1週間後ー
闘技大会から、一週間後――
王都の朝は、穏やかな光に包まれていた。
石畳を行き交う人々の足音も、どこかゆっくりで。
街全体が、まだ眠気を引きずっているような時間。
その一角にある小さなカフェ。
窓際の席に、ミリィは座っていた。
両手でカップを包み込むように持ったまま。
――動かない。
湯気は、とっくに消えている。
視線は、どこか遠くへと向けられたまま。
焦点は合っていない。
ただ、ぼんやりと。
そこに在るだけのように。
「……ミリィ様?」
向かいから、オセが身を乗り出す。
しかし反応はない。
ぴくりとも動かない。
「……あー、これ絶対聞いてないっすね」
呆れたように肩をすくめる。
その隣で、アナは静かに紅茶を口に運んだ。
何も言わず。
ただ、ミリィを見ている。
やがて。
ミリィの唇が、わずかに緩んだ。
「……えへ……」
小さく、こぼれる笑み。
「こわ」
即座に返すオセ。
「……え?」
ミリィが、ゆっくりと顔を上げる。
遅れて現実に戻ってきたように、瞬きを繰り返す。
「い、いま……なに…何か言った?」
「いや、さっきからずっとそれっすよ。ぼーっとして、急にニヤけて……」
「ニ....ニヤけてないよ…」
慌てて否定する。
だが、その直後。
また、ふっと口元が緩む。
隠しきれない。
「……ほら」
「ち、ちがうってば」
声が少し上ずる。
視線が泳ぐ。
落ち着かない。
そして――
ふと。
胸元へと、手が伸びた。
指先が触れる。
ネックレスに通した10個の指輪。
それを。
そっと撫でる。
壊れ物に触れるように。
大切そうに。
その仕草を見て。
アナが、静かにカップを置いた。
わずかに微笑む。
何も言わない。
「……なに……?」
ミリィが不安そうに顔を上げる。
アナは首を横に振る。
「いいえ、何も」
それだけ。
それ以上は、語らない。
オセがじっとミリィを見つめる。
「……なんか、あったんすか?」
「な、なんにも……ないよ……?」
わずかな間。
目は逸れている。
声も、小さい。
「いや絶対あるでしょ」
「な、ないってば…」
言い返すが、弱い。
押し切れていない。
ミリィは小さく息を吸い。
カップを持ち上げた。
一口。
口に含む。
そして。
「……あ」
小さな声。
「……さめてる……」
困ったように、笑う。
そのまま。
また、ふっと表情が緩んだ。
窓の外へと視線を向ける。
朝の光。
行き交う人々。
その中に。
ほんの一瞬だけ、何かを探すように目を細めて。
――すぐに、やめた。
もう、探さなくてもいい。
ミリィは、そっと指輪を握る。
ぎゅっと。
確かめるように。
「……よし……」
小さく、呟く。
誰にも聞こえないくらいの声で。
その表情は、どこまでも穏やかで。
ほんの少しだけ――
幸せそうだった。
了解です、その部分を削って自然に繋げますね。
⸻
その空気を、壊さないように。
アナが、そっと口を開いた。
「それにしても先日の戦いはお見事でした」
ミリィの肩が、わずかに揺れる。
オセがすぐに乗っかる。
「おー、あれはほんと、俺もマジ感動したっす」
視線が戻る。
ミリィが、少しだけはにかむ。
「え……えへへ……そ、そぉ?」
照れたように笑う。
だが、その声もどこか上の空で。
指先は、まだ指輪に触れていた。
アナはそのまま続ける。
「おかげ様で剣聖の盾への参加希望者が後を絶たず」
「もう300人だっけ?」
「昨日の時点で500人を越えました」
「ご、500……!?」
ミリィの目が、大きく見開かれる。
驚きに、思考が一瞬止まる。
「ご...500って…すごっ...」
小さく呟く。
現実味がないように。
オセが笑う。
「号外の反響もすごかったらしーっすもんね!」
「そ、そんな……わたし、そんなつもりじゃ……」
戸惑う声。
視線が揺れる。
どうしていいか分からないように。
アナが、くすりと微笑んだ。
「余計な策を弄するより、ミリィの好きにやらせるのが一番効果があるとは……恐ろしい子」
ミリィは、少しだけ視線を落とす。
胸元に触れていた指先が、ほんのわずかに動く。
それだけで。
表情が、またやわらかくほどけた。
「やっぱり、演出って大切ですわね」
アナが、紅茶を口に運びながらさらりと言う。
ミリィが、きょとんと目を瞬かせた。
「……え?」
「パンチラに追加しての薄着+ノーブラはやべーっすよね」
オセが、にやにやしながら頷く。
ミリィの思考が、一瞬止まる。
「……ノー……なんの、話?」
本気で分かっていない顔。
アナが、わずかに眉を上げる。
「知らないの?」
「特別号外、見てないんすか? これっすよ」
オセが差し出した紙を、ミリィは戸惑いながら開いた。
目に飛び込んでくる、大きな見出し。
『パンチラ剣聖ミリィ様!今度は薄着肌見せ&ノーブラで大胆に優勝!』
「え……なに……これ……?」
声が抜け落ちる。
理解が、追いつかない。
「何って、先日の試合の記事っすよ」
あっさりとした返答。
ミリィの手が震える。
「……ち、ちが……ちがう……」
顔が、みるみる赤く染まっていく。
ミリィの動きが、止まる。
「……え」
ゆっくりと、顔を上げる。
固まったままの表情。
「いや、まぁ……不可抗力っていうか……」
オセが、気まずそうに頭をかく。
アナが、くすりと笑う。
「観客にはしっかり届いていたようですわね」
「と...届かなくていいのに…」
反射的に叫ぶ。
だが。
言葉が、続かない。
思い当たるものが、よぎる。
「……うそ……」
かすれた声。
「……もう外出歩けない……」
顔を覆い、そのままテーブルに突っ伏す。
耳まで真っ赤にして。
カフェの中に、くすくすとした笑いが広がる。




