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純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード6ー魔族討伐の依頼ー
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ミリィが剣を使わないわけー

馬車の中は、外の喧騒とは切り離された静けさに包まれていた。


 揺れに合わせて、わずかにカーテンが揺れる。


 その向かいに座るのは――白の甲冑を外し、軽装に替えた王女。


 アナリスタ・グランドベルド。


 姿勢を崩さず、優雅に脚を揃えたまま、ひとつ小さく頷く。


「では、改めて今回の依頼について説明いたしますわ」


 その声音は、先ほどの号令とは違い、落ち着いていた。


 ミリィは、こくりと頷く。


 隣ではオセロットが足を組み、気だるそうに壁にもたれている。


「依頼元は西方の小国家群、その中の一つ――国境沿いの街ですわ」


 指先で、膝の上に広げた簡易地図を示す。


「二週間ほど前から、魔族の出没が確認されています」


 淡々と続ける。


「規模は小規模。個体数も多くはありません」


 一拍。


「ですが」


 その瞳が、わずかに鋭くなる。


「行動が不自然ですの」


「不自然?」


 オセロットが口を挟む。


 敬意はない。


 ただの確認。


 アナは気にする様子もなく、続けた。


「ええ。通常、魔族はある程度の群れを形成するか、あるいは拠点を持つ傾向がありますわ」


 指で地図をなぞる。


「ですが今回確認されている個体は、散発的に現れては消える」


「遊撃っぽい感じっすね」


「その通りですわ」


 あっさりと肯定する。


「さらに」


 視線を上げる。


「痕跡が極端に少ない」


 静かに言い切る。


「まるで、意図的に痕跡を消しているかのように」


 ミリィの肩が、ぴくりと揺れる。


「……それって……」


 不安げな声。


 言葉が続かない。


 オセロットが代わりに言う。


「誰かが“使ってる”可能性があるってことっすか」


 短い沈黙。


 アナは、わずかに微笑んだ。


「可能性の一つですわね」


 否定はしない。


「断定はできませんが、ただの野良魔族ではないと考えるのが妥当でしょう」


 ミリィの指が、ぎゅっと組まれる。


 視線が落ちる。


「……あの……わたし……」


 小さく震える声。


「そういうの……あまり……得意じゃ……」


 知っている。


 この場の二人は、どちらも。


 だからこそ。


「ミリィ様」


 オセロットが、軽く言う。


「いつも通りでいいっすよ」


 あっさりとした声。


「怖いなら怖いで、別にいいんで」


 ミリィは、少しだけ顔を上げる。


「俺らが先に行きます」


 当たり前のように言う。


「ヤバそうなら、ミリィ様出ればいいだけなんで」


 雑な言い方。


 だが、そこに迷いはない。


 アナもまた、静かに頷いた。


「ええ。そのための“盾”ですもの」


 穏やかな声。


「すべてをお一人で背負う必要はありませんわ」


 ミリィは、しばらく何も言わなかった。


 ただ――。


 そっと、首元の指輪に触れる。


 呼吸を整えるように。


「……はい……」


 かすかな声で、答えた。


 馬車は進む。


 揺れの向こうで、旗がはためく。


 純白の名を掲げて。


 馬車の揺れが、一定のリズムを刻む中。


 アナリスタは、ふと思い出したように口を開いた。


「――ところで、ずっと気になっていたのですが」


 穏やかな声音。


 だがその視線は、まっすぐにミリィへ向けられている。


「どうして聖剣を使わないのですか?」


 静かに、問いが落ちた。


 一瞬、空気が止まる。


 ミリィの指先が、ぴたりと止まった。


「……えっと……」


 視線が泳ぐ。


 言葉を探すように、唇がわずかに動く。


 その横で、オセロットが小さく息を吐いた。


「またそれっすか」


 面倒くさそうに呟く。


 だが、止めはしない。


 ミリィは、しばらく黙っていたが――やがて、小さく口を開いた。


「……あの……」


 言いにくそうに、目を伏せる。


「……かわいく……ないので……」


 沈黙。


 完全な沈黙。


 馬車の軋む音だけが、やけに大きく響く。


「……は?」


 オセロットが、素で聞き返した。


 アナリスタもまた、瞬きを一つ。


「……かわいく、ない?」


「……はい……」


 消え入りそうな声。


 ミリィは、膝の上で手を握りしめる。


「……あの……おっきくて……その……」


 言葉が続かない。


「……ごつくて……」


 視線を逸らす。


「……あんまり……すきじゃ……なくて……」


 正直すぎる理由だった。


 再び沈黙。


 そして。


「ミリィ様」


 オセロットが、ゆっくりと顔を覆った。


「それ、たぶん世界で一番もったいない理由っすよ」


「うぅ……」


 小さく呻く。


 アナリスタは、しばし考え込むように目を細め――やがて、くすりと笑った。


「……なるほど」


 どこか納得したように。


「確かに、あの剣は優雅さに欠けますものね」


 あっさりと受け入れる。


 むしろ、少し楽しそうですらある。


「ですが、それでもなお――」


 少しだけ、身を乗り出す。


「“剣皇ジ・プレミアム”は、歴代でも特異な存在ですわ」


 静かな熱を帯びた声。


「呼び出しに応じて顕現し、使用者に絶対的な力を与える」


 視線が、ミリィの首元へと向く。


 指輪の連なり。


「それを使わずに戦うというのは……」


 一拍。


「控えめに言って、異常ですわよ?」


 ミリィは、びくりと肩を震わせる。


「ひっ……」


「いやほんとそれ」


 オセロットが即座に同意する。


「ミリィ様、普通に殴って全部終わらせるじゃないですか」


「そ、それは……」


 否定しきれない。


 視線が、完全に逃げる。


「……あの……剣……」


 ぽつりと呟く。


「……こわいんです……」


 今度は、別の理由だった。


 小さく、だがはっきりとした言葉。


 オセロットの表情が、ほんの少しだけ変わる。


 アナリスタもまた、何も言わずに続きを待つ。


「……なんか……」


 指が、無意識に指輪を撫でる。


「……強すぎて……」


 言葉を選ぶように、ゆっくりと。


「……使ったら……戻れなくなりそうで……」


 それは、恐怖だった。


 敵ではなく。


 自分自身への。


 沈黙が落ちる。


 馬車は、変わらず進み続ける。


 やがて――。


「……そう」


 アナリスタが、静かに頷いた。


 それ以上は、踏み込まない。


「でしたら、無理に使う必要はありませんわ」


 穏やかな声だった。


「あなたが選ぶ戦い方こそが、剣聖の在り方ですもの」


 ミリィは、少しだけ目を見開く。


 そして――小さく、頷いた。


「……はい……」


 その隣で。


「ま、使わなくても勝つんで問題ないっすけどね」


 オセロットが肩をすくめる。


「ほんと、意味わかんないくらい強いんで」


「や、やめてください……」


 すぐに小さく抗議する。


 だが、その声はどこか少しだけ――軽くなっていた。


 馬車は進む。


 揺れの中で。


 まだ見えぬ戦場へと、確実に近づきながら。


しばしの静寂のあと。


 ミリィは、恐る恐るといった様子で口を開いた。


「……も、目的地までは……あと、どれくらい……ですか?」


 揺れる馬車の中、小さな声が落ちる。


 アナは視線を上げ、外の気配を一瞬だけ感じ取ってから答えた。


「順調に進めば、本日中に前線拠点へ到着いたしますわ」


 簡潔な返答。


「そこからさらに半日ほどで、問題の発生地点に到達する見込みです」


 ミリィの肩が、わずかに強張る。


「……は、半日……」


 無意識に、指がネックレスへと伸びる。


 触れて、呼吸を整える。


「まぁ、そんなもんだな」


 隣で、オセが気楽に言う。


「今日中は戦闘なし。明日から本番ってとこ」


 窓の外を見ながら、続ける。


「途中で当たる可能性もあるけど、あの人数だしな。前で勝手に終わるだろ」


 四百の戦闘員。


 しかも精鋭。


 ミリィが出るまでもなく片付く可能性は高い。


「……そう、ですか……」


 小さく頷く。


 安心と不安が混ざったような表情。


 アナはその様子を見ながら、静かに言葉を重ねた。


「前線拠点では、現地の状況報告と補給の確認を行いますわ」


「必要であれば、その場で戦力の再編も」


 視線が、オセへ向く。


「あなたにも動いていただきますわよ?」


「えー、だる」


 即答だった。


「そういうのアナがやれよ。得意だろ」


 呼び捨て。


 遠慮も何もない。


 だが――。


「ええ、もちろんやりますわ」


 アナはあっさりと頷いた。


 気にした様子はない。


「ただし、あなたにも働いてもらいます」


「は?」


 眉をひそめるオセ。


「俺、そういうの担当外なんだけど」


「交渉役でしょう?」


 即座に返される。


「現地との折衝はあなたが最適ですわ」


「……チッ」


 小さく舌打ち。


 だが、完全には否定しない。


 ミリィは、そのやり取りをおろおろと見ている。


「……あの……けんかは……」


「してない」

「しておりませんわ」


 ぴたりと声が重なる。


 互いに顔も見ず、当たり前のように言い切る。


 ミリィは、さらに困ったように視線を落とした。


「……よ、よかった……」


 ほっとしたように、小さく息をつく。


 オセはちらりとその様子を見て、肩をすくめる。


「ミリィ様、あれただの会話なんで」


「そ、そうなんですか……?」


「そうです」


 即答。


 アナもまた、静かに微笑む。


「ええ。これが通常ですわ」


 どこか楽しげですらある声音。


 ミリィは、まだ少しだけ不安そうにしながらも、こくりと頷いた。


 馬車は進む。


 揺れの中で。


 陽は傾き、影が長く伸びていく。


 やがて訪れる夜と――その先の戦いへと、静かに近づきながら。

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