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純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード4ー剣聖の盾ー
20/48

潔癖のアナリスター

重厚な扉が、ゆっくりと開かれる。


その先から現れたのは――


アナリスタだった。


ミリィの目が、大きく見開かれる。


思わず、息を呑む。


だがアナリスタは、そんな視線を受けながらも一切乱れない。


静かに、優雅に。


一歩ずつ、王の前へと進む。


衣擦れの音さえも、場に溶け込むように穏やかだった。


やがて――


ミリィの隣に並ぶ位置で足を止めると、そのまま膝をつく。


「グランドベルド第1王女アナリスタ・グランドベルド。ーここに」


澄んだ声。


その所作には、王族としての完成された気品があった。


王は満足げに頷く。


その視線が、再びミリィへと向けられる。


ミリィもまた、わずかにアナリスタへ視線を送っていた。


驚きが、まだ消えきっていない。


「純潔よ。そなたも知っておろう。『剣聖の盾』の名を」


その言葉に――


ミリィの肩が、ぴくりと震えた。


胸の奥で、何かが強く揺れる。


脳裏に浮かぶのは――


かつての光景。


自分が窮地に立たされた、その時。


駆けつけてくれた、父の姿。


そして、その背に従っていた者たち。


あの、歴戦の勇士たち。


黄金を纏い、青を翻し、戦場を駆け抜けた者たち。


思い出すだけで――胸が、熱くなる。


それを押し殺すように、ミリィは静かに口を開いた。


「はい。剣聖の率いる……素晴らしき勇士達。私も彼らには憧憬を隠せません」


その言葉に。


左右に並ぶ家臣たちから、感嘆のざわめきが漏れる。


王はその様子を見て、満足げに微笑み、ゆっくりと頷いた。


「そこで――この我が愛娘でもあるアナリスタたっての願いで、其方の、剣聖の盾に志願した」


その一言で。


空気が変わる。


ミリィの表情が、はっと強張る。


思わず顔を上げる。


そして――


隣へと視線を向けた。


アナリスタ。


彼女は、なおも首を垂れたまま。


だが、その口元には――


かすかな微笑みが浮かんでいた。


アナリスタは、静かに顔を上げた。


その瞳はまっすぐ前を向き、迷いはない。


そして――


凛とした声で、言葉を紡ぐ。


「私、アナリスタ・グランドベルドは、当代の剣聖ミレニアム・ジ・プレミアム。『純潔のミレニアム』、その剣聖の盾となる事をここに誓います」


一切の淀みもない宣誓。


その場にいる誰もが、その覚悟を疑わなかった。


王はそれを受け、ゆっくりと片手を掲げる。


広間の空気が、ぴたりと静まる。


そして――


重く、力強い声が響いた。


「グランドベルド王ローラン・グランドベルドがここに宣言する。『純潔のミレニアム』その剣聖の盾を、王女アナリスタ・グランドベルドを筆頭とし、ここに発足することを」


その言葉が落ちた瞬間。


一拍の静寂ののち――


広間が、爆発するように沸いた。


歓声。


拍手。


どよめき。


貴族も、家臣も、その場にいるすべての者たちが声を上げる。


それは祝福であり、期待であり――


新たな時代の始まりを告げる響きだった。


その中心で。


ミリィはただ、立ち尽くしていた。


突然の出来事に、思考が追いつかない。


隣にいるアナリスタの存在が、やけに現実味を帯びている。


“剣聖の盾”。


それが――


今、この瞬間から、自分のものとして動き出す。


胸の奥が、強く鳴った。


それは恐れか。


それとも――


ほんの少しだけ混じった、高揚か。


王が、ゆるやかに顔を上げる。


そして、そのまま話を続けた。


「して――これからの話になるが――」


だが、その言葉は。


ミリィの耳には、届いていなかった。


音としては、聞こえている。


だが、意味として入ってこない。


頭の中は、まだ先ほどの光景でいっぱいだった。


王が頭を下げたこと。


アナリスタの言葉。


“剣聖の盾”。


すべてが一度に押し寄せて――


処理しきれず、固まっている。


視界は、ぼんやりとしていた。


目の前では、王ローランとアナリスタが、落ち着いた調子で話を進めていく。


時折、言葉を交わし。


何かを決め。


何かを提案し。


静かに、確実に話が組み上がっていく。


その一つ一つが、本来なら重大な意味を持つはずなのに。


ミリィには、それが届かない。


ただ――


「……はい」


小さく頷く。


「……はい」


また頷く。


タイミングも、合っているのかどうか分からない。


けれど、とにかく頷く。


それしかできない。


話は進んでいく。


決まっていく。


そしてその中心に、自分がいるというのに――


まるで他人事のように。


ミリィは、ただ静かに頷き続けていた。


王の声が、静かに締めくくる。


「――では、そのように」


間を置かず、アナリスタが応じる。


「かしこまりました。お任せください」


話は、まとまったらしい。


その一言で、空気がすっと収まる。


だが――


ミリィだけが、取り残されていた。


ぽかんとしたまま、目を瞬かせる。


(……え……終わった……?)


いつの間にか、すべてが決まっている。


何がどう決まったのかも、よく分からないまま。


ただ、話が終わったという事実だけが残る。


ミリィは、しばらくそのまま固まっていた。


やがて――


ゆっくりと、小さく息を吐く。


(……でも……)


考える。


ほんの少しだけ、考える。


(聞いてても……たぶん、何も言えなかったし……)


自分に、意見があったかと問われれば――


きっと、なかった。


ならば。


結果は同じだったのかもしれない。


そう思うことにする。


そう思わないと、追いつかない。


(……うん)


小さく、心の中で頷く。


結果オーライ。


たぶん、大丈夫。


根拠はないけれど――


それでも、そう受け止めるしかなかった。


王が、静かに立ち上がる。


「――これにて、あとは任せたぞ」


短く告げ、そのまま踵を返す。


重厚な扉が開き、王の背が遠ざかっていく。


ミリィとアナリスタは、同時に立ち上がり。


深く、礼をもって見送った。


扉が閉まる。


音が消える。


広い応接室に――静寂が戻った。


残されたのは、二人だけ。


アナリスタが、やわらかく視線を向ける。


その仕草に促されるように、ミリィは再び腰を下ろした。


どこかぎこちない動き。


落ち着かないまま、姿勢だけはきちんと整える。


アナリスタは、テーブルの方へと視線を落とした。


「お茶が冷めてしまいましたね。淹れなおしましょうか」


穏やかな声音。


その一言に、ミリィは小さく肩を揺らし、慌てて頷く。


「あ……あの……」


言葉が、うまく出てこない。


それでも、絞り出すように続ける。


アナリスタが、静かにミリィを見る。


逃げ場のない、まっすぐな視線。


ミリィは、わずかに息を吸い。


「アナリスタ様は……なぜ私の……剣聖の盾に?」


問いを口にした。


その瞬間。


アナリスタの瞳が、ほんの一瞬だけ伏せられる。


わずかな間。


そして――


再び、顔を上げた。


背筋を、すっと伸ばす。


その動きに、自然と気圧されるように。


ミリィもまた、思わず背筋を伸ばしていた。


向き合う。


静かに。


逃げ場のない距離で。


アナリスタは、まっすぐにミリィを見つめたまま――


静かに、口を開く。


「ごめんなさいね。私、あなたのことが嫌いでした」


その一言は。


あまりにも、真っ直ぐで。


あまりにも、容赦がなかった。


ミリィの心に、まるで矢のように突き刺さる。


ガン、と。


音がしたような気さえした。


空色の瞳が、大きく揺れる。


言葉を失い、唇がわずかに開いたまま固まる。


やがて――


じわりと、涙が滲む。


「誤解しないで、かつては――ですわ。今は私、あなたの大ファンになりましたの」


続けられた言葉。


その柔らかさが、余計に混乱を呼ぶ。


追いつかない。


感情が、まったく追いつかない。


そのまま――


アナリスタは、そっと手を伸ばした。


ミリィの手を取る。


そして、両手で包み込むように握る。


温もりが、じんわりと伝わる。


逃がさないように。


けれど優しく。


包み込むように。


ミリィは、涙目のまま。


ただ、その手を見つめていた。


アナリスタは、ミリィの手を包んだまま――


そのまま、言葉を続けた。


「以前の私は貴女のことをなにも知らず、いつもおどおどしてうじうじして……なんとももどかしく感じてイライラしてました」


言葉が、また一つ。


静かに、だが確実に。


ミリィの心へと突き刺さる。


息が、詰まる。


「あなたったら、いつもハッキリ話さないし、本当にムカつきましたわ」


やれやれ、といった調子で肩をすくめる。


その軽さが――


余計に、深く刺さる。


もう、耐えきれない。


ミリィの視界が、にじむ。


ぽろり、と。


大粒の涙が、頬を伝った。


止めようとしても、止まらない。


次から次へと、あふれてくる。


それでも――


アナリスタの手は、離れない。


しっかりと、包まれたまま。


「でも――貴女とちゃんと話をして、印象がまったく変わりましたの」


その声が、わずかに柔らかくなる。


アナリスタは、じっとミリィを見つめていた。


逃がさないほどに、まっすぐな視線。


涙で滲む空色の瞳を、真正面から受け止める。


「あなたはとても純粋でまっすぐで……それに実はとても芯の強い方。それにとてもとても、お強い」


一つ一つ、確かめるように。


丁寧に紡がれる言葉。


先ほどまでとは違う。


否定ではなく――


まっすぐな肯定。


その熱を帯びた視線と、言葉に。


ミリィの胸の奥が、強く揺れた。


アナリスタの指が、わずかに力を帯びる。


逃がさないように。


繋ぎ止めるように。


そのまま、言葉を続けた。


「それなのに世間ときたら――誰も彼もが貴女の強さを疑い、中には剣聖の名やその地位も金で買ったとか、色仕掛けでも使ったんじゃないかとか、あんなのが強いわけがないとか、あることないこと好き勝手に言われる始末。まったくやれやれですわ」


淡々とした口調。


だが、その奥には確かな苛立ちが滲んでいた。


その言葉は――


ミリィの胸を、何度も貫いた。


一度では終わらない。


二度、三度と。


重ねるように突き刺さる。


息が、浅くなる。


涙は止まらないまま。


視界が揺れる。


自分でも、立っていられているのか分からない。


そのまま――


ふらりと、後ろへ倒れそうになる。


だが。


アナリスタの手が、それを引き止めた。


ぐっと、強く握る。


逃がさない。


「その時、剣聖の盾の話を聞いて……これだ!と思いましたの」


声が、少しだけ弾む。


確信を得た者の声音。


ミリィは、ほとんど焦点の合わない目で、その言葉を受ける。


「私が貴女の支えになろう、そう誓いましたの」


まっすぐに。


迷いなく。


告げられる言葉。


握られた手から伝わる力が――


現実に引き戻すように、強くそこにあった。


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