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純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード5ー剣聖様の受難ー
30/48

剣聖様のがんばりどころー

柔らかな布の感触。


ゆっくりと意識が浮上する。


まぶたを開くと、見慣れた天井が視界に入った。


「あれ……私……どうして?」


ぼんやりと呟く。


「気が付きました?」


すぐ傍から、穏やかな声。


視線を向けると、ベッドの横に腰掛けたアナの姿があった。


彼女はそっと手を伸ばし、ミリィの額に触れる。


「熱は下がったみたいね」


その仕草は、どこか優しい。


「……あの……私……」


記憶を辿る。


冷たい水。


崩れる感覚。


そこから先が、曖昧だった。


「あなた……シャワー室で気を失って倒れていたのよ」


静かに告げられる事実。


「え……ご、ごめんなさい」


反射的に謝罪が出る。


「……あなたが頑張っているのは知っているけど……無理は駄目ですわ」


責めるでもなく、ただ諭すような声。


「すみません……」


ミリィは小さくうなだれる。


ふと、何かに気づく。


「アナが……見つけてくれたんですか?」


問いかける。


アナは、言葉を返さなかった。


ただ、微笑むだけ。


その反応に、ミリィの表情が固まる。


「え……なんですか、その反応……まさか……」


嫌な予感が、じわりと広がる。


アナがわずかに視線を逸らす。


「見つけたのは……ユーリン、です」


その一言。


ミリィの動きが止まる。


次の瞬間。


勢いよくシーツをめくり、自分の身体を確認する。


そして、恐る恐るアナを見る。


「大丈夫……ですよね?」


切実な問い。


アナは、変わらず微笑んでいた。


その沈黙が、逆に重い。


「……だいじょばない……んですかぁ……?」


「倒れているあなたを発見したユーリンは、とても興奮……いえ……動揺していて、詳細を聞くのが怖い……いえ、確認できる状況でもなくて、とりあえず自室に帰らせて、あとは私が……」


言葉を選びながら、アナが続ける。


あくまで落ち着いた口調。


だが、どこか歯切れが悪い。


ミリィの顔色が、みるみるうちに青くなる。


「……き、着替え……は……?」


震える声。


「そこは安心なさい。わたしが対応してます」


即答だった。


その一言に、ミリィの体から一気に力が抜ける。


「……よ、よかったぁ……」


心底ほっとしたように、ベッドに沈み込む。


だが、その安堵も束の間。


ゆっくりと顔を上げる。


「……他に...心配するようなこと、なかった、ですよね?」


沈黙。


ミリィは、ぎゅっとシーツを握りしめた。


「……やだぁ…私の純潔が…」




「とりあえず、今日はゆっくりお休みなさい。明日は闘技大会なのでしょう?」


アナが静かに立ち上がりながら言う。


「はい……明日はどうしても、出たいんです」


ミリィの声は弱いが、その奥にははっきりとした意志があった。


「聞いてるわ。昔の知り合いが来るって」


アナが振り返る。


ミリィは一瞬だけ目を伏せた。


「……約束したわけじゃないんです……でも、あの人が来ると言うのなら……きっと、最近の噂を聞いたから……かなって」


言葉を選ぶように、ゆっくりと紡ぐ。


「……なるほど、それで」


アナはそれ以上は遮らない。


「……私、どうしても活躍してる姿を見て欲しいんです」


強くは言えない。


それでも、確かな願いだった。


アナは少しだけ目を細める。


「その人ってもしかして……例の?」


問いかけ。


ミリィの指が、シーツの上でぎゅっと握られる。


少しの沈黙のあと──


ゆっくりと、頷いた。


「なるほど……それは──」


アナは一度、静かに目を伏せる。


思考を巡らせるように、ほんのわずかな間。


そして、ゆっくりと目を開いた。


「いいところを見せないとですね!」


柔らかな微笑みとともに、はっきりと言い切る。


ミリィは一瞬だけ驚いたように目を見開き。


それから、小さく頷いた。


「……ハイ」


その声には、先ほどまでの不安だけではない。


ほんの少しだけ、前を向いた響きが混じっていた。


「私も出来うる限り協力しますわ。剣聖の盾の一員としてはもちろん、貴女の──友人として」


静かに、だが確かな温度を持った言葉だった。


ミリィの目が揺れる。


ほんのわずかに、潤む。


「アナ……ありがとう」


小さく、けれどまっすぐに返す。


アナはその様子を見て、満足そうに微笑んだ。


そして──


ほんの少しだけ、声の調子を変える。


「だからこんどこそ……憧れの彼にあなたの純潔を捧げましょう!」


勢いよく言い切る。


一瞬の静止。


「ハ……ハイ!」


反射的に返事をするミリィ。


そして、数秒後。


「……ハイ?」


「好きな殿方……なのでしょう?」


アナが穏やかに問いかける。


「え!?……そ、そんなんじゃ……ないですし……その人には、他に好きな人が……いますし……」


ミリィは慌てて視線を逸らす。


指先で、人差し指をつんつんと突きながら。


落ち着かない様子で言葉を重ねる。


その仕草はあまりにも分かりやすくて。


アナは小さく、くすりと笑った。


「そう」


それ以上は追及しない。


だが、その表情はどこか楽しげだった。


「お茶会の時にもお聞きしましたけど……その人って」


アナが静かに言葉を促す。


ミリィは視線を逸らしたまま、小さく息を吸う。


「はい……ぶっきらぼうで……面倒くさがりで……空気が読めなくて……いい加減で……お、おっぱいが好きで……誘われるとすぐ着いて行っちゃって……とにかく最低な人、です……」


ぽつぽつと並べられていく言葉。


褒めているのか貶しているのか分からない。


だが最後には、はっきりと言い切った。


アナがわずかに眉を顰める。


「……そんな人のどこがいいんですの?」


率直な疑問だった。


ミリィははっとして顔を上げる。


「ぜんぜんよくありません!」


強く否定する。


だが、そのまま言葉が途切れる。


少しの沈黙。


そして、視線を落としながら。


そっと頬を染める。


「……でも……優しいとこもあるんです」


「ふぅん……これはこれは」


アナが意味ありげに目を細める。


「な……なんですか……?」


ミリィが身をすくめる。


「そもそも……どうしてキスしたの?」


あまりにも直球の問い。


「あ……あれは、その……勢いというか……流れというか……気の迷いというか……」


しどろもどろに言葉を並べる。


視線は泳ぎっぱなしだった。


「若気の至り、というか?」


「そ……そうです!それです……だってあの人、誰にでも簡単にキスされちゃうから、私もって……あっ!」


口が止まる。


言ってしまった。


ミリィの顔が一瞬で真っ赤に染まる。


アナは、にこりと微笑んだ。


「なるほど?」


「やきもちやいて、しちゃった、と」


アナはにこにこと、楽しげに言い切る。


「そ……そんなんじゃない、です……」


ミリィは必死に否定する。


だが、視線は逸れたまま。


頬の赤みも消えない。


言葉だけが、弱々しく空回る。


アナはその様子を眺めながら、くすりと笑った。


否定すればするほど。


答えは、もう十分すぎるほど出ていた。


「そんな風に感じないけど、思ったより女の子なのね」


アナが楽しげに言う。


「ですから……若気の至り、です……」


ミリィは小さく反論するが、声に力はない。


「それともー……今も彼を想ってるから、他の男性に興味がないのかしら?」


軽く首を傾げながら、追い打ちをかける。


「べ、別に想ってなんて……ないですから」


即座に否定。


だが、その速さが逆にわかりやすい。


「体調崩してまでがんばっていいとこ見せようとしてるのに?」


静かな一言。


「そ、それは……」


言葉に詰まる。


「もう素直になりなさいな」


優しく、だが逃がさない声音。


ミリィは少しだけ視線を落とし、それから顔を上げた。


「私はいつでも……素直です」


かすかに拗ねたような、意地の張った答えだった。


「あなたって、彼の話になると、とっても意地っ張りですのね。面白いわ」


アナがくすりと笑う。


「そんなこと……ありません」


ミリィはそっぽを向いたまま、小さく言い返す。


「ほら、そういうところ」


すぐに返される。


逃げ場がない。


「……」


言葉が詰まる。


視線は逸れたまま。


「あら、怒ってるの?」


楽しげな声。


ミリィは少しだけ唇を尖らせて。


「アナの……いじわる」


ぽつりと、拗ねたように呟いた。



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