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純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード6ー魔族討伐の依頼ー
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剣聖の盾、出陣ー

白の波が、大地を埋めていた。

純白のマント。


風に揺れるそれらは、統一されていない装備の上に無造作に重なりながらも、不思議と一つの意思を感じさせる。


騎士もいれば、軽装の戦士もいる。魔術師、盗賊、商人風の男、貴族らしき女。


雑多で、無秩序で――それでいて、誰一人として弱くは見えない。


それが「剣聖の盾」だった。


その最前列に、一人の少女が立つ。


白の甲冑。


 長く伸びた茶髪。


 堂々とした姿勢で、群衆を見渡す第1王女。


 アナリスタ・グランドベルド。


「――諸君」


 その一声で、ざわめきが収まる。


「今回の依頼は他国領内における魔族討伐。規模は中規模、だが油断は禁物ですわ」


 凛とした声が響く。


「しかし――」


 そこで、彼女はわずかに笑みを浮かべた。


「我らには、誰がいるか。言うまでもありませんわね?」


 その瞬間、空気が変わる。


 期待。


 熱。


 狂気にも似た一体感。


 視線が、一斉に後方へと向けられた。


 ――そこにいる。


 小さな影。


 白いブレザーに短いマント。


 華奢な身体。


 首元に揺れる、指輪の連なり。


 ミレニアム・ジ・プレミアム。


 剣聖。


 その少女は――


 震えていた。


 肩が、小さく上下する。


 視線は落ち、足取りは頼りない。


 隣から、小さな声が飛ぶ。


「ミリィ様、背筋」


 黒髪の少年が、腕を組んで見上げている。


「ほら、今めっちゃ見られてますよ。いつものやつです、いつもの」


 軽い調子。


 だが、その目は鋭い。


「……で、できますか?」


 少女は、こくりと頷く。


 震える指が、ネックレスの指輪に触れる。


 すう、と息を吸って。


 一歩、前へ。


 ざ、と音が鳴る。


 剣聖の盾が、自然と道を開けた。


 誰も指示していない。


 それでも、そうなるのが当然であるかのように。


 ミリィは、その中央へと立つ。


 視線が、突き刺さる。


 怖い。


 逃げたい。


 声が、出ない。


 それでも。


「……あ、あの……」


 小さな声が、風に乗る。


 一瞬で――静寂が落ちた。


 誰一人、動かない。


 ただ、彼女の言葉を待つ。


「……えっと……み、みなさん……その……」


 喉が震える。


 涙が、にじむ。


 それでも、逃げない。


「……む、無理は……しないでください……」


 ぽつり、と落ちた言葉。


 あまりにも弱々しくて。


 あまりにも頼りなくて。


 ――それなのに。


「……怪我、とか……しないように……」


 ぎゅ、と指輪を握る。


「……わ、わたしも……がんばりますので……」


 最後は、ほとんど消え入りそうな声だった。


 沈黙。


 ――次の瞬間。


「応ッ!!!!」


 爆発した。


 地を揺らすような歓声。


 誰もが拳を握り、武器を掲げ、叫ぶ。


「ミリィ様の御言葉だ!!」

「無理はするなってよ!!!」

「つまり死ぬなってことだ!!!」

「当然だろうが!!!」


 統率はない。


 だが意思は一つ。


 そのすべてが、彼女へと向いている。


 ミリィは、びくりと肩を震わせる。


「ひっ……」


「ほら来た。毎回ビビるんすよね」


 オセロットが呆れたように笑う。


「ミリィ様、ちゃんと届いてますよ。バッチリっす」


 視線の先。


 白の群れは、すでに戦う顔になっていた。


 恐怖も、不安も、迷いもない。


 ただ一つ。


 “剣聖のために”


 その意思だけが、場を満たしている。


 ミリィは、少しだけ顔を上げる。


 そして――小さく、頷いた。


 出陣の時は、来ていた。


歓声が、ゆっくりと収まっていく。


 熱気は消えない。


 だが、それは散漫なものではなく、戦場へ向けて研ぎ澄まされていく。


 その中心で――白の甲冑が一歩前に出た。


「――静粛に」


 アナリスタの声が、鋭く場を断ち切る。


 瞬間、ぴたりと音が止んだ。


 先ほどまでの喧騒が嘘のように、全員の意識が一点に揃う。


 彼女は満足げに頷き、剣聖の盾を見渡した。


「今回の任務は遠征ですわ。補給線の確保、現地との連携、情報の整理――すべてを万全に整える必要があります」


 ゆっくりと、言葉を置いていく。


「よって」


 一拍。


「戦闘に参加しない者は、ここに残りなさい」


 ざわり、と空気が揺れた。


「後方支援は極めて重要ですわ。物資、治療、伝達――どれが欠けても前線は成り立ちません」


 視線が流れる。


 一人ひとりを見定めるように。


「“戦える者”のみで向かいます」


 言い切った。


 そこに迷いはない。


 そして。


「選別は各自で行いなさい」


 命令ではない。


 だが――拒否もない。


 剣聖の盾は、基本的に対等。


 だからこそ、この言葉は重い。


 自分で選べ、ということ。


 戦うか、残るか。


 その責任を、各々が背負う。


 数秒の沈黙。


 やがて――。


 音もなく、人の流れが分かれ始めた。


 前へ出る者。


 後ろへ下がる者。


 誰も口を開かない。


 だが迷いもない。


 自分がどこにいるべきか、それぞれが理解している。


 やがて、その動きは止まる。


 前に残った白の群れ。


 その数――四百。


 密度が変わる。


 空気が、明らかに重くなる。


 残った者たちは、全員が戦う顔をしていた。


 アナリスタは、その光景を見て、静かに頷く。


「……よろしい」


 満足の色が滲む。


「選ばれたのではなく、自ら選んだ者たち」


 その声は、どこか誇らしげだった。


「ならば――」


 剣を、抜く。


 白の刃が、陽光を受けて輝いた。


「その覚悟に、私が応えますわ」


 高く掲げる。


「剣聖の盾、戦闘部隊――出陣準備!」


「応ッ!!!」


 四百の声が、重なる。


 大地が震えるような咆哮。


 それを背に。


 ミリィは、また小さく肩を震わせた。


「……よ、よんひゃく……」


「多いっすね」


 隣で、オセロットが軽く言う。


「まぁでも、このくらいがちょうどいいんじゃないですか?」


 気楽な口調。


 だが、その目はすでに戦場を見ている。


「ミリィ様が前出る前に、だいたい片付きますよ」


「そ、それは……」


 困ったように視線を落とすミリィ。


 その様子に、オセロットは肩をすくめた。


「ほらまた。そういう顔する」


 少しだけ、声を落とす。


「ちゃんと使ってくださいよ、“盾”なんすから」


 言葉は軽い。


 けれど、その意味は重い。


 ミリィは、答えない。


 ただ――。


 胸元の指輪に、そっと触れた。


 白の群れが、動き出す。


 それは統率ではない。


 だが確かな一体感を持った、“盾”の進軍だった。


隊列は、静かに街を抜けていく。


 先頭を行くのは騎馬。


 その後ろに、幌付きの荷馬車が連なり、さらにその中央に――一際守られるようにして、一台の馬車があった。


 白の装飾。


 簡素でありながら、どこか気品のある造り。


 その中に、ミリィはいた。


 外では、規則的な蹄の音と、装備の擦れる音が続いている。


 四百の戦闘員。


 さらに後方には補給のための人員と物資。


 小規模な遠征としては、十分すぎる規模だった。


 街道の両脇には、人が並ぶ。


 町人、商人、子供、老人。


 その視線は一様に――白へと向けられていた。


 翻る旗。


 純白の布地に刻まれた紋。


 ――純潔のミレニアム。


 その名を掲げた旗が、風を受けてはためく。


「ミリィ様だ……」

「剣聖様……」

「本物か……?」


 ざわめきは、決して大きくはない。


 だが確かに、敬意と熱を帯びていた。


 馬車の中。


 ミリィは、膝の上で手を組んでいた。


 指先が、わずかに震えている。


「……すごいっすね」


 向かいに座るオセロットが、外をちらりと見て言う。


「完全に“スター”じゃないですか」


「す、すたー……」


 聞き慣れない言葉に、首をかしげる。


「えっと……あの……」


「人気者ってことです」


「そ、それは……ちがいます……」


 すぐに否定する。


 視線が落ちる。


「わたしは……そんな……」


「はいはい」


 軽く流す。


 オセロットは肘をつきながら、にやりと笑った。


「じゃああれ、なんなんすかね」


 顎で外を指す。


 歓声。


 手を振る子供。


 頭を下げる大人たち。


 そのすべてが、この隊列に向けられている。


「ミリィ様が歩くだけで、街が祭りみたいになるんすけど」


「うぅ……」


 小さく呻く。


 居心地が悪そうに、肩を縮める。


「見られるの……苦手で……」


「知ってます」


 即答だった。


 だからこそ、面白いとでも言いたげに。


「でもまぁ、いいじゃないですか」


 少しだけ、声の調子が変わる。


「ちゃんと見とけって話ですよ」


 窓の外。


 白の波。


 騎馬が駆け、兵が歩き、荷が運ばれる。


 統率は曖昧。


 だが崩れない。


 それは――。


「ミリィ様の“盾”なんで」


 当たり前のように言う。


「勝手に集まって、勝手に戦って、勝手に守る」


 肩をすくめる。


「ほんと、めんどくさい連中ですけどね」


 けれど、その口元はわずかに緩んでいた。


「でもまぁ」


 一拍。


「強いっすよ。あいつら」


 ミリィは、少しだけ顔を上げる。


 揺れる馬車の中で、そっと外を見る。


 白いマントが、視界を横切る。


 その背中。


 頼もしくて。


 でも――どこか、危うくて。


「……みなさん……」


 小さく、呟く。


 指が、またネックレスの指輪に触れる。


 隊列は進む。


 街を抜け、やがて人の気配は途切れ、視界は広い街道へと開けていく。


 空は高く、風は穏やか。


 平和な世界の中を――。


 剣聖と、その盾は進んでいく。


 戦いへ向けて。


挿絵(By みてみん)


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