あの人ならきっとー
長いコート。
無駄のない動き。
腰に下げた二丁の銃が、存在だけで圧を放っている。
歩くたびに、砂の上に乾いた音が落ちる。
女はミリィを見たまま、軽く口角を上げた。
「へぇ……まだ立ってるんだ」
そして、指先がわずかに動く。
銃に触れる。
次の瞬間、空気が張り詰めた。
ミリィはゆっくりと構える。
体は重い。
それでも、目だけは逸らさない。
勝ち抜き戦は、まだ終わらない。
女ガンマンの両手が動いた瞬間、空気が変わる。
リボルバーが火を噴いた。
乾いた破裂音が、連続して空間を裂いていく。
パン、パン、パン──
左右交互の早撃ち。
弾道は正確で、迷いがない。
ミリィは即座に反応する。
銃口の向き、腕の角度、わずかな反動。
そのすべてから弾道を読み取り、最小限の動きで身体をずらす。
一歩。
半歩。
肩を落とす。
弾はすべて空を切る。
「へぇ……避けるんだ」
女ガンマンが笑う。
そして、音が止む。
カチッ。
空撃ち。
12発、全て撃ち切った。
一瞬の間。
女ガンマンが舌打ちをし、リロードへ入る。
その瞬間だった。
ミリィの目が見開かれる。
今。
踏み込む。
一気に距離を詰める。
しかし。
「かかったっ!」
女ガンマンの声。
リロードしたばかりの銃が、手から離れる。
投げ捨てるように。
同時に、両腕を横にまっすぐ広げた。
袖の内側。
カチリ、と機械音。
仕込み銃が、飛び出す。
ミリィの表情が一瞬だけ揺れる。
「……っ!」
即座に反応。
両腕を交差させ、防御。
次の瞬間。
銃声。
鋭い衝撃。
右肩を弾丸が掠める。
「……あぁっ」
短い痛みの声。
それでも、止まらない。
ミリィはそのまま一歩踏み込む。
痛みごと押し潰すように。
距離を詰める。
女ガンマンの表情が変わる。
「っ……近い!」
ミリィの肘が振り上がる。
そのまま鳩尾へ。
重い一撃。
「ぐっ……!」
女ガンマンの体がくの字に折れる。
呼吸が止まる。
その隙を逃さない。
ミリィの手刀が走る。
首筋へ。
乾いた衝撃。
女ガンマンの体から力が抜け、そのまま崩れ落ちた。
静寂。
次の瞬間、歓声が爆発する。
ミリィはその場に立ったまま、小さく肩を揺らす。
右肩から、血が一筋だけ流れていた。
それでも。
まだ、目は死んでいない。
ミリィは右肩を左手で押さえたまま、片膝をつく。
呼吸が一瞬乱れる。
その動きだけで、観客席にどよめきが走った。
「っ……!」
「ミリィ様……!」
悲鳴にも似た声が混ざる。
だが次の瞬間。
ミリィは顔を上げた。
その表情は、笑顔だった。
けれど額には脂汗が浮かび、呼吸は浅い。
それでも、口元だけは崩さない。
ゆっくりと立ち上がる。
一瞬よろめく。
それを、そのまま“勢い”に変えた。
地面を蹴る。
体が宙に跳ぶ。
バク宙。
静かな軌道ではない。
無理を押し切るような、鋭い回転。
一回転。
着地。
わずかに膝が沈む。
だが、そのまま踏み直す。
まるで「まだ動ける」と叩きつけるように。
観客席が一瞬静まり──
次の瞬間、爆発した。
「うおおおおおお!!」
「立ってる!!」
「剣聖だ!!」
かつてないほどの歓声が闘技場を満たす。
ミリィは右肩を押さえたまま、もう一度だけ観客席を見る。
そして、ゆっくりと手を下ろした。
審判が前に出る。
「勝者!剣聖ミレニアム!」
続けて声が響く。
「第5試合終了!」
そして少し間を置いて。
「負傷の確認および治療のため、一時休憩とします!」
ミリィはその場で小さく息を吐いた。
視界がわずかに揺れる。
それでも、倒れないまま。
ゆっくりと控室へ向かう準備を始めた。
ミリィは観客席に向けて、ゆっくりと手を振りながら通路へと下がっていく。
痛みはある。
呼吸も乱れたまま。
それでも笑顔だけは崩さない。
歓声が背中を追いかけてくる中、登場口へと足を踏み入れる。
鉄の扉を潜った瞬間、音が少し遠のいた。
そして、その先に。
アナとオセの姿があった。
ミリィの表情が、ほんの一瞬だけ緩む。
「……あ」
その声と同時に。
体から力が抜けた。
膝が崩れる。
そのまま、床へと落ちるように倒れ込む。
「ミリィ様!」
オセが即座に駆け寄る。
アナもすぐに膝をついた。
周囲にいた剣聖の盾のメンバーが数人、素早く支えに入る。
「運びます!」
短い判断。
ミリィは意識を保ったまま、ただ小さく息を吐いていた。
「……ごめん…なさい…」
誰に向けたのかも曖昧な声。
そのまま、控室へと運ばれていく。
ベッドにそっと寝かされると、すぐに回復魔法の使える団員が前に出た。
「傷、見ますね」
右肩へ手がかざされる。
淡い光が広がる。
焼けるような痛みが、少しずつ引いていく。
ミリィは天井を見たまま、浅く息を繰り返す。
アナはその横で、静かに様子を見ていた。
オセは腕を組んだまま、わずかに眉をひそめる。
「……さすがに限界っすね、これはもう」
アナは淡い光が消えたのを確認し、そっとミリィの額に手を当てた。
「……いけませんわ」
低く、しかしはっきりした声だった。
外傷はほぼ問題ない。
だが、明らかに体温が上がっている。
無理を重ねた反動が、今になって出ていた。
包帯が肩に巻かれていく。
丁寧で、慣れた手つき。
だがそれでも、ミリィの呼吸はまだ浅かった。
オセが一歩前に出る。
「……ミリィ様、棄権しましょう!」
即座に続くように、アナも首を振る。
「私も賛成です。このままでは……危険すぎますわ」
控室の空気が重くなる。
数人の剣聖の盾の団員たちも、同じように顔を曇らせていた。
「さすがに……これ以上は」
「一度休むべきです」
声が重なる中。
ミリィは、ゆっくりと目を開いた。
そして、笑った。
「……お願い……やらせて……最後まで」
その声は弱いのに、不思議と揺れなかった。
オセが歯を食いしばる。
「……でもこのままじゃ、倒れちまいますよ!」
ミリィは少しだけ視線を落とす。
それでも、言葉は変わらない。
「倒れてもいい……最後まで全力で……あの人なら、そうする……から」
その瞬間、部屋の空気が止まった。
剣聖の盾の団員の一人が、思わず言葉をこぼす。
「そんな……いくら憧れてるからって、そんな何年も会いに来ない奴、どうせもう…」
言い切る前に。
ミリィの手が、その手首を掴んだ。
強い力だった。
熱を帯びたままの、はっきりした握力。
団員の言葉が途切れる。
ミリィは、笑ったまま言う。
「その先は、言わないで……私……あなたを嫌いになりたくない……」
その声は、優しいのに拒絶だった。
アナもオセも、何も言えなくなる。
控室の中だけが、静かに重く沈んでいた。
オセは低く息を吐いた。
「完全勝利の条件は勝ち抜き10勝、あと5試合……厳しすぎるっすね」
現実を口にしても、空気は軽くならない。
アナはベッドの横で腕を組み、静かにミリィを見下ろす。
「普段の剣聖なら楽勝でしょうけど……今は別ですわね」
ベッドの上。
ミリィは横たわったまま、天井を見ていた。
視線は合っていない。
焦点がどこにも定まっていない。
それでも、声だけははっきりしていた。
「お願い……グローブとブーツ……それとマントも脱がして……少しでも軽くしたいんです……」
震えているのに、笑顔を作ろうとしている。
その無理が、誰の目にも分かる。
一瞬の沈黙のあと、アナが小さく頷いた。
「……分かりましたわ」
オセも、何も言わず頷く。
周囲の剣聖の盾の団員たちも同様に動き出した。
ミリィの手足から、装備が一つずつ外されていく。
グローブ。
ブーツ。
そして、白いマント。
金具が外れるたびに、わずかに身体が軽くなるはずなのに。
ミリィの呼吸はまだ浅いままだった。
「……ジャケットも……」
その声に、アナが一瞬だけ目を伏せる。
そして静かに、ミリィの上体を支えながらジャケットを脱がせた。
白いシャツとスカートだけの姿になる。
戦場に立つ格好とは思えないほど軽い装い。
それでもミリィは、まだ戦いに行こうとしていた。
ミリィは、そっとアナの耳元へ顔を寄せた。
かすれるような小さな声。
アナの目が見開かれる。
一瞬、言葉を失う。
「……わかりましたわ」
短く、それだけを返すと、アナはゆっくりと立ち上がった。
そして控室の全員に向き直る。
「みなさん……申し訳ありませんが、しばらくミリィから目を離していただけますか。向こうを向いてください」
空気が揺れる。
だが、誰も問い返さない。
ただ、静かに頷いて背を向けた。
ミリィの周囲から、視線が消える。
その沈黙の中で、アナだけが残る。
アナがミリィのシャツに手を入れ、下着を外す。
しばらくして、アナは小さく息を吐いた。
「あなた……ここまでして……」
その声は、叱責ではなかった。
ただの確認でもない。
もっと、感情の混ざったものだった。
ミリィは弱々しく、それでもはっきりとアナを見て微笑む。
「わがまま、聞いてくれて……ありがとう……」
アナはその笑顔を見て、何も言えなくなる。
ただ静かに、目を伏せた。
控室には、次の試合へ向かう前の、異様なほど静かな時間だけが流れていた。




