表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード6ー魔族討伐の依頼ー
46/48

剣皇ジ・プレミアムー

ミリィの声が震えた。


「みんな……どうして!?」


その問いに、最前列の誰かが即座に返す。


「どうしても何も——」


別の声が続く。


「我々は、あなたを守るためにいますから!」


言い切るようでいて、当然の事実のようでもあった。


ミリィの目が揺れる。


頬を涙が伝った。


「みなさんじゃ……みなさんでは……逃げてください!」


必死だった。


恐怖も焦りも全部混ざった声。


その言葉に、アナとオセが小さく息を吐いて笑う。


まるで困ったものを見るような、でも優しい笑い方だった。


それが合図みたいに、前列の一人が肩を揺らす。


次の一人が、それにつられる。


さらにその隣も。


やがて、笑いは連鎖していく。


剣を握ったまま、盾を構えたまま、誰も動きを崩さずに笑っている。


戦場のど真ん中で、異様なほど静かな笑い声が広がっていく。


ミリィは息を呑んだ。


「……なんで……どうして……みんな、笑って……」


理解できないというより、受け止めきれない声だった。


ミリィの叫びに、最前列の一人が淡々と返す。


「剣聖様を置いて逃げてちゃ、本末転倒ですって」


すぐ隣で、別の戦士が笑い混じりに続けた。


「そうそう、俺たちは剣聖の盾!」


後ろから、魔術師の声が重なる。


「ミリィ様を助けるために、いるんだから!」


誰も戦場の緊張を失ってはいないのに、その言葉だけは妙に軽やかだった。


次々と声が上がる。言葉が途切れない。


アナは肩越しに、静かに言う。


「そういうこと。私たちを一体なんだとお思いで?」


オセはナイフを構えたまま、少しだけ笑う。


「ミリィ様に守ってもらっちゃいるけど……ミリィ様のピンチなら、俺らは本当に盾になるっすよ!」


ミリィはその場で崩れるように、両手で顔を覆った。


「……みんな……そんな……そんなこと……わたしは求めてない……」


声は途切れ途切れで、涙が指の隙間から落ちていく。


その前で、ひとりの騎士が静かに答えた。


「剣聖様が何を望むか、我々にはわかりかねますが……我々の意思はひとつ!」


別の者が、空気を裂くように叫ぶ。


「剣聖のために!」


その一言が引き金になった。


「剣聖のために!」


「剣聖のために!」


声が次々と重なる。


剣が鳴り、盾が揺れ、魔力が空に滲む。


やがてそれは個々の声ではなく、ひとつの塊になっていく。


山岳に反響し、戦場を越えて、ただ一つの言葉だけが響き続けた。


「剣聖のために!」


大合唱は途切れない。


「剣聖のために!」


その声が山岳に反響し続ける中で、ミリィはゆっくりと両手で涙を拭った。


肩が震えている。


それでも、膝に力を込める。


「……っ」


一度、崩れかける。


だが踏みとどまる。


ゆっくりと、立ち上がった。


アナがすぐに声をかける。


「無理しないで」


オセも振り返らずに叫ぶ。


「俺らが戦ってる間に休んでくださいって!」


その言葉の背後で、白いマントの群れが魔族へと圧をかけ続けている。


だがミリィは、首を横に振った。


ふらついたまま、それでも前を見ている。


そして、静かに手を空へ向けた。


「……使います」


その一言。


それだけで空気が変わる。


圧が“上がる”のではない。


“格”そのものが変わる。


周囲の喧騒が、一瞬だけ遠のいたように感じられる。


白い光が滲む。


優雅でもなく、荒々しくもない。


ただ荘厳で、過剰なまでに整った力の気配。


それは人のそれではなく、もっと上位の何かを思わせるものだった。


山岳の空気が沈み、魔族の動きがわずかに止まる。


その中心で、ミリィだけが静かに立っていた。


ミリィの手の先から滲んだ気配は、静かに、しかし確実に広がっていく。


最初にそれに気づいたのは、すぐ近くにいた者だった。


言葉ではない。理由でもない。


ただ「そうしなければならない」という感覚だけが、背筋を通って落ちてくる。


その者が一歩退く。


次の瞬間、隣の者も振り返る。


そして、さらにその隣へと伝染するように広がっていく。


誰も指示を出していないのに、自然と道が開き始めた。


白いマントの群れが、左右へと割れていく。


剣を下げる者もいれば、盾を構えたまま退く者もいる。


だが誰も視線を逸らさない。


ただ、そこに在る“何か”に押されるように、空間が整理されていく。


やがてその流れは一筋の線になる。


アナとオセの間を抜け、白いマントの列を割き、岩場の斜面をまっすぐ貫くように。


ミリィと魔族。


その二つを、一本の道が結んだ。


空気が、そこで止まる。


山岳の音すら、わずかに沈む。


その先にいるのは、ただ一人と一体だけだった。


ミリィの視線が、真正面から魔族を捉える。


向こうもまた、浮かぶ二つの目で彼女を見返していた。


逃げ場のない一点の交錯。


その中心で、ミリィはゆっくりと目を閉じる。


一度、息を吸う。


そして、静かに言葉を落とした。


「――来なさい。剣皇」


その瞬間だった。


空が割れたわけでもない。


だが、世界の色が変わる。


光が、降る。


白というより、すべてを上書きするような純度の高い輝きが、空気を満たし、地面を這い、山肌を染めていく。


音が消える。


風が止まる。


呼吸すら、ひとつ遅れる。


白いマントの群れが、一斉に顔を上げた。


アナの瞳が見開かれる。


オセの口がわずかに開いたまま止まる。


誰もが理解しているわけではない。


それでも、本能だけが告げていた。


――これは、今までの戦いとは違う何かだと。


光の中心で、ミリィがゆっくりと目を開く。


その瞳は水色のまま、しかし涙が浮かんでいる。


それでも視線は逸れない。


震えも止まっている。


そして、はっきりと叫んだ。


「――ジ・プレミアム!」


その名が落ちた瞬間、世界の白がさらに深く沈み込んだ。


何もない空間に、ひびが入るように光が収束する。


そこから“それ”は現れた。


剣というには、あまりに巨大だった。


柄だけでミリィの身長に迫り、刃はさらにその数倍。


だが形は単純な大剣ではない。


直線でも曲線でもない歪みを含みながら、それでいて崩れない均衡を保っている。


白銀と黄金が絡み合い、呼吸するように光を揺らしていた。


見る者に「武器」という認識を許さない異質さがある。


ただそこに在るだけで、空気の密度が変わるような存在。


ミリィは一歩だけ踏み出し、その剣に手を伸ばす。


指先が触れた瞬間、光が収束するように静かになる。


次の瞬間、その巨剣は当然のように彼女の手の中に収まっていた。


小柄な身体では到底釣り合わないはずの質量。


それでもミリィは両手でしっかりと構える。


膝は震えたままだが、剣だけは揺れない。


白い光の中で、彼女とその剣だけが“軸”として成立していた。


アナの声が、息を飲むように漏れた。


「……これは……以前、見た時よりさらに……」


オセが目を丸くする。


「俺も……初めて見た時より、でけぇっす!」


その間にも、ミリィは剣を構えたまま、声を振り絞る。


「……みんな……逃げて!!」


その叫びは、いつもの彼女の声ではなかった。


それを聞いた瞬間だった。


誰も迷わない。


誰も確認しない。


ただ一斉に動き出す。


それぞれが反射のように後方へ跳び、走り、散る。


白いマントが一斉に翻り、戦場が崩れるように見えて、実際には極めて正確に距離が取られていく。


アナは短く息を吸い、すぐに背を向けて駆けた。


「こちらですわ!」


オセも同時に動く。


「ミリィ様!たのんますよ!」


左右に分かれながら、岩陰へと滑り込むように退避する。


戦場の中心には、ミリィと剣だけが残る。


白と黒と光が交わる一点に、静寂が落ちていく。


戦場には、魔族とミリィだけが残っていた。


周囲にいたはずの気配はすべて退き、岩場の奥に沈んでいる。だが、その沈黙は逃避ではなく、ただ“見届けるための距離”だった。


ミリィは一歩、踏み込む。


その動きだけで空気が軋む。


続いて剣を握り直す。


白銀と黄金が絡み合う刃――ジ・プレミアムが、わずかに角度を変えただけで、山肌に走る風が逆流した。


大地が、かすかに揺れる。


空が、圧に押されるように沈む。


光が漏れる。


それは発光というより、剣そのものから“溢れている”ようだった。


ミリィは震えたまま、それでも剣を振り上げる。


両腕で支えるには過剰な質量。


だが、支えきれてしまっている。


その瞬間、世界が一段階だけ静かになる。


風が止まり、音が遠のき、ただ剣の存在だけが前に出る。


魔族の前で、ミリィは剣を構えたまま止まる。


次に振り下ろされるものが何か、それだけが戦場全体に伝わっていた。


ミリィは剣を振り上げたまま、一瞬だけ視線を落とす。


白銀と黄金が絡み合う刃に向かって、小さく呟いた。


「プレミアム……お願い……やりすぎないで、ね?」


その声は戦場に落ちるにはあまりに弱く、しかし確かに届いたように見えた。


ジ・プレミアムが、わずかに光を強める。


呼吸のように、あるいは返事のように。


空気が一瞬だけやわらぐ。


それが本当に応えたのかどうかは分からない。


だがミリィは、そのわずかな変化を確かめるように小さく頷いた。


そして――踏み込む。


剣を振り下ろす。


その動きは一振りという言葉では足りなかった。


重さが落ちるのではない。


世界そのものが、刃に引かれて下へ向かうようだった。


光が割れる。


空気が裂ける。


大地が一瞬だけ遅れて揺れ始める。


白と金の軌跡が、戦場に一直線の“境界”を刻んでいく。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ