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純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード4ー剣聖の盾ー
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これが貴女だけの剣聖の盾ー

アナリスタは、ぱっと表情を明るくした。


「さぁ、それでは参りましょう!」


そのまま、ミリィの両手を引く。


ぐい、と。


遠慮のない力。


ミリィは、息も絶え絶えのまま引き上げられるように立たされた。


足元が、覚束ない。


力が入らない。


けれど、抵抗する余裕もない。


そのまま――


手を引かれるままに歩き出す。


どこへ向かっているのかも、分からない。


ただ、引かれるままに。


連れて行かれるままに。


廊下を抜け。


階段を上り。


いくつもの扉を越えていく。


ミリィの心は、もう限界を超えていた。


考えることを、やめている。


感じることも、薄れている。


ただ――“無”。


空っぽのまま、身体だけが運ばれていく。


やがて。


一つの扉の前で、足が止まった。


重厚な造り。


その先にあるものを、ミリィは知らない。


アナリスタは迷いなく、その扉を開いた。


外の光が、差し込む。


そのまま、ぐい、と。


ミリィを引いて進む。


辿り着いたのは――


王が国民へ言葉を届けるための、バルコニーの出口。


外へと続く、開かれた空間。


ミリィの足は、ふらついていた。


今にも崩れそうなほど、不安定。


アナリスタが手を離せば――


そのまま倒れてしまいそうだった。


それでも。


アナリスタは、変わらず笑みを浮かべている。


まるで、これから見せるものを確信しているかのように。


そして――


両手で、ミリィの背を押した。


「さぁ、ご覧なさい!」


ぐい、と。


前へと押し出される。


一歩。


バルコニーへと、踏み出す。


その先に広がっていたのは――


圧倒的な、人の海だった。


広場を埋め尽くす群衆。


見渡す限り、どこまでも続く人、人、人。


色とりどりの衣服。


掲げられた旗。


空気を震わせる、ざわめき。


そして――


ミリィの姿が現れた、その瞬間。


一瞬の静寂。


次の瞬間――


割れんばかりの歓声が、空を突き抜けた。


割れんばかりの歓声。


それが、波のように押し寄せる。


胸を打つ。


耳を震わせる。


その音に――


止まりかけていたミリィの心が、ふっと息を吹き返した。


びくり、と肩が跳ねる。


空色の瞳が、大きく見開かれる。


目の前に広がる、人、人、人。


さっきまで“無”だった頭に、一気に現実が流れ込んでくる。


(な、なに……!?)


理解が、追いつかない。


ただ分かるのは――


全部、自分に向けられているということ。


ざわめきではない。


歓声。


期待。


熱。


それが、まっすぐに自分へと向けられている。


心臓が、跳ねる。


一気に鼓動が速くなる。


足が、勝手に動いた。


「あ……あわわ……あわわ……」


声にならない声を漏らしながら。


バルコニーの中を、うろうろと行ったり来たりする。


一歩進んで、止まって。


また戻って。


どうしていいか分からない。


手も、どこに置けばいいのか分からない。


視線も、定まらない。


完全に挙動不審。


そんな様子で、ただ慌てふためく。


だが――


その姿にすら。


下の群衆は、さらに歓声を上げていた。


慌てふためくミリィの背後で――


アナリスタは、静かにその様子を見つめていた。


微笑みを浮かべたまま。


一歩、近づく。


そっと、ミリィの肩に手を置く。


びくり、とミリィの体が跳ねる。


だが、逃げる前に――


もう片方の手が、すっと前へ伸びた。


広場を埋め尽くす群衆へと、示すように。


「剣聖ミレニアム、ご覧なさい。これが――」


その声は、穏やかで。


けれど、はっきりとした力を持っていた。


ミリィの動きが、わずかに止まる。


「――貴女の、貴女だけの、剣聖の盾ですわ」


その言葉に。


ミリィの視線が、ゆっくりと前へと向く。


揺れていた瞳が、少しずつ焦点を取り戻していく。


目の前に広がる光景。


無数の人々。


誰もがこちらを見上げている。


手を振る者。


声を張り上げる者。


ただ、じっと見つめる者。


そのすべてが――


自分へと向けられている。


逃げ場はない。


だが。


目を逸らせなかった。


胸の奥が、強く鳴る。


それは、恐怖ではない。


確かにそこにある――


何か別の、熱だった。


ミリィは、言葉もなく。


ただ、その光景を見つめ続けていた。


広場を埋め尽くす人の気配は、もはや“数”としては認識できなかった。


視界の端から端まで、途切れなく続く人の壁。


そのすべてが、一斉にこちらを見ている。


息を呑むほど静かなのに、圧だけが重くのしかかってくる。


ミリィは一歩も動けなかった。


動いた瞬間、自分という存在がその場から浮き上がってしまいそうな錯覚すらあった。


「……あ……」


声にならない声が漏れる。


胸の奥が、ぎゅっと縮む。


見られている。


それも、“ただの興味”じゃない。


期待。


確信。


信じようとする意思。


それが混ざった視線が、波みたいに押し寄せてくる。


「……わたし……」


言葉が途中で途切れる。


どこを見ればいいのか分からない。


誰を見ても視線が返ってくる。


逃げ場がないのに、誰も敵じゃない。


それが一番怖かった。


「……あわ……あわわ……」


ミリィの膝が、ほんの少しだけ揺れる。


それだけで、空気がわずかに動いた気がした。


ざわり、と広場が反応する。


その反応すら、彼女には重すぎた。


――立っているだけなのに。


――世界の中心に押し出されているみたいに。


ミリィはただ、その場で息をすることしかできなかった。


群衆に圧倒されるミリィの背に、アナリスタがそっと手を添えた。温かいというよりも、支えられていると感じさせる確かな重さだった。


「さぁ、貴女の騎士団が待っています。応えてあげなさい」


その声は優しくもあり、どこか当然のように響く。


ミリィは前を見たまま、動けなかった。


視界の先には、バルコニーの下に広がる人の海。色とりどりの旗、揺れる腕、ざわめきの波。だがそれらすべてが、音というより圧として押し寄せてくる。


「……応えるって……どうすれば……」


喉の奥から絞り出すような声は、自分でも情けないほどに震えていた。視界の端が滲む。


アナリスタは小さく目を細めると、落ち着いた声音で告げる。


「手を振ってあげましょう。それだけでいいのです」


その言葉と同時に、ミリィの背がわずかに押される。拒絶する間もなく、体はバルコニーの手すりの前へと導かれていった。


途端に、それまでざわめいていた広場の音が、嘘のように遠のく。


静寂。


まるで呼吸すら合わせられたかのように、群衆が一斉に動きを止めていた。


視線だけが、ひとりの少女に集まっている。


期待。緊張。確信にも似た熱。


そのすべてが重なり合い、空気そのものが張り詰めていた。


ミリィはその圧に耐えきれず、ほんのわずかに視線を逸らす。俯くこともできず、宙へ逃がすような不安定な目線。


そして、小さく、ぎこちなく手を振った。


その瞬間――


割れるような歓声が上がっていた。


堰を切ったように、抑え込まれていた熱が一気に解き放たれる。広場全体が揺れるほどの声が重なり、建物の壁にまで反響していた。


「剣聖ミレニアム!!」


「ミレニアム様ぁぁぁ!!」


「見えた!今、見えたぞ!!」


「剣聖だ……本物だ……!」


「俺たちの剣聖だ!!」


声は一つではない。叫びは混ざり合い、塊となって押し寄せてくる。


ミリィは思わず肩をすくめた。つい先ほどまでの静寂が嘘のように、視界も音も熱に満たされていく。


何をしたのか、自分でも分からない。ただ、小さく手を振っただけ。それだけの行為が、ここまでの反応を生んでいることが理解できない。


バルコニーの下では、無数の腕が空へ伸び、旗が揺れ、歓声が渦を巻いていた。


ミリィは呆然と、その中心を見下ろしていた。


了解です、少し整理してシンプル寄りにしますね。



群衆の圧に押され、ミリィの身体がふらりと後ろへ傾いた。


次の瞬間、背中に確かな支えが入る。アナリスタの手が、倒れかけた彼女を静かに受け止めていた。


「ご覧なさい」


耳元に落ちる声は、熱狂とは対照的に落ち着いていた。


アナリスタはミリィのすぐ傍で、群衆を見据えたまま続ける。


「これが、貴女の率いる剣聖の盾ですわ」


歓声はなおも渦を巻き、名を呼ぶ声が広場を満たしている。


「運用は私にお任せください。貴女はただ、前に立っていればいいのです」


ミリィは揺れる視界のまま、呟くように言った。


「私の……剣聖の盾……これが」


ミリィの視線が、群衆へと向けられる。


さっきまで逃げるように逸らしていた目が、ゆっくりと正面を捉えていく。


歓声の渦の中で、彼女は小さく呟いた。


「これがみんな……私の……味方?」


すぐ傍で、アナリスタが穏やかに微笑む。


「ええ。みんな、あなたの大ファンです」


その言葉は、静かに落ちるのに、不思議と広場の熱よりも深く響いた。


ミリィの肩が小さく震える。


こぼれ続けていた涙が、ふっと途切れた。


代わりに、戸惑いと安心が混ざった表情がゆっくりと浮かぶ。


それはまだ不安定で、ぎこちないものだったが――確かに“笑顔”だった。


その表情を見た瞬間、群衆の中からまた大きな声が上がる。


「ミレニアム様!!」


「笑った……!」


「剣聖だ……!」


歓声はさらに熱を帯び、広場を包み込んでいった。


アナリスタは、優しくもはっきりとした声で言った。


「さぁ、もっと前に出て。もっと笑顔で。もっと大きく手を振って。自分を支持する者たちへ感謝を示しなさい」


その言葉に、ミリィは一瞬だけ息を呑む。


そしてすぐに、こくりと強く頷いた。


「は……はい!」


決意を宿した目で、ミリィは一歩、さらに前へと踏み出す。


バルコニーの手すりへと近づき、視界いっぱいに広がる群衆を真正面から受け止める。


その瞬間、広場の熱がさらに跳ね上がった。


期待と歓喜の声が一気に膨らむ。


ミリィは手すりに両手を添え、大きく手を振った。


ぎこちなさは残っている。


それでも、さっきよりずっとはっきりとした動きだった。


表情も、少しずつ変わる。


戸惑いの奥にあったものが、ゆっくりと形を持ちはじめ――


やがて、それは満面の笑みになった。


その笑顔が見えた瞬間、群衆の歓声はさらに大きくなった。


広場全体が、ひとつの熱に包まれていくようだった。


群衆の熱は、ついに頂点へと達していた。


広場を満たす歓声はひとつの名へと収束し、波のように繰り返される。


「ミ・リ・ィ・!!」

「ミ・リ・ィ・!!」

「ミ・リ・ィ・!!」


その声は広場だけに留まらず、王都の通りへ、建物の隙間へ、まるで街そのものを揺らすように響いていく。


群衆もまた、次々と手を掲げ、叫びに応えていた。


誰もが同じ方向を見上げ、同じ名を口にしている。


その中心にいるのは、ただ一人。


バルコニーの上で、ミリィはいつの間にか立っていた。


さっきまでの不安定さは消え、代わりに、満面の笑みがそこにあった。


その両手は高く掲げられ、大きく、何度も振られている。


一人ひとりに応えるように。


視線のすべてに返すように。


広場の隅から隅へと、確かにその動きが向けられていた。


歓声はさらに大きくなる。


ミリィの笑顔と手の動きに呼応するように、熱はなおも膨らみ続けていった。


湧き上がる群衆と、それに応えるミリィの姿を――


アナリスタは、いつの間にかバルコニーの入り口付近まで下がっていた。


その場から一歩引いた位置で、すべてを見渡している。


口元をそっと手で覆いながら、視線だけは真っ直ぐに前へ。


広場の熱狂、ミリィの笑顔、揺れ続ける無数の手。


それらすべてを飲み込むように、じっと見つめていた。


けれどその表情は、ただの満足ではない。


目元はわずかに細まり、隠された口元は震えている。


抑えきれない感情が、静かに漏れ出していた。


笑いを堪えているようでもあり、同時に何かを確かめるようでもある。


その奥には、深い意志が渦を巻いていた。


広場を支配する熱狂の中心と、その中心に立つ少女。


それを見つめるアナリスタの瞳には、確かな野望の光が宿っていた。



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