表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード3ー剣聖様は人気者ー
17/48

剣の国グランドベルドー

オセがテーブルの上の紙面を指で軽く叩く。


「それより、号外は見ました?」


その問いに、パティは間を置かずに頷いた。


「すでに我が家の家宝として飾っていますわ」


さらりと告げられたその言葉に、オセの手がぴたりと止まる。


「……お、おぉ……そりゃよかったよ……」


わずかに引きつった声。


一方で――


ミリィは、きょとんと首を傾げた。


ポニーテールがふわりと揺れ、淡い緑のワンピースのフリルが小さく震える。


「号外……い?」


その無垢な反応に、パティの瞳がわずかに潤む。


「なんと、お可愛いことでしょう……国中の絵師に依頼して残したい」


真顔でとんでもないことを言う。


オセはすかさず手をひらひらと振った。


「ハイハイ、ミリィ様はそんな反応でしょうよ」


呆れたように肩をすくめる。


だがミリィはまだ理解が追いついていない様子で、小さく身を乗り出した。


「何か……あったの?」


その問いに、オセは号外をくるりと回し、ミリィの方へと向ける。


紙面いっぱいに踊る見出し。


そして、描かれているのは――紛れもなく彼女自身。


「もうどこもかしこも今、王都じゃ剣聖ミレニアムの話題で持ちきりっすよ」


カフェの外からも、かすかに聞こえてくる。


興奮した声、笑い声、語り合う人々のざわめき。


そのすべてが、同じ名前を共有している。


ミリィは、そっとその紙面を覗き込む。


そして――


少しだけ、目を丸くした。


「……わ、私……です、か?」


オセは大きく息を吐き、顔に手を当てた。


「あーもう、当の本人がこれなんだもんなぁー」


呆れたような声。


だがその指の隙間から覗く表情には、どこか諦めきったような苦笑が滲んでいる。


ミリィはその反応に、びくりと肩を揺らした。


視線が泳ぐ。


手元の号外と、オセの顔を何度か見比べて――


小さく、肩をすぼめる。


「ご……ごめんなさい」


申し訳なさそうに、しゅんと俯く。


ポニーテールも、しょんぼりとしたように垂れ下がる。


その様子に、オセは一瞬だけ固まり――


すぐに片手をひらひらと振った。


「いや、謝ることはないっすけどね」


気の抜けたような声。


むしろ困っているのは、どう扱えばいいのか分からない自分の方だ、とでも言いたげに。


ミリィはおずおずと顔を上げる。


まだ少し不安そうな表情。


その横で、パティは静かにその様子を見守っていた。


そして――


ミリィの手を、もう一度そっと握り直す。


何も言わずとも伝えるように。


“あなたはそのままでいい”と。


オセはそれを横目で見て、また一つため息を落とした。


「……ほんと、調子狂うっすね」


ミリィは、まだどこか状況を掴みきれていない様子で、小さく首を傾げた。


「何か……問題?」


空色の瞳が、まっすぐにオセを見つめる。


純粋で、曇りのない問い。


その視線に、オセは一瞬だけ言葉を詰まらせ――


すぐに、肩をすくめた。


「問題とかじゃねぇんすけど、今やミリィ様は王都じゃ知らないものはいない人気っぷりなんで、いろいろ気をつけてくださいよ」


淡々とした口調。


だが、その中にはしっかりとした現実が含まれている。


外の喧騒。


号外。


人々の視線。


そのすべてが、今はミリィへと向けられている。


ミリィはその言葉を受けて、少しだけ表情を引き締めた。


そして、小さく頷く。


「う……うん、わかった……気をつける」


どこか不安げで、それでも真面目に受け止めようとする声音。


ポニーテールが、こくりと揺れる。


その様子を見て、オセはふっと息を吐いた。


本当に分かっているのかは怪しい。


だが――


この素直さこそが、ミリィなのだと、どこかで分かってもいる。


向かいの席で、パティが静かに頷く。


その視線は変わらず穏やかで、揺るぎない。


ミリィの手を、そっと握りながら。


三人の間に、再びゆるやかな時間が流れ始めていた。


オセは半ば呆れたように肩を落としながら、懐に手を入れた。


「ほんとにわかってんすかねー……これは見せないつもりだったんすけど」


そう言って取り出した、もう一枚の号外。


テーブルの上に置かれたそれに、ミリィとパティの視線が吸い寄せられる。


そして――


次の瞬間、二人の目が同時に大きく見開かれた。


そこに躍る、あまりにも衝撃的な見出し。


『パンチラ剣聖ミリィ様!』


空気が、一瞬で凍りつく。


ミリィの呼吸が止まる。


視線が、その文字から離れない。


――理解が、追いつかない。


だが、意味を認識した瞬間。


顔が、一気に耳の先まで赤く染まった。


ポニーテールがぶわっと揺れ、椅子が音を立てる。


ミリィは号外をひったくるように掴み、そのまま勢いよく立ち上がった。


「な……な……なにこれぇ!?」


悲鳴に近い声が、カフェの中に響く。


周囲の客が一斉に振り向く。


だがそんなことを気にする余裕は、ミリィには一切ない。


手にした紙が、震えている。


指先が、わなわなと力なく揺れる。


「ち、違う……あれは、その……ほんとに、違う...、違うのにぃ…」


必死に否定しようとするが、言葉がまとまらない。


何をどう説明すればいいのか、自分でも分かっていない。


ただ顔を真っ赤にしたまま、必死に首を振る。


その隣で、パティは号外をじっと見つめていた。


動かない。


瞬きすら、ほとんどしない。


やがて、ゆっくりと顔を上げ――ミリィを見る。


その瞳は、静かで。


だが、底の奥に確かな温度を宿していた。


「……お嬢様」


低く、落ち着いた声。


「このような不敬な見出しを打つ者が存在するとは……」


言葉は丁寧だが、空気がほんのわずかに張り詰める。


言いながら、その号外をそっと懐に入れるのをオセは見逃さなかった。


オセはそれを横目で見ながら、グラスを持ち上げた。


「だから言ったじゃないすか。“気をつけてくださいよ”って」


淡々とした追い打ち。


ミリィはその場で固まり、涙目のまま号外とオセを交互に見た。


「うぅ……どうしよう……」


小さく漏れる弱音。


カフェの穏やかな空気は、すっかりどこかへ吹き飛んでいた。


ミリィの視線は、震えるように号外の見出しをなぞっていた。


唇がかすかに揺れる。


「パ……パンチラ剣聖……こんな話が……お父様に知れたら……」


その瞬間、血の気が引いたように顔が青ざめる。


空色の瞳には、じわりと涙が滲んでいく。


楽しいはずのカフェの空気が、遠く感じられた。


その隣で、パティは変わらぬ静けさで言い切る。


「実家に呼び戻される、でしょうね」


あまりにも的確で、あまりにも容赦のない一言。


ミリィの肩がびくりと震えた。


次の瞬間――


そのままテーブルに突っ伏し、両手で頭を抱える。


「やだぁぁ……」


消え入りそうな声。


ポニーテールがぺたりとテーブルに広がり、淡い緑のワンピースのフリルがくしゃりと歪む。


オセはその様子を見下ろしながら、ストローをくわえ直す。


「ほら、だからいろいろ気をつけてくださいよー」


どこか投げやりな調子。


だが言っていること自体は、至極まっとうだ。


ミリィは顔を上げず、くぐもった声で抗議する。


「あれは……ほとんどオセのせいじゃない……ひどいよ」


涙混じりの、弱々しい反論。


それに対してオセは、肩をすくめる。


「つっても、見せたのはミリィ様ご自身なんだから」


容赦のない現実。


ミリィの動きが止まる。


しばしの沈黙。


やがて、ゆっくりと顔を上げる。


涙で潤んだ瞳のまま、言葉を探すように口を開いた。


「見せたって……それはそう、なんだけど……」


言い返せない。


分かってはいる。


でも納得はできない。


そんな感情が、そのまま声に滲んでいた。


テーブルに突っ伏したままのミリィの肩が、小さく震えている。


指先はまだ号外を握りしめたまま、力なくくしゃりと紙を歪ませていた。


その様子を、パティは静かに見つめていた。


ほんの一瞬――ほんのわずかにだけ、目を伏せる。


そして、決意したように顔を上げる。


「お嬢様」


静かな声。


しかし、その一言で空気がわずかに引き締まる。


ミリィがゆっくりと顔を上げる。


涙の跡が残る頬。


不安に揺れる瞳。


「……なに……?」


弱々しい声。


それに対して、パティはいつも通りの丁寧な所作で背筋を伸ばした。


「この件、旦那様に知られるのは時間の問題かと」


ミリィの表情が、びくりと強張る。


「や、やっぱり……?」


かすれた声。


パティは小さく頷いた。


「はい。ですので――私が先にご説明に参ります」


その言葉が落ちた瞬間。


ミリィの瞳が大きく見開かれる。


「え……?」


理解が追いつかない。


だが、意味を噛み締めた瞬間――


「ま、待ってパティ! それって……今から……?」


慌てて身を乗り出す。


だがパティは、すでに動き出していた。


椅子から立ち上がり、スカートの裾を整える。


その一連の動作に、一切の迷いはない。


「はい。これ以上の誤解が広がる前に、正式な形でお伝えすべきかと」


淡々とした判断。


だがその裏には、“お嬢様を守る”という揺るぎない意思がある。


ミリィは完全に青ざめた。


「だ、だめだよぉ! 絶対怒られるよぉ……!」


半ば泣きそうな声。


両手を伸ばして止めようとするが――


パティはその手を、優しく取る。


両手で包み込むように。


そして、まっすぐに見つめた。


「ご安心ください」


静かな微笑。


「すべて、私にお任せくださいませ」


その声には、不思議と抗えない安心感があった。


ミリィの手から、ゆっくりと力が抜ける。


だが不安は消えない。


「でも……でもぉ……」


言葉にならない声。


それに対して、パティはそっとその手を離した。


そして一歩、後ろへ下がる。


「しばしの間、お側を離れます」


深く、丁寧な一礼。


それは主に対する絶対の敬意。


そして――


再び顔を上げた時、その瞳は完全に“任務”のそれへと変わっていた。


「戻りましたら、すべて片付いておりますので」


その言葉を最後に。


パティは踵を返す。


迷いのない足取りで、カフェの出口へと向かう。


カラン――


ベルの音が、静かに鳴る。


扉が開き、外の光が差し込む。


そして、そのまま――


パティの姿は、王都グランドベルドの喧騒の中へと消えていった。


店内に残されたのは、ミリィとオセ。


ミリィは、しばらく動かなかった。


ただ、去っていった扉を見つめたまま。


やがて――


「……どうしよう……」


小さく、震える声がこぼれた。


オセはグラスを傾けながら、その様子を横目で見る。


「……もう遅いっすね」


容赦のない一言。


ミリィの肩が、びくりと跳ねた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ