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純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード5ー剣聖様の受難ー
24/48

剣聖に憧れる少女ー

森の中は、昼の光が木々の間でやわらかく揺れていた。


ミリィは少女の歩幅に合わせて、ゆっくりと進んでいく。


「その髪飾り、どのあたりで落としたの?」


何気なく尋ねると、少女は前を見たまま指を伸ばした。


「あっちの方。お母さんと一緒に薬草取ってたときにね」


ミリィは小さく頷き、その方向へ視線を向ける。


しばらく歩いたあと、少女がふと足を止めた。


「ねえ、お姉さん」


「うん?」


ミリィがしゃがみ込むと、少女は少しだけ照れたように笑う。


「私ね、夢があるの」


「夢?」


「うん」


一度、言葉を整えてから、はっきりと言った。


「私、剣聖みたいになりたいの」


ミリィの動きがほんのわずか止まる。


少女はそのまま、目を輝かせて続ける。


「この前の決勝戦、見たの!」


「……そうなんだ」


ミリィは静かに返す。


「すっごくかっこよかったの。最後まで立ってて、ひとりで全部やってて……誰にも頼らないで、全部勝ってて!」


少女は興奮したまま身振りを交えて話す。


「周りにすごい人たちがいっぱいいたのに、全部自分で決めて、自分でやってたの!」


森の空気が少しだけ静かになる。


ミリィの胸の奥が、かすかに揺れた。


(……そう見えていたんだ)


少女にとっての「剣聖」は、完成された一つの姿だった。


ミリィは目を細める。


「……そっか」


それだけを小さく返す。


少女は満足そうに頷き、また髪飾りのことを思い出したように辺りを見回しながら歩き出す。


木漏れ日は変わらず、二人の背中を静かに追っていた。


森の中をしばらく進むうちに、少女の足取りが少しだけ速くなる。


「この辺……だったと思うんだけど……」


草をかき分けながら、辺りをきょろきょろと見回す。


ミリィも一緒に視線を落とし、地面や低い枝の間を丁寧に探っていく。


やがて、小さな光沢が葉の陰にひっかかっているのが見えた。


「あ……!」


少女が駆け寄る。


そこにあったのは、小さな髪飾りだった。


土に少しだけ汚れているが、壊れてはいない。


少女は両手でそれを拾い上げると、ぱっと顔を輝かせた。


「あった……!」


ミリィは小さく息を吐く。


「よかったね」


「うん!」


嬉しそうに髪飾りを胸に抱える少女。


その様子を見届けて、ミリィはふと周囲へ視線を向けた。


帰るには十分な距離。


それでも、森の奥は静かすぎる。


(……念のため)


ミリィは目を閉じる。


空気の流れ、地面の揺らぎ、奥に潜むわずかな違和感へと意識を沈めていく。


森の奥、かなり離れた場所。


そこに、明らかに“生き物ではない動き”がいくつか引っかかった。


重く、鈍く、しかし確実にこちらへ向かっている気配。


ミリィはゆっくりと目を開けた。


少女はまだ髪飾りに夢中で、それに気づいていない。


ミリィは少女に合わせて、そっと歩幅をゆるめた。


「髪飾り、見つかってよかったね。……そろそろ戻ろっか」


少女はぱっと明るい顔になる。


「うん!」


その返事に、ミリィは小さく微笑んで立ち上がる。


「じゃあ、こっちの道で戻ろうね。少しだけ近いから」


「はーい!」


少女は何の疑いもなく、髪飾りを大事そうに握りしめながら歩き出す。


ミリィもその少し後ろを、静かに続いた。


けれど歩きながら、ふと表情だけがわずかに変わる。


(……あれ)


さっき森の奥に感じた気配が、少し近い。


しかも、一つじゃない。


ゆっくりと、森の中を動いているような感覚がある。


ミリィは少女に気づかれないように、少しだけ周囲へ意識を広げた。


(……近づいてる?)


さらに、もう一つ。


今進もうとしている帰り道の先にも、別の気配がひとつ。


さっきとは違う、少し鋭い感じ。


ミリィは足を止めず、そのままの調子で少女に声をかけた。


「ねぇ...お姉さん、おなかペコペコだなら、少し早く帰りたいなー...なんて」


「うん?」


少女はきょとんと振り返る。


ミリィはいつも通りの声で、やわらかく笑う。


「あーたいへんだー、おなかがー、おなかがペコペコだよー、早く帰ってごはん食べたーい」


そんな下手な演技を挟みながらも、視線だけは森の奥へ向いたままだった。


ミリィは、ほんの少しだけ焦っていた。


でも、その気持ちを表に出すわけにはいかない。


隣を歩く少女は小さな足で一生懸命ついてきていて、もし急がせて転んだりでもしたら、かわいそうだし。


「ふえぇ……困ったなぁ……」


思わず小さくこぼれてしまう。


どうしたらいいかな、と視線だけが少しだけ森の奥へ泳いだ、そのとき。


「あの、お姉さん」


少女が足を止めて、きょとんとした顔でミリィを見上げた。


「そんなにおなか空いてるの?」


「え?」


「これあげる」


そう言って、小さな手のひらから飴玉を差し出す。


「それ、美味しいよ」


ミリィは一瞬ぽかんとしてから、慌てて両手で受け取った。


「あ……ありがとう」


包みを開けて、そっと口に入れる。


ころん、と舌の上に広がったのは、ほんのり甘くて、あとから少しだけ酸っぱい味だった。


「……甘いね」


思わずそう言うと、少女は満足そうに笑った。


その間にも、森の奥では静かに気配が揺れていた。


森の奥から、何かがじわじわとこちらへ滲んでくるような感覚があった。


だんだん近づいてきてる。


というより、もうすぐそこまでまで来ている?


ミリィは少女の歩幅に合わせて歩きながらも、意識だけをそっと森の深いところへと沈めていく。


葉の擦れる音、遠くの小さな動物の気配、その隙間に混じる違和感。


気配を近くに感じ魔力感知をしかける。


(いる……すぐ近く)


空気の層が一枚だけ歪んでいるような、そんな感覚。


ミリィは表情を変えないまま、呼吸だけをゆっくりと整えた。


「……森の動物たちもいるから、気配は読みにくいけど……このままならあと数分で相手の間合い、かも……」


言葉は小さく、ほとんど独り言に近い。


それでも、頭の中では輪郭がはっきりしていく。


音ではなく、重さでもなく、ただ“そこにあるべきではないもの”だけを切り分けるように。


そして――


ミリィは得意の魔力感知で魔獣の位置を正確に測る。


そして――


「……いたっ!」


その瞬間、ミリィの意識が一点に収束する。


舌の上で飴玉を転がしたまま、ほんのわずかに魔力を乗せた。


次の動作は、ほとんど呼吸の延長のようなものだった。


ぷっ、と軽い音。


だが放たれた飴玉は、その軽さとは裏腹に、空気を裂くような速度で森の奥へと一直線に走る。


木々の間をすり抜け、視界の先へ消えた瞬間、遅れて鈍い崩れる音が響いた。


それきり、森の奥にあった不自然な気配がすっと途切れる。


同時に、魔力の反応も静かに消失していった。


ミリィは一度だけ瞬きをし、何事もなかったように息を吐く。


「……ふぅー……うまくいったみたいー……」


隣では少女が、そんなことは何も知らないまま、髪飾りを握りしめて歩き続けていた。


森の出口はすぐそこに見えていた。


昼の光が木々の間から差し込み、外の世界がもう手の届く場所にある。


ミリィは少女の歩幅に合わせながら、小さく息を吐いた。


(……よかった。このまま行けば、なんとか)


そう思った、その瞬間だった。


空気が変わる。


背後、左右、森の奥。


さっきまで散らばっていた気配が、一斉に動いた。


「……っ」


ミリィの足が止まりかける。


三、四……いや、さらに。


五、六。


森の静けさが一気に“圧”へと変わる。


囲まれている。


出口へ向かう道筋そのものが、ゆっくりと閉じられていくような感覚。


ミリィは少女に気づかれないよう、小さく視線だけを上げた。


(……これは……まずいかも)


声はほとんど息に混ざるほど小さい。


少女はまだ何も知らず、髪飾りを握ったまま歩いている。


出口はすぐそこ。


けれど、その“すぐそこ”に至る前に、森の中の気配が確実に距離を詰めてきていた。


ミリィは少女の肩を後ろからそっと掴み、足を止めさせた。


「ねぇ、かくれんぼ、しない?」


声はできるだけいつも通りに、軽く。


少女の顔がぱっと明るくなる。


「やるぅ!」


迷いも警戒も一切ない即答。


ミリィは小さく頷いた。


「じゃあね、最初は私が隠れるから、見つけてね?」


そして、少しだけ間を置いて続ける。


「目を閉じて、100数えてねー」


少女は素直にこくんと頷くと、両手で目を覆った。


「いーち、にーい……」


小さな声が、森の空気に溶けていく。


そしてミリィは、周囲に散る気配へ意識を沈める。


(……来る)


次の瞬間、木々の隙間が揺れた。


黒い毛に覆われた魔獣が、地面を蹴って飛び出してくる。


唸り声が森に広がろうとした、その瞬間。


ミリィは一歩も退かない。


ただ静かに、相手の動きだけを見ていた。


そして――


音もなく、その間合いへ踏み込む。


魔獣が口を開ききるより早く、ミリィの手が喉元に触れた。


手刀。


余計な力も、派手な動きもない。


ただ“そこに置いた”ような一撃だった。


声は上がらない。


魔獣の体から力が抜け、そのまま崩れ落ちる。


ミリィは倒れかけた身体をそっと支え、草の上へ静かに横たえた。


森に音は戻らない。


ただ、気配が一つ消える。


ミリィは一度だけ呼吸を整え、小さく目を細めた。


「……まずは一体」


森の空気は、まだ静けさを保っていた。


だがその奥では、次の気配が確かに動いている。


ミリィはわずかに視線を上げた。


(……二体)


同時に、木々の隙間が弾ける。


黒い影が二つ、ほぼ同時に飛び出してきた。


唸り声が重なり、空気が一瞬だけ張り詰める。


その瞬間、ミリィは軽く地面を蹴った。


ふわりとした跳躍。


空中で体をひねりながら、それぞれの首元へ静かに蹴りを入れる。


音はない。


ただ動きだけが終わる。


力を失った二体は、そのまま落ちていく。


ミリィは着地と同時に、すっと左手と右足を伸ばした。


左手で一体を受け、右足もまっすぐに伸ばして、つま先でギリギリもう一体を受け止める。


ぴん、と揃った動きはどこか軽く、無駄がない。


そのまま二体を、草の上へそっと横たえる。


「……これで、3体目」


小さく息を吐く。


少女の声は、まだ森に響いていた。


「……ごじゅういち...ごしゅうに.....」


数字はすでに半分を越えている。


あと半分。


その背後で、ミリィは小さく息を整える。


(……残り三)


次の瞬間、地面を蹴った。


音はほとんどない。


一体目の魔獣は、振り向いた瞬間にはもう遅い。


ミリィの拳がわずかに横から入り、顎の付け根に正確に衝撃を与える。


重い音もなく、その場で意識が落ちるように崩れた。


草が揺れるだけで、叫びもない。


ミリィは止まらず、すぐに体の向きを変える。


二体目。


踏み込みと同時に間合いを詰め、そのまま膝で胴を打つ。


息を吸う前に動きが止まり、力が抜けて倒れ込む。


受け止める必要もなく、静かに地面へ沈む。


少女の声は続いている。


「……ごじゅういち、 ごじゅうに……」


最後の一体。


こちらは少し距離があった。


だがミリィは一歩で踏み込み、そのまま回し蹴りを一閃させる。


横からの衝撃でバランスを崩し、そのまま意識が途切れる。


音は最小限。


森の静けさは壊れない。


ミリィは軽く息を吐き、何事もなかったように元の位置へ戻った。


少女の背後。


「……ななじゅうさん...ななじゅうよん……」


森はまた静かになっていた。


「もう〜いいよ〜!」


ミリィは小さく声を上げると、ようやく肩の力を抜いた。


ほっとしたまま少女の方へ振り返る。


そこには、まだ両手で目を隠したままの少女がいた。


けれど――その指の隙間から、しっかりとこちらを覗いている。


ばっちり目が合った。


ミリィは一瞬固まる。


「……いつから……見てた、の?」


少女はそのまま手を下ろすと、にしし、と無邪気に笑った。


「最初からー!」


「お姉さん、めっちゃ強いね!」


森の中に、いつもの明るい声が戻る。


ミリィは小さく息を吐いて、少しだけ視線を逸らした。


「……思いっきり...バレバレだった...」


森を出たあとも、少女の勢いはまったく衰えなかった。


街へ戻る道すがら、そして家の前に着くまでの間、ずっと言葉が途切れない。


「お姉さん、なんでそんなに強いの?」


「え?お姉さん剣聖なの?」


「剣聖ミレニアムってこと?」


「えー!すごーい!」


「憧れの剣聖様に会えてうれしい!」


ミリィはその横で、苦笑しながら歩くしかない。


「う、うん...そ、そーなの..」


返事を挟む隙すらあまりない。


少女は満足そうに頷いたかと思うと、今度はふと思い出したように真顔になり、


「あ、でもね」


と続ける。


「パンツはあんまり見せない方がいいよ?はしたないじゃない?」


「……えっ」


ミリィの足が一瞬だけ止まる。


少女は悪気ゼロの顔で、さらりと言い切った。


それを最後に、少女は自分の家の扉へと駆けていく。


「またねー!お姉さん!」


元気な声と一緒に扉が閉まる。


ミリィはしばらくその場に立ったまま、ぽつりと息を吐いた。


街の喧騒が少しだけ戻ってくる。


「……なんか、すごく疲れた気がする……」


でも、そのまま空を見上げると、ふっと肩の力が抜けた。とても清々しくもあり、気持ちが晴々としている。


「たまには……こんな日があっても……いいよね」


小さくそう呟いて、ミリィはゆっくりと帰路についた。




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