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純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード6ー魔族討伐の依頼ー
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進化する魔族ー

黒が収束し、形が確定していく。


それは――もはや呼ぶに値する名称すら曖昧な、異形だった。


首から上には、顔も頭部も存在しない。そこには本来あるはずの輪郭が欠落し、ただ二つの目玉だけが不自然に浮かんでいる。それらは空間に固定されたように、じっとミリィを見据えていた。


首から下は人間の形を保っているが、その下半身は異質だった。ライオンのような筋肉質な四肢を持つ獣の構造が組み合わさり、ケンタウロスにも似た歪な体躯を形作っている。


両肩から先は存在しない。その代わりに、周囲の空間に十個の“拳”が浮遊していた。それぞれが独立して蠢き、意志を持つように揺れている。


全身は黒く染まり、皮膚という概念は失われていた。剥き出しの筋肉、神経、そして血管がそのまま露出し、脈打つたびに黒い液体が滴り落ちる。


その異様さに、ミリィの喉が詰まる。


「……っ……」


小さく、抑えきれない悲鳴が漏れた。


それは“生物”という枠から外れた存在だった。


完成した魔族は、静かにそこに立っているだけで、周囲の空気を歪めていた。


その異形が完全に“形”を持った瞬間、空気そのものが変質した。


視覚だけではない。鼻を刺すような、鉄錆と腐敗が混ざった異様な匂いが一気に広がる。


ミリィの表情が強張る。


「……っ」


喉がひくつく。胃の奥が反射的に収縮する。


慌てて両手で口元を押さえた。


それでも、込み上げる吐き気は抑えきれない。


目に涙が滲む。視界がにじむ。


呼吸が乱れる。


それでもミリィは、目だけは逸らさなかった。


あれから逃げれば、終わる。


その理解だけが、意識を繋ぎ止めていた。


だが――一瞬だけ、ミリィの視線が揺れる。


振り返る。


そこには、倒れたままの五人。


呼吸はある。かすかにだが、命は繋がっている。


その事実が、胸に重く沈む。


次に魔族を見る。


黒く歪んだ存在は、そこに“完成形”として立っている。


逃げれば、生き残れるかもしれない。


今ならまだ、離脱できる距離。


それでも。


ミリィは、ゆっくりと前を向き直す。


唇が震える。


それでも声は途切れなかった。


「……逃げるわけには……いかない」


小さく、しかし確かな言葉。


その一言で、恐怖が完全に消えたわけではない。


むしろ逆だった。


怖いまま。


気持ち悪いまま。


それでも、足は前へ出る準備をしていた。


視線の先で、魔族が静かに揺れる。


次の瞬間に何が起きるか――それだけは、分からないまま。


先ほどの“時を越える”ほどの無理な加速の反動が、今になって一気に押し寄せていた。


全身に鋭い痛みが走る。筋肉が軋み、関節が悲鳴を上げる。魔力の回路そのものが焼けついたように重い。


力が、入らない。


「……でも……やるしか……」


声は震えていた。


ミリィは歯を食いしばり、どうにかして立ち上がろうとする。


しかし、踏み出そうとした瞬間――膝が崩れた。


支えが利かないまま、両手と両膝が地面に落ちる。


砂利が掌に食い込み、冷たい感触が広がる。


「……っ……」


呼吸が浅い。視界が揺れる。


立てない。


今はもう、そうはっきりと身体が告げていた。


それでもミリィは顔を上げる。


倒れている仲間と、そして目の前の魔族から目を逸らさないまま、地面を掴む手に力を込め続けていた。


進化を終えた魔族は、しばしの静寂のようなものをまとっていた。


だが――それは静けさではなかった。


圧縮された“前兆”。


次の瞬間、腹部が横に裂けるように開く。


そこには、口があった。


本来あるはずの構造を無視した、異様に巨大な開口部。


そして――


「――――――ッ!!」


絶叫。


音というよりも、空間そのものを震わせる衝撃。


空気が歪み、地面が軋む。


ミリィの身体が、その圧だけで押し潰されるように揺れる。


膝をついたまま、歯を食いしばる。


耳ではなく、骨に直接響くような叫びだった。


周囲の岩場にひびが走り、砂が跳ね上がる。


ただの咆哮ではない。


存在の宣言のような、暴力そのものだった。


挿絵(By みてみん)


浮遊していた十個の拳が、一斉に動いた。


空間を割るように、一直線にミリィへ迫る。


逃げる余力はない。


立ち上がることすらできない身体のまま、ミリィは視線だけを上げた。


「……っ」


咄嗟に防御魔術を展開しようとする。


光が指先に集まり、薄い壁の形を作りかける。


だが――遅い。


魔力が十分に形を成す前に、圧が上から叩き潰すようにかかる。


「……っ、あ……!」


光の壁は完全な形になることなく、霧のように散った。


成形すら許されない。


迫る十の拳。


ミリィは動けないまま、それを見上げるしかなかった。


瞬間、ミリィの周囲に魔力障壁が展開される。


淡い光が幾重にも重なり、崩れかけていた空間を強引に押し返した。


同時に、無数の魔力を纏ったナイフが放たれる。


それは一直線に、十の拳へと殺到した。


ナイフは拳に触れた瞬間、軌道を裂かれ、弾かれ、あるいはねじ切られるように逸らされていく。


しかし、その一瞬の干渉が隙を生む。


魔族の攻撃がわずかに鈍る。


その間に、影が割り込んだ。


オセとアナが、ミリィの前に立ち塞がる。


土を踏みしめる音が一つ。


続けて、もう一つ。


二人は迷いなく前を向いたまま、背中でミリィを守るように立っていた。


オセは軽く息を吐きながら、肩の力を抜くように笑った。


「あぶなかったっすね!危機一髪っす!」


その声は緊張感の中で妙に明るい。


ミリィは荒い呼吸のまま、目を見開く。


「……2人とも、どうして?」


問いは困惑そのものだった。


アナは振り返らない。


魔族から視線を外さず、静かに答える。


「あら、ご存知ありませんでしたの?」


一拍。


そして、はっきりと告げる。


「私たちもー」


オセがすぐに続けた。


「剣聖の盾っすよ!」


その言葉と同時に、空気がわずかに変わる。


ミリィの背後に、新しい“支え”が確かに立っていた。


アナは一歩前へ出る。


白い甲冑が、戦場の光を反射して淡く輝いていた。貴族の淑女らしい優雅な立ち姿はそのままに、装甲は無駄なく身体に沿い、実戦を前提とした機能美を備えている。肩から腰にかけてのラインは細く、それでいて揺るがない重心が感じられた。


右手には細身の剣。装飾を抑えた実戦用の刃が、静かに空気を切る角度で構えられている。左手には大盾。純白の表面に刻まれた紋様が、薄く魔力を帯びて脈動していた。


スカート状の防護装甲がわずかに揺れ、足元のブーツが地面をしっかりと踏みしめる。


「……ここから先は」


その声は柔らかいまま、しかし揺らぎがない。


ミリィの前に立ち、魔族との間に完全な防壁を形成するように構えていた。


その隣で、オセが一歩前に出る。


白いTシャツに黒いパンツ。その上から無数のポーチとベストを重ねた軽装は、戦場では異質なほど機動性を重視した姿だった。腰のベルトには細かな道具が並び、背面には隙間なく仕込まれたナイフの気配がある。


両手に、すでに複数のナイフが握られていた。


小さな体に不釣り合いなほどの殺気が、その構えに凝縮されている。


「……ミリィ様は、下がっててくださいっす」


軽口のようでいて、視線は一切逸れない。


ナイフの切っ先は、すべて魔族へと向けられていた。


アナが盾をわずかに前へ出す。


オセが重心を落とす。


二人は、ミリィを背に守る形で並び立つ。


その構図は、ひとつの意思として完成していた。


岩場の奥で、足音がまた増えた。


一つではない。二つでもない。


砂を踏む音が途切れずに続き、空気が少しずつ埋まっていく。


姿が現れる。剣士、騎士、魔術師、弓手。


それぞれ装備も戦い方も違う。鎧の形も、武器の握り方も統一されていない。


それでも、肩に掛けられた白いマントだけは同じだった。


風に揺れる白が、ばらばらなはずの存在を一つに見せている。


すでに前にはアナとオセがいる。


ミリィを背に守るように立ち、魔族と対峙している。


そのさらに前へ。


誰かの号令もないまま、数人が踏み出す。


止まる。


また次が出る。


同じように止まる。


それが繰り返されるうちに、二人の前に新しい“列”ができていく。


押し込むのではなく、積み重ねるように。


そしてその列は、いつの間にか数十人になっていた。


白いマントが並び、風に揺れる。


言葉はない。


あるのはただ一つの意思だけだった。



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