オーディション本番ー
十人目の退出を見届け、扉が閉まる。
礼拝堂に、ようやく静かな間が落ちた。
張り詰めていた空気が、わずかに緩む。
ひとまず、休憩。
これ以上続ければ、別の意味で限界が来る。
ミリィのハートが限界だ。
長机の中央。
ミリィはそのまま机に突っ伏し、肩を小さく震わせていた。
指先は無意識にネックレスへと伸びかけて、止まる。
「……はぁ……」
オセが大きくため息をつく。
「……10人審査して……護衛としての実力に満たないのが4人……ミリィ様に変な執着見せたのが4人……ミリィ様の剣聖の盾、ヤベェっすね」
呆れたように言い放つ。
アナがわずかに視線を向ける。
「その団の筆頭は私なのだけれど?」
一瞬の沈黙。
オセはすっと視線を逸らした。
何も言わない。
否定もしない。
中央で、ミリィがかすかに声を漏らす。
「……こ……こわい……」
顔は見えない。
だが、震えははっきりと伝わってくる。
「……私の剣聖の盾って、一体……」
その呟きだけが、静かな礼拝堂に落ちた。
続く十人もまた、例外ではなかった。
強烈。
その一言で片付けるしかないほどに。
何が起きたのか、その詳細は語られない。
だが一つだけ確かなことがある。
ミリィの涙は、すでに枯れかけていた。
呼吸は浅く、途切れがちで、今にも乱れそうになっている。
面接の場はもはや選抜ではなく、別の何かへと変質していた。
まるで、狂信的な信者か何かに晒され続けるような時間。
そのすべてが終わり、再び休憩が挟まれる。
礼拝堂に静寂が戻る。
長机の中央。
ミリィは相変わらず突っ伏したまま。
だがもう、震えではなかった。
小刻みな痙攣。
限界は明らかだった。
「……もうこれミリィ様限界だって」
オセが呆れたように呟く。
「普段話してる時はもっとまともと思っていた者でも、ミリィを前にするとあんな風に……なってしまうのねぇ」
アナが静かに言う。
どこか他人事のような響き。
「……しまうのねぇ。じゃねぇわ」
オセが即座に返した。
「あと何人?」
オセが短く問う。
「……次の十人でおしまいね」
アナが静かに答える。
「そろそろまともな奴、期待してるぜ」
オセが肩を鳴らすように言う。
その言葉の直後。
机に突っ伏していたミリィが、大きく息を吸い込む。
ゆっくりと、体を起こす。
だが、その目は完全に死んでいた。
焦点が合っていない。
「……ミリィ様、大丈夫?」
オセがわずかに声を落として尋ねる。
ミリィは、ゆっくりと顔を上げる。
そしてアナの方へ視線を向けた。
「……だ……大丈夫、です」
その声は、かすれていた。
間違いなく大丈夫ではない。
その一言だけで分かる。
アナとオセが、同時に顔をしかめる。
言葉は出ない。
ただ、痛ましさだけが残った。
扉が開く。
次に現れたのは、一人の青年だった。
無駄のない鎧。整った姿勢。
そして、曇りのない笑顔。
いかにも正統派の騎士といった風貌だった。
その場に立つだけで、空気がわずかに整う。
ミリィの目が、ほんの少しだけ生き返る。
「あ……ちょっとステキ……かも」
小さく、ぽつりと漏れる本音。
その瞬間。
「却下ね」
「却下だな」
左右から、即座に叩き落とされる。
ミリィが勢いよく振り向く。
「え……ど...どうして...?」
審査はその後も淡々と続いた。
だが内容は、淡々とは言い難いものばかりだった。
そして──
最後の一人を残して、再び休憩。
礼拝堂に静けさが戻る。
ミリィは突っ伏してこそいないものの、椅子に座ったまま視線を落としていた。
明らかに不機嫌だった。
「もぉ……変な人ばかりだし……いいなと思った人は……2人が落とすし……ぜんぜん楽しくない……」
小さく、拗ねたような声。
アナは落ち着いたまま答える。
「貴女の護衛ですもの。慎重にもなります」
理屈としては正しい。
だがミリィの不満は消えない。
オセが軽く肩をすくめる。
「そうっすよ。ただでさえチョロインなんだし」
ミリィがぴくりと反応する。
「チョ……またそれぇ……?」
「29人中、12人がミリィ様のパンチラに心奪われたってのが……感慨深いっすねぇ」
オセが面白がるように言う。
「……その話はやめてぇ……」
ミリィが顔を伏せる。
みるみるうちに耳まで赤くなり、目にはうっすら涙が浮かぶ。
「29人中12人……私……40%の人にパンチラ剣聖って思われてるんだ……」
ぽつりと呟く。
計算は正確だった。
そして、その正確さが余計に現実を突きつけてくる。
ミリィは両手で顔を覆い、そのまま小さく震えた。
「まぁまぁ、最後の1人に期待しましょう」
アナが静かに言う。
「お?最後の1人……ってこれ」
オセが何かに気づいたように視線を向けた瞬間。
扉が、強く開かれる。
音が礼拝堂に響いた。
一人の少女が、勢いよく入ってくる。
明るい茶髪を、ミリィと同じようにサイドでまとめた小柄な少女。
迷いのない足取りで、そのまま一直線にミリィの前まで詰め寄る。
距離が近い。
あまりにも近い。
ミリィがわずかに押される。
「剣聖ミレニアム様!お会いできて光栄ですわ!」
少女は興奮を隠さず、さらに一歩踏み込む。
そしてそのまま、ミリィの手を両手で包み込んだ。
「わたくし、ユーリン・グランドバルドと申します。以後、お見知り置きを」
ミリィは目を瞬かせる。
その名前に、引っかかる。
「グランド……ベルド?」
小さく呟き、そっと横を見る。
アナの横顔。
その表情は、変わらず優雅な微笑を保っていた。
「……私の妹ですの」
「わたくし、ご覧の通り、ミリィ様の大ファンですの」
ユーリンが微笑みながら、自らの髪を軽く示す。
ミリィと同じ、サイドでまとめた髪型。
意図は明白だった。
「さぁ、悪いことは言いません。わたくしをお選びください」
思い切り、ミリィの胸に飛び込み、そのまま腰に抱きついて来る。その衝撃にミリィが咳き込んだ。
「……って、おまえ強いの?護衛できるの?」
オセが半眼で問いかける。
「妹はこう見えて、魔術の才ならこの国一と誉れ高く、魔術は……ですが」
アナが、変わらぬ微笑のまま答える。
「……何か、問題が?」
ミリィが恐る恐る問う。
アナは一瞬、言葉を選ぶように黙り込む。
「……こわい……こわい……」
ミリィの声が小さく震える。
「何があるなら教えてくれよ」
オセがため息混じりに促す。
「……問題、ではないのですが……」
アナが小さく咳払いをする。
一度だけ視線を逸らし、そして戻す。
「妹は……ミリィ様のことが心底好きでして……」
「そりゃ多かれ少なかれ、剣聖の盾に入るやつはみんなそうなんじゃねぇの?」
オセが肩をすくめる。
「……いえ、その……妹は女性が、恋愛対象と言いますか……」
その言葉が、静かに落ちる。
ミリィはすぐには理解できなかった。
数秒の空白。
思考が追いつく。
そして──
ゆっくりと、視線を下げる。
今もなお、自分の腰に抱きついたままのユーリンへ。
ユーリンは、その視線を受けて。
ただ、にこりと微笑み返した。
「お……女の子『が』好き……なんですか?」
ミリィが戸惑いながら問う。
ユーリンは変わらぬ笑みで首をかしげる。
「女の子『も』好きなんです」
さらりと言い切る。
ミリィは一瞬だけ固まり、それから小さく視線を落とす。
「……恋愛は……自由ですもんね……」
ぽつりと零す。
その言葉を聞いた瞬間。
ユーリンの表情が、ぱっと輝いた。
「そうなんです!剣聖様ならそう言ってくださるとわかってました!」
一歩、さらに距離を詰める。
熱量が一気に増す。
ミリィはわずかに身を引く。
「え……そう、ですか……?」
ユーリンは続ける。
「私、あの試合を見て心打たれました。やはり強く美しいものは、恋愛においても規格外なんですね!」
まっすぐな瞳。
迷いがない。
ミリィは困ったように視線を泳がせる。
「え……私はふつう、ですよ?」
「何者にもなれない輩ほど、自分を大きく見せようとするもの……何者かである者ほど、自分を普通と言うのです」
静かに、しかし確信に満ちた声だった。
ユーリンの瞳は揺らがない。
真っ直ぐに、ミリィだけを見ている。
ミリィはたじろぐように視線を逸らし、小さく首を振る。
「え……えぇー……ほんとうにふつうなんですけど……」
弱々しい否定。
だが、その言葉すらユーリンには届いていない。
一歩、また一歩と距離が詰まる。
逃げ場がない。
「ではふつうかどうか、さっそくこれから奥の部屋で試してみませんか!?」
弾むような声。
内容との落差が、余計に危うい。
ミリィの思考が、完全に停止する。
理解が追いつくまで、ほんの数秒。
その後、頬が一気に染まり、視線が泳ぐ。
そして、縋るように左右を見る。
「……助けて……」
か細く、今にも消えそうな声だった。
「却下……だな」
間を置かず、オセが言い切る。
「……せめてこの場では隠せばいいのに」
アナが静かにため息をついた。




