剣聖護衛選抜オーディション開催ー
王都中央教会。
その礼拝堂は、祈りのために造られた空間であるはずだった。
高い天井。
規則正しく並ぶ石柱。
色硝子を通して落ちる光が、大理石の床に静かな模様を描いている。
だが今、その空間に満ちているのは神聖さではない。
<剣聖ミリィ護衛選抜オーディション>
その会場として整えられた礼拝堂には、祈りとは別の礼拝堂の中。
長机の周囲に立つ者たち──その姿は一様ではない。
騎士の鎧を纏う者もいれば、簡素な旅装の者もいる。
魔術師のローブを着た者、盗賊のように軽装で身を潜める者、商人のような身なりの者さえ混じっていた。
一見すれば、統一のない傭兵団にも見える集団。
だが彼らは、傭兵ではない。
「剣聖の盾」
それは、各代の剣聖が現れた時、その強さと思想に惹かれ、自然と集い形成される者たちの総称だった。
そこに身分も人種も職業も立場も関係はない。
騎士であろうと、戦士であろうと、魔術師であろうと、盗賊であろうと。
あるいは町人であろうと、商人であろうと、貴族であろうと。
剣を取る者もいれば、取らぬ者もいる。
戦う者もいれば、支えることだけを選ぶ者もいる。
しかし共通しているのはただ一つ。
──剣聖のために。
その一点のみだった。
ゆえにその集団には階級という概念が存在しない。
上下もなく、役割の差異だけがある。
それぞれが異なる装備、異なる服装を身に付けているにもかかわらず、不思議と一つの意思だけで統一されているようにも見える。
そして、その象徴があった。
各剣聖ごとに定められる“色”のマント。
剣聖グラムの時代には、鮮やかな青。
そして当代。
剣聖ミリィに仕える者たちが纏うのは──純白。
『純潔のミレニアム』
その名に相応しい、何の濁りもない白のマント。
その白が、礼拝堂の光を受けて静かに揺れている。
長机の中央にはミリィ。
その左右にはオセロット・ラハムとアナリスタ・グランドベルド。
そしてその先に、純白のマントを纏った「剣聖の盾」たちが、静かに彼女を見つめていた。
王都中央教会、礼拝堂。
純白のマントが静かに揺れる中、長机の前に立つアナリスタが一歩前に出る。
姿勢はまっすぐで、声は澄んでいた。
「本日お集まりの皆様は、当代の剣聖の盾、総勢120名の中から選ばれた方々。どうか、我らが剣聖ミレニアムの、平和と安寧のために、その身をお捧げ下ることを切に――」
その言葉が礼拝堂に響き渡る。
抑えられた空気の中、静かな感嘆が広がった。
その様子を、オセロットは口を挟まず、ただ面白そうに眺めている。
アナリスタは一拍置き、手で静かに促す。
中央に座る少女へ。
ミリィはびくりと小さく肩を揺らし、それでも顔を上げる。
「あ…あの…あの…剣聖ミレニアムこと、ミリィです。おはようございます」
小さく一礼する。
それにつられるように、「剣聖の盾」たちも一斉に頭を下げた。
揃った動き。
「「剣聖様、おはようございますっ!」」
だがそこにあるのは規律ではなく、自然な敬意だった。
「……しまんねぇなぁ……」
オセロットが小さく呟く。
ミリィは顔を上げ、少しだけ緊張したまま言葉を続ける。
「本日は…私のこのようなわがままに…お付き合いいただきまして…きょ..きょうしゅぶっ…」
鈍い音と共に、言葉が途切れる。
ミリィが豪快に舌を噛み、慌てて口元を押さえた。
その一瞬の静寂の後。
礼拝堂のあちこちから、押し殺したような歓声が漏れる。
「か、かわいい……」
「なんて……可憐なんだ」
「あぁ……守ってやりたい」
ミリィは真っ赤になりながら、必死に姿勢を整える。
一度だけ深く息を吸う。
そして顔を上げる。
「そ、それでは…剣聖の護衛選抜オーディションを開始しまぶっ!」
再び噛んだ。
そして再び、静かな歓声が広がった。
礼拝堂の外へと、「剣聖の盾」たちは一度すべて退出させられた。
残されたのは、長机の向こう側に座る三人だけ。
静寂の中、扉が開く。
一人目の参加者が入ってくる。
重厚な鎧に身を包んだ戦士だった。
足音だけで床がわずかに鳴る。
その姿を見たミリィが、首をかしげる。
「あれ…?あなたは…たしか?」
戦士の顔がぱっと明るくなる。
「傭兵のアンガスです!闘技場で最初に戦ったもんです!その節はどうも!」
ミリィは一瞬だけ目を泳がせ、ぎこちなく笑う。
「…こ、こんにちわぁ…」
その背後で、アナがわずかに身を寄せる。
「……誰?ですか?」
小声。
それに対し、オセが気だるげに答える。
「闘技場での一戦目で、0.001秒で何もできずにミリィ様に負けた奴っす」
一瞬の間。
アナは微笑んだまま、視線を前に戻す。
「……却下ね」
アンガスはまだ何かを語ろうとしていたが、その言葉が届くことはなかった。
静かに退出を促される。
扉が閉まる。
再び静寂。
次の者が入ってくる。
細身の体躯。
黒い甲冑に身を包み、長い槍を携えた男。
足取りは静かで、無駄がない。
ミリィがじっと見て、少し首をかしげる。
「あ、おれ?…あなたもどこかで…」
男はその場で膝をつき、頭を垂れる。
「はっ!私は元騎士のアルト。ぜひ剣聖様のおそばに…」
言葉は簡潔で、姿勢も整っている。
その様子を横目に、アナが再び小さく問う。
「これは?」
オセが少しだけ考えるように視線を上げる。
「んー…まぁまぁだったような」
アナは即答する。
「なら却下ね」
間を置かず、判断は下された。
黒い甲冑の男が静かに退出する。
扉が閉まり、わずかな間を置いて、次の人物が入ってきた。
女騎士。
整った装備、無駄のない立ち姿。
鎧の手入れも行き届いており、その場に立つだけで一定の実力が感じ取れる。
アナが小さく呟く。
「見栄えは悪くないわね」
オセが即座に返す。
「ユニット組むわけじゃないんだから…」
ミリィは少し緊張したまま、控えめに頭を下げる。
「あ…どうもぉ…」
女騎士は一歩前に出て、胸に手を当てる。
「ミレニアム様との試合、この騎士オハラン一生の誉!」
その言葉には確かな敬意が込められていた。
だが次の瞬間。
彼女はそのまま距離を詰める。
ミリィのすぐ前まで歩み寄り──
さらに一歩。
耳元へ口を寄せる。
「……剣聖様は下着を付けないのがご趣味、なのですか?」
空気が止まる。
ミリィの体が完全に固まった。
数秒遅れて、耳まで一気に赤く染まる。
言葉が出ない。
動けない。
完全なフリーズだった。
その様子を見たオセが、即座に口を開く。
「……却下だな」
アナも一切の間を置かずに続ける。
「……却下ね」
女騎士が半ば強引に連れ出される。
わずかに乱れた空気を残したまま、扉が閉まった。
そしてすぐに、次の人物が入ってくる。
小柄な男だった。
無駄な鎧は身につけておらず、軽装。
鍛えられた身体つきと、独特の構えから、拳闘士であることが見て取れる。
ミリィが目を瞬かせる。
「あ…準決勝の…?」
男はその場で足を止め、恭しく礼節の構えを取る。
「あの時は本当に、結構なものを拝見させていただき…この眼と心に焼き付いています」
ミリィはきょとんとする。
「…いったい…なんの…?」
一瞬の間。
そして、思い至る。
「……って、あっ!」
顔が一気に赤くなる。
準決勝。
あの試合。
言葉にしなくても分かる。
ミリィは両手で頭を抱え、そのまま小さく震え始める。
街で噂のパンチラ試合の相手、完全に思い出してしまった。
その様子を見て、オセとアナが同時に首を横に振る。
結論は一瞬だった。
──却下。




