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純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード2ー剣聖、闘技場に立つー
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大大大好きなー

覆面の戦士が、床を蹴る。


一瞬で間合いを詰め――跳躍。


その動きに、ミリィは即座に反応した。


踏み込み、迎撃。


純白の光を纏った手刀が、空中へと走る。


覆面のククリナイフが交差し、その一撃を受け流す。


金属音が重なり、火花が散る。


空中で交差する二つの影。


次の瞬間には、互いに離れることなく、さらに攻撃が重ねられる。


ミリィが踏み込み、連撃を放つ。


覆面はそれを一つずついなし、軌道をずらし、最小の動きでかわしていく。


刃は当たらない。


だが――


そのすべてが、紙一重の距離。


呼吸がぶつかるほどの近さで、攻防は続く。


そして――


ミリィが跳んだ。


高く、まっすぐに。


全身を使った大きな一撃。


観客席がどよめく。


だが――


覆面はそれを見逃さない。


踏み込みと同時に、強烈な蹴りを放つ。


空中で体勢を崩したミリィの動きに、正確に合わせるように――


その蹴りが直撃する。


重い衝撃。


ミリィの身体が弾かれ、地面へと落ちる。


すぐに立ち上がるが、覆面はすでに次の動きに移っている。


攻撃は、さらに激しさを増していく。


ミリィの剣聖としての力は確かに強い。


だが――


覆面はそれを「受けない」。


正面から力をぶつけるのではなく、


いなし、流し、かわし続ける。


無駄のない動き。


最小限の力。


技の極致。


ミリィの攻撃は鋭く、速く、強い。


それでも――


決定打には至らない。


攻め続ける中で、ミリィはわずかに気づく。


「……通らない……」


呟きが、戦いの中に溶ける。


覆面の戦士は、静かに構えを保ったまま、


一歩も崩れない。


それは――


力ではない。


圧倒的な「技」。


ミリィに足りないものが、そこにあった。


再び距離を取り、二人は対峙する。


張り詰めた空気の中で、ミリィはまっすぐに相手を見つめた。


やがて――


柔らかく、しかし力強く微笑む。


「すごい……パティは本当にすごい……誰よりもすごい!」


その笑顔は、戦いの場にあってなお、真っ直ぐな称賛に満ちていた。


覆面の戦士の肩が、わずかに震える。


ミリィは続ける。


「私は……ある日突然、剣に選ばれて、剣聖になって、この力を得たけれど……ただそれだけだもの」


自分の両手を見つめる。


その手に宿る力を確かめるように、静かに言葉を紡ぐ。


「でも、あなたは違う!」


顔を上げる。


覆面の奥の存在へ、まっすぐ視線を向ける。


「あなたは……私を守るために、たくさんたっくさん修行して、修行して……」


言葉を重ねるたび、その声は強く、確かなものへと変わっていく。


観客席は息を呑み、誰もがその言葉に耳を傾けていた。


「そして、そこまで強くなった……」


覆面の戦士は微動だにしない。


だが、そのわずかな緊張と震えが、すべてを物語っているようだった。


ミリィは静かに微笑む。


「私は……そんなあなたを尊敬しています」


一瞬の間。


そして――


一歩、踏み出す。


「だから――」


空気が張り詰める。


純白の光が、ミリィの右の拳に宿り始める。


「このパティと私の最初で最後の戦い……私が勝ちます!」


ミリィが踏み込む。


地面を蹴る音と同時に、右拳が振り上げられる。


その一撃に呼応するように――


覆面の戦士も動く。


両手のククリナイフを交差させ、鋭く構えたまま駆け出す。


二つの影が、一直線に距離を詰める。


次の瞬間――


互いの間合いが交わる。


刹那の交差。


時間が、止まったかのような一瞬。


そして――


二人は動きを止めたまま、すれ違う。


静寂。


その後――


覆面の戦士の両手のナイフに、細い亀裂が走る。


ぴしり、と小さな音。


亀裂は一気に広がり――


次の瞬間。


刃は耐えきれず、音を立てて崩れ落ちた。


砕けた刃片が床へと散る。


覆面の戦士は、その場にゆっくりと膝をついた。


動かない。


ただ静かに、結果を受け入れるように。


その瞬間――


審判が手を上げる。


そして――


鐘が鳴り響いた。


「勝者、ミリィ!」


観客席が、一斉に爆発するような歓声に包まれる。


舞台の中央で、ミリィは静かに立ち尽くしていた。


勝利の余韻の中――


彼女は、ゆっくりと覆面の戦士へと目を向ける。


ミリィは、ゆっくりと歩き出した。


勝者としての静かな足取りで、ただまっすぐに、覆面の戦士――その元へ向かう。


観客の歓声は遠い。舞台の上には、二人だけが取り残されたような静けさが広がっていた。


今も両膝をついたまま、動かないその姿。


呼吸の気配だけが、かすかに伝わってくる。


ミリィはその前に立つと、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。


戦いの緊張が、ゆっくりとほどけていく。


そして――


柔らかく微笑み、褒められたがる子供のような弾む声で、


「パティ……私、こんなに強くなったんだよ?びっくりしたでしょ?」


その笑顔は、戦場にいる者のものではなかった。


ただ一人の少女が、大切な人に見せる、飾らない笑顔。


だが、覆面の戦士は応えない。


沈黙が、重く静かに落ちる。


風の音すら遠く感じるほどの、張り詰めた間。


ミリィはその様子に、わずかに眉を寄せる。


そして――


ほんの少しだけ、拗ねたように唇を尖らせる。


「パティ、いい加減……その悪趣味な覆面、そろそろ取ったら?」


その言葉と同時に、ミリィはそっと両手を伸ばした。


迷いはない。


優しく、しかし確かな手つきで――覆面に触れる。


そして、ゆっくりと外していく。


布がほどける音が、やけに大きく響いた。


覆いが、完全に外れる。


その瞬間――


露わになったのは、見知った顔。


だが、その表情は、いつもの冷静さとはかけ離れていた。


目元は濡れ、頬を伝う涙は止まらない。


呼吸は乱れ、言葉を紡ぐ余裕すら失われている。


感情が堰を切ったように、あふれ出していた。


涙と鼻水と涎にまみれた、普段のクールな彼女からは想像できない、ぐちゃぐちゃの顔。


ミリィは目を丸くする。


一瞬の驚きのあと――


ふっと、やわらかく苦笑した。


「……なんて顔をしてるの……?美人が台無しよ?」


その言葉が引き金のように――


パティの目から、さらに大粒の涙がこぼれ落ちる。


「お……お嬢様……」


かすれた声。


震えながら、途切れ途切れに紡がれる。


「強く……お強くなられました……ねぇ……」


言葉は不完全だ。


それでも、その一言一言には、積み重ねてきた時間すべてが詰まっている。


ミリィはそっと、両手を伸ばす。


パティの頬に触れる。


優しく、壊れ物を扱うように。


「そうだよ……私、強くなったの」


その声もまた、少しだけ震えている。


抑えていたものが、ゆっくりと溢れ始め、両目から大粒の涙がこぼれる。


「大大大好きなパティに……勝てちゃうくらいに、ね」


その言葉に――


パティの瞳が、大きく見開かれる。


溢れる感情に耐えきれず、息を呑む。


そして。


言葉にならない叫びのように――


「ミリィお嬢様ああああああああっ……!」


感情が決壊する。


そのまま、崩れるようにミリィへと抱きついた。


同時にミリィも、強く抱き返す。


「パティィィィィィィィィイッ」


互いの名前を呼びながら。


強く、強く。


離れないように。


もう二度と、離れてしまわないように。


ミリィの腕の中で、パティの肩が震える。


止めようとしても止まらない、溢れ出す感情。


「……お嬢様……っ……」


声にならない嗚咽。


言葉の途中で途切れ、息が乱れ、ただ涙だけが止まらない。


それでも――


ミリィは離さない。


「パティ……」


その声もまた震えている。


「ずっと……ずっと、会いたかった」


その一言で、パティの中で何かが決壊する。


「ミリィお嬢様ぁ……っ……!」


崩れるように、さらに強く抱きつく。


背中に回した腕に力がこもる。


まるで離れてしまうことが怖いかのように。


ミリィも同じだった。


この瞬間を、ずっと待っていた。


言葉よりも先に、涙がこぼれる。


勝利の歓声も、観客の存在も、もう二人には届かない。


ただ――


お互いの温もりだけが、確かにそこにあった。


その予想外の決勝戦の結末に――


しばしの静寂ののち、観客席が一斉に揺れた。


誰かが最初に手を叩く。


その音が波紋のように広がり、やがて会場全体を包み込んでいく。


惜しみない拍手と、沸き立つような歓声。


勝敗を超えた何かに心を動かされた者たちが、次々と立ち上がっていた。


称賛の声。


感嘆の息。


ただ強さを競うだけではない、そこに確かに在った“想い”への賛辞。


――剣聖ミレニアム・ジ・プレミアム。


『純潔のミレニアム』


その名は、この瞬間、ただの称号ではなくなる。


力の象徴としてではなく。


人としての在り方を示す存在として。


彼女が魅せたのは、圧倒的な強さだけではない。


大切なものを守り、敬い、そして正面から勝利を受け止める強さ。


そのすべてが、この一戦に刻まれていた。


やがて、この試合は語られることになる。


ただの決勝戦ではなく――


剣聖の在り方を世に示した、ひとつの証として。


後世の語り手たちは、こう語る。


強さとは何か。


優しさとは何か。


そして――人が人を想うということの尊さを。


その答えの一端が、この試合にあったのだと。


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