なめてんじゃねーよ!ー
クレタとミリィが頷き合う。
審判が大きく手を振り上げた。
「決勝戦、開始!」
最初に動いたのはミリィだった。
地面を蹴る。
その姿は残像すら残さない。
次の瞬間にはクレタの懐へ入り込んでいた。
踏み込み。
右拳を放つ。
狙うは顔面。
だがクレタは動じない。
月光十字槍アークルベーダの柄を僅かに持ち上げる。
鈍い衝突音。
拳は届かない。
続けざまにミリィの左拳。
さらに右肘。
左膝。
流れるような連撃。
一切の淀みがない。
しかし。
クレタは槍をほんの僅かに動かすだけだった。
柄。
石突。
穂先の根元。
槍のあらゆる部分を使い分ける。
最小限の動作で全てを受け流していく。
その間も視線は一度たりともミリィから外れない。
まるで未来を知っているかのように。
ミリィの攻撃が放たれるより先に、そこへ槍が置かれている。
そして――
最後の右拳。
渾身の一撃。
クレタはそれを穂先で止めた。
穂先と拳。
互いに一歩も譲らない。
二人の間で空気が震える。
観客席から歓声が沸き上がった。
「うおおおおお!!」
「速ぇ!!」
「見えねぇぞ!?」
「どっちも化け物か!!」
轟く声援。
その中心で。
ミリィは静かに息を吐いた。
空色の瞳は真っ直ぐクレタを見据えている。
クレタもまた見返していた。
金色の瞳は楽しげに細められている。
五年ぶりの再会。
そして五年ぶりの手合わせ。
互いに一歩も引かないまま。
二人は静かに笑った。
拮抗する二人。
拳と槍。
互いに一歩も譲らない。
会場中から歓声が上がる。
「ミレニアムー!!」
「押せぇぇ!!」
「クレタぁぁぁ!!」
「やれぇぇぇ!!」
轟く声援。
その中心で。
ミリィの頬を汗が伝った。
空色の瞳は真っ直ぐクレタを見据えている。
「やはり……強いですね」
素直な言葉だった。
五年ぶりに向き合うクレタは、記憶の中よりも遥かに強かった。
だが。
クレタはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「ミリィ……」
金色の瞳が細められる。
「てめぇは思ったほど成長してねぇな」
ミリィの目が僅かに揺れた。
クレタは構わず続ける。
「こんなもんだったのか?」
穂先が押し込まれる。
ミリィの拳がほんの僅かに後退した。
「……」
「速ぇ」
クレタが言う。
「強ぇ」
さらに続ける。
「技術も上がってる」
それは事実だった。
今のミリィは間違いなく世界有数の強者だ。
だがクレタは首を横に振る。
「けどよ」
失望したような声。
「全部、うちの知ってるミリィの延長線上じゃねぇか」
観客には意味が分からない。
だがミリィには分かった。
クレタが言っているのは強さではない。
もっと別の何かだ。
「五年だぞ?」
クレタが言う。
「五年もあったんだ」
穂先の向こうから金色の瞳が覗く。
「うちはもっと変なもん見せられると思ってた」
「変なもの……ですか?」
「あぁ」
クレタは笑う。
「常識とか」
「理屈とか」
「そういうの全部ぶん投げた何かだ」
そして。
少しだけ寂しそうに言った。
「けど違ったな」
槍が微かに揺れる。
「てめぇ、まだ優等生やってやがる」
その言葉に。
ミリィは何も返さなかった。
「てめぇ、うちをなめてるのか?」
次の瞬間。
クレタが槍を払った。
ミリィの拳が弾かれる。
強引でもなく。
力任せでもなく。
ただ圧倒的な技量で突き放された。
クレタの眉間には深い皺が刻まれていた。
ミリィの背筋が冷える。
(あ……)
空色の瞳が揺れる。
(本気で怒ってる……)
クレタはミリィを睨みつける。
「本気出したら、うちなんて相手にならねぇなんて思ってんのか?」
「そ……そんなこと……」
「なめてんじゃーねぇぞ?」
「だから……」
言葉が続かない。
クレタは舌打ちすると、槍を回した。
月光十字槍アークルベーダ。
巨大な槍が唸りを上げる。
くるくると。
軽々と。
まるで棒切れでも扱うように。
そして。
クレタ自身も動き始めた。
歩くでもない。
走るでもない。
円を描くように。
ミリィの周囲をゆっくり回る。
獲物を観察する猛獣のように。
「うちもまだぜんぜん本気出してねぇぞ?」
「……」
ミリィは答えられない。
クレタは止まらない。
「どうしたら本気になる?」
一歩。
「追い込んだら?」
一歩。
「負けそうになったら?」
一歩。
「怖い思いをしたら?」
金色の瞳が射抜く。
「いえ……それは……」
「甘えてんじゃねぇーよっ!」
怒声が闘技場を震わせた。
ミリィの肩がびくりと跳ねる。
観客席が静まり返る。
誰も声を出せない。
クレタは本気で怒っていた。
「本気の出し入れくれぇ」
槍の穂先が持ち上がる。
「てめぇで出来るようになりやがれ!」
轟くような声。
ミリィは思わず息を呑む。
クレタはなおも睨み続ける。
「怖くなったら本気出します」
「追い込まれたら本気出します」
「そんなもん子供でもできんだろーが」
槍を握る手に力が入る。
「戦う前から決めとけ」
「ここから先は全力だってな」
金色の瞳が細まる。
「てめぇは剣聖だろ」
その言葉は責めるためではない。
期待だった。
誰よりも。
目の前の少女に期待しているからこその怒りだった。
「うちはな」
クレタが言う。
「泣きながら前に出てた頃のてめぇの方が、今よりずっと怖かったぞ」
ミリィの瞳が大きく見開かれる。
「……!」
「震えててもよ」
「怯えててもよ」
「それでも最初から全部出し切ろうとしてた」
クレタは槍を構え直した。
「見せろ」
短く。
強く。
「今のてめぇを見せろ、ミリィ」
そして――
クレタが軽く槍を放った。
月光十字槍アークルベーダが回転しながら空を裂く。
観客席から悲鳴が上がる。
だが槍は闘技台の外周ぎりぎりへ飛び――
轟音と共に突き刺さった。
石畳が砕ける。
巨大な槍は微動だにしない。
ミリィが目を瞬かせた。
「……?」
クレタは両手を合わせる。
ポキッ。
ポキポキッ。
指を鳴らしながら首を傾けた。
「今のてめぇに槍使うのはもったいねぇー」
そして片手を上げる。
指先をくいくいと動かした。
挑発するように。
呼び寄せるように。
「うちが槍を使わざるを得ないくらい、追い込んでみやがれ」
ミリィの両拳が握られる。
その様子を見て。
クレタが笑った。
「そぉだっ!」
金色の瞳が輝く。
「来い! 剣聖っ!」
次の瞬間。
ミリィが踏み込んだ。
先程より速い。
さらに鋭い。
爆発するような加速。
一瞬で間合いを消し飛ばす。
そして右足を振り上げた。
轟音。
空気が裂ける。
だがクレタは逃げない。
左腕を持ち上げる。
そのまま受けた。
衝突。
鈍い音が響く。
受け止めた左腕へ衝撃が走る。
それでもクレタは笑った。
嬉しそうに。
心底楽しそうに。
「そぉだっ!」
さらに踏み込む。
「もっと!」
左腕を振り払う。
「もっと来いやっ!」
右拳が放たれた。
速い。
重い。
まるで砲弾。
ミリィは両手で受ける。
受け流す。
そしてそのまま身体を捻った。
投げる。
クレタの身体が宙を舞った。
観客席がどよめく。
だが。
クレタは飛ばされた瞬間に身体を捻る。
猫のように。
しなやかに。
回転。
着地。
ミリィの背後。
「……!?」
ミリィが振り返る。
間に合わない。
クレタの肘が迫る。
そして。
背中へ叩き込まれた。
「はぐっ!」
肺の空気が強制的に吐き出される。
ミリィの身体が前へ揺れる。
それでも止まらない。
踏み止まる。
振り向く。
右拳を放つ。
狙いは顔面。
クレタは笑っていた。
拳が頬を掠める。
黒と金の髪が揺れる。
それだけ。
当たらない。
クレタは半歩だけ身体を傾けて避けていた。
そして二人は同時に跳ぶ。
距離を取る。
着地。
向かい合う。
観客席から歓声が爆発した。
「うおおおおおおお!!」
「速ぇ!!」
「なんだ今の!?」
「見えねぇぞ!!」
砂埃が舞う。
二人は構えたまま動かない。
だが。
その顔には同じものが浮かんでいた。
笑みだった。
戦うことを楽しむ者だけが浮かべる笑みが。




