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純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード5ー剣聖様の受難ー
35/48

さすらいの青年ー

「第8試合、開始!!」


歓声の余韻が残る中、次の戦いが告げられる。


ミリィはその場で、大きく息を吸った。


「あと……3つ」


かすれた声。


その瞳に、わずかに光が戻る。


だが。


身体のふらつきは消えない。


手足の震えも止まらない。


それでも前を見る。


次の相手は、巨体のグラップラーだった。


鋼鉄のように盛り上がった筋肉。


圧倒的な質量。


両手を大きく広げ、捕らえるための構えを取る。


ミリィは躊躇しない。


自然な歩幅で、まっすぐに歩み寄る。


観客のざわめきが広がる。


「行くのか……あれに……」


やがて、間合いに入る。


巨体が動く。


巨大な腕が、ミリィへと掴みかかる。


だがミリィは、それを軽く手で弾いた。


受け流す。


力をいなすように。


そのまま、体をくるりと回転させる。


流れるような動きで、蹴りへと繋ぐ。


膝が上がる。


――だが。


残した足が、支えきれない。


「……っ」


膝が、がくりと落ちた。


力が抜ける。


そのまま、崩れるように座り込む。


静寂。


次の瞬間、観客席から悲鳴が上がった。


「まずい!!」


「立て!!剣聖!!」


ミリィは、地面に手をついたまま動かない。


巨体の影が、ゆっくりと迫っていた。


巨体が影のように覆いかぶさる。


グラップラーの両腕が伸びた。


座り込んだままのミリィの身体を、そのまま抱え込む。


次の瞬間。


ぐっと、持ち上げられた。


観客席からどよめきが起こる。


そのまま――締め上げる。


筋肉の塊のような腕が、容赦なく圧をかける。


「……っ」


ミリィの体が軋む。


「あ……がはっ」


押し潰されるような圧迫。


肺が圧され、空気が抜ける。


呼吸ができない。


顔がみるみる赤く染まっていく。


力が入らない。


腕も、脚も、思うように動かない。


観客席から悲鳴が上がる。


「やばい!!」


「離せ!!」


だが、グラップラーは緩めない。


さらに力を込める。


締め付けが強まる。


ミリィの視界が揺れる。


音が遠くなる。


呼吸が、止まる。


ミリィの肋骨が軋む。


嫌な音が、内側から響く。


そして――


バキッ。


はっきりとした破砕音が、場内に響き渡った。


「……っ!」


ミリィの口から血が溢れる。


観客席から一斉に悲鳴が上がる。


「やめろ!!」


「死ぬぞ!!」


グラップラーはなおも締め上げる。


ミリィの目から光が消えていく。


焦点が外れ、反応が途切れる。


完全に、意識が落ちた。


その様子を見ていたオセが、叫ぶ。


「やばい!やばいやばいやばい!もう止めるっすよ!」


手に取るのは、試合緊急停止の赤い布。


アナも声を荒げる。


「急いでください!早く……!」


二人が同時に踏み出す。


――その瞬間。


オセの手から、赤い布が消えた。


「……は?」


振り返る。


そこには、見知らぬ青年が立っていた。


いつの間にか背後にいたその男が、赤い布をひらりと持っている。


「何すんだ!返せよ!」


「誰ですか?冗談なら今度にしてください」


オセとアナが詰め寄る。


だが青年は、片手を軽く突き出してそれを制した。


「いいっていいって」


軽い調子。


だが、その目だけが妙に鋭い。


そして、舞台を見たまま言う。


「あいつがあんなにがんばってんだ。最後までやらせてやろーぜ」


「おまえ、なんなんだよ!?」


「……ミリィのお知り合いですの?」


問いに、青年はイタズラっぽく笑うだけだった。


「いーからいーから」


そう言って、二人の前に出る。


そして――


大きく息を吸い込んだ。


次の瞬間。


「ミリィィィィィィィィ!起きろぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


爆音のような叫びが、闘技場全体を揺らした。


オセとアナ、そして周囲の団員たちが思わず耳を押さえる。


その声は、壁を反響し、何度も何度も響き渡る。


まっすぐに。


ただ一人へ向かって。


意識を失ったミリィの耳へと、叩きつけられる。


――瞬間。


ミリィの指が、わずかに動いた。


白濁した意識の中で、ミリィはただ沈んでいた。


身体の痛みも、熱も、もう遠い。


何も感じない。


軽い。


楽だ。


もう辛くない。


もう痛くない。


何も、感じない。


――やめよう。


心の奥で、そう呟く。


もうがんばるのはやめよう。


あの人が見ている保証なんてない。


来ている確証なんて、どこにもない。


全部、自分が勝手に思って、願って、祈っただけ。


――もうやめよう。


――もう諦めよう。


つまらない意地。


くだらない期待。


そんなものに縋って、ここまで来た。


もうたくさんだ。


何年も連絡はない。


きっと、もう覚えていない。


大好きなあの人と――


きっと、どこかで笑っている。


私のことなんて、もう――


心が、ほどけていく。


消えていく。


沈む。


そのとき。


――声が、聞こえた。


その瞬間。


ミリィの目が、見開かれた。


「あぁ……ああ……ぁぁぁぁぉぉぁぁぉぉぉっ!!!」


喉の奥から、絞り出すような声が漏れる。


次の瞬間――


全身に、力が満ちた。


魔力と、剣聖としての理力が一気に巡る。


純白の輝きが、ミリィの身体から溢れ出した。


光が、脈打つ。


その内側から。


締め上げていたグラップラーの腕が、わずかに揺れた。


「な……そんなばかな!」


筋肉が軋む。


押し返される。


内側から、じわじわと。


あり得ない力で。


「……っ!」


ミリィの声がさらに強まる。


「ああああああああーーーーーっ!!!」


次の瞬間。


轟音。


衝撃が爆ぜる。


グラップラーの腕が弾き飛ばされる。


内側から押し広げられ、ミリィの身体が一気に飛び出した。


空中へ。


そのまま、くるりと回転する。


一回。


二回。


三回。


軸を整えながら、落下。


そして――


かかとが、振り下ろされる。


狙いは一点。


グラップラーの額。


直撃。


グラップラーの意識が、一瞬で断たれる。


巨体が大きくのけ反り、そのまま後方へと倒れ込んだ。


轟音。


石畳が震え、衝撃が場内に広がる。


その胸の上へ――


ひらりと、軽やかに降り立つ影。


ミリィだった。


全身から、眩い純白の光が溢れている。


揺らめくその輝きは、まるで形を持ったかのように彼女を包み込む。


息を呑む静寂。


誰も、声を出せない。


ただ、見ている。


そこに立つ存在を。


それはもはや戦士ではなかった。


――光の女神。


そう錯覚させるほどの、圧倒的な存在感。


やがて。


ぽつり、と。


観客の一人が、震える声で呟く。


「なんて……神々しいんだ……」


別の声が続く。


「め、女神様みたいだ……」


さらに。


「美しい……」


そして、誰かが。


畏れるように、言った。


「これが……純潔の……」


次の瞬間――


割れんばかりの歓声が、闘技場を揺らした。


「うおおおおおおおお!!」


「すげぇぇぇぇぇぇ!!」


その熱狂はやがて一つにまとまっていく。


「ミ・リ・ィ!」


「ミ・リ・ィ!」


「ミ・リ・ィ!」


地鳴りのようなコール。


途切れない。


終わらない。


ただひたすらに、彼女の名が響き続ける。


その中心で。


ミリィは、ゆっくりと周囲を見渡した。


光はまだ淡く身体に残っている。


だが、その瞳は別のものを探していた。


観客席。


一人一人を、確かめるように。


「……さっき……声が……」


かすれた声が、ぽつりと漏れる。


「あの人の声が聞こえた気が……」


わずかに首を傾げる。


「……幻聴?」



その光景を、登場口からオセたちは見守っていた。


舞台の中央で、歓声の渦に包まれるミリィ。


その姿に、オセが思わず声を上げる。


「……すげぇ、奇跡の復活だ……すげぇぇぇぇぇっ!」


興奮と安堵が入り混じった叫び。


隣でアナは、静かに息を吐く。


「……これはまさに奇跡……あなたは一体……?」


そう言って振り返る。


オセも、つられるように振り向いた。


――だが。


そこにはもう、誰もいなかった。


赤い布も。


青年の姿も。


まるで最初から存在しなかったかのように。


「……あれ?」


オセが目を見開く。


アナは一瞬だけ考え――そして、はっとしたように舞台へ視線を戻す。


「もしかして……今の青年が……」


その先は言葉にしない。


ただ、ミリィを見つめる。


そして、ふっと微笑んだ。


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