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純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード7ー全国ツアー開始ー

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意地と拳ー

クレタが不意に動きを止めた。


両手を重ねる。


そして。


静かに瞳を閉じる。


ミリィの動きが一瞬だけ鈍った。


「……?」


何をするつもりなのか分からない。


だが。


その迷いは刹那だった。


すぐに思考を切り替える。


今しかない。


ミリィは地面を蹴った。


神気を纏った身体が一気に加速する。


距離を詰める。


踏み込む。


右手を振り上げる。


手刀。


狙うは首筋。


一撃。


それで終わらせるつもりだった。


だが――


視界がぶれた。


「……っ?」


違和感。


ほんの一瞬。


景色が歪む。


足場がずれる。


身体の感覚が狂う。


ミリィの表情が変わった。


「あぐっ……!」


衝撃。


鳩尾に何かがめり込んでいた。


呼吸が止まる。


全身から力が抜ける。


目を見開く。


そこにいた。


クレタ。


いつの間にか。


目の前に。


そして。


鳩尾へ膝を突き立てている。


「……な、どうして……?」


掠れた声。


理解できない。


見えていた。


捉えていた。


確かに首筋へ手刀を落としたはずだった。


クレタは膝を押し込みながら笑う。


楽しそうに。


余裕たっぷりに。


「さぁ〜て」


金色の瞳が細められる。


「なんでだろぉなぁ?」


そして。


そっと。


ミリィの頬へ手を添えた。


優しく見えるほど自然な動作。


だが次の瞬間。


その手が頭を掴む。


「っ――」


抵抗する暇もない。


そのまま振り下ろした。


轟音。


ミリィの顔面が地面へ叩きつけられる。


石畳が砕ける。


破片が弾け飛ぶ。


「あっ……」


声にならない声が漏れた。


闘技場が静まり返る。


観客たちは何が起きたのか理解できない。


ただ一つだけ。


分かることがあった。


今の一瞬。


クレタはミリィの認識そのものを置き去りにした。


そして。


地面へ押さえつけられたままのミリィを見下ろし。


クレタは笑った。


獰猛に。


愉快そうに。


「ミリィ、てめぇは力に頼りすぎなんだよ」


クレタはミリィから手を離し、一歩下がった。


そして首を傾ける。


コキリ。


乾いた音が響く。


「ガキンチョのてめぇは力なんてなかったからな」


クレタは肩を竦めた。


「もっとあれこれ考えてたと思うけどな」


ミリィはゆっくりと起き上がる。


頬には擦り傷。


髪には土。


だが、その瞳はまだ死んでいない。


空色の瞳が自分の両手へ落ちる。


白い手袋。


その奥の手。


何度も何度も人を救い。


何度も何度も戦ってきた手。


ミリィは静かに握った。


ぎゅっと。


強く。


「そうかも……しれません」


その声は小さい。


だが否定ではなかった。


クレタは鼻を鳴らす。


「速くても」


一歩。


「強くても」


さらに一歩。


「当たらなきゃ意味ねぇんだぜ?」


ミリィは黙って聞いている。


クレタは続けた。


「未来を見る相手に速度勝負」


「力で押し切る」


「悪くねぇ」


そして肩を竦める。


「でもな」


金色の瞳が細くなる。


「それ、うちが一番好きな戦い方なんだよ」


ミリィの眉が僅かに動く。


クレタは笑った。


「正面からぶん殴る」


「真正面からねじ伏せる」


「最高じゃねぇか」


拳を握る。


「だから付き合ってやってる」


その言葉に。


ミリィは小さく息を吐いた。


クレタの言いたいことが少し分かってきた。


昔の自分なら。


真正面からは行かなかった。


勝つために考えた。


相手を観察した。


弱点を探した。


誘導した。


騙した。


工夫した。


力がなかったから。


そうするしかなかった。


クレタはじっとミリィを見る。


「なぁミリィ」


「……はい」


「てめぇが強くなったのは知ってる」


その言葉に嘘はない。


「でもよ」


クレタは口元を吊り上げた。


「うちは昔のてめぇの方が厄介だった気がしてんだ」


風が吹く。


観客席は静まり返っていた。


二人の会話を聞いている者はほとんどいない。


それでも。


何かが変わり始めていることだけは伝わっていた。


ミリィは握った拳を見つめる。


そして。


ゆっくりと顔を上げた。


空色の瞳に宿る光が少し変わっていた。



パァーンッ!!


乾いた音が闘技場中に響き渡った。


歓声が止まる。


観客たちが固まる。


クレタも目を見開いた。


「……は?」


目の前で。


ミリィが自分の頬を両手で叩いていた。


しかも全力で。


結果。


ミリィはその場にしゃがみ込んでいた。


両頬を押さえながら。


涙目で。


ぷるぷる震えながら。


「ぅぅぅ……」


クレタが沈黙する。


数秒。


本当に数秒。


完全に固まった。


そしてようやく口を開く。


「……何してんだ、てめぇは」


ミリィは涙目のまま顔を上げた。


目尻には涙が浮かんでいる。


頬は真っ赤だった。


「……き、気合い入れ直してます」


声が少し震えていた。


痛かったらしい。


クレタは無言になる。


観客席も静かだった。


誰も反応できない。


ミリィは両頬を押さえたまま続けた。


「い、勢いよくやった方が効果あるかなって……」


「加減しろよ」


「思ったより痛くて……」


「当たり前だろーが」


クレタは額を押さえた。


さっきまでの熱気がどこかへ消えている。


未来視。


神気。


超高速戦闘。


そんな空気を全部ぶち壊していた。


ミリィは涙を拭きながら立ち上がる。


「で、でも」


ぐすっと鼻をすすった。


「なんだか頭がすっきりしました」


「そうかよ」


「はい」


素直に頷く。


クレタはしばらく無言だった。


そして。


盛大にため息を吐く。


「……やっぱてめぇはてめぇだな」


「?」


意味が分からず首を傾げるミリィ。


クレタは笑った。


呆れたように。


どこか懐かしそうに。


「そのままで来い」


拳を握る。


金色の瞳が細められる。


「変に賢くなろうとしてんじゃねぇ」


ミリィは瞬きをした。


そして。


少しだけ笑う。


「……はい」


今度は。


迷いなく頷いた。


クレタが笑った。


心底楽しそうに。


「ちったぁマシになってきたなー……」


金色の瞳が細まる。


そして。


腰を落とした。


「ほんじゃまぁ」


踏み込む。


地面が砕けた。


爆発的な加速。


一瞬で間合いを潰す。


そして右拳を振り下ろした。


迷いのない一撃。


純粋な破壊。


ミリィも動く。


逃げない。


避けない。


右拳を握る。


そして。


真正面から打ち出した。


次の瞬間。


両者の拳が激突する。


轟音。


空気が爆ぜた。


衝撃波が闘技場全体へ広がる。


観客席の旗がなぎ倒される。


髪が揺れる。


服がはためく。


悲鳴と歓声が入り混じった。


「うおおおおおおお!!」


「ぶつかった!!」


「正面から!?」


「馬鹿かあいつら!!」


誰もが立ち上がる。


視線の先。


二人はまだそこにいた。


拳と拳。


互いに押し合ったまま。


だが。


ほんの僅か。


ミリィの眉がひそめられる。


右肩。


衝撃が突き抜けていた。


骨が軋む。


筋肉が悲鳴を上げる。


それでも引かない。


一歩も。


対するクレタもまた。


動かなかった。


ただ。


その右腕の装甲に変化が生まれていた。


ぴしり。


小さな音。


肩口まで伸びる亀裂。


白銀の甲冑が割れていく。


ひびが走る。


一本。


二本。


三本。


そして肩口まで到達した。


クレタが目を細める。


「へぇ……」


嬉しそうに。


本当に嬉しそうに。


「そうこなくっちゃな」


ミリィは歯を食いしばる。


右肩が痛む。


それでも拳は下げない。


クレタは自らの肩を見た。


ひび割れた装甲。


そして再びミリィを見る。


その顔には笑みしかなかった。


「やっとだ」


呟く。


待ち望んでいたものを見つけたように。


「やっと見えてきたじゃねぇか」


金色の瞳が輝く。


「その先がよ」


「今度は私から!」


ミリィが踏み込む。


右ではない。


左拳。


鋭く。


真っ直ぐに。


クレタの顔面を狙う。


だがクレタは落ち着いていた。


左手を上げる。


最小限の動き。


拳を外へ払う。


「甘ぇ」


言葉と同時。


ミリィは止まらない。


払われることまで織り込み済みだった。


そのまま身体を捻る。


右肘。


左膝。


右足。


左拳。


流れるように繋がる連撃。


拳。


肘。


膝。


蹴り。


全身を武器にした怒涛の攻勢。


観客席から歓声が上がる。


速い。


誰も目で追えない。


だが。


クレタもまた止まらない。


ある時は受ける。


ある時は流す。


ある時は半歩だけずらして躱す。


無駄がない。


未来を知る者の防御。


そして。


守るだけでは終わらない。


ミリィの右拳を流した直後。


クレタの掌底が胸元を狙う。


ミリィが身を捻って回避。


その回避先へ。


今度は膝。


ミリィが腕で受ける。


衝撃。


その反動を利用して後ろ回し蹴り。


クレタが頭を下げる。


髪が舞う。


直後。


クレタの拳。


ミリィの頬を掠める。


ミリィは止まらない。


さらに踏み込む。


拳。


肘。


膝。


蹴り。


まるで嵐だった。


だがクレタもまた。


その嵐の中心で笑っている。


「そうだ!」


拳を受け流す。


「それだ!」


膝を弾く。


「もっと来いや!」


蹴りを肩で受ける。


衝撃で装甲が軋む。


それでも笑う。


楽しそうに。


心底嬉しそうに。


ミリィもまた。


もう迷っていなかった。


ただ前へ。


ただ攻める。


クレタの未来視を。


クレタの技量を。


クレタそのものを超えるために。


二人の攻防はさらに激しさを増していく。


拳が交錯する。


足が唸る。


空気が裂ける。


闘技場の石畳が次々に砕けていった。

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