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純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード2ー剣聖、闘技場に立つー
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純潔のミレニアムが人々の心を打つー

翌日の王都は、いつもとは違う空気に満ちていた。


石畳を行き交う人々の手には、同じ紙――号外が握られている。


インクの匂いがまだ新しいその紙面には、昨日の決勝戦が克明に記されていた。


剣聖ミレニアム・ジ・プレミアム。


その名が記されるたび、人々は自然と足を止め、言葉を失う。


読み終えた者は、誰もが同じ表情をしていた。


静かな感嘆。


そして、確かな感動。


「あの戦いを……この目で見られなかったなんて」


悔しさを滲ませる声が、あちこちで漏れる。


だが、その悔しさはやがて別の形へと変わっていく。


見ていないはずなのに――


まるで、その場にいたかのように胸を打たれている。


誰かが語る。


その言葉に、別の誰かが頷く。


また別の誰かが、その光景を想像する。


噂は熱を持ち、広がり、形を変えながら人々の間を巡っていく。


「剣聖は勝っただけじゃない」


「想いごと勝ったんだ」


「ただの勝負じゃなかった」


その一言一言が、次の語り手へと受け継がれる。


やがて、それはひとつの呼び名へと集約されていく。


――『純潔のミレニアム』


強さだけではない。


穢れなき在り方そのものが、人々の心を掴んで離さない。


まだ誰も、彼女のすべてを知っているわけではない。


それでも人々は、確信していた。


あの少女は、ただの剣聖ではない。


――語り継ぐべき存在なのだ、と。


噂が噂を呼び――


その名は、さらに広がっていく。


『純潔のミレニアム』


その響きは、いつしか単なる呼び名ではなくなっていた。


人々の記憶に刻まれる、ひとつの象徴。


強さと優しさを併せ持つ剣聖として――


彼女の存在は、この王都に確かに根付き始めていた。



剣の国グランドベルド――その名は、強さと誇りの象徴として、王都とともに人々の口に上る。


巨大な闘技場を中心に広がる都市は、貴族街、商業区、そして庶民の暮らしが交わる賑わいの中で、“剣”を軸にひとつの文化を築いていた。勝利は称えられ、敗北すらも次の強さへと繋がるものとして受け入れられる。


そんな街の片隅。


石造りの通りに面した、小さな人気のカフェ。


木製の扉が開くたびに、軽やかなベルの音が鳴る。


昼下がりの店内は、ほどよい喧騒と香りに満ちていた。焙煎された豆の匂い、甘い焼き菓子の香り、そして楽しげな会話。


窓際の席。


そこに、小さな影がひとつ。


グラスに入ったジュースを、ストローでゆっくりと飲みながら――


オセロット・ラハムは、頬杖をついていた。


「……はぁ」


小さく、あきれたようなため息。


視線の先にあるのは、テーブルの上に置かれた新聞――臨時号外。


そこには大きく記されている。


剣聖ミレニアム・ジ・プレミアム。


昨日の決勝戦の記事。


オセは、もう何度目かわからない視線でそれを見下ろし、ストローをくわえたまま、また一口ジュースを飲む。


「……また増えてるし」


ぼそりと呟く。


カフェの外では、同じ号外を手にした人々が行き交い、興奮気味に語り合っている声がかすかに聞こえてくる。


「見たかあの試合!」


「剣聖すごかったな!」


「純潔のミレニアムって……!」


その熱気を、オセは窓越しに眺めていた。


そして――


「……ほんと、ミリィ様よぉ...頼むぜ、マジで」


あきれたように、しかしどこか誇らしげに。


もう一度、ジュースを一口。


静かなカフェの中で、小さく、しかし確かに――


彼は、ため息をこぼした。


やがて、木製の扉が静かに開く。


カラン、と軽やかなベルの音が鳴り、店内の空気がわずかに揺れた。


外の喧騒とは違う、穏やかな時間の流れの中に――


二人の女性が姿を現す。


片方は、淡い金の髪を揺らしながら、柔らかな笑みを浮かべている。


もう片方は、控えめに寄り添うように、その手をしっかりと握っている。


指先が絡み合うように重なり、離れない距離。


まるで当然のように並んで歩くその姿は、周囲の視線を自然と引き寄せていた。


時の剣聖――ミリィ。


そして、その傍らに仕えるメイド――パティ。


店内のざわめきが、一瞬だけ小さくなる。


気づいた者から順に、そっと息を呑む。


だが、二人はそんな周囲の視線など気にする様子もなく、穏やかな歩みで店内へと進んでいく。


カウンターへ向かうでもなく、まずは席を探すでもなく――


そのまま、迷いなく一つの方向へ。


窓際の席。


そこに座る、小さな影。


頬杖をつき、ジュースを飲みながら号外を眺めていたオセロット・ラハム。


その視線が、ゆっくりと上がる。


そして――


ミリィと目が合った。


一瞬の沈黙。


その後、ミリィはぱっと表情を明るくする。


自然な笑み。


「オセ...お待たせ」


その一言と同時に、少しだけ手を振る。


隣のパティも、小さく会釈をする。


だが、その手はまだ離れていない。


オセは、目を細めたまま――


グラスを持ち上げ、ストローを軽くくわえる。


「……遅いっすよ」


ぽつりと、短く。


ため息混じりのその声には、呆れと、ほんの少しの安堵が混ざっていた。


木のぬくもりが残るカフェの一角。


三人が腰を落ち着けたテーブルの上に、柔らかな午後の光が差し込んでいた。


中央に座るミリィは、いつもの彼女とは少しだけ違う装いをしている。


髪は高めにまとめられたポニーテール。

動くたびに、結ばれた髪が軽やかに揺れ、明るい印象をより際立たせていた。


うなじがすっと見えるその髪型は、どこか凛とした印象を与えながらも、同時に少女らしい軽やかさも感じさせる。


そして、淡い緑色のワンピース。


柔らかな色合いが彼女の肌とよく馴染み、見る者の目を優しく引き寄せる。

控えめにあしらわれたフリルが、歩みや仕草に合わせてふわりと揺れ、さりげない可愛らしさを添えていた。


剣聖としての気配はそのままに、どこか日常に溶け込むような柔らかさ。


だが、その瞳だけは変わらない。


澄んでいて、まっすぐで――

人の心を真っ直ぐに見つめるような、強さと優しさを宿している。


その隣に座るパティは、いつもの黒いメイド服姿。


きちんと整えられた姿勢のまま、静かにミリィの隣に寄り添っている。

けれど、二人の距離はとても近く、手が自然と触れ合うほどだ。


視線は落ち着いているが、その奥には確かな信頼と、守る者としての意志が感じられる。


そして向かいのオセは、グラスを片手にその様子を見ていた。


ストローを軽くくわえたまま、わずかに目を細める。


ミリィの姿に一瞬だけ視線を留め――


「……似合ってるじゃないすか」


ぼそりと、短く。


その言葉に、ミリィは照れたようにはにかんだ。


テーブルの上には、号外とジュース。


そして三人の間には、静かで穏やかな時間が流れていた。


オセの低い声が、カフェの穏やかな空気にわずかな棘を落とした。


視線は、テーブルの上――ではなく。


二人の指先へと向けられている。


しっかりと絡められた、ミリィとパティの手。


まるでそれが当たり前であるかのように、何の迷いもなく繋がれている。


その様子に、オセはグラスを傾けながら、わずかに眉をひそめた。


「……そんで、2人はいつまでそうしてるんすか?」


淡々とした口調。だが、その奥には呆れと、ほんの少しの諦めが混じっている。


対して、パティは一切の躊躇なく、即座に答えた。


「一生、でしょうか」


静かで、揺るがない声音。


まるでそれが“当然の結論”であるかのように、迷いが一切ない。


その言葉に、オセは小さくため息をつく。


そして――


ミリィは、ぽかんと目を丸くした。


「……え?……どうして?……何か変?」


繋いだままの手を、きょとんと見つめる。


自分たちにとっては、ただ自然で、安心できる行為。


けれど、外から見ればどう映るのか――その視点は、彼女にはまだ少し足りていない。


ポニーテールが揺れる。


淡い緑のワンピースのフリルも、彼女のわずかな動きに合わせて、そっと揺れた。


ミリィはパティの方を見上げる。


そして、確かめるように、小さく首を傾げた。


「パティ……これって……変なの……?」


その問いかけはあまりにも素直で。


そして――


あまりにも無防備だった。


パティはそっと、ミリィの手を両手で包み込むように握り直した。


その手つきは、守るようでいて、同時に大切に抱きしめるような優しさに満ちている。


そして、そのまま静かにミリィの空色の瞳を見つめた。


揺るぎない視線。


一切の迷いも、嘘もない真っ直ぐさで――


「いいえ、何もおかしなことなどありません」


その一言は、まるで結論そのもののように、静かに場へと落ちた。


それを聞いたミリィは、ぱっと表情を明るくする。


「だよね!もぉ……オセが変なこと言うからぁ……」


どこか拗ねたように頬を膨らませながらも、その声は柔らかい。


一方で、オセは思わず声を上げる。


「いや、変でしょ! 大体ミリィ様もなんで、そのパティ相手ならしどろもどろになんないんすか!?」


グラスを軽く揺らしながら、半ば呆れ、半ば本気で突っ込む。


だが、ミリィは一瞬だけきょとんとした後――


少しだけ考えるように視線を落とし、それから当然のように顔を上げた。


「……なんでって……だって、パティだよ?」


あまりにも自然で、あまりにも当たり前の答え。


そこに説明は要らないと言わんばかりの、揺るぎない信頼。


その言葉に、パティは小さく頷く。


ミリィの手を握る力が、ほんの少しだけ強くなる。


それは同意であり、肯定であり――


何よりも深い、静かな絆の証だった。


オセはその様子を見て、再び深いため息をつく。


「……あーもう、ダメだこりゃ……」


呆れたように言いながらも、その口元にはわずかに、苦笑が浮かんでいた。

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