。
まるで弓。
限界まで引き絞られた弓。
アークルベーダを握る腕に全身の力が集まる。
そして。
次の瞬間。
投げた。
轟ッ!!
爆発音にも似た音が響く。
長大な十字槍が空を裂く。
回転しない。
ぶれない。
一直線。
まるで巨大な矢。
いや。
雷そのものだった。
ミリィへ向かって飛ぶ。
空中。
逃げ場はない。
アークルベーダの穂先が。
一瞬で眼前まで迫った。
ミリィが小さく息を吐く。
迫るアークルベーダ。
空中。
逃げ場はない。
だが。
ミリィは両手と両足を同時に突き出した。
神気が弾ける。
全身から放たれた力が空気を叩く。
そして――
止まった。
空中で。
ほんの一瞬。
刹那の時間だけ。
ミリィの身体が静止する。
クレタの目が見開かれた。
「なんだと!?」
未来視が揺らぐ。
見えていた軌道。
見えていた未来。
その全てからミリィが外れる。
アークルベーダが眼下を通り過ぎた。
その瞬間。
ミリィが身体を反転させる。
頭を下へ。
足を天へ。
そして。
右足を振り上げた。
構えも何もない。
ただ。
最も得意な技。
最も長く磨き続けた技。
「てぇぇいっ!!」
かかと落とし。
振り下ろされる。
神気を纏った踵が。
隕石のように。
一直線に。
クレタへ落ちる。
空気が裂ける。
闘技場全体が軋む。
クレタの瞳が見開かれたまま固まる。
未来は見えている。
避け方も見えている。
だが。
身体が間に合わない。
ミリィの踵が。
クレタの眼前まで迫っていた。
クレタの瞳が見開かれる。
迫る踵。
神気を纏った一撃。
だが。
クレタは逃げなかった。
腰を落とす。
深く。
両足を踏み締める。
闘技台が軋む。
そして両腕を交差した。
受けるために。
ただ受けるために。
「教皇ぉぉぉぉぉぉ!」
クレタが吠える。
「バリアアアアアアァッ!!」
そんなものはない。
魔術でもない。
奇跡でもない。
ただの気合いだった。
次の瞬間。
ミリィの踵が落ちる。
轟音。
空気が爆発する。
観客席の最前列が衝撃で吹き飛びそうになる。
クレタの両腕に踵がめり込む。
「ぐっ……!」
踏ん張る。
だが止まらない。
押される。
交差した腕が。
少しずつ。
少しずつ下がっていく。
石畳が砕ける。
両足が地面へ沈む。
膝が軋む。
それでも。
クレタは叫ぶ。
「おおおおおおおおっ!!」
歯を食いしばる。
腕が震える。
全身が悲鳴を上げる。
だが。
倒れない。
ミリィも叫ぶ。
「てぇぇぇぇぇぇいっ!!」
さらに力を込める。
踵が押し込まれる。
クレタの両腕が。
胸元まで。
肩まで。
ついに押し倒される。
そして。
ミリィの踵がクレタの額へ迫った。
クレタの両腕が押し切られる。
踵が迫る。
額を砕かんとする一撃。
だが。
クレタが口を開いた。
そして――
がぶり。
「うそでしょ!?」
ミリィの踵に喰らいついた。
神気を纏った踵へ。
躊躇なく。
本当に噛みついた。
クレタの目がぎらつく。
「ふはんふんは!(油断すんな)」
ミリィには何を言っているのか分からない。
「はっひゃほー!(バッキャロー)」
だが勢いだけは伝わる。
クレタはそのまま首を捻った。
強引に。
無理やり。
噛みついたまま。
踵の軌道を逸らす。
「なっ――」
ミリィの身体が引っ張られる。
かかと落としが外れる。
勢いは止まらない。
振り下ろされた踵が。
そのまま闘技台へ突き刺さった。
轟ッ!!
爆発。
石畳が吹き飛ぶ。
地面が陥没する。
土煙が空へ巻き上がる。
衝撃波が闘技場を駆け抜けた。
観客席から悲鳴と歓声が同時に上がる。




