選考の結果ー
オーディションは一通り終了した。
礼拝堂には、先ほどまでの喧騒が嘘のような静寂が戻っている。
長机の上には書類が広げられ、オセとアナがそれぞれ視線を落としていた。
淡々としたやり取り。
評価と選別。
その声だけが、静かに響く。
その中央。
ミリィは机に突っ伏していた。
完全に力が抜けている。
呼吸だけが、かすかに上下している。
右手は、ずっと同じ場所にあった。
首から下げたネックレス。
そこに通された指輪を、強く掴んだまま離さない。
指先に力が入っている。
まるで、それだけが拠り所であるかのように。
何も言わない。
動かない。
ただ、静かに、疲れ切っていた。
「今回のところはとりあえず、保留ですね」
アナが書類から目を上げずに言う。
「そうだなぁ……悪くないのもいるけど、これってのがなぁ……」
オセが椅子に浅くもたれ、ぼやく。
静かな選考の空気。
その中央で、ようやくミリィがゆっくりと顔を上げた。
力の抜けた目。
それでも、かすかに意思だけは残っている。
「……だから……私は1人で大丈夫、だってば……」
弱々しい声だったが、はっきりとした拒絶だった。
「ダメっす!」
「ダメです!」
間髪入れず、左右から重なる声。
その圧に、ミリィの体がびくりと揺れる。
「……あぅっ……」
小さく潰れた声が漏れる。
「しばらくは引き続き俺が護衛もやるっす」
オセが当然のように言い切る。
「……今更だけど、そもそもあなたはなんですの?」
アナが視線を向ける。
「俺?俺はミリィ様の従者だよ」
軽く答える。
「……ならあなたが正式な護衛でよいのでは?それなりに戦えるのでしょう?」
アナは淡々と続けた。
ミリィが顔を上げる。
「……そうだよ……オセが、いいなぁ……」
弱く、それでもはっきりとした希望。
オセは一瞬だけ言葉に詰まり、視線を逸らす。
「あぁー……まぁ……そっすねぇ……」
「何か、気掛かりでも?」
アナが静かに問う。
「……いやー……言うてミリィ様もお年頃だし、男の俺だとカバーしきれないこともあるっすから……」
オセが頭をかきながら答える。
軽い調子だが、言葉は真面目だった。
ミリィがわずかに視線を上げる。
「……オセ……」
小さく名前を呼ぶ。
アナはそのやり取りを見て、ふっと息をついた。
「……あなた、意外と優しいのね」
「そりゃーミリィ様のことは尊敬してるっすからねぇ」
オセは肩をすくめて笑う。
その言葉に、飾りはなかった。
「ま、しばらくは俺が護衛もするってことで」
軽くまとめるように、オセが言った。
「異論ありません」
アナは迷いなく頷く。
「……わ、私も賛成……」
ミリィも小さく続ける。
ようやく、ひとつの結論が落ち着いた。
礼拝堂の空気が、ほんのわずかに緩む。
「あ、そういやギルドから、団員募集ポスターの依頼が来てたんすよね。このままついでに話詰めていいっすか?」
オセが思い出したように口を開く。
「あら、素敵。ミリィを広告塔に?」
アナの声音に、わずかな興味が混じる。
「らしーっすよ。ミリィ様の人気にあやかりたいって」
その言葉に、アナは一度ミリィへ視線を向ける。
そして、静かに頷いた。
「そうなると……衣装が大切よね」
自然と話題はそちらへ流れる。
オセも腕を組み、考えるように唸る。
「そうなんすよ。なんかねぇーかなって」
短い沈黙。
そして、アナが口を開く。
「やはり……水着かしらね?」
あまりにも自然に出た提案だった。
「俺もそう思うんすけど……ミリィ様が水着は断固NGって」
オセが苦笑交じりに返す。
その言葉を受けて、アナが改めてミリィを見る。
そこには、両手で大きくバッテンを作り、顔を真っ赤にして首をぶんぶんと横に振る少女の姿があった。
必死の拒絶。
「でも、水着は強力だわ」
アナは冷静に言い切る。
「そうなんすけどねー、水着はまたの機会でもいっかなって」
オセが肩をすくめる。
「なるほど……では剣聖の盾の団員募集ポスターは水着にしようかしら?」
「あーそれならいいっすね!」
即座に同意する声。
「ぜ……ぜんぜんよくない……」
か細い否定が、遅れて届く。
だがその声は、二人には届いていないかのようだった。
ミリィはそのまま、再び力なく机に突っ伏す。
その背中だけが、小さく震えていた。
「やっぱ、ミリィ様のイメージだと、白いビキニと思うんすよねー」
オセが気軽な調子で言う。
「ここは大胆にイメージを変えて、黒のセパレートはいかがかしら?」
アナは指先に顎を添え、思案するように続けた。
「あー逆にっすね」
「そう、逆に」
二人の会話は妙に噛み合っていた。
机の上の書類はすでに脇に追いやられ、話題は完全に別の方向へ流れている。
「バニーガールとかもいいっすよね」
「それはコアな層に受けそうね」
真剣な顔で頷き合う。
「いっそのこと……タオル一枚、とか?」
一瞬の沈黙。
アナがわずかに眉を寄せる。
「それはさすがに倫理的にちょっと……あ、でも近くの温泉街のポスターの依頼も来てましたわね」
「じゃータオルはそっちでやるっすか」
「そうね。そうしましょう」
話はすでに決定事項のように進んでいく。
「そのうち写真集出せそうっすね」
「それはまた人気が爆上がりしそうですわね」
二人はすっかり盛り上がっていた。
止める者はいない。
その中央。
ミリィは机に突っ伏したまま、かすかに顔を上げる。
焦点の合わない目で、二人の会話をぼんやりと聞いていた。
そして、小さく呟く。
「……剣聖って、いったい……」
「剣聖の盾の統一装備もそろそろ行き渡りつつありますしね」
アナが書類を軽く整えながら言う。
「あの白いマントっすか?」
オセが確認するように聞き返す。
「そう。今月中には全員に渡せる予定ですわ」
淡々とした口調だが、その内容には確かな進展があった。
「まだまだ増えそうっすもんね」
オセが軽く笑う。
「まだ120人とちょっとというところですけど……年内には1000人には到達したいですわね」
アナの視線は、すでにその先を見ている。
「いやいや、2000人は固いっすよ」
気楽に言い切るオセ。
「……2000人……800人は……私のパンチラ目当て……」
机に突っ伏したまま、ミリィがぼそりと呟いた。
その声だけが、妙に現実的な重さを持って響いた。
「2000人もいれば、さすがにまともな護衛張れる輩も出て来るっしょ」
オセが軽く言う。
「その頃には護衛というより……親衛隊が必要ね」
アナは静かに頷いた。
視線はすでに、さらに先を見据えている。
「いっそのこと女だけの親衛隊作ってデビューさせるのもアリっすね」
軽口のようでいて、どこか本気の響き。
「なるほど、センターをミリィ様にするわけね」
アナがすぐに乗る。
「そっす。みんなお揃いの衣装にすれば、見栄えもいいっすから」
「それならキャラごとにコンセプトカラーを決めて分けた方が……」
「それもいいんすけど……」
話はどんどん具体性を帯びていく。
もはや護衛の話ではない。
完全に別の方向へ進んでいた。
その中央。
机に突っ伏したまま、ミリィがゆっくりと顔を上げる。
虚ろな目で二人を見て、かすかに口を開いた。
「……なんの話を……しているのかな……」




