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純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード7ー全国ツアー開始ー

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其れは神殿のー

巨大な闘技場を埋め尽くす観客たちの歓声が、地鳴りのように響いていた。


傭兵国家ヴァルガルド。


武によって名を上げ、武によって生きる国。


全国ツアーの中盤。


剣聖ミレニアム・ジ・プレミアム――ミリィは各地の武闘大会を制覇しながら旅を続けていた。


王国。


自治都市。


騎士国家。


冒険者都市。


訪れた先々で優勝し、その名は既に世界中へ広がり始めている。


観客席のあちこちでは白いマントが翻っていた。


純白。


現代の剣聖を象徴する色。


剣聖の盾の者たちである。


「ミレニアムー!!」


「優勝だぁ!!」


「剣聖様ー!!」


「かわいいぞー!!」


歓声の波に飲まれながら、ミリィは引きつった笑顔で手を振った。


「は、はい……ありがとうございます……」


だが、その声は少し震えていた。


緊張している。


決勝戦。


何度経験しても慣れない。


胸元のネックレスへ手を伸ばす。


十個の指輪。


その一つを指先で撫でた。


すう、と息を吸う。


少しだけ落ち着く。


隣でオセが呆れたように言った。


「ミリィ様、何回目の決勝だと思ってんです?」


「だ、だって決勝は決勝だもん……」


「今まで全部優勝してるじゃないですか」


「それとこれとは別なの……」


「また震えてるし」


「うぅ……」


オセは肩を竦めた。


「相変わらずだなぁ」


そんなやり取りをしているうちに、司会者が中央へ進み出る。


『さああああああ!!』


会場の熱気が一気に高まった。


『本大会決勝戦!!』


『全国を席巻する現代最強の剣聖!!』


『純潔のミレニアム!!』


うおおおおおおおおおおおおおお!!


観客席が爆発した。


ミリィはびくっと肩を跳ねさせる。


『対するは――!!』


司会者が大きく腕を振る。


『予選から決勝まで圧倒的な実力で勝ち上がった謎の戦士!!』


ざわざわと観客席が騒ぎ始めた。


確かに異様だった。


全試合圧勝。


しかもほぼ無傷。


だが経歴も素性もほとんど分からない。


『決勝進出者!!』


入場口が開いた。


重い音を立てながら。


その奥から、一人の人物が姿を現す。


長身の少女。


白い法衣。


白銀の鎧。


そして――巨大な十字槍。


ミリィの表情が固まった。


「……え?」


観客たちは歓声を上げる。


だがミリィだけは違った。


黒と金。


左右で色の分かれた長い髪。


ぱっつん前髪。


見間違えるはずがない。


「え……?」


思わず一歩後退る。


その少女は闘技場の中央まで歩いてくると、肩に担いだ槍を軽く回した。


月光十字槍アークルベーダ。


観客席から感嘆の声が漏れる。


そして少女は――


真っ直ぐミリィを見た。


「よう」


低い声。


乱暴な口調。


ミリィの顔色がみるみる悪くなる。


「ク、クレタさん……!?」


月光師団長。


クレッタルス・ハイランダー。


世界でも有数の実力者。


月光師団を率いる化け物。


観客席がざわつく。


「知り合いか?」


「月光師団長ってあの?」


「おいおいおい……」


クレタは鼻で笑った。


「そんな情けねぇ顔してんじゃねぇよ」


「だ、だって……」


「久々に会ったってのによ」


槍を肩に担ぎ直す。


そして口元を歪めた。


「うちが出てきた程度でビビってんのか?」


「ビ、ビビってないよ……?」


「震えてんじゃねぇか」


「これはいつものだから……!」


「言い訳になってねぇよ」


オセが額を押さえた。


「あー……終わった」


「オセ?」


「ミリィ様、今日たぶん過去一で大変ですよ」


「えぇ……」


クレタはゆっくりと槍を構える。


その瞬間。


空気が変わった。


観客席の誰もが息を呑む。


速い。


まだ動いていないのに分かる。


この女は異常だ。


クレタは獰猛な笑みを浮かべた。


「さぁて」


槍の穂先がミリィへ向く。


「全国ツアー無双中の剣聖様」


「……」


「どんだけ強くなったか見せてみろよ」


ミリィは青い顔のまま指輪を握り締めた。


そして小さく呟く。


「帰りたい……」


決勝戦開始前。


会場に集まった誰一人として気付いていなかった。


今から始まるのは大会決勝などではない。


世界最高峰同士の戦いであることを。


「クレタさん……『神殿』を再興して教皇になった、んですよね?」


ミリィがそう尋ねると、クレタは肩に担いだ槍を軽く揺らした。


「あぁ、まぁそうだ。念願叶ってな?」


ミリィは少しだけ視線を逸らす。


「……もう、女神様も、いないのに……」


クレタは笑った。


「はん! んなの関係あっか」


そして自分の胸を親指で叩く。


「信仰ってぇのはなぁ? 己のうちにあんだよ」


ミリィは少し目を伏せ、それからまた顔を上げた。


「クレタさん……それにしても……」


空色の瞳が相手を見つめる。


頭の先から。


つま先まで。


黒と金の髪。


白銀の鎧。


巨大な十字槍。


五年ぶりに見る姿は、記憶の中とほとんど変わっていなかった。


「ぜんぜん……変わらないですね」


クレタは鼻を鳴らした。


「まぁな」


そして今度はミリィを見返す。


上から下まで。


遠慮なく。


「ミリィはおっきくなったなぁ」


一拍置く。


「胸はあいかわらずだけどよぉ」


「もう!」


ミリィは慌てて両手で胸元を隠した。


「そういうとこもぜんぜん変わってません!」


クレタは愉快そうに笑う。


「おーおー言うじゃねぇか」


槍を肩で回した。


「それにさっきまで震えてたとは思えねぇ」


金色の瞳が細くなる。


「うちなら楽勝ってか?」


ミリィの表情から恥ずかしさが消える。


「……そんなはず、ないじゃないですか」


空色の瞳が真っ直ぐに向けられる。


クレタの笑みが深くなった。


「お……」


その目を知っている。


五年前から変わらない。


怖がりで。


泣き虫で。


弱そうで。


それでも決して折れない目だ。


「相変わらずいい目をしやがる」


クレタは槍を持ち上げた。


月光十字槍アークルベーダ。


その穂先が真っ直ぐミリィを指す。


「それだよ」


獣のような笑み。


戦士の笑み。


「その目に、うちは興味持ったんだ」


ミリィは槍を向けられたまま、ほんの少しだけ苦笑した。


クレタと最後に会ったのは五年前。


当時のミリィはまだ十二歳だった。


目の前の女性は、もともと『旧・神殿』の月光騎士団長。


世界でも指折りの実力者として知られた人物だ。


その後、『ゲート』へ収監され。


出所後は父グラムのもとへ預けられ、保護観察対象としてミリィの実家で働いていた。


名目上はメイド。


もっとも。


口は悪いし。


態度も悪いし。


客人にも遠慮はしないし。


メイドらしい姿など最後までほとんど見なかった。


それでも父からの信頼は厚かった。


ミリィにとっても幼い頃からよく知る相手だった。


そして二年前。


クレタは父の許可を得て家を出た。


目的はただ一つ。


『神殿』の再興。


その話は手紙で聞いていた。


神殿を作ったことも。


信徒が増え続けていることも。


そして気付けば、周囲に担ぎ上げられるように教皇になっていたことも。


いつか顔を出そうと思っていた。


けれど全国を飛び回る日々の中で、その機会はなかなか訪れなかった。


気付けば神殿は驚くほど大きくなっていた。


信徒は既に万を超える。


さすがにかつての神殿国家群ほどではない。


それでも勢いだけなら旧・神殿以上とも言われている。


しかも騎士団はない。


軍もない。


武力組織もない。


戦う者すらほとんどいない。


ただ信仰だけを追求する組織。


それなのに人が集まる。


それなのに広がり続ける。


ミリィは改めてクレタを見る。


かつて月光騎士団を率いた騎士団長。


今は教皇。


それなのに。


五年前と変わらず槍を担ぎ、柄の悪い笑みを浮かべている。


「……すごいですね」


ミリィがぽつりと呟く。


クレタが眉をひそめた。


「あ?」


「神殿です」


ミリィは柔らかく笑った。


「本当に再興しちゃったんですね」


クレタは鼻で笑う。


「作るっつっただろーが」


「そうだけど……」


ミリィは少しだけ困ったように笑う。


「まさかこんなに大きくなるとは思わなかったよ」


「うちも思ってねぇよ」


即答だった。


「気付いたら勝手に増えてた」


「そんなわけないでしょ……」


「ほんとだっつーの」


クレタは肩を竦める。


「うちは神殿作っただけだ」


その言葉に嘘はなかった。


だからこそ。


ミリィは少しだけ目を細めた。


「やっぱりクレタさんらしいですね」


「喧嘩売ってんのか?」


「褒めてるんだよ」


「そうは聞こえねぇな」


「今日は、どうして?」


ミリィがそう尋ねると、クレタは肩に担いでいた槍をくるりと回した。


月光十字槍アークルベーダ。


巨大な槍が風を裂く。


そしてそのまま自然な動作で構えた。


「うちが見込んで鍛えたガキが、どんだけ成長したのか見に来たんだよ」


ミリィは目を瞬かせた。


「教皇なのに?」


クレタは鼻で笑う。


「今日はプライベートだ」


槍の穂先が真っ直ぐ向けられる。


「神殿は関係ねぇ」


そして獰猛に笑った。


「うち、クレタ個人としてミリィと戦いに来たんだっつーの!」


会場が沸く。


だが二人の耳には届いていない。


ミリィはゆっくり息を吐いた。


そして腰を落とす。


両手を前に出す。


剣皇は呼ばない。


いつもの構え。


徒手空拳。


戦うための姿勢。


クレタの目が細くなる。


「いい顔するようになったじゃねぇか」


ミリィも微かに笑った。


「いろいろ……経験しましたから」


その返答を聞いたクレタは――


ふと真顔になった。


先ほどまでの笑みが消える。


静かに。


本当に静かに。


ミリィを見つめる。


「……そうか」


その一言だけだった。


五年。


長いようで短い時間。


目の前の少女がどんな道を歩いたのか。


クレタは知らない。


知らないが。


その目を見れば分かる。


何もなかった人間の目ではない。


守れなかったものも。


救えたものも。


泣いた夜も。


乗り越えた絶望も。


全部抱えて立っている目だった。


クレタは小さく息を吐く。


「そりゃそうだよな」


誰にも聞こえないほど小さく呟いた。


そして。


槍を握る手に力を込める。


「なら――」


金色の瞳が鋭く細められる。


「手加減はいらねぇな」


ミリィは真っ直ぐ頷いた。


「...はい」


空色の瞳が揺るがない。


クレタはそれを見て。


満足そうに笑った。


今度は教皇の顔ではない。


神殿の長でもない。


かつて月光騎士団を率いた戦士の顔だった。


「来いよ、剣聖」


「はい」


「うちを失望させんな」


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