連戦連勝ー
倒れた傭兵風の男が、審判役の兵に引きずられるように退場していく。
歓声はまだ熱を残したまま、闘技場の空気を震わせていた。
だが、休む間はない。
勝ち抜き戦は続く。
鉄扉が再び開く。
重い。
一歩目から、床が沈むような足音が響いた。
現れたのは巨漢の重騎士だった。
全身を分厚い甲冑で覆い、盾を背負うように構えたまま歩いてくる。
その一歩一歩が、そのまま圧力になる。
観客席のざわめきが変わる。
「……あれ、もう出すのか」
「初戦から連戦想定か……」
空気が、重くなる。
ミリィはまだその場に立っていた。
呼吸は浅い。
指先の感覚が少しずつ遠のいていく。
それでも視線だけは前を向く。
巨漢の重騎士が止まる。
「剣聖ミレニアム」
低く、地鳴りのような声。
ミリィはゆっくりと構えを取る。
だが、その動きは先ほどよりもわずかに遅い。
体が、追いついていない。
それでも。
「……はい」
返事だけは、はっきりしていた。
重騎士が盾を構える。
次の瞬間。
踏み込み。
先ほどの相手とは違う。
速さではない。
“質量”そのものが動いてくる。
ミリィは一歩横へ逃げる。
だが遅い。
盾が、視界を埋める。
「っ……!」
衝撃。
吹き飛ぶというより、押し潰されるような一撃。
体が宙に浮きかけ、すぐに地面へ叩きつけられる。
歓声が一瞬止まる。
重騎士は追撃に入らない。
確実に仕留めるための間を取る。
ミリィは膝をついたまま、ゆっくりと顔を上げる。
呼吸が乱れる。
視界が白くなる。
それでも、口元だけがかすかに動く。
「……まだ……大丈夫……」
誰にも届かない声だった。
ミリィの体が、ふっと沈む。
次の瞬間。
跳んだ。
観客の視線が一斉に上へ引かれる。
空中で、ミリィの踵に魔力が集まる。
白く、淡い光が一点に収束していく。
「っ……」
息を止めるような、短い呼吸。
そして。
落ちる。
一直線に。
重力に任せた軌道ではない。
狙い澄ました“墜落”。
重騎士が反応する。
巨大な盾を前に構える。
「……来い」
鈍い声。
受ける気だ。
完全に防ぐ構え。
その盾に。
ミリィの踵が、叩きつけられた。
瞬間。
爆ぜるような衝撃。
空気が割れる。
「……っ!!」
重騎士の腕が沈む。
盾が、悲鳴を上げるように歪んだ。
くの字に折れる。
それでも止まらない。
ミリィはそのまま“落とす”。
体重と魔力、そのすべてを乗せて。
地面へ。
重騎士の足元ごと押し潰すように。
鎧が軋む。
床石が割れる。
巨体が、膝から崩れ落ちた。
沈黙。
一瞬だけ、何も音が消える。
次の瞬間。
爆発するような歓声。
ミリィは着地したまま、わずかに揺れた。
呼吸が荒い。
視界が揺れる。
それでも。
倒れない。
重騎士を見下ろしたまま、小さく息を吐いた。
ミリィはその場で、ゆっくりと息を整える。
揺れる視界の中で、それでも前を向く。
そして。
両手を大きく広げた。
歓声が一段と跳ね上がる。
「剣聖ミレニアムの勝利!」
審判の声が響くと同時に、重騎士の巨体が複数の兵に支えられ、ゆっくりと退場していく。
床に残る衝撃の痕跡だけが、戦いの激しさを物語っていた。
ミリィはその光景を見届けると、ふっと息を吐く。
まだ終わっていない。
終わらせるわけにはいかない。
勝ち抜き戦。
次が来る。
鉄扉が開く音。
空気が変わる。
現れたのは、細身の女戦士だった。
両手に鞭。
しなやかに揺れる二本の黒い軌跡。
軽い足取りで舞台へと進みながら、女はミリィを見据える。
「剣聖様……ね」
楽しげでもあり、冷たくもある声。
鞭が空を裂く音。
パシン、と乾いた音が響いた。
それが合図だった。
次の瞬間。
鞭が同時に走る。
左右から、逃げ場を奪うように。
ミリィは一歩、遅れて動く。
足元が、まだ重い。
体が、ついてこない。
鞭が空間を切り裂き、ミリィの頬すれすれを掠める。
「……っ」
息を飲む間もなく、二撃目。
三撃目。
連続する軌道が、視界を縛る。
観客のざわめきが再び高まる。
ミリィは一瞬だけ目を閉じる。
開く。
その瞳に、まだ光は残っていた。
一歩踏み込む準備を、静かに整え始める。
女戦士の鞭が、しなやかに空間を裂く。
次の瞬間。
二本の軌跡が、それぞれミリィの両手首に絡みついた。
「捕まえたわよ、剣聖様」
女戦士の口元に、勝ちを確信した笑みが浮かぶ。
その瞬間だった。
ミリィの体が動く。
引かれるのではなく──
引く。
「……っ!」
強引に、両腕を後ろへ引き絞る。
逆方向の力。
女戦士の体勢が崩れる。
「なっ……!」
踏ん張る前に、すでに遅い。
ミリィの方へ、勢いそのままに引き寄せられる。
距離が一気にゼロへ詰まる。
女戦士の目が見開かれる。
その真正面。
ミリィは、跳んでいた。
「っ……!」
次の瞬間。
ドロップキック。
胸元に、真正面から叩き込まれる。
鈍い衝撃音。
女戦士の体が宙に浮くように吹き飛んだ。
同時に、絡んでいた鞭が悲鳴のように軋む。
パキッ、と乾いた音。
一本が千切れ、もう一本も続いて断裂する。
引きちぎられた勢いのまま、女戦士は数メートル先に転がり落ちる。
動かない。
静寂。
一拍遅れて、歓声が爆発した。
ミリィはその場に着地する。
膝がわずかに揺れる。
それでも、倒れない。
ゆっくりと息を吐き、視線だけを前に戻した。
まだ、次が来る。
女戦士の体が、兵たちの手で静かに運ばれていく。
舞台に残るのは、断ち切られた鞭と、わずかに沈んだ空気だけ。
だがその静寂は、すぐに破られた。
ミリィはその場に立ったまま、ゆっくりと両手を上げる。
大きく広げるようにして、観客席へ向ける。
一拍遅れて。
爆発するような歓声。
「剣聖ミレニアム!」
「勝者ァ!!」
叫びが重なり、闘技場全体が揺れるように沸き立つ。
審判が一歩前に出る。
「勝者、剣聖ミレニアム!」
その声が響いた瞬間、ミリィはゆっくりと手を下ろした。
息はまだ乱れている。
体は重い。
それでも視線だけは前から外さない。
そして。
審判が次の進行を告げる。
「第4試合!」
鉄扉が開く音。
空気が、また変わる。
静かに、鋭く。
現れたのは侍のような剣士だった。
無駄のない立ち姿。
そして異様なまでに長い刀。
その刃は、鞘に収められているだけで圧を放っている。
剣士は一言も発さず、ミリィを見据えた。
そして、ゆっくりと柄に手をかける。
観客のざわめきが、少しだけ引く。
ミリィは小さく息を吐いた。
まだ終わらない。
そう理解したまま、静かに構えを取った。
侍剣士が、ゆっくりと息を吐く。
次の瞬間。
抜刀。
空気が裂けるような音とともに、長刀の軌跡がミリィへ走る。
一閃。
二閃。
三閃。
速いというより、正確だった。
無駄がない分、逃げ道が消えていく。
ミリィは最低限だけ動く。
一歩引く。
半歩ずらす。
ほんの数センチだけ体を倒す。
それだけで、刃は肌をかすめていく。
だが、それ以上は動けない。
体力が、もう限界に近い。
剣士が目を細める。
「……避けるだけか」
低い声。
次の瞬間、攻撃が変わる。
斬撃から突きへ。
連続する刺突が、空間を埋め尽くすように迫る。
速さが一段階上がる。
ミリィの呼吸がわずかに乱れる。
それでも、紙一重で避ける。
肩をかすめる。
髪が切れる。
それでも倒れない。
そして、一瞬。
ほんの一瞬だけ、剣筋がわずかに開いた。
ミリィの目がそこを捉える。
踏み込む。
「……っ!」
両手が動く。
刀身を、上下から挟み込むように手のひらで受け止めた。
金属が軋む。
剣士の目が見開かれる。
「なっ……!」
そのままミリィは、膝を跳ね上げる。
刀を支点に、力を一点に叩き込む。
甲高い破断音。
刃が悲鳴を上げるように歪む。
剣士の体勢が崩れた。
その瞬間。
ミリィはもう片足を振り上げていた。
「っ……!」
真下から、顎へ。
鋭い一撃。
鈍い衝撃音。
剣士の体が浮くように後方へ弾かれる。
そして、そのまま地面へ崩れ落ちた。
静寂。
一拍遅れて、歓声が爆発する。
ミリィはその場に立ったまま、わずかに揺れる。
それでも。
まだ、倒れない。
ゆっくりと顔を上げ、次の戦いの気配を探していた。
ミリィはその場で、ゆっくりと息を整える。
俯いたまま、肩が小さく上下していた。
それでも、倒れない。
次の瞬間。
右拳が、ゆっくりと持ち上がる。
振り上げるように。
ただ一度だけ。
それは派手な動きではない。
けれど、確かな勝利の合図だった。
「うおおおおおお!!」
観客席が一斉に爆発する。
歓声が、空気そのものを揺らす。
「剣聖ミレニアム!」
「まだ立ってるぞ!!」
熱が渦を巻くように広がっていく。
ミリィはその音の中で、ゆっくりと拳を下ろした。
呼吸は浅い。
視界はわずかに揺れている。
それでも前を向く。
審判が一歩前へ出る。
「第5試合!」
その声と同時に、鉄扉が開く。
空気が変わる。
今度は静かに、冷たく。
現れたのは女ガンマンだった。




