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純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード5ー剣聖様の受難ー
27/48

オーディション本番ー

十人目の退出を見届け、扉が閉まる。


礼拝堂に、ようやく静かな間が落ちた。


張り詰めていた空気が、わずかに緩む。


ひとまず、休憩。


これ以上続ければ、別の意味で限界が来る。


ミリィのハートが限界だ。


長机の中央。


ミリィはそのまま机に突っ伏し、肩を小さく震わせていた。


指先は無意識にネックレスへと伸びかけて、止まる。


「……はぁ……」


オセが大きくため息をつく。


「……10人審査して……護衛としての実力に満たないのが4人……ミリィ様に変な執着見せたのが4人……ミリィ様の剣聖の盾、ヤベェっすね」


呆れたように言い放つ。


アナがわずかに視線を向ける。


「その団の筆頭は私なのだけれど?」


一瞬の沈黙。


オセはすっと視線を逸らした。


何も言わない。


否定もしない。


中央で、ミリィがかすかに声を漏らす。


「……こ……こわい……」


顔は見えない。


だが、震えははっきりと伝わってくる。


「……私の剣聖の盾って、一体……」


その呟きだけが、静かな礼拝堂に落ちた。


続く十人もまた、例外ではなかった。


強烈。


その一言で片付けるしかないほどに。


何が起きたのか、その詳細は語られない。


だが一つだけ確かなことがある。


ミリィの涙は、すでに枯れかけていた。


呼吸は浅く、途切れがちで、今にも乱れそうになっている。


面接の場はもはや選抜ではなく、別の何かへと変質していた。


まるで、狂信的な信者か何かに晒され続けるような時間。


そのすべてが終わり、再び休憩が挟まれる。


礼拝堂に静寂が戻る。


長机の中央。


ミリィは相変わらず突っ伏したまま。


だがもう、震えではなかった。


小刻みな痙攣。


限界は明らかだった。


「……もうこれミリィ様限界だって」


オセが呆れたように呟く。


「普段話してる時はもっとまともと思っていた者でも、ミリィを前にするとあんな風に……なってしまうのねぇ」


アナが静かに言う。


どこか他人事のような響き。


「……しまうのねぇ。じゃねぇわ」


オセが即座に返した。


「あと何人?」


オセが短く問う。


「……次の十人でおしまいね」


アナが静かに答える。


「そろそろまともな奴、期待してるぜ」


オセが肩を鳴らすように言う。


その言葉の直後。


机に突っ伏していたミリィが、大きく息を吸い込む。


ゆっくりと、体を起こす。


だが、その目は完全に死んでいた。


焦点が合っていない。


「……ミリィ様、大丈夫?」


オセがわずかに声を落として尋ねる。


ミリィは、ゆっくりと顔を上げる。


そしてアナの方へ視線を向けた。


「……だ……大丈夫、です」


その声は、かすれていた。


間違いなく大丈夫ではない。


その一言だけで分かる。


アナとオセが、同時に顔をしかめる。


言葉は出ない。


ただ、痛ましさだけが残った。


扉が開く。


次に現れたのは、一人の青年だった。


無駄のない鎧。整った姿勢。

そして、曇りのない笑顔。


いかにも正統派の騎士といった風貌だった。


その場に立つだけで、空気がわずかに整う。


ミリィの目が、ほんの少しだけ生き返る。


「あ……ちょっとステキ……かも」


小さく、ぽつりと漏れる本音。


その瞬間。


「却下ね」


「却下だな」


左右から、即座に叩き落とされる。


ミリィが勢いよく振り向く。


「え……ど...どうして...?」


審査はその後も淡々と続いた。


だが内容は、淡々とは言い難いものばかりだった。


そして──


最後の一人を残して、再び休憩。


礼拝堂に静けさが戻る。


ミリィは突っ伏してこそいないものの、椅子に座ったまま視線を落としていた。


明らかに不機嫌だった。


「もぉ……変な人ばかりだし……いいなと思った人は……2人が落とすし……ぜんぜん楽しくない……」


小さく、拗ねたような声。


アナは落ち着いたまま答える。


「貴女の護衛ですもの。慎重にもなります」


理屈としては正しい。


だがミリィの不満は消えない。


オセが軽く肩をすくめる。


「そうっすよ。ただでさえチョロインなんだし」


ミリィがぴくりと反応する。


「チョ……またそれぇ……?」


「29人中、12人がミリィ様のパンチラに心奪われたってのが……感慨深いっすねぇ」


オセが面白がるように言う。


「……その話はやめてぇ……」


ミリィが顔を伏せる。


みるみるうちに耳まで赤くなり、目にはうっすら涙が浮かぶ。


「29人中12人……私……40%の人にパンチラ剣聖って思われてるんだ……」


ぽつりと呟く。


計算は正確だった。


そして、その正確さが余計に現実を突きつけてくる。


ミリィは両手で顔を覆い、そのまま小さく震えた。


「まぁまぁ、最後の1人に期待しましょう」


アナが静かに言う。


「お?最後の1人……ってこれ」


オセが何かに気づいたように視線を向けた瞬間。


扉が、強く開かれる。


音が礼拝堂に響いた。


一人の少女が、勢いよく入ってくる。


明るい茶髪を、ミリィと同じようにサイドでまとめた小柄な少女。


迷いのない足取りで、そのまま一直線にミリィの前まで詰め寄る。


距離が近い。


あまりにも近い。


ミリィがわずかに押される。


「剣聖ミレニアム様!お会いできて光栄ですわ!」


少女は興奮を隠さず、さらに一歩踏み込む。


そしてそのまま、ミリィの手を両手で包み込んだ。


「わたくし、ユーリン・グランドバルドと申します。以後、お見知り置きを」


ミリィは目を瞬かせる。


その名前に、引っかかる。


「グランド……ベルド?」


小さく呟き、そっと横を見る。


アナの横顔。


その表情は、変わらず優雅な微笑を保っていた。


「……私の妹ですの」


「わたくし、ご覧の通り、ミリィ様の大ファンですの」


ユーリンが微笑みながら、自らの髪を軽く示す。


ミリィと同じ、サイドでまとめた髪型。


意図は明白だった。


「さぁ、悪いことは言いません。わたくしをお選びください」


思い切り、ミリィの胸に飛び込み、そのまま腰に抱きついて来る。その衝撃にミリィが咳き込んだ。


「……って、おまえ強いの?護衛できるの?」


オセが半眼で問いかける。


「妹はこう見えて、魔術の才ならこの国一と誉れ高く、魔術は……ですが」


アナが、変わらぬ微笑のまま答える。


「……何か、問題が?」


ミリィが恐る恐る問う。


アナは一瞬、言葉を選ぶように黙り込む。


「……こわい……こわい……」


ミリィの声が小さく震える。


「何があるなら教えてくれよ」


オセがため息混じりに促す。


「……問題、ではないのですが……」


アナが小さく咳払いをする。


一度だけ視線を逸らし、そして戻す。


「妹は……ミリィ様のことが心底好きでして……」


「そりゃ多かれ少なかれ、剣聖の盾に入るやつはみんなそうなんじゃねぇの?」


オセが肩をすくめる。


「……いえ、その……妹は女性が、恋愛対象と言いますか……」


その言葉が、静かに落ちる。


ミリィはすぐには理解できなかった。


数秒の空白。


思考が追いつく。


そして──


ゆっくりと、視線を下げる。


今もなお、自分の腰に抱きついたままのユーリンへ。


ユーリンは、その視線を受けて。


ただ、にこりと微笑み返した。


「お……女の子『が』好き……なんですか?」


ミリィが戸惑いながら問う。


ユーリンは変わらぬ笑みで首をかしげる。


「女の子『も』好きなんです」


さらりと言い切る。


ミリィは一瞬だけ固まり、それから小さく視線を落とす。


「……恋愛は……自由ですもんね……」


ぽつりと零す。


その言葉を聞いた瞬間。


ユーリンの表情が、ぱっと輝いた。


「そうなんです!剣聖様ならそう言ってくださるとわかってました!」


一歩、さらに距離を詰める。


熱量が一気に増す。


ミリィはわずかに身を引く。


「え……そう、ですか……?」


ユーリンは続ける。


「私、あの試合を見て心打たれました。やはり強く美しいものは、恋愛においても規格外なんですね!」


まっすぐな瞳。


迷いがない。


ミリィは困ったように視線を泳がせる。


「え……私はふつう、ですよ?」


「何者にもなれない輩ほど、自分を大きく見せようとするもの……何者かである者ほど、自分を普通と言うのです」


静かに、しかし確信に満ちた声だった。


ユーリンの瞳は揺らがない。


真っ直ぐに、ミリィだけを見ている。


ミリィはたじろぐように視線を逸らし、小さく首を振る。


「え……えぇー……ほんとうにふつうなんですけど……」


弱々しい否定。


だが、その言葉すらユーリンには届いていない。


一歩、また一歩と距離が詰まる。


逃げ場がない。


「ではふつうかどうか、さっそくこれから奥の部屋で試してみませんか!?」


弾むような声。


内容との落差が、余計に危うい。


ミリィの思考が、完全に停止する。


理解が追いつくまで、ほんの数秒。


その後、頬が一気に染まり、視線が泳ぐ。


そして、縋るように左右を見る。


「……助けて……」


か細く、今にも消えそうな声だった。


「却下……だな」


間を置かず、オセが言い切る。


「……せめてこの場では隠せばいいのに」


アナが静かにため息をついた。

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