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純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード5ー剣聖様の受難ー
33/48

あの人ならきっとー

長いコート。


無駄のない動き。


腰に下げた二丁の銃が、存在だけで圧を放っている。


歩くたびに、砂の上に乾いた音が落ちる。


女はミリィを見たまま、軽く口角を上げた。


「へぇ……まだ立ってるんだ」


そして、指先がわずかに動く。


銃に触れる。


次の瞬間、空気が張り詰めた。


ミリィはゆっくりと構える。


体は重い。


それでも、目だけは逸らさない。


勝ち抜き戦は、まだ終わらない。


女ガンマンの両手が動いた瞬間、空気が変わる。


リボルバーが火を噴いた。


乾いた破裂音が、連続して空間を裂いていく。


パン、パン、パン──


左右交互の早撃ち。


弾道は正確で、迷いがない。


ミリィは即座に反応する。


銃口の向き、腕の角度、わずかな反動。


そのすべてから弾道を読み取り、最小限の動きで身体をずらす。


一歩。


半歩。


肩を落とす。


弾はすべて空を切る。


「へぇ……避けるんだ」


女ガンマンが笑う。


そして、音が止む。


カチッ。


空撃ち。


12発、全て撃ち切った。


一瞬の間。


女ガンマンが舌打ちをし、リロードへ入る。


その瞬間だった。


ミリィの目が見開かれる。


今。


踏み込む。


一気に距離を詰める。


しかし。


「かかったっ!」


女ガンマンの声。


リロードしたばかりの銃が、手から離れる。


投げ捨てるように。


同時に、両腕を横にまっすぐ広げた。


袖の内側。


カチリ、と機械音。


仕込み銃が、飛び出す。


ミリィの表情が一瞬だけ揺れる。


「……っ!」


即座に反応。


両腕を交差させ、防御。


次の瞬間。


銃声。


鋭い衝撃。


右肩を弾丸が掠める。


「……あぁっ」


短い痛みの声。


それでも、止まらない。


ミリィはそのまま一歩踏み込む。


痛みごと押し潰すように。


距離を詰める。


女ガンマンの表情が変わる。


「っ……近い!」


ミリィの肘が振り上がる。


そのまま鳩尾へ。


重い一撃。


「ぐっ……!」


女ガンマンの体がくの字に折れる。


呼吸が止まる。


その隙を逃さない。


ミリィの手刀が走る。


首筋へ。


乾いた衝撃。


女ガンマンの体から力が抜け、そのまま崩れ落ちた。


静寂。


次の瞬間、歓声が爆発する。


ミリィはその場に立ったまま、小さく肩を揺らす。


右肩から、血が一筋だけ流れていた。


それでも。


まだ、目は死んでいない。


ミリィは右肩を左手で押さえたまま、片膝をつく。


呼吸が一瞬乱れる。


その動きだけで、観客席にどよめきが走った。


「っ……!」


「ミリィ様……!」


悲鳴にも似た声が混ざる。


だが次の瞬間。


ミリィは顔を上げた。


その表情は、笑顔だった。


けれど額には脂汗が浮かび、呼吸は浅い。


それでも、口元だけは崩さない。


ゆっくりと立ち上がる。


一瞬よろめく。


それを、そのまま“勢い”に変えた。


地面を蹴る。


体が宙に跳ぶ。


バク宙。


静かな軌道ではない。


無理を押し切るような、鋭い回転。


一回転。


着地。


わずかに膝が沈む。


だが、そのまま踏み直す。


まるで「まだ動ける」と叩きつけるように。


観客席が一瞬静まり──


次の瞬間、爆発した。


「うおおおおおお!!」


「立ってる!!」


「剣聖だ!!」


かつてないほどの歓声が闘技場を満たす。


ミリィは右肩を押さえたまま、もう一度だけ観客席を見る。


そして、ゆっくりと手を下ろした。


審判が前に出る。


「勝者!剣聖ミレニアム!」


続けて声が響く。


「第5試合終了!」


そして少し間を置いて。


「負傷の確認および治療のため、一時休憩とします!」


ミリィはその場で小さく息を吐いた。


視界がわずかに揺れる。


それでも、倒れないまま。


ゆっくりと控室へ向かう準備を始めた。


ミリィは観客席に向けて、ゆっくりと手を振りながら通路へと下がっていく。


痛みはある。


呼吸も乱れたまま。


それでも笑顔だけは崩さない。


歓声が背中を追いかけてくる中、登場口へと足を踏み入れる。


鉄の扉を潜った瞬間、音が少し遠のいた。


そして、その先に。


アナとオセの姿があった。


ミリィの表情が、ほんの一瞬だけ緩む。


「……あ」


その声と同時に。


体から力が抜けた。


膝が崩れる。


そのまま、床へと落ちるように倒れ込む。


「ミリィ様!」


オセが即座に駆け寄る。


アナもすぐに膝をついた。


周囲にいた剣聖の盾のメンバーが数人、素早く支えに入る。


「運びます!」


短い判断。


ミリィは意識を保ったまま、ただ小さく息を吐いていた。


「……ごめん…なさい…」


誰に向けたのかも曖昧な声。


そのまま、控室へと運ばれていく。


ベッドにそっと寝かされると、すぐに回復魔法の使える団員が前に出た。


「傷、見ますね」


右肩へ手がかざされる。


淡い光が広がる。


焼けるような痛みが、少しずつ引いていく。


ミリィは天井を見たまま、浅く息を繰り返す。


アナはその横で、静かに様子を見ていた。


オセは腕を組んだまま、わずかに眉をひそめる。


「……さすがに限界っすね、これはもう」


アナは淡い光が消えたのを確認し、そっとミリィの額に手を当てた。


「……いけませんわ」


低く、しかしはっきりした声だった。


外傷はほぼ問題ない。


だが、明らかに体温が上がっている。


無理を重ねた反動が、今になって出ていた。


包帯が肩に巻かれていく。


丁寧で、慣れた手つき。


だがそれでも、ミリィの呼吸はまだ浅かった。


オセが一歩前に出る。


「……ミリィ様、棄権しましょう!」


即座に続くように、アナも首を振る。


「私も賛成です。このままでは……危険すぎますわ」


控室の空気が重くなる。


数人の剣聖の盾の団員たちも、同じように顔を曇らせていた。


「さすがに……これ以上は」


「一度休むべきです」


声が重なる中。


ミリィは、ゆっくりと目を開いた。


そして、笑った。


「……お願い……やらせて……最後まで」


その声は弱いのに、不思議と揺れなかった。


オセが歯を食いしばる。


「……でもこのままじゃ、倒れちまいますよ!」


ミリィは少しだけ視線を落とす。


それでも、言葉は変わらない。


「倒れてもいい……最後まで全力で……あの人なら、そうする……から」


その瞬間、部屋の空気が止まった。


剣聖の盾の団員の一人が、思わず言葉をこぼす。


「そんな……いくら憧れてるからって、そんな何年も会いに来ない奴、どうせもう…」


言い切る前に。


ミリィの手が、その手首を掴んだ。


強い力だった。


熱を帯びたままの、はっきりした握力。


団員の言葉が途切れる。


ミリィは、笑ったまま言う。


「その先は、言わないで……私……あなたを嫌いになりたくない……」


その声は、優しいのに拒絶だった。


アナもオセも、何も言えなくなる。


控室の中だけが、静かに重く沈んでいた。


オセは低く息を吐いた。


「完全勝利の条件は勝ち抜き10勝、あと5試合……厳しすぎるっすね」


現実を口にしても、空気は軽くならない。


アナはベッドの横で腕を組み、静かにミリィを見下ろす。


「普段の剣聖なら楽勝でしょうけど……今は別ですわね」


ベッドの上。


ミリィは横たわったまま、天井を見ていた。


視線は合っていない。


焦点がどこにも定まっていない。


それでも、声だけははっきりしていた。


「お願い……グローブとブーツ……それとマントも脱がして……少しでも軽くしたいんです……」


震えているのに、笑顔を作ろうとしている。


その無理が、誰の目にも分かる。


一瞬の沈黙のあと、アナが小さく頷いた。


「……分かりましたわ」


オセも、何も言わず頷く。


周囲の剣聖の盾の団員たちも同様に動き出した。


ミリィの手足から、装備が一つずつ外されていく。


グローブ。


ブーツ。


そして、白いマント。


金具が外れるたびに、わずかに身体が軽くなるはずなのに。


ミリィの呼吸はまだ浅いままだった。


「……ジャケットも……」


その声に、アナが一瞬だけ目を伏せる。


そして静かに、ミリィの上体を支えながらジャケットを脱がせた。


白いシャツとスカートだけの姿になる。


戦場に立つ格好とは思えないほど軽い装い。


それでもミリィは、まだ戦いに行こうとしていた。



ミリィは、そっとアナの耳元へ顔を寄せた。


かすれるような小さな声。


アナの目が見開かれる。


一瞬、言葉を失う。


「……わかりましたわ」


短く、それだけを返すと、アナはゆっくりと立ち上がった。


そして控室の全員に向き直る。


「みなさん……申し訳ありませんが、しばらくミリィから目を離していただけますか。向こうを向いてください」


空気が揺れる。


だが、誰も問い返さない。


ただ、静かに頷いて背を向けた。


ミリィの周囲から、視線が消える。


その沈黙の中で、アナだけが残る。


アナがミリィのシャツに手を入れ、下着を外す。


しばらくして、アナは小さく息を吐いた。


「あなた……ここまでして……」


その声は、叱責ではなかった。


ただの確認でもない。


もっと、感情の混ざったものだった。


ミリィは弱々しく、それでもはっきりとアナを見て微笑む。


「わがまま、聞いてくれて……ありがとう……」


アナはその笑顔を見て、何も言えなくなる。


ただ静かに、目を伏せた。


控室には、次の試合へ向かう前の、異様なほど静かな時間だけが流れていた。


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